ホーム創作日記

97年讀書録(7月)

7/2 嗤う伊右衛門 京極夏彦 中央公論社

 
 京極版の四谷怪談であるが、ミステリでは全くないし、それどこ
ろか実は、怪談でさえない。有名な鶴屋南北による「東海道四谷怪
談」の内容について、残念ながら良く知らないので、比較すること
は出来ないが、少なくとも全く違った視点から書かれた作品である
ことは間違いない。「東海道四谷怪談」が噂が辿り着いた果ての表
層の物語なら、これは噂に到る前の裏面の真実の物語である。 

 現代の語り部たる京極が丹念に紡ぎ出した物語、実に哀しく切な
い。特異な話だと感じさせないのは、人が人として描かれているか
らであろう。自分の中にもある一面として捕らえることが出来るか
ら、ちょっとしたすれ違いや、愛情のすり替えが重なって、自分の
意識を越えて、どうしようもなくなっていく様が理解できるからで
ある。悪役である伊東喜兵衛に関しても、同じくそれは言える。悪
役という役割で描かれているのではなく、人間として描き込まれて
いるので、悪役と言えども哀しい。感情の表し方がそうなってしま
うというところも、理解し得るのだ。            

 恋愛小説としてのラストもまた、哀切で美しいのだが、ちょっと
わかりにくい部分はある。意識的な構成だろうが、消えた後の岩の
行動、心情が語られていないためである。          

 さて、採点をどうしよう?エンターテインメントは全てミステリ
に含まれるというのは現在の傾向であるが(参考文献:「このミス
テリーがすごい」)、やはりミステリ書評という観点からは、ミス
テリ外の作品に関しては、辛目に付けることにしよう。そういうわ
けで、採点は7点。                    

 ところで、こういった作品を今後も出していこうという意志は、
京極にあるのだろうか?それともたまたま、この四谷怪談の話を書
きたかっただけなのだろうか?もしも、こういった話が今後も書き
続けられるのなら、是非とも読んでみたいものを一つだけ挙げてお
こう、、、京極版「耳なしほういち」、ね、如何でしょう?  

  

7/7 カリブ諸島の手がかり T・S・ストリブリング
                      国書刊行会
 
 うーん、ちょっと期待が大きすぎたかも知れない。北村薫も「初
めて完全な姿を現す、あの『カリブ諸島の手がかり』」と「あの」
付きで書いているし、「山口雅也氏は昔から短編ベストを選ぶに際
してストリブリング作品を挙げている」し、「クイーンは(中略)
ミステリ史上最も重要な短編集十傑を選んだ際の次点にも掲げる」
というほどの作品集だし、その謳い文句も「異彩を放つ超本格派」
で、「恐るべき超論理による犯罪に遭遇する」わけで、「ミステリ
史上類を見ない異常な傑作」とまで書かれている(解説及び折り込
み広告より)のだから、これで期待するなという方が無理があると
いうもの。                        

 舞台のユニーク性と「超論理」という言葉から、民族性に基づく
ユニークな論理(泡坂妻夫の亜愛一郎を連想させるような)による
犯罪を期待していたのだが、その期待はそれほど満たされなかっ
た。「それほど」というのは、確かに泡坂風では全然無いが、民族
性が犯罪自体やその動機などに反映されてはいるからである。 

 しかし、あえて言おう。この短編集がこれほどの評価を受けてい
るのは、以上のような部分はむしろ後付けで、「ベナレスへの道」
一作、それも最後の4行ほどによるものなのだろうと。解説では、
これは本質的な要素ではない、などとされているが、思想やその構
成的動機はどうあれ、探偵小説の驚きという面から見れば、どうあ
ってもこれは本質的要素である。              

 従って、これを楽しむためには、それを予想し得るものに事前に
触れてはいけない、それなのに、それなのにこの解説者ときたら、
それを匂わせる解説をネタバレ注意よりも前に(具体的に言えば、
初版P350の第2節の部分だ)、やってくれているのだ。これで
当社比40%ほどは感動が減ってしまったに違いない。だからこれ
からこの作品を読まれる方は、決して解説を読まずに本文にお進み
ください。                        

 個々の作品的には、1作目「亡命者たち」が一番ミステリ的には
楽しめた。民族性も絡んで、非常にユニークな犯罪の構成である。
皮肉な毒とユーモアに満ちた佳作。2〜4作目はミステリ要素は薄
い。謎があり、探偵行為があり、解決はあるのだが、探偵法は警察
的な手がかり追い、もしくは冒険行為に過ぎない。そのせいか解決
も全般的な皮肉な味わいはいいのだが、謎解きのカタルシスの醍醐
味はない。「クリケット」の解決後の新聞記事は非常に面白いが。

 さて、最後の「ベナレスへの道」だが、犯人の論理も面白いこと
は面白いのだが、それをかすませる衝撃がある以上、評価はそこに
よるものが大きくなってしまうだろう。上記したように私は解説者
に食らわされてしまったため、それが衝撃度へのクッションになっ
てしまい、残念。そういう意味をふまえて、総合点は6点。  

  

7/12 まどろみ消去 森博嗣 講談社ノベルス

 
 一体何のための作品集なんだかさっぱりわからなかった。少なく
ともミステリ短編集ではない。内容的にはショートショート集とい
った趣ではあるのだが、一貫性があるわけでもない。オチのある作
品ばかりでなくて、たとえば最終作などは単なる私小説といっても
いいような内容。                     

 雑誌掲載作品を寄せ集めた短編集なので、カラーの統一はされて
ませんよ、といった通常の理由ならいざしらず、書き下ろし短編集
としてこんな作品集を出す真意が理解できない。そろそろ短編集も
欲しいよ、という出版社事情なのかわからないが、遅筆な作家でも
ないのだから(正反対だよなぁ。また一気に今後の予定が増えてい
るんだもんなぁ)、こんな中途半端ながらくた捨て場(失礼!)み
たいな短編集を出さなくてもいいだろうに。         

 麻耶くんの書評で、第一短編集はその作家の持ち味が良くも悪く
も最大限に色濃く現れるものだ、と書いたけどこの作品集は例外。
森ミステリィのエッセンスが全て詰まった、なんて扉解説は森博嗣
に対して失礼でしょう。こんな作品集に、、、(という私の書評の
方がよっぽど失礼だって?)                

 さて、本書唯一の(狭義の)ミステリ「誰もいなくなった」であ
るが(唯一の犀川登場作品でもあるし)、長編においては長編用の
パズルを常に提出してくれる作者らしく、短編においても短編らし
いパズルを提出してくれた。つまりは小粒だということでもあるの
だが、肩の凝らない軽い読み物でまあいいだろう。「あれが……、
犀川先生か」って台詞は結構好きだし。           

 あとはパロディ2種(1作はミステリの。1作はゲームの)、ミ
ステリ風短編2種(虚空、悲鳴)、オチもの2種、きちがいもの3
種、私小説1種というラインナップである。         

 雑多であまり意味のない短編集ではあるのだが、5点付けるほど
のもんでもあるまい(5点でもいいのだが)、とりあえずの6点

  

7/17 複製症候群 西澤保彦 講談社ノベルス

 
 西澤保彦SF新本格第5弾!(時間反復、人格転移、死体蘇生、
瞬間移動、複製人間)、、、としたいところだが、残念ながら今回
はSF的な”おはなし”に過ぎない。謎解きや西澤流の凝った仕掛
けはほとんど見られない。                 

 状況小説とでも言おうか。こういうシチュエーションを考えて、
その中で単にストーリーが展開していくだけである。しかもそこで
展開される話は、折原一を思わせる「みんなキチガイ」なおはなし
である。ここで、「人間なんてそうそう気が違えるもんじゃない。
全然リアリティないんじゃないのぉ〜」なんて言うつもりはさらさ
らないが、ちょっと食傷してしまうきらいがあるのは事実。  

 それからシチュエーションがほんとにただのシチュエーションで
終わってしまうところも気になるところ。人間の特殊な才能であっ
た時間反復、瞬間移動に関しては、もともと説明を要しないものだ
と納得してもいいが、人格転移、死体蘇生、複製人間に関しては、
外的な要因なのだから、単にこういう設定にしたんだけど、だけで
なく何らかの裏打ちを欲しいところ。その意味でも「人格転移の殺
人」はオチにつながる説明も付いて、現在のところ西澤保彦の最高
傑作であろう(「七回死んだ男」を挙げる人も多いだろうが、個人
的にはこちらを選択したい)。               

 「死者は黄泉が得る」でもそうであったが、今回はそれに輪をか
けて、設定は単なるシチュエーションというだけで、完全にほって
おかれてしまう。途中であれじゃ到底誰も納得しそうもない「コピ
ー収穫説」が出てくるだけで、その意味ではSFとしても不完全作
品。キチガイが多く出てくるとはいえ、西澤流の処理の仕方なんだ
から、サイコホラーになるわけもなく、コメディとして成立してい
るわけでもない。                     

 西澤作品としては、駄作の部類に入るだろう。採点としては、す
れすれの6点。だから、こんなに量産しなくていいから、もう少し
構を練ってから、書いてくれないだろうか?期待している作家だけ
に、だんだん道がずれていくのを見たくはないのだ。     

 ところで、あとがきに書かれている、インスパイアされた岡嶋作
品とは一体何なのだろう?あまり自信があるわけではないのだが、
一応の予想をしてみた。もちろんネタバレになるので、    

「あとがき解答予想」のページへ...

岡嶋二人のある作品のネタバレがあります。作品名はリンク先で
ばらしていますので、注意!
)               

  

7/25 19ボックス 清涼院流水 講談社ノベルス

 
 なんだかなぁ、なんだかなぁ、なんだかなぁ、、、相変わらずの
大言壮語の誇大妄想で、いったいどうリアクションしてやればいい
のやら。                         

 前2作にも増した、流水大説ならぬ流水大言の嵐で、当然真面目
に受け取っている読者など、そんなにはいないのだろうが、ここま
で来ると、大笑いするか、怒りまくるか、呆れ果てるか、途方に暮
れるか、マルチエンディングなんかじゃなくて、マルチリアクショ
ンになってしまうところだ(私の場合は、大笑いと呆れ果ての中間
といったところだろうか)                 

 清涼院という作者、症状が高じて何故か露出狂になってしまった
自閉症患者というイメージを受けてしまう。あるいは、自己顕示欲
の強い、虚言癖のある、とびきり頭のいいバカといったところか。

 さて、では作品の方に入ってみよう。もともとマルチエンディン
グな新みすてりなんてことは、初めから信じちゃいないが、とりあ
えず素直な私は、作者の言うように、巻末のアドベンチャーゲーム
から始めた。当然Q1の質問では「大嫌いだ」を選択する。結果は
リクエストR『作品成立年代順コース』になってしまった。他の作
家ならともかく、こんな作者の執筆状況なんて到底分析する気は起
きないので、途中の(Q1の答は変えようがないので)選択をやり
直した結果、リクエストJ『本格推理物語ファンコース』に辿り着
いた。これはもう自分の望むものそのままということで、『木村』
『華詩』『CD』『切腹』と読む順番が決定した。      

 で、その順番で読んだ結果だが、予想通りマルチエンディングと
いうほどのものは感じられなかった。4つの短編を一つの長編とし
て受け取れる話に仕立て、個々の関係をそれぞれの中途まで隠す構
造になっているだけだ。連作の場合は大抵時系列に沿って並べられ
るのが普通だが、それがばらばらになっていること、同名の作品を
作中に出てくる書物名に使っているなど、紛らわしい目眩ましを使
ってる部分が、無意味に清涼院している。          

 読む順番によっては、真相の表れ方が微妙には変わるかも知れな
いが、その程度と云えよう。いずれにしろ『切腹』が、解決編とい
う役割を担っているのだし。一応、ここで浮かび上がってくるもの
を、時系列に沿って、まとめておいてみよう。当然ネタバレ注意

「19ボックス時系列」のページへ...

 ところで、これは「剥き出しの解決であり、本当の意味で答えが
示されるのは、二回目に読むときから」なのだそうだ。とてもじゃ
ないが、私はそんなことするつもりはないので、清涼院ファンの方
は是非お試しください。結果は教えてくれなくてもいいです(笑)

 まあ、内容的には全然面白くなかったわけじゃないが、単独で成
立しているとは思いにくい『華詩』『切腹』は下らない作品だと思
う。特に『切腹』は清涼院流水の全てが凝縮された作品。「全て」
がということは「ほとんど悪い部分が」と云った意味と等価。良い
部分ってひょっとしたら「ギロチン探偵」のアイデアだけ(笑)か
も?                           

 『木村』は清涼院の嫌味が強めに現れてはいるが、許容範囲内。

 今回最も評価できるのは『CD』。OMEMや女帝ってのが、あ
まりにも取って付けた感じなのだが、全体としてはなかなか洒落た
モダンホラーに仕上がっている。わずかに挿入された自己顕示を除
けば、文体にもそれほど嫌味は感じられないし、結構読み入ってし
まった。オチの付け方はなかなか秀逸。この作品があるので、総合
評価は6点。次回作を読むかどうかは未定。         

 

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