ホーム創作日記

 

10/3 猫丸先輩の空論 倉知淳 講談社ノベルス

 
「推測」のお次は「空論」。ここまで来ると次を予想したくなってしまう。
「猫丸先輩の夢想」とか、「猫丸先輩の迷妄」とか、「猫丸先輩の与太」と
か、そのくらいのとこまでは行っちゃいそうだなぁ。         

 で、残念なことには、推測から空論になって、それに応じるようにロジッ
クの納得度合いも落ちているように感じられた。           

 それに加えて事件性まで極端に落ちている。私は作者を”ぶっとび日常の
謎派”と表現しているのだが、これは謎と解決との、逆の意味での落差が大
きく寄与している。通常のミステリでは、謎は魅力的なのに解決はショボイ
という場合が多い。しかし氏の場合は謎はたいしたこととは思えないのに、
意外に大変な解決が待ち受けたりするのだ。謎があったとことさえ気付かな
いうちに、凄いところに落ちてしまった「桜の森の七部咲きの下」などが、
その特徴を一番良く表している。解決までが日常の些細な出来事だったら、
この落差が全然生きてきようがないではないか。           

 つまるところ底辺も高さも短くなって、極端に面積の狭まった作品になっ
てしまっている。「与太」では(もう決めつけてしまっている(笑))、ぶ
っとびの復権を祈るばかりである。                 

 採点は空虚な6点。ベストだけ選んでおけば「とむらい自動車」となる。

  

10/5 エラリー・クイーンの国際事件簿
             エラリー・クイーン 創元推理文庫

 まさかクイーンの新刊が読めるとは。それだけでも嬉しさひとしお。 

 でもひょっとしたら、取材名目世界旅行でおざなりに実話集めて、申し訳
程度にまとめただけの、しょうもない犯罪エッセイなんかじゃないのか、と
いうおそれも実は抱いていた。晩年のクイーンに特に期待はないし。  

 ところがこれが嬉しい誤算。ショート・ショートな雰囲気で意外性も留意
されていて、充分にエンタテインメントしてくれている。       

 勿論、登場人物はダネイ本人ではなく、エラリー・クイーンだ!   

 特に表題の第一部が秀逸。第三部の「事件の中の女」はこれに比べると、
レベルダウンか。第二部の「私の好きな犯罪実話」はクイーン(こちらは作
者の方)自身の誕生秘話も盛り込まれて感慨深い。          

 恒例のベスト3はいずれも表題作から。「モンテカルロ クルーピエの犯
罪」「インド カーリーの呪い」「チェコスロバキア 浮気娘の奇妙な病」

 クイーンが好きな人以外が読んでも面白いかどうかは疑問だが、クイーン
・ファンにとっては期待以上の贈り物だろう。採点は
7点。      

  

10/8 クライム・マシン ジャック・リッチー 晶文社

 
 好きなアーティストのベスト・アルバムのように、最初っからいいことが
わかっているものがある。でも個々のアルバムを持っているのなら、敢えて
ベストなど買う必要がないという人もいるだろう。          

 ではこれが幻のアーティストだったら、どうだろう。聴くことの出来る機
会は滅多にないのだが、そういうチャンスがあったときの曲は本当に良いも
のだった。そういうアーティストのベスト・アルバムが出るとしたら、それ
ならば迷わず買う価値のあるものになるのではないだろうか。     

 前置きが長いな。つまるところ本書がまさしくそれなのだ。初めての傑作
選が出るということを知って、そういえばこれまで短編集すら出ていなかっ
たのかと驚いたのだった。                     

 貴方の知っている短編の名手の名前を挙げろと言われれば、十人も挙げな
いうちにジャック・リッチーの名前を出してしまうかもしれない。それだけ
よく知られている短編作家なのに。そして、その実力振りは本書で十分に伺
い知ることが出来るだろう。                    

 さあ、こんなベストが貴方の目の前にあるのだ。どうします?    

 採点は8点。本年度ベスト! 恒例のベスト3は、平凡すぎるセレクトだ
ろうが、表題作、「エミリーがいない」「日当22セント」とする。  

  

10/11 QED熊野の残照 高田崇史 講談社ノベルス

 
 またもや観光案内。しかもついに殺人事件までもが無くなってしまった。
勿論現実の謎は出てくるし、考えようによっては取って付けたような事件よ
り、むしろ解決の意外性は際立っているのかもしれないけど。     

 今回のもう一つの特徴は、語り手の変更だ。いつものうなずきトリオ以外
に語り手を求める意味。これは前記の謎を提出する役割を担う以外にも、語
りの雰囲気を変える趣旨があったのではないかと思う。        

 QEDではもはやタタルの講義は”絶対”であり、奈々は無批判であるば
かりか、講義の流れを導く掛け合いの相方に過ぎない。ここまでひれ伏した
書き手になってしまっては、そこまで心酔してはいない読者にとっては、か
えって白けてしまうし、逆に騙されているような気分にもなりかねない。

 そこで久々にアンチ成分の注入である。批判的な人物を語り手にすること
で、講義ではなく議論の形で、結論のもっともらしさを補強する手段に出た
のではないだろうか。但し、これも最後の方では、うなずきトリオがうなず
きカルテットになってしまっただけなので、効果の程は疑問だが。   

 熊野に関しての意外性も低く、現実側もミステリー民俗学者八雲樹を読ん
でいたので目新しさも薄かった。心理的な納得感も全くなく、後味も良くな
いし、採点は低めの
6点。安直な観光案内シリーズには幻滅気味だ。  

  

10/14 北村薫のミステリー館 北村薫編 新潮文庫

 
 ミステリと言っていいのか結構微妙な線ばかりだが、さすがに名アンソロ
ジストとして非常に面白い視点で作品が選出されている。こういう機会がな
ければ読めない作品が多く、特定の個性に染まっているわけではないのに、
北村薫自身の個性がたしかに滲んでいるアンソロジーと言えるだろう。 

 では、さっそく恒例のベスト3。これこそ最も選者らしいセレクタだと思
える岸本佐知子「夜枕合戦」。大昔に読んでるはずだが、伏線たっぷりなの
に強烈に落とされてしまうヘンリ・セシル「告げ口」。カーを巡るエピソー
ドで、読めただけでも嬉しいベイジル・トムスン「フレイザー夫人の消失」

 この他にも、既読でなければ入れたかもしれない、トラウマになりそうな
パトリシア・ハイスミス「クレイヴァリング教授の新発見」を初めとして、
緑川聖司「わたしの本」、高橋克彦「盗作の裏側」、原倫太郎/原游「少量
法律助言者」、奥泉光「滝」など、読み応えのある作品が揃っている。 

 本書で一番つまらなかったのは、巻末の対談相手宮部みゆきだと言っても
いいのではないだろうか。満足感があるので、採点は
7点とする。   

  

10/19 ストップ・プレス マイクル・イネス 国書刊行会

 
 先日よりはてなダイアリーを始めたのだが、そこに読了直後の短評を載せ
ている。初めて取り上げたのが本作。従ってこれから以降、日記で書いた内
容と重複する書評になってしまうが、あくまでメインはこちらなので、水増
ししただけにならないよう気をつけていきたい。ちなみにタイトルに上記短
評へのリンクを貼ることにした。書影からアマゾンや楽天に飛べるので。

 さて、マイケル・イネスである。世界探偵小説全集最厚作品。物理的な重
さのみならず、内容も重厚長大とのイメージを抱いていたのだが、あに図ら
んや意外に軽妙だということに驚いた。本当に全体が(まさしく全体なんだ
よ、始めから終わりまで完璧に)悪ふざけなんだもの。        

 ミステリとして、という観点のみで捉えるのはふさわしくないだろう。か
と言ってファルス風味を愉しむだけでは勿体なさ過ぎる。全体構造や文体や
盛り込まれている過剰なガジェットやらにも、存分に愉しむ余地がある。

 でもやはり、ひねくれているのだ。本作を評価するポイントを説明しよう
とすれば、絶対に体力を使うと思うぞ。このひねくれぶりは、あるいはバー
クリー
と同じ文脈で語ることも可能なのかもしれない。        

 だがバークリーの場合は、批判する対象(ミステリであり、本格である)
を中心に置いて、曲げたり、ひっくり返したり、針を刺したり、ふくらませ
たり、といった方法でいじめてくれた。イネスの場合は、様々な物を上に乗
て、どんどん積み上げていくことで、いつの間にかソレが潰れてしまって
いることを愉しんでいるようなイメージを持ってしまった。      

 あれっ、じゃ、やっぱりイネスって重いってこと!?        

 自分の望む方向とは違っているようだ。採点は6点。        

  

10/20 この胸いっぱいの愛を 梶尾真治 小学館文庫

 
 時間物SFと云えば、海外ではジャック・フィニィだが、日本の第一人者
と云えば広瀬正か、あるいはこの人、梶尾真治だろう。「黄泉がえり」のヒ
ットを受けて、「クロノス・ジョウンターの伝説」を原作にした映画が作ら
れたらしい。話題にならなかったのか、私は知らなかったのだが。   

 本作はその作者自らのノベライズ版。本来は原作や映画との比較をしたい
ところだが、原作の記憶はすっかり失い、上記のように映画も見ていないの
で、それもままならない。                     

 20年前にやり残したことのために、タイムスリップした数名の物語。さ
すがに上手いが、涙腺を震わせてくれるほどではなかったな。採点は
6点
(あまり語る作品ではないので、日記の内容そのままで申し訳ありません)

  

10/21 ななつのこものがたり 加納朋子、菊池健 東京創元社

 
 著者のベースとなる「駒子シリーズ」のヒロイン、入江駒子の愛読書が、
著者と装画家のコンビによって、本当の絵本になって蘇った作品。加納朋子
ファンにとっては、素敵な贈り物となることだろう。         

「スペース」に続いて、出版社直売のサイン本で購入。おお、そうだ、この
愛すべきサインを公開してみよう(これって許される行為だよね?) 左側
が鳩笛判子付きの「スペース」のサイン。右が今回。         

 では最後に、本書の一節を引用して締め括るとしよう。自分にとってこれ
は「ななつのこ」との出会いを、表現している言葉なのかもしれない。そし
て、もしも貴方がまだ加納朋子を読んだことがないのなら、ひょっとしたら
貴方にとっても、そうなるのかもしれない言葉のだ。         

 
   「 人と本だってとってもすてきで、             

       すごく大切な出会いをすることがあるの。 」     

  

10/25 交換殺人には向かない夜 東川篤哉 カッパ・ノベルス

 
 うわぁ〜、勿体ねェ〜〜〜。やってることはすんごいんだよ。三つ巴の構
図が、とんでもない落下地点に一点収束してしまうのは、むっちゃ快感。

……のはずだった。でも、すっきりさせてくれないんだよぉ〜。出かかった
しゃっくりを止められた、みたいな快感寸止めの不満足感(ほんとは別のた
とえをしたかったんですが、自制しました(笑))          

 細かすぎるほどの伏線の大回収大会は行われるんだけど、筋違いな方向ば
かりに厚くて、肝心のところがさっぱり。作者も書いているように、最初に
意図していた着地点より、もっと遠くへ、もっと深みへと到達してしまった
ということなのかもしれない。                   

 でも後付けで構わないから、読者もそこへ辿り着ける(”かもしれない”
程度でも構わない)足がかりは付けて欲しかった。その他の伏線や、過去の
作品を考えても、むしろ後付けは得意のはず。            

 これは作者だけの問題ではなく、編集の姿勢にもよるのかもしれない。全
般に感じることだが、作者の単純な勘違いや、明らかな悪文なども、無造作
にノーチェックで世の中に出すぎているような気がする。過去と比較してと
いう意味で。少しでもいいものを作り上げようとする意欲が低下しているよ
うな。これは編集者の質や意識の変化というよりも、むしろ仕事量の問題な
のだろう。出版点数増大の弊害だとすると、悲しいことである。    

 デビュー作からそうなんだが、トリックはほんとに凄いのに、使いこなせ
ていない趣き。現実の傑作に辿り着けなかった、可能性としての傑作。 

「うっふん」に至らぬ「うっぷん」にもだえ苦しむ一冊だろう。    

 それでも読む価値あり。こんなこと仕掛けちゃう奴がいるんだよ。7点

  

10/26 モロッコ水晶の謎 有栖川有栖 講談社ノベルス

 
 水準以上の出来の作品ばかりで構成された手堅い短編集。小さな核一つか
ら、短編一つ作り上げる技術の持ち主だが、今回はそれほど露骨な作品はな
く、良心的な出来映えだったのではないだろうか。採点は
6点だが。  

 恒例のベスト3は、順不同で表題作、「助教授の身代金」、「推理合戦」

「助教授の身代金」は、事件の構造などにも工夫の跡が見られるが、なんと
いっても上手いのは疑いの根拠。どこから犯人を疑うかという点が綺麗に決
まると、ミステリとしていかに締まるかというのの好見本。      

 掌編「推理合戦」は非常に楽しい作品。ある意味本書のベスト作品かもし
れない。推理作家版「あるある」ネタだよね。            

 表題作は下手をすればアンフェアになりかねないところで、ちゃんとコチ
ラ側に踏み止まった作品だろう。着想自体が非凡なわけではないのだが、作
品として結実させた”大胆さ”を評価したい。ただ”あらため”が弱く、制
限条件がまだ緩いので、「手はある」と感じさせられてしまった。これに関
しては、ネタバレにて補足しておくことにしよう。補足の方が長いが(笑)

  

10/28 そして今はだれも 青井夏海 双葉社

 
 妄想推理とほのぼの路線が特徴の青井夏海だが、本作は明らかにカラーが
違う。最初からじめじめとした陰湿な悪意が登場する。        

 そこからはきっと爽やかな青春推理に突入するだろうと思っていると、私
が頭の固いオヤジなせいか、主人公の描き方がどうにも納得いかない。女子
高生が主人公であればこれでも構わないが、新人とはいえ教師なんだよ。生
徒のいいなりに、いいように使いっぱにされる先生も、そうさせる生徒達に
も不快感を抱いてしまうだけ。正座させて説教したくなったよ。    

 せめて最後は勧善懲悪、すっきり青春小説だろうという、最後の期待も虚
しく崩れる。どうしてすっきりしたハッピー・エンドにしないんだよぉ?!
最後まで爽快感のない作品を青井夏海が書く必然性がどこにある?   

 せめてミステリとしてぶっとんでればまだましだろうけど、妄想推理はな
い代わりに凡庸な解決。読むんじゃなかった。限りなく5点に近い
6点

  

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