ホーム創作日記

 

12/1 リベルタスの寓話 島田荘司 講談社

 
 島田荘司の方法論が実に良く見て取れる名品。常に最前線に立ちながら、
自己の理論を実作に落とし込んでいく、氏の姿勢にはほとほと感服してしま
う。第一人者としての自負と責任感の表れなのだろう。        

 氏の代表的な方法論として、「幻想的な謎、21世紀本格、日本人論」の
三つを挙げてみたいと思う。特徴としては”大技トリック”というものも、
氏には欠かせない属性として数え上げることも出来るだろう。しかし、これ
はあくまでも技巧の範疇であり、氏の目指す方向性でもあろう方法論として
は、加える必要のない要素であると私は考えている。         

 日本人論というのは、ミステリとしての方法論ではないが、氏の作品のテ
ーマとしては切り離せないものであろう。本書では民族論という形ではある
が、歴史観をベースに展開されたそれは、日本人論の延長線上にあるものと
して、同じ分類に入れることに問題はあるまい。           

 過去を振り返るだけでなく、現在を、そして未来をも氏は見据えている。
必ずしも本書に完全にマッチしていたとは思えないが、オンライン・マネー
をも組み込んでくる意欲(あるいは貪欲さ)には驚かされる。     

 幻想的な謎を産み出すために、寓話としてのリアリズム(いかにもありそ
う感)溢れる創作を見せてくれるお手並みも鮮やか。         

 21世紀本格に関しては、個人的には必ずしも賛同していない。私の解釈
が一面しか捉えていないのかもしれないが、最新の科学知識や医学知識を取
り入れることは、本格としては危険な要因もある。たとえば表題作でのソレ
は、そんなん知らんよぉ〜、と思えてしまったのだが、これは本格としては
マイナスの感覚ではないだろうか。それ故か、このネタがメインとは思えな
い作りになっているが、それは氏の主張としては如何なものか?    

 このこともあって、よりトリッキーな「クロアチア人の手」の方を私は買
うな。「島田荘司のミステリー教室」でも語られていた、「
わざと失敗させ
」テクニックの実践例としても、興味深い作品だと思う。      

 とにかくいずれも、その方法論に賛同するかどうかは別として、現在の島
田荘司が濃密に詰まった素晴らしい作品集だと思う。採点は
7点。   

  

12/3 心臓と左手 石持浅海 光文社カッパ・ノベルス

 
 表面上の整合性が取れた事件にも関わらず、必ずそこに矛盾のロジックを
仕込んでおいて、それを手掛かりに安楽椅子探偵を展開させる。しかも、個
人という比較的どうとでも動かし易い対象ではなく、組織犯罪を扱いながら
も、必ず事件の様相そのものを転回させてみせるのだ。        

 見かけよりも高度なテクニックで構築された、通好みの佳作だと思うぞ。

 ほぼこれで本作に関して言いたいことは言い尽くしてしまった感はあるん
だけど、もう一点だけ。あくまでも善悪の二元化を拒否するかのような、石
持流倫理観へのこだわりっぷり(本作では若干大人しめだが健在)は、一体
どういうモチベーションの元に行われているのだろうか?       

 というわけで恒例のベスト3だが、ベストは「罠の名前」としたい。様相
の反転というだけではなく、その皮肉の効かせっぷりが抜群の味。   

 続いては表題作。完成度の高さは本書中ベストだろう。第3位は「水際で
防ぐ」。二段階の時間差どんでんの威力が素晴らしい。        

 パターン化故に(しかし、これは趣向の統一という、本格としての”美し
さ”からは当然譲れないところだろう)、意外性の威力は落ちざるを得ない
ところはあるが、その制約の中でここまでロジカルに展開できるのは素晴ら
しい。その面での氏の手腕を味わうには、最適な作品集かも。     

 但し一方、本書の一番の売りでもあろう「再会」(「月の扉」の後日談)
に関しては、あまり感心できなかった。心理面が主体であるが故に、ロジッ
クでここまで踏み込めるものか、しこりのような疑問符が残ってしまったの
だ。心理の論理というのは、「セリヌンティウスの舟」でも導入されている
氏の一つのテーマなのかもしれないが、扱いの難しい代物だと思う。  

 充実度としては、現代最高級の書き手かもしれないね。採点は7点。 

  

12/5 もう一人の私 北川歩実 集英社

 
 同題の表題作があるわけではなく、「もう一人の私」という全体テーマに
沿って(若干、後半怪しくなってくるが)描かれた短編集。完全に独立短編
の集合体で、共通コンセプトというのは比較的珍しい部類だろう。   

 後々まで印象に残るような逸品はないのだが、全ての作品にツイストが効
いていて、見事と言ってもいい出来映えだと思う。          

 私はデビュー作しか読んだことがなかったのだが(しかもすっかり内容は
覚えちゃいない)、SF仕立てだとしか思えないような設定に、現実として
の解を付けるのが得意というような、イメージを抱いている。     

 但し、それが故に結構強引だったり、無理があったりして、ということに
なりがちではないかと思えて、何となく敬遠してきた作家であった。  

 本書で言えば「冷たい夜明け」が、まさしくそのイメージ通りの作品であ
った。どうしてもやり過ぎ感を覚えてしまうのだよなぁ。       

 しかし、全体的には意外性の盛り込み方に上手さが感じられた。意外性に
こだわりつつ、同一テーマでこれだけの独立短編を作り得るのも、実力の裏
打ちがないと難しい所業だと思う。                 

 恒例のベスト3は、「分身」「渡された殺意」「月の輝く夜」とする。

 これまで敬遠してきた作家ではあるが、これを機に評価の高い作品をもう
少し読んでみようかと思う。採点は
7点。              

  

12/7 左90度に黒の三角 矢野龍王 講談社ノベルス

 
 初めて矢野龍王で「やられた」と思ったかも。           

 デス・ゲームとしては、これまでで最低だよね。緊迫感も緊張感もひとっ
かけらもありゃしない。作中人物も読者も「見〜て〜る〜だ〜け〜」ってな
状況で、サスペンスも無けりゃ、スリルも無い。           

 ただ全員が動くわけじゃないし、それぞれのやりとりの会話が最小限に保
たれるおかげで、矢野龍王の大きな特徴の一つである「登場人物がバカばっ
かり」というのが、目立たなくて読みやすかった。怪我の功名って奴か。

 今回ますます設定の正当化を放棄してるのも、良かったと思える点。無駄
なことやるもんじゃないよね。SF設定、大いに結構。そんなところで空回
りしないで、すぱっと切り捨ての姿勢はそのまんまでOKっすよぉ。  

 でもって、そんな中で、淡々とミステリ・ネタを仕込んでくれていたわけ
だ。しかも、よくぞここまで謀(たばか)ったな、というほどのネタを。く
ふぅー、これは結構大変な作業だったはずだぞ。よくやったなぁ。   

 違和感バリバリだった描写が、ああっと腑に落ちる(誤用なんだが、雰囲
気表せて便利な言い方なんだよなぁ)瞬間。自らの描写の下手さをも、逆手
に取ったテクニックと言えるかもしれない。             

 題名だって小憎らしいものなぁ。考えてみれば、題名センスはいつも悪く
ないのだよな。読者をいい感じにだまくらかしちゃうんだもん。デビュー作
こそ詐欺なタイトルで偽ってくれたものの、読みたくさせられたことは間違
いないし。前作、今作はホントいい意味でピタリと決まってるからなぁ。

(ところで全部が9文字ってのは、意識的にやってるのかなぁ? そんなと
ころにこだわったって、読者には何の意味もないのになぁ。たまたま?)

 また、前作からとみにその傾向が強くなったと思うのだが、ソリッド・シ
チュエーション・スリラーをやろうって意識じゃなくなって、いっちょバカ
ミスやってやろうという開き直りの姿勢が感じられる。ふっきれ上等! 

 いいんじゃないのぉ。矢野龍王を褒める日など永劫に来ないかと思ってた
けど、こりゃ期待できるかも。7点にギリギリ及ばない
6点。     

  

12/9 事件の痕跡 日本推理作家協会編 光文社カッパ・ノベルス

 
 またまたなんだかよくわからない基準のアンソロジーだなぁ。〈事件の始
まり〉ってのに注目して、事件に対するアプローチの多彩さを示すってこと
らしいのだが、そんなはっきりした特徴は出ないものなぁ。      

 こういう基準だから、明確に事件が始まるという感じの作品はない。つま
りどれもこれも、そんなにミステリっぽくないのだ。         

 それにまた、偏見承知で言わせて貰えば、「多彩さを示す」って言い方か
ら、粒選りな作品など集まりようもないのではないか。        

 いろんな方面の作品を集めようとしたりして、なんだかちょうど迷走して
いた時期の「本格ミステリ0x」みたいで、独りよがりなセレクションに感
じてしまった。それともこれは、極端な本格偏愛派故の偏見なのかなぁ。

 というわけで、恒例のベスト3はそんな中でも、いかにもミステリっぽい
作品を選んでみる。                        

 なんだかちょっとけったいな作品だが、妙なユーモア感にも包まれた、
城三紀彦
「ヒロインへの招待状」をベストとしたい。         

 第二位は、このテーマの意味合いが最も感じられる、五十嵐貴久「女交渉
人ヒカル」にしよう。事件は始まっていることさえ知らせず、唐突に終わり
から始まるのだから。                       

 第三位は、ちょっと小手先で作られたようなパズル短編を選んでみよう。
乾くるみ「五つのプレゼント」がそれ。               

 結局今回もぼんやりとしたアンソロジーだったな。採点は6点。   

  

12/12 名探偵の奇跡 日本推理作家協会編 カッパ・ノベルス

 
 名探偵ってことで、テーマはわかりやすいが、単純すぎて面白味はない。

 結局、この三分冊アンソロジーは何をやりたかったんだ? たかだか三年
分の対象から三冊のアンソロジーって、だったら年間アンソロジーのままで
も別にいいやん。テーマ別にしては、ぼんやりとし過ぎてるし。謎だ。 

 協会編の年間アンソロジーだけでなくて、旧作品でもう一稼ぎしようとい
う姑息な魂胆なのだろうか? 協会側の収入がどれほどになるかわからない
が、この財源を活かしてミステリ・カレッジみたいなイベントをやってくれ
るのなら、それはそれで歓迎なのだけどな。と言いながら、私自身は図書館
本で読んでしまって、ゴメンなさい。                

 ということで資源の再利用を図った(のかもしれない)、環境に優しい日
本推理作家協会(紙資源を消費してるんだから、逆か?)。環境用語で言え
ば、「リデュース・リユース・リサイクル」の”リユース”だね。   

 ミステリでは基本的に”リサイクル”ってのはそぐわないだろうし、”リ
デュース”と言ったら「ゴミを減らす」活動か……そこ突っ込んじゃうと、
あちこちに波紋を及ぼしそうだから、なかったことに!(笑)     

 さて、では恒例のベスト3。本格要素の強い作品は既読作品が多かったせ
いか、名探偵テーマなのに比較的本格要素のさほど高くない作品が、妙に印
象に残ってしまった。                       

 そんな中でベストは柳広司「カランポーの悪魔」。事件自体は本当にどう
でもいいのだ。あの手紙が最後に置かれた理由という、そのホワイの謎解き
にとにかく感動しちゃって、微妙にうるっとしてしまったのだ。    

 解決のカタルシスとは別次元に読み所を持ってきた、横山秀夫「永遠の時
効」もこの題名の意味がずんと響く。こんな漫画チックな作品もあるのか、
とちょっと意外感な有栖川有栖「あるいは四風荘殺人事件」でベスト3。

 それだけ「これぞ」と選ぶ作品がなかったわけで、採点は6点。   

  

12/14 ぶち猫 コックリル警部の事件簿
            クリスチアナ・ブランド 論創社

「招かれざる客たちのビュッフェ」の落ち穂拾いだからなぁ〜、なんて思っ
てたら、意外な質の高さに嬉しい驚き。選り抜きでいいんじゃなくって、全
部いいってことなのかな。上手さに吃驚。              

 まずは冒頭の「コックリル警部」から、読んでて顔がほころんでしまう。
「作者自身が自らの創造した探偵を語る」という、このエッセイの趣向は非
常にいいなぁ。日本でも何かの機会に是非やって欲しいものだな。   

 本書のメインの表題作も、いやあなかなかのもの。何と云っても、このト
書きの過剰な盛り込み具合が、新鮮だし、いとをかし。        

 脚本文学って好きで結構読んできたけれど、ここまでのは初めて。さすが
ミステリ作家だよねぇ。伏線の演出が事細かく指定されている。そのせいで
読者としては真相は見え見えになっちゃうのだが、舞台を眺めながら、同時
に舞台裏を覗いてるみたいな感じで、それを補うに充分に値する愉しみを与
えてくれたんじゃないかと思う。                  

 その他にも、珍しくショートショートがあったり(しかも痛快なツイスト
が決まっている)、いかにも藤原宰太郎のトリック本に出てきそうなネタが
飛び出したり、短編の切れも申し分ない出来映え。          

 とにかくブランドの短編が読めるってだけでも嬉しいのに、倒叙、本格、
ショート・ショート、戯曲と様々な顔を堪能できた上に、これだけの質を見
せつけてくれたわけだから、採点は
8点付けるっきゃないでしょ。   

  

12/19 ゴールデンスランバー 伊坂幸太郎 新潮社

 
 伊坂幸太郎、渾身のエンタメ。                  

 たしかに氏の魅力が沢山詰まった作品ではあるが、敢えて抑制をきかした
要素も感じられる。集大成というよりも、新たに大きく幅を広げた作品と捉
えるべきかもしれない。                      

 これまでずっと私は、伊坂幸太郎の本質は異世界ファンタジーだと書いて
きた。たしかにこの作品だって、そう強弁することは容易だ。現実と地続き
ながら、監視社会という新たなシステムが構築されているし、それより何よ
り漠然とした巨悪が存在する世界という、現代のお伽噺たるファンタジー要
素が、テクスト全体の雰囲気として敷き詰められている。殺人鬼にまつわる
数々のシーンだって、夢物語のようなおぼろげ感がある。       

 しかし、それでもだ。何故だか、ファンタジー感が希薄なのだ。   

 これは作者側の意識の問題と、出来上がった作品としての必然と、その双
方の視点から、切り込んでみたいと思う。              

 まずはやはり作者の意識。本作ではエンタメ路線を追求しようという、明
らかな意図が感じられる。ここまで積極的に前に出る伊坂は初めてだもの。
想像力過多かもしれないが、こんなことを考えてしまう。彼は「重力のフー
ル」
において、世界の終末を描いてみせた。あれはひょっとして、彼なりの
ファンタジー世界への訣別宣言だったのではないだろうか?      

 続いては作品としての必然。「逃亡者」ベースのストーリー自体、見事に
構築されている。連続した緊張性は、ファンタジーの緩みには馴染まない。
またそういう土台の上に築かれた、本作の最大の魅力である、伏線を良く機
能させる構成。このあらかじめ枠が決められた物語構成も、足元の定まった
現実路線への展開を余儀なくさせる。                

 ただ勿論、こういうきっちりした作品スタイルだけが、本作の長所ってわ
けじゃない。キャラクタと会話の魅力でも、存分に魅せてくれたよ。泣き所
だって欠かせない。「
だと思った。」「痴漢は死ね」「たいへんよくできま
した
」と三回うるっとさせられちゃったもの。傑作だろう。採点は7点

  

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