ホーム創作日記

97年讀書録(4月)

4/2 名作集1(日本探偵小説全集11巻) 東京創元社
 

 結局何年待たされたのだろう?もうすっかり忘れた頃に、やっと
これで完結した日本探偵小説全集である。話は変わるが、創元さ

ん、まだ”あれ”が完結してないのは覚えていますよ。これは創元
というよりは鮎川先生自身に言うしかないことなんでしょうけど。

 名作集に戻ろう。さすがに待たされただけはあってか、内容は充
実している。一人1編ではないので、通常のアンソロジイに必ず収
録されている作品ばかりではないのが、最も嬉しいところだ。個人
的には、山本禾太郎は「窓」という短編での傑作があるのだから、
これにして他の収録作を増やして欲しかったと思った部分が減点。

 出来れば、もっと知られざる作家の傑作が拾ってあれば、もっと
評価できるのだけど。北村薫が解説で言っているように、「こうい
う機会に埋もれた名作を発掘したいと思うのは人情だが、端的にい
って、いいものなら知られている。これは無理なことだ」というこ
とになるのだろうか。                   

 個々の作品の解説は、巻末の北村薫に譲り、印象に残った作品だ
け挙げておこう。今回初読の作品の中では、地味井平造の「魔」、
佐藤春夫の「『オカアサン』」が良かった。前者はそのユーモア性
が。そしてそれはミステリの成立性に関わる問いかけと言ってもい
いような気がして。後者は、謎を冷徹に解き明かす本格推理では到
達し辛い深みを見せてくれた、その叙情性に。        

 既読の作品を含めれば、ベストはダントツで「監獄部屋」。北村
薫の「落雷のような結末」とは非常にうまい表現。いつまでも忘れ
られない印象を残す、日本の短編のベストのうちの一作。   

 他には、文学のキュービズム(大嘘)芥川の「薮の中」、ミステ
リのコードを破壊する(中嘘)谷崎の「私」、詩的世界の不可能犯
罪(ちょっと嘘)渡辺温の「兵隊の死」、探偵小説を一世風靡した
大ボラ話形式の決定版の一つ(ひょっとしたら本当)渡辺啓助の 
「偽眼のマドンナ」などは、やはり再読、再々読に耐える名作。

 古き良き日本の探偵小説に触れるのに絶好だった「『新青年』傑
作選」や「『宝石』傑作選」が古本屋で高値が付いている悲しい現
状であるから、この日本探偵小説全集は絶対に絶版にせずにずっと
残していって欲しいもの。                 

 新しい驚きには残念ながら出会えなかったが、採点は8点。 

  

4/11 瞬間移動死体 西澤保彦 講談社ノベルス

 
 西澤保彦SF新本格第4弾、時間反復、人格転移、死体蘇生に続
いて、今回は題名通り瞬間移動(テレポーテーション)である。勿
論今回も幾つかの制約条件付きである。一つ、酒が必要なこと(下
戸なのに)。二つ、身一つでしか飛べないこと。但し、二つ目の条
件は若干甘いところがある。身体に刺さったナイフなどは、一体と
みなされるのだ。そして三つ、飛び先にある何か一つの物が代わり
に戻されてしまうこと。                  

 最初の二つの条件だと、確かにうまい利用方法は、ちょっと難し
いだろう。必ず裸になってしまうため、うかつなところには飛べな
い。飛び先で必ず酒が確保できなくてはならない。飛び先に何かを
持っていく、または飛んだ先から何かを持ってくることが出来な
い。これは三つ目の条件をうまく使えば、手順を踏んで目的の物や
複数の人を飛ばすことも可能なのだが。(余談になるが、二つ目の
条件の甘さを考慮すれば、例えば口の中に含んだ物などは、そのま
ま転送されるのではないだろうか?小瓶に入れた酒を用意しておけ
ば、どこに飛んでも安心だと思うのだが。少量で酔えるわけだか
ら。帰りは札束を含んで帰れば、大金持ちになれるし、、、なんて
裏道を考えてしまうよなぁ。あともう一つ、SEXしながらの状態
だったら、一辺に二人飛べるんじゃないだろうか、なんてことも考
えてしまったのだが、、、)                

 さて、こういう境界条件で、事件の謎を解いていくわけだが、今
回はかなりわかりやすいと言ってよいだろう。読者の方もこういう
手法に慣れてきたということも、ひょっとしたらあるかもしれない
が。                           

 私は真相には辿り着けなかったが(私の真相予測へ)、ある程度
の推測は、皆容易に出来たことだろう。「死者黄泉」はプラス要素
とマイナス要素の強いベクトルが打ち消し合っての6点だったが、
今回はプラスのベクトルがちょっと弱くて、7点にはし辛いという
意味での6点。                      

  

4/17 封印再度 森博嗣 講談社ノベルス

 
 題名から言って”あの人物”再登場かと期待した人も多かったの
ではないだろうか?インパクトからデビュー作に選ばれた「すべて
がFになる」は元々4作目だったらしいから、その後を受けた作品
でもあったわけだし。残念ながらその期待は裏切られた。   

 今回の作品は、三つのストーリーから構成されている。一つは犀
川と萌絵のラブストーリー、一つは事件の謎、一つは壷と匣の謎。

 三つの中で最も弱いのが、事件の謎である。密室、証言、事故と
それなりに凝った物が揃ってはいるのだが、構造自体が単純なせい
か、印象に残らなかった。私はそれほどは感心しなかったが、”証
言”に関しては、伏線も色々と張ってあって、気に入る読者も多い
かも知れない。                      

 比重的には今回は、犀川と萌絵のラブストーリーが最も高かった
ように思う。度肝を抜く展開もあるわけだし(笑)あそこに関して
は、腹を立てた読者も多いことだろう。まぁその辺の所を含めて、
今回は萌絵の「嫌な女」度はそこそこ高かったので、個人的には良
かったかも知れない。その分犀川の「嫌な奴」度が減っていたが。
「おいおい、ポーズだったのかよ」と言いたくなるような、自己を
振り返るシーンなどはない方がいいように思う。       

 さて、最後の壷と匣の謎だが、最初から最後まで貫く中心の謎だ
けあって、これだけは非常に面白い。見事に良くできたパズル。こ
れが解ける読者はそうそういないだろう。これだけ綺麗にすっきり
と爽快に解けるとは思わなかった。             

 事件自体は単調で、主役二人に思い入れはないため、主体となる
ラブストーリーも特に楽しめるわけではない人間にとっては、かな
り冗長な小説ではあるが、このパズルの傑作が最後をすっきりと締
めてくれるので、採点は7点。               

  

4/23 妖鳥(ハルピュイア) 山田正紀 幻冬舎ノベルス

 
 特に「シンデレラの罠」と「虚無への供物」が出会ってるわけで
はない(出会って無いどころかどちらも全然やって来てはいない)
のだが、過去幾度か単発的に出ていた山田正紀のミステリの中で
は、最良のものだろう。女囮捜査官シリーズを読んでいないので、
その中にはもっといいものがあるのかもしれないが。     

 しかし、法綸の推薦文はまあ冗談半分で(ほんとか?)いいとし
ても、裏カバーは偽りあり(!)だろう。驚天動地の密室大トリッ
クなんかいったいどこにあるんだ?、、、そもそも密室トリック自
体がないじゃないか?と思ったが、火災の話と豊隆が推理する無菌
室の話は一応密室の話になるのだろうか?うーむ、よくわからん。

 記憶を失くし、閉じこめられた女。女は天使なのか悪魔なのか?
二つの流れに、盛りだくさんの内容が雑多に詰め込まれ、焦点が定
まっていない印象を受けた。特に「天使か悪魔か」という主題を生
かそうとして、二人の女性に必要以上に不可解な要素を与えすぎて
いるような気がする。そのせいか二つの流れがつながった段階での
すっきり感が薄まり、同時に最後の解決されぬ疑問の効果も弱くな
っていると思う。一旦収束させておいて、ひっくり返しとして持っ
て来て欲しかった。                    

 ギリシア神話と曼陀羅にしても、異質な要素を持ってくるのな
ら、それらの交叉点が描かれて欲しいようにも思うし、、、などな
ど不満を挙げれば、まだまだ出てくるのだが、全体的には面白い。
閉じこめられた女のサスペンスは、脱出方法含めて、読ませてくれ
るし、風変わりな殺人の盛り込み方は、散漫ではあっても豊富であ
るわけだし。それらを評価して、採点は7点。        

 
 ところで、果たして女は天使なのか?悪魔なのか?     
 きっと天使なのだろう。男がそう望むならば。あるいは悪魔なの
だろう。男がそれを恐れるのならば、、、          
 それとも天使であれと望むならば、女は悪魔なのかも知れない。
悪魔であることを恐れるのならば、天使であるのかも知れない。
 それらはやはり逆であるのか、それとも同じものを別の視点から
見ただけのことなのか、ペシミストもオプティミストも最後はやは
り呟くのだろうか。「曰く、不可解」と。          
 まあ、それはそれでいいじゃないか。           

  

4/27 茶色い部屋の謎 清水義範 光文社文庫

 
 自薦のミステリ&ホラー傑作集で、作者自身が「なかなかにリッ
チなお買い得な一冊」と言っている割には実につまらない。あれだ
けの作品数を誇る作者であるから、選べば結構面白い作品集になる
のでは、との期待はあっさりと裏切られた。元々ミステリとしての
期待をしていたわけではないが、お得意のパロディものくらいは読
ませてくれると思ったが、表題作とどちらかと言えばパスティーシ
ュの「また盗まれた手紙」の二作のみ。           

 表題作はパロディとしてはまぁこんなものだろうという水準作。
中国語に翻訳されたというエピソードは楽しいが。「また…」はト
リックとしては、藤原宰太郎のトリック本に良く出てきたようなネ
タ。エピソードの盛り込みを楽しむにも弱い。        

 唯一掘り出し物だったのが、SFの「バイライフ」。いや、SF
じゃないのかもしれないな。私が編集者だったら、最後の願いは聞
いてあげよう(笑)まぁ見るべき部分は少ないから、採点は5点

  

4/27 バビロン空中庭園の殺人 小森健太朗
                 祥伝社ノンポシェット

 「ネヌウェンラーの密室」(私の採点5点。これを密室と謳うの
は詐欺。最初からこういう作品とわかっていれば、それなりの評価
も出来るかも知れないが、売り方が嘘のつき過ぎ)と同様の一風変
わったオリジナルの歴史ミステリと現代の事件を並行させる趣向。

 しかし、人間消失という状況を似せようとしながらも、当初から
「関連性はない」と作中探偵に断言させる通り、二つは乖離しすぎ
ている。しかも現代の殺人は単純。こういう不可解な墜落死のあま
りにもオーソドックスな解決。小森の良さが表れない、あまりにも
定型的なトリックで興醒め。                

 一転して、歴史ミステリの部分の馬鹿馬鹿しさは、いかにも小森
的。しかし、これを良さの表れと見るか、悪さの表れと見るかと言
えば、残念ながら後者だろう。「あんまりじゃないか」という言葉
を小森作品に対して使うべきではないと思うのだが、あえて言お
う。あんまりじゃないか?!...というわけで、採点は5点

  

4/22 硝子の家 本格推理マガジン 鮎川哲也編 光文社文庫

 
 長編「硝子の家」(島久平)中編「離れた家」(山沢晴雄)短編
「鬼面の犯罪」(天城一)を収録した作品集。巻末の「探偵小説作
法二十則」(ヴァン・ダイン)「探偵小説十戒」(ノックス)「必
読本格推理三十編」(山前譲)も楽しい。          

 小説三編の中では、何と言っても「離れた家」が傑作中の傑作。
難解でならした作者らしく、おそろしく手の込んだトリック。新本
格しか知らなかった若い読者にも、新鮮な驚きをもって受け入れら
れるのではないだろうか。「本格推理」に収録されている最近の氏
の作品で誤解している読者もいたかも知れないが、これで目も開い
たはず。昔はこんな凄い作品を何作も産んでいた人なんです。 

 国書刊行会の「探偵クラブ」(特に大坪砂男や大阪圭吉)、立風
書房の「ミステリーの愉しみ」全五巻やこの本を契機に、この時代
の恐るべきトリックメーカー達、山沢晴雄、宮原龍雄、狩久、楠田
匡介、川島郁夫らの作品にも、是非触れていって貰いたい。特に個
人的には大のお気に入りの狩久、楠田、山沢の三氏の作品をそれぞ
れまとめて読みたいものだ。国書に期待だろうか。      

 「硝子の家」は幻影城版で持っていたが、長い間積ん読状態だっ
た為、今回が初読。自分が叔父を殺すからそれを探偵しろと言う若
者が登場する魅力的な冒頭から、被害者が登場人物の一人を犯人と
名指しして死んでいく等、人を喰った展開でなかなか面白い。三つ
の殺人はそれぞれ苦しいところはあるが(特にロイド眼鏡の女の事
件)、楽しく読めるのではないか。             

 「鬼面の犯罪」は元々天城一が読みにくい上に、枚数の関係か説
明不足でパンチに欠ける。                 

 採点は「硝子」7点、「離れた」9点、「鬼面」6点で、総合点
は、こういう幻の作品の発掘は今後も続けて欲しいから、8点

 
 ところで山前さん、下村明(寡聞にして初耳!)や「屍の記録」
「変人島風物誌」ってほんとに30編に入るほどの必読書なんでし
ょうか?SRの関東例会や全国大会に出なくなってしまったため、
直接お尋ねすることもできず、しかし「必読」と言われたからには
探さなくてはならないが、でもどうやって?と悩んでいるところで
す。結構罪な”必読”三十選じゃありませんか?       

 

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