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98年讀書録(5月)
5/1 死の命題 門前典之 新風舎
マイナーな出版社から発売されたため、見逃している人も多いと思うが、
これはイカモノ系が好きな人には、絶対にお薦めの一編である。昨年度の私
のベスト10が描き変わってしまった。新作としては、麻耶の2作品に次ぐ
第3位の作品とする。 .
第7回鮎川哲也賞の最終候補作「唖吼の輪廻」を改題したもので、一応理
由は納得できるものの、今回の題名も意味不明で、かつ地味で、印象に残ら
ず、出版ルートの不利に加えて、非常に損な要素となっている。 .
しかし、内容は凄いぞ。将来ミステリ好きな人間が集まったとき、「そう
いやあ、昔こんな趣向の作品があったよな。もう題名も思い出せないけど」
ってな話題に上りそうな作品である。「翼ある闇」や「消失」や「殺戮にい
たる病」のような、カルトな趣を持つミステリの仲間入りを果たしそうだ。
本の入手の困難さも合わせて、マニア泣かせの一編になるかも。 .
この作品の解決編では、三回も笑わされてしまった。「笑わされた」とい
うのは、私の場合、最上級のほめ言葉と理解してくださって構わない。「よ
うやる」や「すげえぜ」の極まった表現である場合がほとんどだから。 .
三回とは、まず密室の解明において、次に、その密室すら凌駕するトンデ
モ・トリックによって、そして最後は、この作品が意図していたバカ凄い趣
向が明らかにされた時に。そのいずれもが、一見の価値はある、奇想好きな
人には美味至極なネタである。人によっては、特に2番目のトンデモ・トリ
ックに関しては、驚愕を通り越して憤慨してしまう人もいるかもしれない。
最初の密室トリックに関しても、ちょっと無理があるような気がしないでも
ない。しかし、それらも最後に明らかにされた奇想の趣向を支える、重要な
要件だったことを理解すれば、もう許してしまえるんじゃないだろうか。.
この最後の奇想は、とんでもなく凄いと思うぞ。過去に例がなかったわけ
ではないと思うが、これだけの盛り込みで、この奇想を実現させたのは空前
絶後だろう。まさに愛すべき大馬鹿野郎である。メジャーな出版ルートにの
っかってたら、もう少しは話題に上っていただろうに。奇想ミステリファン
は、どうやってでも手に入れて、読んでおくべき作品だと思う。 .
採点は文句無く8点。トンデモと奇想に大満足の衝撃作品である。 .
5/4 Jの神話 乾くるみ 講談社ノベルス
ついつい手を出してしまったが、やはりこれは全くミステリではないな。
ジャンル分けを行うならば、「ホラー」の項目に入れるべき作品だろう。ま
あ、メフィスト賞自体が、ミステリの賞ではなく、ジャンルを凌駕するエン
タテインメントに贈られる賞のようだから、あくまでミステリを期待してし
まうこちらの方がいけないのだろうが。 .
内容は実にマンガチックである。「トーマの心臓」の導入部に始まって、
この舞台ならお定まりの「クリームレモン2〜エスカレーション」に突入し
て(キスシーンなんか、そのまんまの雰囲気)、ホラー系の18禁エロ漫画
に収束するのである。思わせぶりなだけで、大して意味はない、「黒猫」と
いう女探偵にしても、すぐ打ち切りになるような少年漫画にありがちな設定
みたいだ。全体的には、18禁OVAに腐るほどあるホラー物(「妖獣」と
か「淫獣」とか「淫魔」だとかがタイトルに付く類の作品だ)と思って頂け
れば、大体の雰囲気はわかっていただけるだろう(って、普通はそんなもん
ますますわからんか) .
そういう底の浅い作品で、ジャックの正体が現れた時も、大して驚愕も感
じなかったし、たとえ感じたにしても、あまり評価につながるような驚愕と
は言えないだろう。ここまでの評価点は5点である。 .
しかし、まあエピローグでの理由付けは、割合良く出来ている。これがな
かったら単なるグロな作品という評価で終わってしまったろうが、一応それ
なりの面白みを持った理屈の後付けである。最後の最後の、「リング」以降
流行とも思える、終末の暗示は付け足しとしても、太古からのある概念に対
しての、新しいと言い得る解釈の提示だけは、一応評価しておこう。その辺
をプラスして、総合評価は6点とする。しかし、エログロなホラーにちょっ
と興味がある人以外には、そうそう推薦できない作品であろう。 .
5/7 キングとジョーカー
ピーター・ディキンスン サンリオSF文庫
「ガラス箱の蟻」「英雄の誇り」で、2年連続英国推理作家協会ゴールデ
ン・ダガー賞を受賞しているピーター・ディキンスンの作品である。サンリ
オSF文庫ということでおわかりのように、かなり古い作品である。1作毎
に趣向を凝らしたユニークな作風という評判を聞いていたので、妻が図書館
から借りてきたのを幸い、私も読んでみることにした。 .
舞台は、架空のイギリス王家である。魅力的な王女ルイーズ(愛称ルル)
の視点から事件は語られる。まずは、王ビクター2世がヨークハムの受け皿
の蓋を取るとがま蛙がいた、というような他愛ないいたずらから始まって、
段々それが異常さを増してきて、やがては殺人や、爆弾による殺戮にまでエ
スカレートしていく。 .
勿論、その事件の謎も、興味の中心の一つではあるのだが、それよりもむ
しろ王家の内幕の謎やその顛末の方が、より興味深く面白みがあったりもす
る。王と王妃、そして王妃の私設秘書の、王家という特別な条件の上に築か
れる、奇妙な関係などは、物語的愉しみに満ちている。これに、王家をずっ
と見てきたダーディと呼ばれる乳母が加わり、利発でキュートな主人公ルル
の、自分探しや冒険の成長物語的な読みとり方もできて、そういう部分の方
がおそらく楽しめるであろう。 .
ジョーカーに関しての意外性等は、あまり盛り込まれているようには思え
ないので、ミステリとしては6点が限界か。しかし、他の作品に関しても、
それぞれ題名だけではどんな作品か想像できず、興味を沸き起こさせる作者
である。 .
5/10 死はわが隣人 コリン・デクスター
早川ポケット・ミステリ
なんと、初めはこの作品で、モースシリーズを終了させる積もりだったら
しい。たしかにシリーズの最後で、今まで不明だったモースのファーストネ
ームが明らかになる、というのも洒落てはいるのだが、ちょっとシリーズ最
終作とするには、インパクトの弱すぎる作品ではないか。探偵の人気投票で
一位を獲得してしまう程の人気シリーズなのだから、さすがにそうあっけな
く終わらせてはもらえなかったようだ。 .
ところで最初の話に戻るが、名前一つでここまで盛り上がるのだから、こ
れから探偵役を創ってみようという人は、やはりなんらかの謎を設定してお
くべきなんだろう(笑)名前が不明(名無しのオプ等)、過去が不明(「昔
人を殺した」と言う火村の設定等)、身元が不明(亜愛一郎等)等いろいろ
謎の設定のしがいはありそうだ。きっと性別が不明とかもあるのだろう。さ
しずめ現在なら、インターネット上の仮想空間で出会ったキャラクターが、
安楽椅子(コンピューターチェア?)探偵となって推理するなんて、安っぽ
い小説か、井上夢人あたりで出てきそうだな。ホームズっていうIDネーム
しかわからなくて、一切の身元が不明(当然年齢も性別すらもわからないわ
けだから)で、話を重ねる度に、少しづつワトソン役の主人公が、探偵の身
元を推理する材料が揃ってきて、最後には、、、って奴。ありそうでしょ。
さて、またまた最初の話に戻るが(以下英語が得意な人には、モースの名
前に関して、ネタばれになってしまうかもしれません、お許しください。)
辞書を引いてみたところ、この名前は「努力」って意味だった。どう見ても
ひらめき型探偵であるモースに、この名前とはなかなかパラドックス的で、
はまっているとも言えるかもしれない。個人的には気に入った。 .
さて、内容以外の語りばかりになってしまったが、一応デクスターらしい
転々とする顛末ではあるのだが、同じ転び方のまま、淡々と結末を迎えてし
まったように感じた。採点としては、平凡な6点。 .
5/16 コミカル・ミステリー・ツアー2
いしひさいち 創元推理文庫
隠れ(でもないか)ミステリファンであろういしいひさいちの、ミステリ
ファンなら必読漫画の一つに数えてもいいような名シリーズ。これで、自分
がシャーロッキアンだったら、舐め尽くすように楽しめるのだろうけど、残
念ながら、元の話をそこはかとなく想像したり、乏しい記憶を辿りながら、
読まなくちゃならないのが、ちょっとだけ辛いところ。 .
では、ランキング好きの私が選ぶ、ベスト5! .
1位:京風の家 (つかみから、落ちまで見事な出来映え)
2位:土岐の娘 (安楽椅子探偵歴史推理に新たな1頁が)
3位:罪ほろぼしの女 (さすが4コマの神様、見事な落とし!)
4位:高利火車 (素材を意外な方向に転がした匠の技術)
5位:キャンバウェル毒殺事件(最後の一言で「おいおい!」と落とす)
次点:リヴィエラを撃ってんか、出産女の夏、赤輪党 .
題名賞:「夏の若妻」「屋根ウラの乱歩者」 .
ちなみに、1位の題名と同じアイデアで、以前考えた駄洒落があって、近
頃BIGLOBEのクリエイティブファームって頁でやってた、「だじゃれ
&おもしろ川柳」で優秀作を頂いてしまいました。この場を借りて紹介。.
「こんにちはどすえ〜、こんにちはどすえ〜」
「なんやそれ?」 .
「京風ハロー注意報」 .
てなわけで、脱線しちゃいましたが、採点は7点。シャーロッキアンなら
ば、8点は固いとこだろう。 .
5/19 グランド・ミステリー 奥泉光 角川書店
ミステリと純文学との狭間で、独特の読み応えのある作品を産み出してい
る奥泉光の新作である。挑発的とすら思える、大胆な題名に惹かれて、今回
久しぶりに読んでみることにした。「葦と百合」と本作しか読んでいない私
には、奥泉光自体を語る資格はないので、本作に限って、感想を書いてみる
ことにしよう。 .
まず前半部は戦記物である。事件が織り込まれてはいるものの、骨格が戦
記物では、馴染みのない私には、読み進むのにかなり苦痛を感じた。中途で
意外にもSF的設定が現れてきて、本書の狙いとなる構造が見えてくる。よ
うやく自分のテリトリーに入って来たかな、というところである。 .
しかし、それでもあまりにももどかしい。あったかもしれない世界(おそ
らくはあったはずの世界)を描くにあたって、作者の脳裏にあったのは、何
なのだろう?このところ出版界に、多大な一角を占めている架空戦記物の世
界か、それとも昔からSFの中でも重要なポジションを占める時間物の世界
なのか?前者ならば(私は読んだことはないが)、現実と違う部分が産み出
す意外性やわくわく感、後者ならば、時間に積極的に絡んでいく、あるいは
時間に翻弄されてしまう主人公への感情移入やサスペンス、そういう面白さ
に引き込まれるのが普通かと思われるのだが、本書では「引き」の形で描か
れているように感じた。それが自分には、このもどかしさを産むのだ。 .
ズレに関しても、二つの世界はあまりにも近過ぎる。これが徐々にオーバ
ーラップしていく、緊張と緩和のあやうい微妙さ、二重写しの風景にたゆた
う酩酊感、この辺の記述が主眼なのかもしれない。これでもかと押してくる
記述ではなく、読者をかわすように逃げていく記述。しかし、たとえそうだ
としても、主人公として配置されているはずであろう、加多瀬の無気力ぶり
はどうしたことだろう。関与も逃げもせず、追うこともせず、ただ流れてい
るだけ。積極的に流れを変えようと試みる者や、これを利用して太ろうとす
る者の方が、遙かに魅力的に思える。「何でもいいから動けよ、お前」と歯
痒い思いをしたまま、なにげに終わってしまった。 .
この設定であるならば、スケールのでかい話にすることは容易だったよう
に思えるのだが、ミステリ的な部分はこじんまりとした解決だったし、無気
力主人公は全く話を膨らませてはくれないし、全然「グランド」ミステリー
じゃないとしか思えなかった。文学的興趣はあるのかもしれないが、私にと
ってはフラストレーションの溜まる1作。個々の面白味はあるのだが、総合
点は拍子抜けの6点。 .
5/26 スコッチ・ゲーム 西澤保彦 角川書店
ミステリとしては、このところの西澤保彦の中では、もっとも良い部類に
入るのではないだろうか。犯罪の構造は、非常に良く出来ている。一見単純
としか思えなかった事件の構造が、こんなにも複雑に、多くの条件が絡み合
って、形成されたものだったとは。西澤保彦のミステリ的センスが、決して
はったりやけれんみにあるのではなく、本筋として極めてまっとうなもので
あることを証明する一編にもなり得るかもしれないと思う。 .
、、、と誉めておいてなんだが、しかし、残念なことに、ちっとも面白く
ないのだ。読んでいて、全然つまらないのだ。一つには、実はミステリ的興
趣に溢れた事件なのに、上記したように一見しただけでは、単純なものとし
て見えてしまう為ということもあるだろう。SF新本格の西澤というイメー
ジが、常に大きく脳裏にある為、設定の妙や特別の舞台のない、こういう作
品には、ギャップを感じてしまうのかも。 .
しかし、おそらくそれだけではない。私にとっては、多分こちらの方が重
みがあったのだろうが、ずばり言わせてもらえば「人間ドラマが下手だ!」
ということである(下手と言うより、設定が馴染まない、とでもした方がい
いのかもしれないが) .
西澤保彦の場合、特にSF新本格において顕著に感じられるが、登場人物
は本格ミステリというゲーム盤上に配置される駒という様相が強い。駒とし
て機能するために、他と容易に区別できるよう、はっきりと色分けされてい
るのだ。赤の駒、青の駒、黄の駒というように、それぞれの属性が与えられ
ている。これはタックやタカチなどのこちらのシリーズの登場人物について
も同様である。 .
SF新本格ならばそれでいい。その点極めて明快であるから。ルールを設
定して駒を動かす。まさにゲームそのもので、だからこそ面白い。ゲームの
意外な進行や、ルールを巧みに生かす、あるいは盲点を突く作戦を楽しむこ
とが出来るからだ。しかし、こちらのシリーズではどうだろうか?失礼な物
言いをすれば「駒が人間ドラマを演じても、真実味が全く感じられない」の
だ。色分けのために塗った色であるのに、無意味にもっと深みを与えようと
色を加えていくうちに、段々汚い色になってきているような、そんな虚しい
状況にすら思えてしまう。 .
ある意味、大昔のミステリ・純文学論争につながる話かも知れないが、西
澤保彦には「そんなもんくそくらえ」な開き直った男でいて欲しい。ミステ
リとしては悪くないのだが、上記を持って、採点としてはわずかに7点に及
ばない6点にしておこう。 .
5/28 ストレート・チェイサー 西澤保彦 カッパノベルス
まあ、相も変わらず5点に限りなく近い6点やなぁ、と少々あきらめにも
似た心境で、読了しそうになったのだが、最後の一行に喰らった。「ほほほ
ぉ」と感嘆の声を漏らしてしまった、、、と思ったら、有栖の帯にそういう
ことが書いてあるじゃないか。買ってから読むまでに時間がかかってしまっ
たため、すっかり帯の文句など忘れてしまっていた。滅多にあることではな
いが、とても幸せなことである。(余談になるが、犯人の名前が最終頁にあ
る本に関しては、解説を左頁から始めるのはやめて欲しい。つい右頁にある
犯人の名前が目に付いてしまい、それを完全に忘れるために、数ヶ月あるい
は数年の冷却期間をおいて、やっと読み始めるという経験をしたことがある
人は、きっと数多いはず。黄金時代には多かった、犯人の手記で終わる小説
は特に要注意である) .
ところで、その肝心の最後の一行だが、この手が西澤保彦のオリジナルか
と言われると、実はそうではないように思う。△○◎と思わせて実は−○◎
(○◎は、それぞれ同じ漢字。あとの二つの記号は説明略。事前にこの評を
読んでいて、これでわかってしまったじゃないか、という方、ご免なさい)
という手は、以前HK氏の作品で読んだような気がするんだが、どうだろう
か? .
事件自体の面白味は、今回もあまりない。今回のSF的設定は、かなりぼ
かした書き方がされているので、実はそう思わせておいてうっちゃりか、と
思っていたが、そうではなかった。まぁ、あとがきで映画のことが書かれて
いるから、ごまかしようがないと言えばないのだけど。 .
最後の一行で随分と盛り返しはしたが、やはり前例はあると思うので、今
回もわずかに7点に及ばない6点。ところで題名には、「まっすぐに追うも
の」というようなダブル・ミーニングもあるんだろうなぁ。「追う」という
意味は、決して悪い意味合いの方じゃなくてね。 .