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97年讀書録(5月)
5/4 英米超短編ミステリー50選 EQ編集部編
光文社文庫
過去のこういうアンソロジーの中では「ミニミステリ傑作選」が
2歩も3歩も抜きんじている。解説でも「一番有名」だと触れられ
ているが、なおかつ一番優れている。その理由の最たる物は、いい
意味での「馬鹿馬鹿しさ」ではないかと思う。SFテイスト、ファ
ンタジーやジョークと融合したミステリ的な企み、そういった愉し
みが一番色濃く表れたアンソロジーではないかと思う。 .
さて、そういう意味では、現代の洗練されたショートショートを
編纂したこのアンソロジーでは、そういった愉しみに浸ることは残
念ながら出来ない。荒唐無稽なアイデアや奇想を期待してはいけな
い(って、こういうの期待するのって少数派?)。しかし、そうで
なければ充分楽しめる。特にいつまでも印象に残るような、衝撃度
の強い作品はない代わりに、全体の平均点は高く、隅々まで満遍な
く楽しめる。ミステリではあっても、血生臭い話はないし、ベッド
サイドストーリーには最適な本かも知れない。1編1編が短く、肩
も凝らず洒落た作品集だが、必読な部分はないので、採点は6点。
5/5 飛騨からくり屋敷殺人事件(総集編第6集)
金成陽三郎/さとうふみや 講談社
ご存じ、「金田一少年の事件簿」である。マガジンも読まず、単
行本も買っていない(7巻くらいの丁度キリのいいところで止めて
しまった)人間にとっては、一つの話だけをまとめて読める、こう
いう総集編は嬉しい。12話分でわずか450円だし。 .
さて、まずはトリックからいってみよう。今回の密室殺人のトリ
ックも、以前読んだ覚えがある。誰の作品だったか残念ながら思い
出せないのだが。単純でわかりやすく、一応中途での見せかけの解
決もあって、まあまあといったところだろうか。 .
元ネタの一覧がまとめられている「金田一少年被害者の会」のペ
ージによると、「地獄の奇術師」二階堂黎人、「白い家の殺人」歌
野晶午のパクリがあるそうなのだが、私の乏しい記憶力では、どち
らもちっとも思い出せないのだ。どちらかで、このトリックが使用
されていたのだろうか?それらよりもっと古い作品で使われていた
ような気がするのだが、、、 .
次は手がかり。猫の手がかりはまぁありがちでいいとして、銃に
関しての手がかりは、使い方はうまい。「知らなかったのは誰それ
だけ」というのはありがちではあるにしても、最後の方の事件自体
に使用して、最初の方の事件の様相を反転させるという手法は、ミ
ステリのツボを押さえた使い方で、好感が持てる。 .
最後にストーリーに関してだが、今回は被害者及び犯人への感情
移入がしにくい話だったように思う。これに関しては画のさとうふ
みや自身も感じていることらしい。単行本には載ってないんじゃな
いかと思うので、総集編の最後に掲載されている「作者のことば」
を引用させてもらおう。原作/漫画が別々であることの不満らしき
ものが、はっきりと見え、「おかしな二人」を連想させるような部
分もあるのがなかなか面白いので、全文引用させてもらおう(いい
のか、著作権?こんな弱小のページだから、どうか見逃してくれ.
!)但し、完全ネタバレなので、別ページへ。 ..
ミステリ的にはまぁそこそこ。ストーリー的な共感が薄いので、
総合点としては6点にしておこう。まぁ悪くはないと思う。 .
総集編次回は5/24。「金田一少年の殺人」。TV版で見てい
るので、買うことはない。捨てトリックにしか使えないような、馬
鹿馬鹿しい(これは悪い意味)密室トリックが、恥ずかし気もなく
使われている奴だな(笑) .
5/9 タイムリープあしたはきのう 高畑京一郎 電撃文庫
いやあ、実に面白い。「このミス」で、上位に入れていた人が結
構いたので気になっていたのだが、こんなに面白いとは思わなかっ
た。「バック・トゥ・ザ・フューチャー・パート2」の装飾された
派手さを除いたエッセンスに、論理性の面白味を加味して、軽快な
エンタテインメントに仕上がっている。 .
まあ、少年漫画なんだな。たとえば吉本ばななが、大島弓子や最
近では川原泉につながるような「花とゆめ」系の不条理少女漫画の
世界を文学に持ち込んだように(比較としては不適切?)。これは
さしずめ少年サンデー系(根拠なし)のSF漫画といった感じだろ
うか。ティーンズ文庫系の作品はほとんど読むことはないので、他
の作品もこういったものなのかもしれないが。しかし、やはりビジ
ュアル的。大林監督で映画化というのは、あまりにもピタリとはま
りすぎ。叙情性には多少欠けるので、「時かけ」の再来とはいかな
いと思うが、結構面白い作品に仕上がるんじゃないだろうか。 .
意識時間と現実時間とが乖離して、勝手に時間を跳躍させられて
しまうヒロインの女子高生と、現実時間の中でその流れを矛盾無く
整理して、的確に手段を講じていくヒーローの男子高生。切り替わ
りのタイミングがちょっと安直ではあるが、小気味よいテンポで話
は展開する。主人公の意識時間を時間軸に展開していくので、それ
と現実時間との交叉点でのやりとり(「演技としたら、まさにアカ
デミー賞もんだ」など)の組み上げ方が論理パズル的でGood。
現実時間に組み替えた形のタイムスケジュールを作ってみると、面
白いかと思ったが、思っただけにとどめておくことにしよう(笑)
最後の「あとがきがわりに」は余計だと思うが。まあよしとしよ
う。採点は8点。とにかく楽しめる一冊(上下巻だから二冊か)。
5/13 赤い右手 J・T・ロジャーズ 国書刊行会
これは、読む前に書評を読むべきでない作品。どのように書いて
も先入観を与えることになりそうなので、書評の最も難しいタイプ
の作品。何が難しいと言って、言いたい気持ちを押さえるのが一番
難しい。 .
だからちょっとだけ(と言いながらも長くなってしまうのだが。
ネタバレは一切ないが、何らかの影響を与えてしまう恐れは決して
否定しない。一応忠告まで)。「探偵小説におけるコペルニクス的
転回ともいうべきカルト的名作」という煽り文句に、惹かれてい.
る、もしくは引いてしまっている、のどちらかで、読もうかどうか
悩んでいる人へ。 .
引いているのなら、読まない方が無難かも知れない。こういった
煽りの付いた作品群に騙された、怒りを覚えたという経験がきっと
多いのだろうから。ならばこの作品はあなたの許容範囲を越えてい
るかもしれない。 .
あなたが探偵小説の企みに重きを置く人で、多少の欠点があって
も、そこに素晴らしい企みがあるのならば許してしまえる人、「物
理的に不可能」とか、「偶然にも程がある」とか、「本気でこんな
ことを書いているのか?」とか、「けっ、馬鹿馬鹿しい」とか、過
去に読んだ作品に対し、ほとんど言ったことのない人、いや、言っ
てもいいのだが、「それでも…」と言える人ならば、是非読んでみ
て欲しい。「絶対にあなたのお気に召すはず」と言う自信はない。
かなり両極端に評価が分かれるであろう作品だから。しかし、とい
うことは、中には「こいつは凄い!」と感激してしまう人がきっと
少なからずいるはずだということ。そう、ちょうど私のように。.
そうなのだ。私は驚いた。こんな作品だとは思わなかった。採点
といこう。9点、、、と言いたいところだが、やはり許容範囲の広
い私でも素直に受け入れ辛い部分が決してないわけではないので、
その要素を差し引いて8点。結構なマイナス要素があるにも関わら
ずこれなので、ほんとに稀有な作品であることは間違いない。少な
くとも「カルト的」であることだけは、帯の文句に全く偽りがない
ことは断言しても構わない。現在のところ、収穫ぞろいの世界探偵
小説全集の中でも、最大の収穫。奇想を愛するミステリファンなら
ば、、、「叩けよ、さらば開かれん」 .
5/17 砂時計 泡坂妻夫 カッパノベルス
残念ながら、ほとんどミステリじゃない。全編ミステリじゃない
と言ってもいいくらいでさえある。人情話の短編集。連城三紀彦に
影響されたような短編ばかり書いていた時期もあった泡坂だが、そ
れよりもまたミステリ臭さが抜けて、フィクションというよりは、
エッセイという感じすらするくらいだ。一時期素人のちょっといい
話を集めた本なんかが集中的に出た頃があったが、その職人編とい
った趣がある。それはそれで面白くないわけではないのだが、期待
するものとは、ちょっと違うのではないか。 .
とはいえ、「極めてミステリ的」というわけではないのだが、泡
坂らしい「奇妙な論理」を主体とする作品が2作だけある。「静か
な男」と「鶴の三変」だ。亜愛一郎シリーズを思わせるような歪ん
だ論理の面白味がそこにはある。しかし、どちらも連城に似たよう
な着想の作品があったように思うことと、どちらも犯罪が扱われて
はいるが奇妙な論理だけで終結していて、そこからミステリ的に発
展した作品になっていないことで、完全な満足にはつながらない。
特に後者の不満が残る点が、亜愛一郎シリーズとの決定的な違いに
なるだろう。 .
まあ、たとえ人情話であっても、真実味があるので(そりゃ本職
でもあるわけだしなあ)、紋章上絵師の世界なんかも面白く読める
ので、採点は6点。 .
5/19 メドゥサ、鏡をごらん 井上夢人 双葉社
「どちらかが彼女を殺した」「死者は黄泉が得る」と、読み終わ
ってからも考えなきゃならない本が多かったなぁと思っていたら、
またまたこんな作品だ。どうしてこんなに混乱したまま読み終えな
きゃならない作品が、比較的立て続けに出てしまうのだろう? .
ミステリとは基本的に”閉じた”文学であると思う。閉鎖的とか
排他的という意味ではなく、途中で発散していても、最後には収束
するべきものだ、という意味あいで。開いていればいるほど、それ
が急速に収束するときの快感が心地よいのだ。だからこそ不可能犯
罪の謎がこんなに魅力的なのだろう。単に犯人当ての興味のみでな
く、犯罪自体の謎が大きく広がる方向に働くので、解決においてそ
れがピタリとただ一点に閉じていくときの収束の度合いが、他の犯
罪に対して大きく取れるからではないのか。 .
ちょっと話は逸れたかも知れないが、この作品もまた最後に収束
させるべき部分を、読者にゆだねてしまった作品例である。 .
但し、それぞれの手法は結構異なっている。「どちらかが」の場
合は、結論は明確に用意されてはいるのだが、そこを切り取って読
者にゆだねた。しかし、そこにはきちんと収まるべき解答があるの
で、基本的にミステリを逸脱しているものではない。「死者黄泉」
の場合は、唐突に結論だけを示して、そこに到る過程を読者にゆだ
ねた。ゆだねられた部分に関しては、曖昧さが多分に残る。結論と
して閉じてはいるので、ミステリの範疇に十分入る作品だとは思う
のだが、ちょっと気持ちの悪い後味が残っているのは事実だ。 .
さて、今回の作品の場合は、過程も結論もそんな一切合切を、い
くつも解釈を許す形で読者にゆだねてしまった。だからこの作品は
ミステリではない。呪いによって自己を失っていくホラーとして読
み受け取ってもいいし、狂気をテーマにしたミステリとして読み取
ってもいい。「受け取る」「取る」という表現にしたのは、後者の
場合は、読者には読み解く作業が必要になるからだ。細かく再構成
できるレベルまで読み解くのは非常に困難だと思うが、大枠という
か、骨格は理解する必要があるだろう。これ以上はネタバレ領域に
入っていくべきなのだろうが、大枠から更に踏み込んだ部分での解
釈が出来なかったので、今回はネタバレ書評は行わない。 .
だから、なるべくこれから読む人の興をそがないように書いてみ
るが、大枠として最初から最後まで”誰”であったのか、は議論す
る必要はないだろう。しかし現実と小説と妄想の切り分けを、どこ
に置けばよいのかは私にはわからなかった。たとえば現実を最小限
に取るのならば、結局のところラストシーンにつながる幾つかの光
景があるだけで、後は何もなかったんだと解釈することもできる。
活字が変わる部分の意味あいも、そこが一つの切り替わりのポイ
ントだと思うのだが、既に紛れ込んでいるのでその効果は非常に薄
い。おそらくそれらも、あえてそういう多層の解釈が可能なように
仕掛けられているのであろうが(好意的解釈)、ミステリを愛する
者としては、曖昧さをそれほど残さずに、様相を一変させるという
小説作法を望んでしまう。そういう意味で、採点としては6点が限
界。 .
読ませる話作りは相変わらずうまいが、ミステリ離れが進む著者
だけに、ますます危惧が残る方向性である。もう一度ミステリスピ
リッツを取り戻して、本格を書いてみてくれないだろうか? .
5/26 甘い毒 ルーパート・ペニー 国書刊行会
作品解題を読む限りでは、本書は必ずしも作者の上位の作品では
ないようである。それでいてこの出来ならば、是非残りの7作も読
んでみたいものだ。充分そんな気を起こさせてくれる作品である。
本家クイーンのように、完全に割り切れて剰余の出ない論理展開
とは言えないかも知れないが、「幕間(ということになってるが、
内容は完全に読者への挑戦状)」を付けるにふさわしい、フェアプ
レイ精神と言えよう。 .
解決された後では「ありがちな真相」となりそうなものであるの
に、あまりそういう印象を抱かせないのは、前半の長い前置きがう
まく伏線として、読者をミスリードしてくれるからだろう。中途で
の学園ミステリならではの、アンケート調査なんてユニークな試み
も、解決にちゃんと生かされてくるところなんかも、探偵小説ファ
ンも満足させてくれる納得の出来かと思う。 .
探偵役のビール主任警部が、あまり特徴のない人物であるのが、
ちょっと難点ではあるが、本書の名*役(おっと、主役なのか脇役
なのかは秘すべきですね、伏せ字にしときましょう)とも言えるシ
ャーロットとのやり取りは全般的に楽しい。殺人が起きるまでの前
置きである前半部分を、飽きさせずしかも探偵小説的興味を持続さ
せるのは、この二人のやり取りがあるからに他ならない。 .
しかし、これだけの作家が(本書と作品解題からの推測でしかな
いが)、本邦初訳というのは残念至極。これを機会に、是非他の作
品も翻訳して欲しいものだ。採点は7点。 .