ホーム創作日記

 

9/2 トンデモ本?違う、SFだ! 山本弘 洋泉社

 
 ガイドブックとしての資料価値は高いわけではないが、山本弘のほとばし
る熱さが読んでて心地良い。バカSFに関しての概念や感覚には大いに共感
できてしまうんだもの。ゆけゆけ、ひろし、どんとゆけ〜!      

 味噌も糞も一緒なバカミスの扱いには大いに不満を感じているのに、バカ
SFにはこうして共感できるのはどういうわけだって考えると、それだけで
ある意味ジャンルの本質が炙り出されてくるような気がする。しかもそれは
本書の「まえがき」の中でさえ、充分に読み取ることができる。    

 まず一番大きいのはジャンルの「定義」もしくは「アイデンティティ」の
問題であろう。本格ミステリ界では度々定義論争が起こるが、それは逆にあ
る程度皆の認識の共通性が出来ているせいでもあるはず。各自が掲げる定義
はほぼ大きな枠内で括ることが出来ていて、その中で重要視する要素の違い
や、深さあるいは広さの違いが、論争を生んでいるのだ。       

 つまり言いたいのは「論点があるから論争が生まれる」ということ。 

 その点、まえがきにも書かれているように『SFに正しい定義はない』。
拡散してあらゆるジャンルの中に浸透しているSF。これは許容度や広さが
無限に取り得ることを示しているのだと思う。無志向性のジャンルこそがS
F。そもそも味噌も糞も一緒というのが、このジャンルの本質なのだ(とい
う言い方は自分でもどうかとは思うが、意のみ汲み取ってください)。 

 しかしさすがに、それで全てを良しとするのは乱暴だろう。だから次には
「整合性」の問題を取り上げることになる。まえがきの『SFの本質は「バ
カ」である』の項での表現を使えば、「筋を通す」ことだ。      

 現実をベースラインとして完全な整合性が要求されるミステリに対し、S
Fの筋の通し方は想像力をベースにすることも許される。どちらも理性/知
性の上で成立させる必要はあるが、現実ベースでは明確に区別出来る味噌と
糞に対し、想像力ベースでは味噌と糞の区別は多少曖昧ともなろう。  

 このようにバカミスの極端な二分化に対し、バカSFは明確にミソクソの
二元化はあまり意味を為さず、それ故認識の違いが感じられないのでは?

 ……というのが一つの結論。ここから更にもう一段踏み込んでみよう。

 バカミスとバカSFに共通して必要とされるもの。これはきっと完璧に認
識が一致しているはず。『SF、それは愛のすべて』という項が書かれてい
るように、それは「愛」。「愛」のない「バカ」は無価値。だからこそ、愛
のないクズミスをバカミスと同扱いされるのが許せないのだもの。 
  .

 本書では「単なるバカ話」として、そもそもSFというジャンルからクズ
が閉め出されている。ここにも定義の自由度が当て嵌められている。ミステ
リの場合は、形式さえ揃えばミステリとして認識せざるを得ないから、まず
はどんなクズだろうが、ミステリというジャンルに組み込まれてしまう。

 意図的にクズが排除されたバカSFの概念は、山本弘自身のバカミスの概
念よりも、私の主張するバカミス(トンミスと分離した形でのバカミス)の
方に、より近いのではないか。だから私は違和感を覚えずに済むのでは?

 ……というのが、更に踏み込んだ結論。              

 本書の熱さに引きずられてしまったのか、長々と熱く語ってしまった。た
だ、いろんなことの本質に関わるような気がしたので、どうしても書いてお
きたかったのだ。どうかお許しを。遅くなったが、本書の採点は
7点。 

  

9/8 フラッシュ・フォワード     
        ロバート・J・ソウヤー ハヤカワ文庫SF

 
 CERNの素粒子衝突実験により、人類全員が21年後の世界を2分間だ
け体験してしまう、という発端。ミステリ仕立ての多い著者だけに、主人公
の一人が21年後のその直前に殺されている、という仕込みも怠らない。

 意欲作だけど、ちとダレるし、最後のビジョンはちょっとやり過ぎでは?

 とんでもなくぶっ飛んだ発想から生まれた発端から、なんだか比較的現実
ベースの話が展開されて、映画チックなサスペンスで締める。丸くまとまっ
たところから、更に急激にぶっ飛んじゃうから違和感ありまくり。   

 まぁ、これまで読んできたソウヤーのミステリとSFの要素の扱い方から
は理解できなくはないけどね。                   

 ミステリ自体としては、格別突飛な着想ではなく、意外にこじんまりとし
た解決となる。でも、そこから壮大なSF的ビジョンが立ち上がってくると
いうのが、これまで読んできた中から感じられた氏のやり口。     

 そこが比較的融合されていたからこそ、ミステリとしての物足りなさを感
じることなく、SFミステリとして楽しめてるのではないかと思う。  

 しかし本書の場合、このラストはミステリ部分とも、下手すると冒頭のS
F的ビジョンとも融合性はなく、切り離されたもののように感じられる。突
飛すぎて浮いてしまっている印象。                 

 ソウヤーの中では評価はあまり高くできない作品。採点は6点。   

  

9/10 幽霊紳士 柴田錬三郎 集英社文庫

 
 うひゃあ〜、これには全くおそれいった。埋もれた傑作!      

 構図の転換、心理の転換。本格じゃないだろとは思うが、構図の転換を妙
とする現代本格にも通じる面白さじゃないか。少なくとも麻耶雄嵩「神様ゲ
ーム」
を本格に数えるとしたら、本書も本格だ。           

 個性のない個性という幽霊紳士の造型、狂言回しの連鎖する輪舞形式の美
しさ。う〜ん、完璧! シバレン先生ったら、これを毎月一話、一年間で書
き連ねたって、どんな充実したミステリ作家やねん。いやあ、驚き、驚き。

 ……とブログに書いてたら、指摘してくださった方が。なんと、この作品
のアイデアを出したのは、当時不遇でシバレンにプロットを売って暮らして
いた(これも初耳!)、あの大坪砂男だったなんて〜〜〜!!!    

 いやあ、もうなんとも凄すぎるコラボ。大坪砂男の着想をシバレンの筆力
でものするわけだから、傑作が出来たってたしかに不思議ではない。  

 そんな名作中から選ぶベスト3だが、ベストはミステリとしての逆転劇と
心理の逆転劇をクロス反転させた「女子学生が賭をした」とする。残り二作
は女性心理の妙味を、それぞれ他者への愛、自己への愛という全く違った側
面から描き出した「老優が自殺した」「不貞の妻が去った」としたい。 

 とにかく形式とプロットがこれだけ見事に揃っている、美しい連作短編集
ってそうはないぞ。珍しさも加点して、採点は
8点としよう。     

  

9/13 陽気なギャングが地球を回す 伊坂幸太郎 祥伝社文庫

 
 伊坂幸太郎ならではという独特の味わいは比較的薄く、いかにも一般受け
のしやすそうな作品。ファンタジー色に抵抗がなければ、愉しさを味わえる
人が大多数だろう。本書が伊坂ブームのきっかけとなったのも頷ける。 

 そんなわかりやすいスラップスティック・コメディなんだけど、本質は異
世界ファンタジーなお伽噺ってあたりは、いつもの伊坂節。なにせ本書なん
かは、いわば”超能力者集団が敵と戦うお話”なんだものね。バトル物なも
んだから、いつもより余計にわかりやすいのも当然の話。       

 まぁ、そんなことをいちいち考えなくても、単純に翻弄されていれば面白
がれる代物なだけに、万人向けのとびきりのエンタテインメント。これだけ
立ってるキャラクタを、伊坂のちょっぴりとぼけた文体で振り回してくれる
んだから、それだけでも面白さの土台がしっかり出来てるってなもん。 

 その上、笑いも涙も才気も意外性も痛快さも、全部盛りの逸品。   

 だけどまぁ、なんだな、伊坂を敢えてこういう普通の(って言っていいの
かな?)エンタメで読む必要があるのか、って気がしないでもないな。とぼ
けた味がもっと濃厚な、独特の風味をじんわり味わいたいんだよね。  

「ゴールデンスランバー」もそうだけど、器用さ故にこういうジェットコー
スターなエンタメも書けちゃう人だけど(そしてそういう方が売れるのかも
しれないけど)、伊坂ファンを真に喜ばす方向とは違うような気がする。

 そういう伊坂エンタメなわけだし、これをミステリとして見ちゃうとなん
だかもっさりした作品でもあるしね。そんな意味を含めて、採点は
6点

  

9/15 トンデモ本?違う、SFだ!RETURNS
 
                      山本弘 洋泉社

 ガイドブックという以上に、著者の熱い語りを楽しむ読み物なのは前作
様。ただ若干批判的な部分が増えていると感じられたのと、そこから自著の
言い訳や自賛につなげるところが鼻についたのが残念な部分。     

 自分の思い入れのある作品について語っているわけだから、思い出語りや
自分語りになるのはしょうがない。自著への影響について触れるとこまでは
まだいいとしても、他者への批判的内容に続いて、それを足掛かりに自著を
持ち上げる、というのはやはり感情的に抵抗を覚えてしまうのだ。   

 討論という場ではないので「他者への批判」「自己への弁護」は、きっち
りと分離して欲しかった。相手には弁護する場がないのに、自分は批判と弁
護を同時に行うのは、ズルイと思えてしまうのだ。          

 これが毅然とした批判だけであれば、ここで書かれているのは納得できる
ことばかりだし、むしろ痛快でさえあったはずなだけに、余計そう思える。

 そういう感触があったために、どうしてもすっきり楽しめなかった本書。
本だけでなく、漫画や映像に関しても情報度がアップして、感情が切り離せ
れば、前巻並みの楽しさは味わえたんだけどなぁ。採点は
6点。    

  

9/19 絶望ノート 歌野晶午 幻冬舎

 
 歌野らしいどんでんの造り方で、ミステリに慣れた人なら想定の範囲内っ
ちゅう気がするなぁ。幾つも動きすぎてるのも気になる。納得できればそれ
でいいだろう、なホワットダニット型作品のある意味限界を感じる。  

 決してそういう面で弱い作品では全然ないのだ。むしろ伏線に関しては、
潤沢に豊富と言ってもいい作品なのかもしれない。「なるほど」と納得でき
る点は多々見つけることが出来るはず。事前に真相を予測できていたのも、
実際そういう部分を感じていたからなんだろうし。          

 でも結局はそこが関の山なんだな。ロジカルに一点に収束するフーダニッ
ト。唯一無二の解しか存在しないだけに、一点が提示できさえすればそれが
すなわち収束点となる不可能犯罪のハウダニット。          

 これらに比較すると、ホワットダニット型のミステリで、厳密な意味で収
束している作品は極端に少ない。どうしても状況証拠の積み重ね的なイメー
ジを抱いてしまう。前者が演繹法的ミステリであり、後者が帰納法的ミステ
リであるような、そんな捉え方さえ可能かもしれない。        

 何度か書いているように、現代はホワットダニットが隆盛の時代だと私は
思っているが、なんだかしっくりこない感触を抱いていたのは、実はこうい
う面を無意識に感じていたせいなのではないだろうか。        

 私自身は厳密な本格原理主義者というわけではないので、唯一無二の解が
導き出せなければ本格ではない、というような捉え方は決してしないが、そ
れでもやはりそういう作品の方が望ましいことには全面的に賛成する。 

 ホワットダニットではそれを実現するのは難しいし、その限界点がこうい
う作品を通じて見えるような気がするのだ。             

 読めていてもある一点は美しいと思うが、その他に詰め込みすぎて結果的
には成功しているという程には思えなかった。採点は
6点。      

  

9/25 ここに死体を捨てないでください! 東川篤哉 光文社

 
「軽妙な雰囲気のトリック小説」という立ち位置はいつもと同じ。トリック
はかなり無茶だが、幾つもの不可解を説明し得るものなので納得しやすい。
氏にしては比較的珍しく、トリックを使いこなせた作品だと思う。   

 これに加えて、(読者として)なれてきたのか、(作者として)こなれて
きたのか、ユーモア感もこれまでで一番リラックスして読めたように思う。
ベタさが嫌いな人を除けば、万人受けの領域に近付いてきたかも?   

 というわけで、この立ち位置としては、全くもって満足できる作品と言っ
ても、まず間違いはないはず。                   

 これだけのトリックを二段仕掛けで発動させて、しかもラストには痛快な
思いを味合わせてくれるのだから、トリック小説としては立派なもん。ユー
モア・ミステリとのアンバランスさは、本作においてはそれほど感じられな
かったし。立ち位置的には完璧に近い出来映えなのかも。       

 でも、ホントにそんな立ち位置で満足なの? この系統じゃ「そこそこ楽
しいよ」という程度の、二番手・三番手の書き手という位置からは、決して
抜け出せないんじゃないかと思うんだよなぁ。            

 氏についてはデビュー当時から一貫してその思いを抱いているし、書評と
してもずっと書き続けているが、化けて欲しいのに化けてくれない。化けよ
うとする意志すら感じられないのだから、本人は満足してるのかな?  

「交換殺人には向かない夜」のような作品を、あんな中途半端じゃなくきち
んと趣向を完結させて読ませて欲しいんだよなぁ。それだけの地力を持った
人だと思ってるのに。一度くらい”一番”を目指して欲しいぞ。    

 そういうもどかしさを感じてしまうため、採点は惜しくも6点。   

  

9/29 ザ・ベストミステリーズ2009   
                  日本推理作家協会編 講談社

「本格ミステリ09」同様、小粒すぎて泣けて来ちゃう。日本推理作家協会
賞に「ミステリーグランプリ」とルビをふるのと同じくらい、しっくり来な
い年刊傑作選だったなぁ。                     

 そもそも協会賞候補作品が全然奮っていない。例年なら、この中から自分
のベストを選ぼうとすると、間違いなく受賞作もしくは候補作が絡んできて
たのに、今年はかすりもしなかったもの。              

 ちなみに受賞作は、驚きはするけれど「それが何か?」と思えてしまう、
珍妙なミスリードの曽根圭介「熱帯夜」と、地味でなんてこたない田中啓文
「渋い夢」の二作品。                       

 候補作の中で一番好きなのは、発端の謎や中途のロジックなどに見どころ
のある沢村凛「前世の因縁」だなぁ。残り二作品は、解ではなく解決に過ぎ
ない門井慶喜「パラドックス実践」に、割合容易に真相が読めてしまうであ
ろう柄刀一「身代金の奪い方」なんだもの。             

 というわけで、恒例のベスト3だが、まずはもう何度もこういうアンソロ
ジーで選んでるので、少々飽きてきた法月綸太郎「しらみつぶしの時計」

 残り二作品は割とマイナーな雰囲気なところから。まずは展開に引き込ま
れてしまった山田深夜「リターンズ」。「世にも奇妙な物語」にすべき?

 最後は黒崎緑「見えない猫」。たしかに感じていた違和感を、なるほどな
ひっくり返しにつなげる。彼女の短編の感覚はいつもながら上手い。  

 とにかく例年に比べると、非常に低レベルな年間傑作選。採点は6点

  

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