ホーム創作日記

2/7 QED百人一首の呪 高田崇史 講談社ノベルス

 
 織田正吉の「絢爛たる暗号」に覚えた感動と物足りなさを思い出した。こ
の本によって、たしかに百人一首についての不思議を知り、彼の基本的なア
プローチは正しそうだと感動したものの、出来上がった最終形にはちょっと
不満足を覚えたのだった。                     

 本書ではまた、この百人一首の不思議について、新たな解答が示される。
これはこれで、確かに美しくはあるのだが、どうも私にはすかすかに思えて
しまった。クロスビーやニコリ(株式会社ニコリ発行のパズル雑誌。クロス
ビーはニコリ本誌に合併された。懸賞目的でなくパズル自体を愉しみたいの
なら、この雑誌に限ると私は思う)を愛読していた者としては、この解答は
クロスワード(お好きな人はこちらも是非)を作るつもりが、スケルトンに
なってしまったような、これなら幾らでも小細工が効くよなぁ、というよう
な不満足感を覚えてしまったのは事実だ。              

 ミステリとの組み合わせ方も、北村薫が言っているほど、うまく成功して
いるとも思えなかった。凡百なダイイング・メッセージ物ではないので、文
句を付けはしないが。こうして書いていくと、全然気にいっていないように
見えるが、実はそこそこ気にいっていたりはするのだ。        

 かなり強引すぎるが、これは中町信最盛期(?)の湖シリーズ(個人的に
は、別名○気シリーズと呼んでいたりする(わかる人にはわかるはず))を
彷彿とさせてくれた。「ブラボー」とエールを送りたくなるほどベラボーな
作品ではないけれど、意外にもいかにもなイカモノくさい作品なのだ。「じ
っぱひとからげの、歴史の謎と付け足しミステリの合体でしょ」と油断して
いると、頭がくらくらしてしまうので、気を付けられたし。      

 こういう点にはついつい甘くなりがちな私の評価ではあるが、総合的には
惜しくも6点止まりか。最近の京極に影響されたような、衒学的饒舌と
理系ミステリを合わせた探偵の物言いも、ちょっと気になるところだ。 

  

2/11 塔の断章 乾くるみ 講談社ノベルス

 
 「Jの神話」「匣の中」と、違った作風を見せつけてくれた作者だが、3
作目もまた、新しい一面を見せてくれたようだ。ネタバレではないつもりだ
が、ヒントになる可能性は大いにあるので、先入観なしにこの作品に触れた
い方は、次の段落以降は読まない方がいいかもしれない。だから、この時点
で採点を書いておくことにしよう。私の採点は比較的高く、7点。今回は超
自然な要素が全くないことと、特にミステリファンこそが評価を高くしてし
まいそうな作品であることを、附記しておくことにしよう。      

 ちょっと絡め手からの評価から始めるが、今回「ジグソーパズルを組み立
てるような感じで」読んでくれ、などと書かれているが、これはやはり書く
側の都合であって、読者の視点を反映させたものではないと思う。たしかに
こういう作品は作者の立場としては、ジグソーと言うより、クロスワードパ
ズルを組み上げるような丹念な神経を使っているのだということはわかる。
しかし、読者はその作業を追体験してくれる訳ではない。そういうものはロ
ジック推理のミステリにこそふさわしい。こういう瞬間的に視界が開ける、
一目で見えるかどうかの作品は、老婆と貴婦人が逆転するような騙し絵的な
楽しみはあるが、作者の言葉から想像される楽しさとは無縁のものである。
ちょっと筋違いの言葉ではなかったかと思う。            

 しかし、今回の趣向は楽しい。私は作者の狙いは、「赤い右手」のギミッ
クをやりたかったのだ、と確信している。そして、確実に道を誘導されてし
まうのは、ある程度のミステリ読みで、「またこの手か」と少々食傷気味の
輩ではないだろうか。最後にスコ〜ンと喰らって、「しまった」という悔し
さと、「やられた」という喜び(!)で、しかめ面と笑顔を同時に顔に浮か
べてしまう、そんなミステリファンの姿を容易に想像できる作品であった。
惜しむらくは、最初がもたついていて、あやふやな描写になっている点だ。
序章終了後の冒頭からかましていく潔さが欲しかった。        

 乾くるみ、油断できない作家である。1作毎に私の評価は高まっていくよ
うだ。次の作品も、どういう顔で攻めてくるか、楽しみにさせてくれる。

  

2/15 地球儀のスライス 森博嗣 講談社ノベルス

 
 第1短編集「まどろみ消去」の出来が、あまりにも期待はずれだったため
に、ちょっと躊躇してしまったのだが、本書の出来はさほど悪くない。今回
は全編書き下ろしではなく、雑誌掲載の短編が多かったためであろうか。

 とはいえ、ミステリを期待してしまうと、今回も全く期待はずれとなるか
もしれない。全編通じて、狭義のミステリ、少なくとも本格ミステリと言え
そうなものは一編もなく、たとえば犀川シリーズが含まれていても、それは
ミステリではなく、小説仕立てにしたパズルに過ぎないからだ。    

 勿論、「封印再度」のような優れたパズルを提供してくれた作者が、あえ
て短編化するようなパズルであるから、面白くないことはないのだが、彼の
ミステリに匹敵する謎解きの興奮を味合わせてくれるものではなかった。特
に、「マン島の蒸気鉄道」の話などは、この手のネタではミステリクイズで
よく使われる例の手が、解決として出てきてしまうのは、ちょっと興醒め。

 しかし、狭義では無くとも、ミステリの精神やそれに基づく驚きの提供は
期待を満たしてくれるものもあった。その意味で、私のこの短編集でのベス
トは、「小鳥の恩返し」と「僕は秋子に借りがある」の2作になる。もう1
作加えて、恒例のベスト3とするならば、上記のパズル「石塔の屋根飾り」
よりは、キャラクタがなんとなく気になってしまう「気さくなお人形、19
歳」にしてみよう。                        

 結局のところ、採点は6点。ところで、新シリーズって、いったいどれ?
あまり該当しそうな物がないのだが、名前の凝り方から云って、「お人形」
なのだろうか?前シリーズがミステリ版「動物のお医者さん」で、次回がミ
ステリ版「めぞん一刻」らしいのだが、はてさてどんな話になるのやら?

  

2/20 私が彼を殺した 東野圭吾 講談社ノベルス

 
 もうさすがに趣向を明かしても構わないだろう。またまた、解決編のない
ミステリである。今回の容疑者は3人(なんだよね?)。最後の最後の最終
ページで、決定的な手掛かりが示される。決定的なんだろうなぁ、きっと。
というのは、私にはまだ完全には解明できていないからである。    

 普段は自分の書評を書くまでは、他の人の書評は滅多に読まないのだが、
今回はさすがに、ネット上の書評を拾ってみた。この本を語るのに、「わか
りませんでした」だけでは、さすがにかっこがつかないからである。目に付
いたところを、ちらほらと覗いてみた限りでは、駿河、香織、貴弘と全ての
説が上がっていた。美和子犯人説は残念ながら見あたらなかったが、これも
上げているひねくれ者がいるかもしれない。さすがに加賀犯人説や、その他
の登場人物説、登場していない人物犯人説(巧みに記述から隠されている第
4の人物で、姓が「穴田」で、、、ね、「犯人は穴田(あなた)です」って
加賀が言ってるでしょ)、動物犯人説、その他魑魅魍魎な犯人説、自殺説、
SF的展開説、、、などなどは、さすがにないだろうか。       

 ま、そんなあまたある(ないって?)説の中で、どうも一つの説が有力そ
うである。その説に対する反論を上げている人も多く、その反論自体もたし
かに納得いくものなのだが、おそらく作者の意図がそこにあったことは、間
違いないように思う。指紋の主と指定できる人物が、極めてスマートだし、
手掛かりの埋没のさせ方が、いかにもミステリの伏線っぽさがぷんぷんだ。

 「あの」「あれ」で話していても仕方がないので、一応ネタバレ推理を書
いておくことにしよう。私が読んだ大抵のネット書評もこういう締めで終わ
っているのだが、やはり私もこう締めることにする。どうか本作について、
「解明できたよ」という方は、是非是非にも教えてください。    

 そうそう、すっきりと納得できていないだけに、採点は6点。    

 

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