ホーム創作日記

98年讀書録(8月)

8/6 地下室の殺人 アントニー・バークリー 国書刊行会

 
 海外ミステリ・ベスト20を選ぶ際に、三大ミステリ作家(カー、クイー
ン、クリスティー)以外に、どうしても2作を選びたかった作家がいる。そ
れが、このアントニー・バークリーである。「毒入りチョコレート事件」を
選んで、泣く泣く落としたもう一作は「トライアル・アンド・エラー」であ
った。プロットにおいて巧み、人の悪い(?)ユーモアに満ちたミステリ的
仕掛け、黄金時代を代表する作家の一人である。フランシス・アイルズ、ア
ントニー・バークリー両方の筆名で著名であるにも関わらず、翻訳はあまり
揃っているとは言えない。日本においては不遇な作家の一人かもしれない。

 私がバークリーの最大の特徴と考えるのは、ミステリ自体に対する皮肉、
ある意味アンチ・ミステリとしての試みと受け取れるような実験的な作品を
産み出す精神にある。「殺意」や「犯行以前」のような新たなジャンルを開
発した(解説にあるように復帰者であるのかもしれないが、それでも斬新な
試みであろう)のもその一環である。また、オールタイムの短編ベストを選
ぶ際には、到底落とすことの出来ない名短編「偶然の審判」と、それを基に
意外な形で長編化した「毒入りチョコレート事件」の関係などは、なんと皮
肉に満ちたものであることか。それらの精神は、プロットにも、人物造型に
も生きている。失敗する(!)探偵ロジャー・シェリンガムは、その精神が
強く発揮されたキャラだろう。                   

 世界探偵小説全集第1期の私のベスト「第2の銃声」も、やはりミステリ
に対する皮肉とも受け取れる内容だったし、今回の作品も結末のユーモアは
その証だろう。物的証拠ではなく、性格分析で推理するところなんかも、そ
の底にはミステリへの批評精神があるのだろう。本格的なミステリ作家であ
るにも関わらず、彼ほどミステリを壊そうと努力した(のかどうかは定かで
はないが、私にはそう思える)作家は、そういないのではないだろうか?

 本作は本格ミステリ度としてそう高いものではないが、「被害者探し」を
織り込むなどのプロットのユニークさ、前述の最後の皮肉なども効いていて
作品的には楽しめた。悠々と7点確保の出来である。         

  

8/8 ナイトメアプロジェクト・YAKATA
原作・原案・監修 綾辻行人
 
 プレステのソフトである。形式は完全なRPG。パーティープレイでのダ
ンジョン巡り。館シリーズがモチーフになっていて、十角館、水車館、迷路
館、人形館、時計館を巡ることになる。綾辻がのめり込んで、原作・原案・
監修に、シナリオまで一部担当した(ついでに歌も(笑))という代物だ。

 人々が夢を見る力を失った世界で、中村青司の娘、中村千織に集められた
夢を見る力を持った4人。千織は彼らに、現実世界が『悪夢』に侵略されつ
つあることを告げる。しかし、全てを語る前に、彼女は密室状態の中で死体
となって発見された。主人公達は『悪夢』の侵攻を阻止するため、『悪夢』
の増幅装置たる館を巡り、彼らそれぞれに関係した館の謎を解き放つことに
なる、、、というようなシナリオである。              

 綾辻が執筆もおろそかにして入れ込んだ作品であるから、結構な期待をし
ていたのだが、残念ながら期待はずれだった。たしかにRPGとしては、満
足すべき出来かもしれない。無意味に複雑な地図(迷路館をとりあえず一巡
りするだけで、どれほどの時間がかかったことか)、やたらと数だけは多い
のに、基本のお使いゲームとしての要素は全部同じ、というダンジョン、な
どなど不満要素は多々あるけれど、とりあえずは投げ出すことなく、50時
間か60時間くらいはプレーしてたみたいだから。          

 しかし、ミステリファンとしては、思わせぶりにミステリであるにも関わ
らず、実は全然ミステリではないところが大いに不満。変な期待を持っても
しょうがないと思うのではっきり書いてしまうが、千織の密室にしても、ミ
ステリとして解決することは出来るのに、なんと解決は「抜け道」なんてし
ょうもなさ過ぎるものなのだ。それでも綾辻か、とがっくりしまうぞ。せめ
てあの状況ならばミステリファンが真っ先に考えるであろう、古典的なあま
りにも古典的な内出血の密室ではない、という検証くらいは必要だろうに。

 それぞれの館にしても、いかにもミステリ風のお膳立てがされているのに
結局ホラーというか、超自然的なもので片づけられてしまうだけ。最初から
割り切られていればまだしも、妙にミステリに媚びていながら肩すかしなシ
ナリオがいけ好かない感じだ。敵の名前など、あまたのミステリを知ってい
ればいるほど、くすぐられる名前が出てくるので、それを楽しもう、という
のがミステリファンの正しいYAKATA巡りと言えるだろうか。   

 採点は6点。そこそこ面白くはあるのだが、こんなものにはまらずに、ち
ゃんと館ものを書いてくれよぉ、というのが正直な感想といったところだ。

  

8/13 本格推理12 鮎川哲也編 光文社文庫

 
 素人公募として12巻を数えるのだから、「これぞ」という作品に何度も
出会って良さそうに思うのだが、意外に巡り会うことの出来ない、相変わら
ずの「本格推理」である。                     

 1011、そして今回と、このページでの書評も4巻目を数えるわ
けだが、この中では今回が最も面白味に欠けていた。10巻と同様に、小粒
な作品に満ちている。昨年同様、破天荒な作品は、13巻に回されているの
だと好意的期待をしておくことにしよう。特に、次巻で悪魔の1ダース、と
はしがきに書かれているのを見ても、それにふさわしい作品(つまりは私が
好みそうな作品だろうか?!)を次巻で読める可能性は、ちょっぴり(笑)
大なのだ。「本格推理」なんだから、「ちょっぴり」もしくは「ほとんどし
ない」くらいに、期待しておいた方が無難だからね。飽きずに買っている私
としては、「まったく」というのは悲しすぎるから。         

 さて、恒例だから仕方なくベスト3を選ぶとすれば、「店内消失」「消え
た指輪」」「霧湖荘の殺人」にしておこう。             

 ベストとするには弱いが、一応今回のベストは「店内消失」。見える要素
は多いのだが、「いかにもミステリファン」の考えそうなトリック、そして
「いかにもミステリファン」の心理を逆手に取った脱出方法と、まあ楽しめ
た。作者の一言は嫌みな感じを受けるが、作品には表れていないので良し。

 「本格推理」の場では、小味のネタを甘めの衣で包んだ光原百合(吉野桜
子)
の作品を上位に選ぶのは気が引けるのだが、今回は層が薄くベスト3入
り。「霧湖荘の殺人」は、まっとうな本格ミステリ。トリック、ストーリー
性と、まとまりが良くそつがない、優等生の模範解答みたいなミステリ。そ
れだけに、素人公募の面白みはほとんど感じられないのだが、仕方なし。

 今回の「とんがった系」は、「南の島の殺人」「壁の見たもの」の2作。
前者は、残念ながらわかりやす過ぎた。後者はやりたいことは笑えるのだが
その「やりたいこと」を除くと、あまりにもミステリとして成立しない。

 作者の方からメールを頂いたので、誉めようかと思った「女装老人の死」
だが、これはやはり一番に検討されなければいけない解決だと思う。これを
もって探偵の推理とするには、不可能性のポイントがもっと強固なものでな
いといけないだろう。                       

 採点は、いうまでもなく、相も変わらずの6点。          

  

8/23 匣の中 乾くるみ 講談社ノベルス

 
 うーむ、また評価の難しい作品を。ど真ん中直球勝負かと思わせておいて
の変則球、それもこっちの方こそ「消える魔球」な雰囲気である。最後の最
後で、ファンタジーな結末を持ってくるとは思わなかった。      

 しかし、とりあえず、そこは置いておくことにしよう。おそらく大抵の書
評はこれを中心に語られるのであろうから、ここでは、あくまでミステリと
して読み取ることに専念しよう。この場合「では、残りの事件についてはど
うなるのか?」というのが主眼になる。とはいえ、決して私に理解できてい
るわけではない。しかし、ヒントは整えられているように思う。おそらく解
釈は可能なのだ。まず、それぞれの事件に付いては反論されてはいるものの
完全に否定されているわけではない解釈が用意されている。完全に不可能性
のままほっておかれている事件はない(唯一のものは先程「置いといて」し
たものだから)。そこは評価してよいポイントだろう。竹本健治お得意の、
単純にメタの世界で無効化してしまうことはなかったと思う。終章2でのメ
タ化は、そういう収束破棄の逃げの方向ではないように感じた。但し、原点
である「匣の中の失楽」の現実と非現実が交互に錯綜する、酩酊感を再現す
るには圧倒的に弱すぎる。しかし、さすがにあの作品と比較するのは酷か。

(「匣の中の失楽」における最大の謎に関して、パラレルワールドな視点か
ら推理した書評はここに。「虚無への供物」のネタバレも含むので、注意)

 さて、先程言ったヒントは、やはり最終章の構造にあるように私は思う。
これは振られている通りに、1から順に解釈を進めて行くべきものなのだろ
う。まず1において、全ての発端たるファンタジーが語られる。消失点であ
るここから、物語は進んでいくのだ。次に2で語られるべきは、やはり犯人
と、おそらくはその動機である。そして3において、その陰の真の犯人(と
言えるかどうかは疑問だが)と、事件の真の構造が示される。そして、最後
に4において、それらの検証として個々の事件の再解釈が示されるのだ。

 事件の発端、犯人とその動機、真の犯人と事件の全体構造、個々の事件の
総括、こういう流れはミステリとして非常に自然な流れと言えるだろう。し
かし、ミステリを超越したラストの効果を高めるために、そして全ての輪を
閉じるために、1から4の順番が逆にされているのだろう。それ故、4にお
いて解決されるべき全てが、暗号化されて簡単にはわからないように伏せら
れているのではないか。最後まで読んで、ここに立ち戻って暗号を解くこと
で、全てが解決する。そういう構成になっているのかもしれないと思っては
いるのだが、残念ながら私にはこの暗号が解けなかった。全て35文字であ
ることと、イロハ歌と五行思想とを組み合わせれば、7文字×五行(洒落だ
よね)に書き下すところまではまず間違いないと思うのだが。     

 とりあえず、暗号が解けぬままではあるが、一応以上の流れから解釈を行
うならば、このような感じになるのであろうか?           

「匣の中」仮解釈(完全ネタバレ)へ...

 勿論これは一つの解釈に過ぎない。暗号を解いても、全く何も解決しない
可能性も高い。しかし一応作者として用意されている解釈があるものと好意
的に読みとって採点は7点とする。「Jの神話」の時は最後の解釈は面白い
ものの全体としては底の浅い作品で、こういう作品を産み得る背景があるよ
うには思えなかったのだが、評価の軌道は素直に修正しておこう。次回作が
またイロモノ・エンタテインメントだとしても読んでみることとしよう。

 長くはなったが最後に、本来なら解説で語られるべきであろう登場人物名
について記しておこう。ここでは「失楽」にのっとり、全て人形にちなんだ
名付けがされている。登場人物表の順に、ゴーレム、オートマトン(自動人
形)、サンダーバード、ピノキオ、腹話術士、アンドロイド、ぬいぐるみ、
マスコット、キューピー人形、バービー人形といったところだと思う。 

  

8/31 時計を忘れて森へいこう 光原百合 東京創元社

 
 北村薫加納朋子、若竹七海処女作等と同系列の作品に数えるのは、遠慮
させてもらおう。残念ながら、私の感性では、これはミステリではない。

 日常から謎が産まれ、その謎がミステリとなるためには、なんらかのジャ
ンプが必要になる。殺人や盗難や何がしかの悪意など、ミステリ的な要素が
あるかどうかなどは、決してミステリとしての必要条件などではないから、
そういうものを求めているわけではない。しかし、謎から解決に至るステッ
プ、あるいは時には謎そのものであっても構わないのだが、そこになんらか
の飛躍がなければ、それはミステリにはなり得ないのだと私は思う。  

 その飛躍の程度については、おそらく定義は不可能だろう。だから、個々
人の受け止め方によるものだと思う。謎と解決があれば、それでミステリと
みなす、という広義のミステリの立場を取るのであれば別だが、そうすると
今度はミステリと他の文学との境が極めて曖昧になってしまうように思う。
偏狭な文学と云われようが、やはりミステリは一線を画したものであって欲
しい。私には本書がそれに充分な飛距離を得ているとは思えなかったのだ。

 ちょっと特殊な”日常”であるかも知れないが、ここで描かれているのは
やはり”日常”だとしか思えなかった。だから、本書中にも記されているよ
うに、「護さんて外見に似合わず鋭いよね」ぐらいの評価が妥当だと思えて
しまう。「この名人はほんのわずかの材料からでも布を織ることが出来る」
と言われても、それが巧緻な織り目の布でなく、特徴も何もない単色の布で
あれば、その言葉も色褪せてしまおう。               

 にもかかわらず、記述者が探偵役を褒めちぎっているというか、恋心を率
直に表現されてしまうと、読んでいる方としては白けてしまうのだ。古今東
西の名探偵達が、どうして大概は嫌な奴であるのか、ほぼ例外なく何らかの
欠点を持っているのか、そうでなければ極端にデファルメされているのが普
通だ、というのが、こういう書に触れて改めて納得した次第である。  

 などと意地悪な見方で申し訳ないが、彼女自身がこれをミステリと捉えて
いるのならば、それは少々不幸なことだと思い、きつめの評価を行わせてい
ただいた。ミステリという衣を脱ぎ捨ててまでの、評価に耐えうるかと言う
と、私には押しつけの爽やかさが感じられて疑問。とりあえずリスト対象作
品にはしておくが、採点は6点の下位。               

 

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