7/1 陰の季節 横山秀夫 文春文庫
7/2 動機 横山秀夫 文春文庫
感想がついに2ヶ月遅れになってしまった。これから当分、どうしても語
りたい作品以外(中でも特に新刊以外の旧作)は出来るだけ感想を短めにし
て、キャッチアップを図ろうと思う。 .
というわけでまずは、今更ながらの横山秀夫の旧作はまとめて感想。既に
一般の評価が固まっている作家なので、特に付け加えるべき要素はない。こ
ういう形式の警察小説、職業小説を産み出したのはやはり見事。その上で小
説としての完成度も高く、本格ミステリのセンスすら抜群。「どれを読んで
も損はない」という一般的評価も納得。「臨場」の感想で”付いてかない”
宣言をしたが、素直に撤回。機を見てぼちぼちと読んでいこうと思う。 .
さて今回はベスト3ではなく、それぞれの中でベスト作品を選んでみる。
「陰の季節」からは「鞄」を選ぶ。この展開からこのオチは読めない。ここ
までするか。「動機」からはやはり完成度の高さで表題作。汚い心理、せこ
い欲が産み出す、陰険な結末の多い作品群の中で、これは救われる。 .
安直だがどちらも採点は7点。2作の総合点を比較すれば、ミステリ成分
の高さを買って「動機」の方を選びたい。 .
7/6 殺人症候群 貫井徳郎 双葉文庫
これも旧作。シリーズ最終作で本来は順番通り読むべきところだろうが、
旧作でこの厚みを3冊は今更辛い。申し訳ないが、中でも特に世評の高い本
作のみを、文庫化を機に購入させてもらった。 .
これは”重い”エンタテインメント。このテーマをここまで描ききった筆
力に感嘆。なるほど世評の高さもうなづける。この厚みを一気読みさせるく
らいの、胸に迫る迫力を持った作品である。 .
ただし本格偏愛主義者である私としては、文句なく高得点を与えるわけに
はいかない。本書の終盤部では、とある驚愕が待っている。本作を評価する
人の多くは、この部分に関しても高い評価を与えていることだろう。 .
でもこれはエンタテインメントとしての驚愕であり、ミステリとしての驚
愕とは若干ニュアンスが違うように思う。本書中での必然性はもとより、こ
の驚愕を読者に与える必然性が感じられないのだ。 .
「そうだったのか!」という驚きの度合いはでかいが、それが新たな効果を
付与しているわけではない。小説世界の様相を一変させるものでもない。こ
のポイントがあることで、エンタメとしては一層引き締まったものとなって
いるが、ミステリの本質として本書に不可欠な要素ではなかった。 .
しかし、これだけのテーマの描き込みを評価して採点はギリギリ7点。そ
れと個人的には、殺人看護婦の設定はやはり無理がありすぎると思う。意図
して脳死を狙うのであれば、もっとそれ専用の方法を考慮すべきでは? .
7/8 天に還る舟 島田荘司・小島正樹 SSKノベルス
島田荘司はこれまでも”推薦”という形で、数限りない新人を世に送り出
してきた。中にはデビュー作を読む限りでは、その価値があるのか、と声を
大にして問いつめたくなるような新人もいた……と断言してみる。しかし、
その代表格であった某氏が、後年その年の賞を独占するような活躍を見せた
りもするのだから、あるいは氏は先を見据える慧眼の持ち主なのか? .
そこでだ。今回はなんと”合作”という、いかにも気合いの入ったような
売り出し方でやってきた。これだけの贔屓(としか思わないよな、世間は)
をするからには、これまでの新人群とはひと味違う、大きな期待を抱かせる
逸材なのだろう。ひょっとしたら自分の跡を継ぐ人材として、白羽の矢を立
てたのでは……というくらい思ってしまっても仕方ない話ではないか。 .
こういった文脈で当然予想できるだろうが、結果的には期待はずれも甚だ
しかった。どこをどう気に入ったのか。身内意識を感じさせる人に対して、
優しすぎるだけなのでは、と邪推してしまうほどだ。 .
島荘理論に於ける謎の美しさなどここにはない。いかにも物理トリックを
施しました、という死体がいかに転がろうと、到底それを不思議だとも幻想
的だとも思えないし、ましてや謎の詩美性に心震えることなどあり得ない。
はっきり言ってしまえば、「興味がわかない」のだ。 .
トリックも基本的にはバカトリックであるのに、大真面目に扱われ過ぎて
いて、読者として笑いどころさえ失ってしまう。真剣に見ようとすれば、今
度はそのチープさにミステリとしての魅力は感じにくい。たしかに一つ一つ
を細かく分析すれば面白い要素もあるのだが、不可能犯罪として惹き付ける
力が皆無なため、「どうでもいい」という感じしか与えてくれない。 .
更に酷いことには、刑事がなんの必然性もバックボーンもない素人を引き
連れ回して、内部情報暴露しまくり。こんな非現実性にもあんぐり。島荘の
刑事キャラと独自の探偵役を、両方引き立てるための歪みだろう。ミステリ
ではお約束の設定だとはいえ、みんな苦労してそれなりの必然性をお膳立て
している。こんなぞんざいな扱い方はこれまで見たこともない。 .
ストーリーも退屈。人物の魅力も皆無。小説としての面白味すら感じられ
ない。ミステリとしても、島荘理論の継承者ではあり得ない。どうしてこん
な作品が島荘との”合作”という形で世に出たのか? .
「島荘の推薦は信じるな」とは、秘かに(でもないか)言われ続けている、
日本ミステリ界の暗黙の常識ではないかと思う。今回もまたそれが証明され
た作品だった。まあ純粋な単独作品と考えれば、全く魅力はないにしろ、い
い加減な作品というほどではないので、採点は一応6点。 .
7/11 神様ゲーム 麻耶雄嵩 講談社ミステリーランド
全くどうしてこの人は…… 下向きではなく、天に向かって溜息が出る。
このレーベルであってさえ、やっぱり完璧な麻耶ブランドになっているの
だ。しかも、いつもより余計に、えげつなく、おぞましい。小中学生の読者
にとっては、理解の範囲外だろ。こんな話読ませちゃいけないよ。 .
ああ、なのに、なのに、どうしてここまでミステリなんだよ! .
常に軽々と読者の想像の数歩も先を行ってくれる。以前「麻耶ミステリの
ラストに待ち受けるのは、カタルシスではなく、カタストロフィなのだ。」
と書いたことがある。本書のラストもまた、その言葉にふさわしい。おそろ
しいまでにひねくれている、おそろしいまでの破壊力。 .
しかし困った。「子供に読ませたいかどうか」も、この叢書の評価基準の
一つに置いている自分としては、本書の位置づけをどうすれば良いのか。別
格として順位表から外すことも考えたが、やはり正面から行こう。ここまで
のミステリとしての意外性とトンデモなさを発揮してくれた作品。たとえ絶
対に子供に読ませたくはないとしても、堂々の一位としたい。 .
改訂後の「講談社ミステリーランド順位表」はコチラ。 .
全部に丸まった作品よりも、どっか一つでも極端に尖った作品の方が面白
いのが、ミステリというジャンル。多かれ少なかれ、どういうジャンルにで
も当てはまるのだろうが、特に極端な傾向を示していると思う。だって、バ
カミスなんて言葉が、愛すべき対象として語られるジャンルなんだよ。 .
採点は7点。混乱を与えることが目的だとも思えるラストだから、やっぱ
りネタバレ行くっきゃないでしょ。興味ある人はコチラへどうぞ。 .
ミステリ名作選と銘打たれているが、スタージョンを読んでみようかと思
うミステリファン向けかというと、それほどでもあるまい。ミステリと云っ
ても、クライム・ストーリーとか犯罪物という括りにした方が良いか。異常
心理系で犯罪も起こるが、昨今のサイコ・スリラー系の視点で語るのは、適
当ではあるまい。異色作家短編という言葉が一番しっくり来るかも。 .
個人的な好みで云えば、私がミステリに求めるのは、ロジックやパズル性
といった明快な要素。あるいは奇想や意外性。それもシンプルさや痛快さが
いい。結局のところ、白黒がはっきりしたもの、ということになると思う。
ストーリーや語り口の妙味は、二の次になる。話としてはべらぼうに面白
いが収束しないままで終わる作品と、話としてはつまんなくて退屈なんだけ
どラストの意外性だけが決まった作品を比較するなら、私の評価では間違い
なく後者が高い評価になるだろうと思う。 .
このところの一般の読書傾向とは、一線を画した比較的偏った趣味である
ことは自覚しているところだ。スタージョン作品に決してオチがないわけで
はないが、おそらく前者を愛する人の方に向いている作品だと思う。この作
品集は特にそういう要素を感じてしまった。そのため採点は6点。 .
恒例のベスト3は特に面白いセレクトでもないので、作品名のみ。「ルウ
ェリンの犯罪」「ニュースの時間です」「輝く断片」とする。 .
7/15 MORNING GIRL 鯨統一郎 原書房
SFというジャンルはそもそも、奇想だったり、こじつけだったり、屁理
屈だったりするところから、着想が芽吹くことが多々あるのだと思う。 .
だから、そういう要素を特に得意とする鯨統一郎にとっては、独自性が今
一つ発揮できないのでないだろうか。SFという”空想が前提”の世界では
”掟破りの空想”だって、掟破ってる感が弱くならざるを得ない。 .
あくまでミステリというジャンルの中で、SFは構成要素の一つとして取
り入れる、これまでのやり方の方がしっくり来ると思う(そう言いながらタ
イムスリップ系の作品は読んではいないのだが) .
完璧なSFである本作を読むと、どうしてもそういう感想になってしまう
ようだ。はっちゃけた着想ではあるけど、採点はどうってことない6点。
7/17 チャット隠れ鬼 山口雅也 光文社
…… 山口雅也、ただいまリハビリ中 ……
全世界に向けて開かれたネット社会なのに、リアルご近所さんばかりの狭
い地域社会でちまちまとした犯罪。それが奇しくも象徴するように、ミステ
リとしてもこじんまりとまとまった小品。 .
まぁ、リハビリ過程の力を抜いた作文としては、こんなものかもしれない
と思うべきなのだろう。 .
採点は気の抜けた6点。いつかまた、あのとんがった力強さに満ちあふれ
た作品を読ませてください。待ってます。 .
7/20 クドリャフカの順番 米澤穂信 角川スニーカー文庫
ミステリ研後輩の推薦を受けて、個人的に秘かに米澤祭り開催中(実は9
月1日時点で全刊行作品読破済み)。まずは一作目を読めよという声もある
だろうが、ついついその前に新作のコレに手が出てしまった。 .
をを、これは、これは。よいよ、よいよ。いい感じ、いい感じ。うんうん
と頷くままに、思わず二つ重ねで感想が口に出てしまう。 .
何せ文化祭(うん、高校なら”学園祭”じゃなくて、こっちの方がそれっ
ぽいな)の雰囲気がいいよね。一作目、二作目とこの”祭り”に向けて話が
展開していたわけだが、それにふさわしいハレっぷりを見せてくれたぞ。学
生時代を経験したほぼ全ての読者の共感をつかみそう。 .
料理コンテストにわらしべプロトコルと、お遊び的展開も心地良いこと。
勿論そういう中にもしっかりと伏線は張り巡らされている。やっとミステリ
的視点からの感想に入ってきたが、全作通じてミステリとしても一番好きだ
な。細かい謎の羅列より、一本筋の通った作品の方を評価したいし。 .
三作目にして多視点というのも、非常に良い効果を産んでいると思う。奉
太郎の一人称視点で積み重ねてきて、ここで割り振るってのも粋だよね。内
容をうまく表現しているかどうかは別として、「何?」って思わせる題名の
付け方のセンスもなかなかのもんではないかと思う。 .
今年刊行の「犬はどこだ」も、ミステリとしてなかなかだったが、個人的
には本作こそを米澤ベストとしたい。 .
石橋くん、俺もはまっちゃったよ。採点は7点進呈! .
7/22 悪魔の部屋 笹沢左保 カッパノベルス
こちらは祭りって程ではなくて、ささやかな個人的キャンペーン実施中。
さて、本書は完璧に官能小説。”新妻監禁陵辱物”なんて表現すると、それ
っぽくなるでしょ。で、内容はこれに尽きると。 .
ミステリとしての仕掛けが特にあるわけではないし、サスペンスがそれほ
ど緊張感をもって迫るというわけでもない。セックスとサスペンスの融合な
んてのは、別に本書でなくても以前からあったように思うのだが。探偵小説
と云えば、エログロと一緒くたにされてたような時代もあったんだろうし。
こうして代表作の一つに数えられる時代性がよくわからないな。 .
まあ官能小説であるからして、リーダビリティーは抜群に高い。だけども
通勤読書しかやんない身にとっては、ある意味リーダビリティーは無茶苦茶
に低い。読みやすい(技術的)けど、読みにくい(環境的)のだ。 .
この程度の理由で愛する新妻を見殺しにするかよ〜、と文句を付けながら
採点は6点。どこか必ず苦しい点があってこそ笹沢左保ってな気もするな。
突然だけど、今更ながらの「半身」。実は「魔術師」を読んでから、個人
的秘かに「現代ミステリ見直しキャンペーン」(最近、こういうパターンば
っかしだな)を実施しなくては、と心に決めた次第。これからもここ数年の
話題作を、百円棚で見かける限り買っておいて、新刊の合間合間に読んでい
く予定なのだ。まずは「このミス」一位獲得作品から。 .
とは云え「現代ミステリ」が対象だというのに、何故かいきなり時代ミス
テリから入ってしまったことになる。まあ、いいか。モチーフは時代物でも
書かれたのは明らかに現代なのだから。 .
それを云うなら、そもそもこれがミステリなのかというのも議論の余地は
あるわけだけど、これは充分以上に紛れもなくミステリだと思う。「魔術的
な筆さばき」という表現も納得至極。洗練された筆致の裏に、計算し尽くさ
れたプロットが隠れ潜む。「本格」かと問われれば、そこまで強弁はしない
が。このミス一位、本ミス十位というのも妥当な線か。 .
幅広く文学畑の読者を堪能させる作品だと思う。採点は7点。見直しキャ
ンペーンの続行にますます拍車をかけてくれそうな秀作だった。満足。 .