ホーム創作日記

 

8/2 浮遊封館 門前典之 原書房

 待ち望んでいた門前典之の新刊。                 

 氏のデビュー作「死の命題」は、私にとっては隠し球のような作品で、事
ある度に人に薦め続けている。三度も大笑い出来る(勿論誉め言葉)、バカ
ミス界に燦然と輝く超弩級の傑作なのだ。              

 東京創元社より文庫化されるお知らせが出ていたはずなのに、いまだ実現
されてはいない。版元の新風舎は倒産。本当に入手できなくなる前に、バカ
ミススキーならば、読んでおかないと損するぞ!           

 第二作が第十一回鮎川哲也賞(01年)に輝く「建築屍材」であったが、
ちょっとごちゃごちゃし過ぎていて、あまり収まりの良くない作品であった
のが悔やまれる。                         

 さてようやくお待ちかねで現れてきた本書だが、幾つかの断片を重ねなが
らも、一瞬で理解できる気の狂った(これまた誉め言葉)論理で解決される
のは、期待に違わぬバカミスと言っていいだろう。          

 う〜ん、しかし、それにしてもだ。どうも謎の量に対して解決が足りない
のではないかな。たしかにこの真相はインパクトあるけれど(方向性は予測
できていても、ここまでとはね)、謎の断片を積み重ねておいて、この一発
勝負のみでオールOKってとこまではいかんと思うのだけどな。    

 これだけでは持たぬとばかりに導入されたのが、中盤の密室トリックだろ
うが、これは本書の中で浮いてしまっている。ただ単に持ち合わせのネタを
組み合わせに使ってきたような印象を受けてしまった。大体のところは解け
てしまったという個人的事情もあって、そんなに評価できないな。   

 バカミスでありながら嫌ミスてっところも、読後感が悪い。感情移入させ
ておいての、この非道な扱いはひどいよってば。バカはやはりガハハと笑え
てこそのバカではないのか。「殺戮にいたる病」のような、明らかな嫌前提
とは思えなかった作品で、嫌は嫌のまま放り出されると辛い。     

 バカミス的には7点なんだが、いろんな減点を入れて、6点とする。しか
し、この作者の作品はもっともっと読みたい。書いてくれ、出してくれ!

  

8/6 鬼蟻村マジック 二階堂黎人 原書房

 
 旧家の人間設定考えて、頑張ってトリック考えて、組み合わせにほんのひ
とさじの隠し味をまぶして作られた、オールド・スタイルのミステリ。昔の
素人が好んで書いていたタイプの作品だけど、今なら公募に出す先さえ見当
たらないだろうなぁ。こういうタイプに触れる機会は今や貴重なので、懐か
しく浸りたい向きには、適度に良いかもとは思う。          

 さて、それぞれの独自色を出す隠し味の部分だけど、本書にはそれが二箇
所用意されているのが、工夫されている部分だろう。         

 その一つが真犯人指摘の場面。作者自身が「最も意外な犯人」と掲げるだ
けあって(という表現は違うか。こういう大言の場合って、作者以外にはと
てもそうは思えないことの方が多いからな)、結構やられる。     

 事件の構造自体は好きなタイプの作品とはとても言えないのだが、それで
もやっぱり、これをやりたかったんだろうなってのがよくわかる、ミステリ
のケレン味を大事にする精神には共感してしまえるよ。        

 隠し味のもう一つが、名探偵の失敗から動機の様相ががらりと変わる、最
後の謎解きの場面。ここがあるのとないのとでは、作品の印象が大きく違っ
てしまう。一発回答ではなく、この段階を踏ませることで印象も深まる。な
かなか上手い演出だったと思う。                  

 事件の構図やトリックの一つ一つはあまり評価しないが、作者の昔ながら
の本格へのこだわり、なおかつそれにふさわしい演出が施されている点、こ
れらに関しては「ふむ」と頷ける作品だと思う。採点は
6点。     

  

8/11 しらみつぶしの時計 法月綸太郎 祥伝社

 
 ノン・シリーズ作品集なので、ド本格とは毛色の違う作品の方が多かった
りするが、それでもやはりノリリンの短編集は質が高いな。      

 いやあ、しかし、法月綸太郎の出ない法月綸太郎だったはずなのに、法月
”林”太郎が出てきて焦ったよ。一回きりの誤植じゃないし、一体どんな叙
述トリックやるつもりなんだろってドキドキしちゃった。       

 ところが全然オチが無いんだもんな。解説読むまで、なんじゃこりゃ状態
だったよ。若書きで現在の綸太郎の原型だっただけだなんて…… よくも我
を謀(たばか)ったなぁ〜。紛らわしいってば。前書き欲しいよ。   

 私は小説としての要素よりも、ミステリとしての要素をはるかに重要視し
ている。これは明らかに私の偏りであり、「本格は基本的にパズルであって
も構わない」という、極論をも持論としているくらいだ。       

 そういう私にとっては、「ロジックを突き詰めるとパズルになっちゃうよ
ね」、という証明にもなりそうな二品が特にお気に入り。       

 まずはやはり表題作。人によっては、こんなのミステリじゃない(少なく
とも推理小説ではない)、と言い捨てられても仕方ない作品だろう。しかし
上記の立場を取る自分にとっては、そんな批判など全くの無意味なのだ。

 これは純粋な本格ミステリであると断言することにやぶさかでない。しか
もこんな風に、リアルタイムに謎解きに参加している感覚が味わえる本格な
んて、得難いじゃないの。最後のお洒落さんも含めてOKよ〜ん!   

「四つの鍵」も完全なるパズル。初読時にも書いたが、将棋の駒の動きも知
らない素人が、羽生、谷川と同時に戦って、一勝をもぎ取るにはどうしたら
いいか
、というパズルを知ってたから自分は解けたけど、でもお見事。 

 ベスト3のもう一作は、「二の悲劇」なんかすっかり記憶の彼方にしかな
かったせいで、構図の面白さを感じられて「トゥ・オブ・アス」を選択。

 幻想不条理系短編なんかも意外なアクセントになってると言えなくもない
し、総合的なレベルを考えるとやはり
7点を付けてもいいかな。    

  

8/13 スノウブラインド 倉野憲比古 文藝春秋

 
 こんなのがさっぱり面白く感じられなくなったわたしゃあ、ひょっとして
もう枯れてきちゃってるんでしょうか? 意外に上手いテクニックも隠れて
たりもするが、ミステリとしてはどうしようもない奴を、トンデモ仕立てに
することで見せられるもんにでっちあげた作品。           

 純粋なミステリとして切り出してみるならば、グダグダでダメダメ。真剣
にトリック考えてみようなんてしちゃあ無駄なだけだぞ。ここのところがし
っかりしていて、なおかつぶっ壊すのならば高く評価するんだけどね。 

 本編の趣向とは直接関係するわけではないところに、ダブルのテクニック
を仕込んでいて、それを「どうだぁ〜っ」って具合にあからさまに強調する
わけでもなく、さりげなくお披露目しちゃう辺りのセンスは好み。   

 これを見ると、意外にミステリ・センスに秀でた人かもしれないとは思う
が、それだけでは将来性云々はさっぱり読めるはずも無い。本作に見られた
ようなトリックのセンスが持ち味ならば、あまり期待は出来ないしね。 

 こんな妖刀をいきなり初めに抜いて見せて、この先どういう方向に進んで
いくのか、しばらくは生温くウォッチといったところかな。      

 取りあえず採点としては、テクがあったおかげでギリギリの6点確保。

 ところで本書の帯の惹句は、”『葉桜の季節に君を想うということ』『イ
ニシエーション・ラブ』
の次はこれを読め!”なんだけど、そりゃ、全然間
違ってるってば。歌野晶午ならこれは「世界の終わり、あるいは始まり」
し、乾くるみなら「匣の中」なんだってば。どっちも一般にはメジャーじゃ
ないんだけどさ、読んだことある人にとっちゃあ、絶対そっちの方がしっく
り来るっしょ。ねェ、ねっ、ねぇ〜。                

 適当に帯であじっちゃいけません……つってもさぁ、”『世界の終わり、
あるいは始まり』『匣の中』(ついでに『黒い仏』も付けちゃえ)の次はこ
れを読め!”なんつっても、誰も(一部を除く)読まんわな(笑)。  

  

8/20 イリーガル・エイリアン
 
         ロバート・J・ソウヤー ハヤカワSF文庫

 ミステリの新刊だけで手一杯でなかなか手が付かずにいた積ん読の山が、
ようやく少し崩して行けそうな状況になってきたかな。        

 読みたいSFも溜まってきてることだし、ここはまずミステリとSFとの
クロスオーバーなところからいってみようかと。だから、まずはコレ。 

 いやあ、楽しみにしてた初ソウヤーだけど、期待通りに楽しませていただ
きましたとも。ファースト・コンタクト・テーマが法廷ミステリという形式
を取ることで(このバカミス的着想もGood!)、ミス・ディレクション
として機能するホワットダニットがたまらんわな。          

 SFとしても充分にハードSFだと思うが、法廷ミステリとしてもかなり
のハードさだぞ。エイリアンが被告だからって、荒唐無稽さなんて、これっ
ぽっちも入ってきてやしない。                   

 ホントにリアルな現代のアメリカ法廷が描き出されているのだ(勿論私自
身が事情通ってわけじゃないけど、間違いなくそう思えるんだってば)。た
しかにここは手を抜いちゃいけないとこだろうけど、ホントに一切の手抜き
もないように思えたな。陪審員に関しては、多少特徴として記号化されたよ
うな簡略さは感じたけど、これ以上の厚さはいらないのでオールOK。 

 大多数の読者は、この法廷ミステリの進行にとにかく思考力のほとんどを
奪われてしまうことだろう。でもって自分の解釈では、これこそが壮大なレ
ッド・ヘリングだと思う。一人のエイリアンが有罪か無罪か、そこに着目し
てしまうと、ほら見えなくなっちゃうんだよね。           

        これって、どんなSFだったっけ?         

 おっと、少し言い過ぎちゃったかな。ミステリとしての逆転が、SFだか
らこその着想と結びつく、真相の快感。ホワットとホワイとフーが三つ巴で
読者を翻弄する。やってくれたぜ。うん、傑作だよね。採点は
8点。  

  

8/22 マルドゥック・スクランブル 圧縮
8/26 マルドゥック・スクランブル 燃焼
8/29 マルドゥック・スクランブル 排気
 
                  冲方丁 ハヤカワ文庫JA

 続いては国内SFの領域からも、ミステリとSFとのクロスオーバーなと
ころを狙って崩してみよう。ってことになると、まずは何と言ってもコレ。
とにかく本書の「伝説のカジノシーン」とやらを読んでみたかったのだ。

 まずは読み始めの印象から。斬新ではあるんだけれど、こういう斬新さは
ゲームやアニメや漫画の方が先行していたりする。だから、なんだか押井守
アニメのノベライズのような感じを受けてしまった。ダークな雰囲気をまと
ったスタイリッシュなSFアクション。               

 でもなぁ、そこまで心が燃え上がらないんだよな。主役コンビの強さが圧
倒的過ぎるのだ。最初から余りにも完璧すぎる能力なんだもの。ボイルド以
外の敵役なんて、全て雑魚扱いだし。全く相手になるもんじゃない。  

 カジノシーンに入ってもこの感触は続く。これじゃ負けっこないもの。痛
快ではあるんだけれど、ドキハラ感がズンズン響いてこないんだな。ギャン
ブルといえば、手に汗握る緊張感のはず。本当に勝てるのか、どうやったら
勝てるのか。最初っから「そりゃ、勝てるよな」じゃつまんない。   

 しかし、さすがに”伝説”はダテではなかった。ブラック・ジャック勝負
の興奮度は絶大。書いてる本人が反吐を吐くくらい、そして「ようやくSF
が書けた」と歓喜を覚えるのも納得できるだけの迫力だったよ。このシーン
をSFと呼ぶかどうか、という疑問点はないことはないけど。     

 個人的には、ここまでの能力は別としても、確率を把握して記憶力を駆使
出来れば、理論的にはブラック・ジャックの勝率は相当に上げられるのだな
という、SFとは全く別の要素に感激しちゃったりもしたし。     

 しかし、まぁ、事前知識が無ければ、この作品にこれだけのボリュームの
カジノ・シーンが登場するだなんて、予想できる人はいないだろうな。ここ
だけを取っても、ミステリ・ファンにもお薦めの作品。採点は
8点。  

  

8/31 Q.E.D.30巻 加藤元浩 講談社

 
 今回はどちらもミステリとしてのアイデアにはあまり見るものはなかった
が、それを充分に補うくらい話の組み立て方が凝っていて、なかなか楽しく
読めた巻だったと思う。                      

「人形殺人」は本当は「人形はなぜ殺される」という題名にしたかったかも
なぁ。でも、それだとハードル上げすぎになっちゃうか。そこまでそれを強
調するほどのアイデアがあったわけじゃないからね。         

 あまり意味はないけれど、被害者ミスリードの描写がお茶目。しかも一応
ロジックに組み込まれてたから、芸が細かい。            

 おおっという凄さはないけれど、水準以上の作品だと思う。     

「犬の茶碗」は、そこまで露骨に落語そのものでいっちゃうのか、というユ
ーモア感を果たして喜んでいいのかどうか。オリジナリティを出す良さと、
敢えて出さない良さと、結構天秤に掛ける価値はあるのかも。     

 まぁ、でも、軽いコン・ゲームを楽しめる話自体のとぼけたユーモア感の
中に、情報小説的な知識をさらりと組み込んでくるあたりは、もう作者の得
意技と呼んでも差し支えないだろう。                

 目から鱗はなかったけれど、全体的には水準以上の巻かな。採点は6点

  

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