ホーム創作日記

 

4/2 新・本格推理 特別編 二階堂黎人編 光文社文庫

 
 みなさん「プロになって腕が落ちたな」と言われないようにするためか、
気の入った作品ばかり。ただ”本格=トリック”という、旧態依然の解釈が
まかり通ってるような作品が多く感じられたのは、残念なところ。   

 しかし、いずれも結構な高品質であったことと、「七番目の椅子」が期待
通り、かつ予想通りの園田修一郎氏であったことは、非常に喜ばしい。氏の
作品は大抵ベストに選んでいるくらい、既にこの時点でファンだからなぁ。
このシリーズの作品だけを集めても良質な本格短編集として成立するが、ま
ずは別の形でプロにふさわしいデビュー作品をものにして欲しいものだ。

 さて、恒例のベスト3だが、どれをベストにするかは二作品間で迷いに迷
った。どちらも本格推理という直接のイメージとは多少異質の作品。わずか
に勝利したのが光原百合「花散る夜に」。最も本格らしさが薄く感じられる
作品だが、心理の必然のロジックという意味では立派な本格。推理展開とし
てはわずかな余地しかないのに、ここまで読ませる手管にやられた。  

 でもって、惜しくも争いに敗れたのが石持浅海「ハンギング・ゲーム」。
対決の頭脳戦の緊張感と、ここまで叩き込む”あらため”のねちっこさ(褒
めてます)。ラスト一行を読むと、連作の一話目にする意図濃厚か?  

 第3位にようやく、この人は落とせない園田修一郎「だから誰もいなくな
った」。本格は究極ミステリ・パズルで構わないという持論の私だが、単な
る”パズル”でいいかどうかは難しい。その選択を突きつける作品。  

 全体の高品質さを買って採点は7点。ところで一番気になるのが、「新・
本格推理」って続くの? 終わりなの? ってところ。終了ということはど
こにも謳ってはいないのに、募集要項は書かれていないぞ。どっち?  

  

4/6 二壜の調味料 ロード・ダンセイニ ハヤカワポケットミステリ

 
「奇妙な味」テイストなんかほとんど感じられない犯罪コント集(特に笑い
を意味しない本来の意味の方ね)。異才による割と多彩な作品集で、バカ臭
いものも多いが、現代視点だとやはり些細で浅いと思えてしまうか。  

 いやあ、しかし、表題作の犯人がこんなに色んな作品で活躍しまくるシリ
ーズだったなんて、想像だにしてなかったよ。一応、犯人がシリーズなんじ
ゃなくて、探偵がシリーズではあるんだけどさ。でも、異常なくらいの登場
頻度で、活躍の幅広さも半端でない。怪人二十面相並みの名犯人?   

 江戸川乱歩編「世界短編傑作集」全5巻の中でも、「偶然の審判」と並ん
でベストを争うくらい、私にとってもオールタイムベスト級の短編ではある
のだけど、やはり本国でも強烈にインパクトのある作品だったのだろうな。
とにかくフィニッシング・ストロークが強烈すぎるものな。      

 ただ「奇妙な味」という表現は、個人的にはしっくり来ない。明解にすっ
きり綺麗にオチてるんだもの。奇妙ではないよなぁ。先の名アンソロジーで
言えば、「放心家組合」だとか「銀の仮面」だとかの異色短編系とか、「オ
ッターモール氏の手」だとかの不思議な読後感にこそふさわしい。   

 既読作品ではあるが、やはり表題作と「演説」がずば抜けた出来。ミステ
リとしてはもう一作は「新しい殺人法」もいいが、全国民の中からただ一人
の人間を炙り出す「一度でたくさん」を選ぶ。シリーズ完結編だし。  

 ミステリ以外では、「二人の暗殺者」「アテーナーの楯」「ラウンド・ポ
ンドの海賊」あたりが楽しかったかな。採点は
7点。         

  

 4/9 リッターあたりの致死率は 汀こるもの 講談社ノベルス

 
 THANATOSシリーズとは、アンチ・ミステリの魔道なのだ!  

 そこらのミステリでいい人ならば、わざわざ本書を手にする必要はない。
そこらのミステリを読んで満足していればいいだろう。わざわざツンデレ系
のメイド喫茶行って冷たく当たられる必要性など皆無なのと同じように。し
かもひょっとすると99%のツンに1%のデレ。でも、果たしてデレにのみ
価値があるものか、ツンの技術こそが人を惹き付けるのではないか(と、熱
く語るようなことではないが)。                
  .

 ミステリにおいてのツンの技術の最たるものこそ、アンチ・ミステリでは
ないのか。求めるものあらば、それはここにあるかもしれない。  
  .

 しかしながら本書はデビュー作と同じように、本格ミステリである。真っ
当にミステリしているのだが、当然の如く(と言っていいのかどうか)真っ
当なミステリでは終わらないだけ。でも、少なくとも本格の皮をかぶってい
る。皮かむったその中にいるものが、狼なのか、鼠一匹なのか、童貞の○○
○なのか、そういう違いなだけだ。さて、本書はど〜れだ?    
  .

 しかもガジェットの本格であったデビュー作に対し、本作はロジックの本
格。このところ、ミステリのロジックに対し、認識を新しくしろと突きつけ
るような作品が発生しているような気がしている。代表的な作品は「青銅の
悲劇」だろう。                        
  .

 ある意味、本書もまたその系列につながる作品かもしれない(ただ、それ
にはも少しロジックの強度が欲しいところだったが)。極限に持ち上げた先
に何があるのか見極めようとするのと、絞首台の落とし戸を取っ払うような
のと、ベクトルは真逆なのかもしれないけれどね。      
    .

 さて魔道を歩むものが辿り着く先は、本当にアンチ・ミステリの深淵なの
か、それともあるいは一周か二周か廻ってパラダイスの恍惚なのかも? 

  

4/14 UFOの捕まえ方 柄刀一 祥伝社ノン・ノベル

 
 極めて高レベルのミステリが(トリック小説という限定分野だが)、無味
乾燥な詰まらないパッケージで包装されている(小説として、という意味合
いで)、という(まさにいつもの)柄刀作品。            

 最初の「サイト門の開き方」は見るべきところのない作品だったが、残り
三作はそれぞれに強烈なアイデアが詰まった作品。「身代金の奪い方」はワ
ン・アイデア作品だし、見覚えあるよな気がしてわかりやすかったと思った
が、感心する人も多いかもしれない。                

 ただ、それよりも残り二作品がとてつもなく強力。まずは表題作だが、作
者自身も語っているように盛りこみようが半端ではない。       

 もともと現実世界においても、UFO関連はトリックに満ちている(余談
だが現在ではディジタルでの加工があまりにも容易になっているため、もは
や真贋の判定など不可能ではないのかな)。その状況をふまえてのミステリ
化はやりやすくもあるし(取っかかりは無尽蔵にある)、やりにくくもある
だろう(どこかで聞いたことのあるようなものになりそうだ)。    

 本書では比較的上手く処理されていたとは思うが、あまりにもおおごとな
内容になっているなど、不満点は若干残らざるを得ないだろう。    

 というわけで本書のベストは「見えない共犯者の作り方」。個人的に嫌い
なダイイング・メッセージ物だが、作り方をこねくり回すのではなく、不自
然さを謎として処理する手際があるので、さほど不快感は感じない。  

 それに何より、ある趣向を成立させるために、あの手この手の技巧が張り
巡らされているのが嬉しいではないか。トリックを詰め込むより、技巧を詰
め込んだ作品の方がより評価できるというものだ。          

 ファンタジーなどの付加要素がほとんどないこともあって、とにかく読ん
でてちっとも面白くないという難点はあるものの、ミステリとしては高品質
の作品が目白押しで、採点としては
7点がふさわしい。        

  

4/17 玻璃の家 松本寛大 講談社

 
 21世紀本格提唱者の島田荘司狙い打ちなのは至極もっともだが、この賞
がなかったら乱歩賞もあり得るんじゃないだろうかと思える秀作。個人的に
はそう好みの作品ではないし、解決編もまだるっこしいけどね。    

 相貌失認という21世紀型ガジェットをストーリーに組み込んで、それ自
体の展開を楽しませると同時に、巧みにミステリにも組み入れている。こう
いうオリジナリティー性の高い素材を使うのは、いかにも新人賞応募作らし
い取り組みで、これだけの質があったらホント乱歩賞もいけたかも。  

 ただ個人的にはフーダニットの面では物足りなさを感じてしまったなぁ。
かなり早い段階で判明してしまうため、もう一段ひっくり返しがあるんだろ
と身構えてしまっちゃったせいもあるんだろうけどね。        

 でも、そういうところ引きずったまんまで、他にある主眼に入っちゃって
ると思う。また、この真相がひどく入り組んでて複雑なのに、説明はちとぐ
だぐだ。この辺はもっとスッキリできるよう、手を入れて欲しかった。 

 好みだったのは「硝子が取り外されたのは何故?」というホワイの謎。相
当に苦しくはあるが、かなり大胆な真相でビックリさせられた。外連味が好
きな自分としては、これをメイントリックに据えてあっても良かったかも。
ま、それだけ趣向が盛り沢山ということなんだけどね。        

 ミステリの見せ方としては、フーダニットや解明シーン、必然性の提示不
足(と私には思えた)など、まだ不満を覚える要素はある。しかしながら、
新規のガジェットで読ませる工夫をしていて、真相の捻り具合も詰め込み度
合いも相当なもん。新人賞としては破格の出来と言っていいかも。状況作り
で構成する本格なので、自分の好みとは違うが、採点は
7点としよう。 

  

4/22 死せる案山子の冒険 エラリー・クイーン 論創社

 
 前作同様、お得意のロジック以上に、犯人隠匿のテクニックの巧妙さに舌
を巻く。こういうラジオやテレビのドラマで、「やられたぁ〜」とドキッと
させてくれるんだもの、「やはり神(法月談)」。          

 全体的には前作の方が出来が良い。また、この並び順にはちょっと疑問あ
りかも。日本人には馴染みの薄い手掛かりの二作品が冒頭に並んでるんだも
の。たしかに「生き残りクラブ」は本書でも出色の出来なので、冒頭に置き
たいのはわかるけど。あと表題作が出来がいい方でないのも残念。   

 それとちょっと吃驚したのが「姿を消した少女の冒険」。こんなダークな
話も書いてるんだなぁと。殺人を扱っていても、パズルに徹しているせいも
あって、どこかユーモラスな雰囲気が保たれているクイーンの脚本だけど、
この作品だけはひどく例外に感じられてしまった。          

 さて、今回もガチンコ勝負してみたが三勝四敗。やはり負け越しちゃうん
だなぁ。自分のへっぽこ推理としては、これだけ紹介しておこう。   

「ダイヤを二倍にする男の冒険」…密室は完璧。だとしたらダイヤは持ち出
されてはいない。金庫室内で全て燃やされたのだ(ダイヤは炭素なので燃え
る)。発見されたダイヤはそれを悟らせないよう別に用意されたもの。従っ
て(動機は不明だが)犯人はそれが可能だった人物、ブライス氏である!.

 ベスト3としては、いずれも自分が正解に辿り着けなかった三作を。好き
な順に「<生き残りクラブ>の冒険」「姿を消した少女の冒険」「ダイヤを
二倍にする男の冒険」。特に最初の二作の犯人隠匿の遣り口にヤラレタ。

 前作には負けるといっても、本気でフーダニットに挑戦できる作品集なん
て、そうそうあるもんじゃないぞ。しかも、これだけヤラレタ気分にさせて
くれるものなんてなおさら。やはり採点は
8点を下回るはずもない。  

  

4/25 オーデュボンの祈り 伊坂幸太郎 新潮文庫

 
 ようやく読んでみた伊坂幸太郎のデビュー作。ミステリとして面白いわけ
ではないが、独自の世界を構築していて読ませる作品。以降の作品に繋がる
モチーフも散見され、ああ、伊坂だと納得できて興味深い。      

 伊坂の本質は異世界ファンタジーだと私は思っているが、それが最もスト
レートな形で表れているのが本書だろう。ストレートすぎてあまりにもその
まんまなんだけど、それでこそデビュー作というもんじゃないのかな。 

 新潮ミステリー倶楽部大賞受賞作。しかし当時の審査員が誰なのか知らな
いけど、なかなか評価の難しい作品だったんじゃないのかな。たしかに広義
のミステリを対象とするような賞じゃないと、拾って貰えないような作品だ
よ。ジャンルに収まりきれないってとこも、最初から伊坂なんだな。  

 真相自体は特に心を惹かれるようなものではなかった。全ての伏線が一本
に繋がる快感とかを読後感に挙げる人が多いようだが、こういうのを伏線の
回収と呼ぶのはちと違うように感じた。こういうのが伏線ならそりゃ作りや
すいだろだし、ピタゴラスイッチに解説つけちゃ野暮だろだしね。   

 ただ、やはり後味の良さは感じる。なんだかわかんないけども、なんとな
く気持ちよい、そういう味のある雰囲気が伊坂の良さだと思う。そういう意
味でも、ミステリの世界を足場にしようとしなかったのは、作者にとって成
功だったと思う。割り切れる世界とは馴染みにくいのだ。       

 ミステリ的な観点から評価は付けるので、本書の採点としては6点。 

  

4/29 時の密室 芦辺拓 講談社文庫

 
 トリックが互いに連携していて、その連携自体ごとひっくり返るというあ
たり、まさに技巧派の面目躍如。だが趣向が盛り込まれすぎていて、過剰の
中に埋没してしまうのも、やはり”行き過ぎた技巧派”ならでは。   

 とにかくサービス精神の旺盛な作者なもんだから、ほんと目も眩むほどの
趣向が乱れ飛ぶ。不可能犯罪のオンパレードだわ、ぶっ飛ぶような意外な犯
人まで飛び出すやら、こっそりと叙述トリック仕込んで驚かすやら、もう冒
頭で書いたシブスゴ(渋くて凄い)な趣向ですら、霞んでるってば。  

 もうマニアなら泣いて喜ぶしかないような所業だろう。このサービス精神
やテクニックが、FUN(お楽しみ・面白味)の方向に作用するのなら、芦
辺拓、無敵になれるんだろうになぁ〜。               

 残念ながらそうでないのが、氏が今一つメジャーになれない所以かと。ミ
ステリ・マニアの評価と、一般のミステリー・ファンとの評価で、乖離が激
しい作家の代表格なんじゃなかろうか。逆パターンは多いけど。    

 それを証明してるのが「2007本格ミステリ・ベスト10」での10年
間のオールベスト・ランキングだろう。これに三作選ばれてるのは麻耶と二
人だけ。本書も22位。たしかに上記したように密度の濃い凄い作品だとは
思うけど、わずか五作の中に選ぶのか。投票者も渋い。        

 ちなみに私が投票したのはやんちゃ系(?)の作品ばかり。「見えない精
霊」
「鴉」「死の命題」「六色金神殺人事件」「聯秋殺」だったなぁ。いず
れも奇想溢るる傑作だと私は信じてるけどなっ!           

 ちょっと狙いすぎの苦しさも感じるので(まぁこんなフーダニットを成立
させようとするんだからなぁ)、これだけの作品ではありながらも、ミステ
リのカタルシスには到達できていないと思う。8点に届かぬ
7点。   

  

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