ホーム創作日記

9/4 血の季節 小泉喜美子 文春文庫

 
 日本ミステリ史上の大傑作の一つ「弁護側の証人」(私自身の日本ミステ
リ・ベスト30
でも堂々のベスト10入り)の作者である小泉氏。読み逃し
ていた作品をオフミの際にのぶさんに頂きました。感謝、感謝。    

「弁護側の証人」でのシンデレラ、「ダイナマイト円舞曲」での青髭に続い
て、長編第三作である本書のモチーフは吸血鬼。そしてもう一つ。おそらく
氏の脳裏にあったものは、カーの「火刑法廷」だったのではないだろうか。
着地点がホラーに立つのか、あるいはミステリに立つのか、最後の最後まで
読者の判断を許さない。持続された緊迫感、これがたまらない。    

 また何よりも雰囲気に充ち満ちた語り口に惹き付けられる。哀切でファン
タジック。主人公の持つ真っ黒に塗り潰された人形の脚を始め、様々な小道
具や情景も読者の心を引き離さない。                

 どんでん返しとは、単なる意外性ではない。見えていたと思っていた世界
がガラリとひっくり返る驚き。終幕直前のこれらが反転する様は、やはり見
事。そういう意味では小泉氏は、真のどんでん返しの名手といえるかも知れ
ない。結び方も完璧と言い切って差し支えないだろう。        

 採点は8点。名作の一つに数えられる作品であることは間違いない。 

  

9/6 ペテン師どもに乾杯 ロビン・ムーア ハヤカワ文庫

 
 これまた、のぶさんに頂いた作品。詐欺を扱った作品を読みたいと以前話
したことがあったのを覚えていてくださったようで。冒険小説系に気の滅入
るような話があったりはするが、一つ一つにいたずらなトリックが仕掛けら
れてて、すかっと爽快なコンゲーム小説って意外に見つからなかったりする
もの。これはまさしくそういうタイプの作品で、再び感謝、感謝。   

 さて、2000年度の個人的海外物ベスト「悪党どものお楽しみ」は、詐
欺の謎解きを行うミステリであった。より本格に近いミステリと言えよう。
こちらは詐欺を仕掛ける側のクライム・ノヴェルである。大仕掛け一発の話
ではなくて、小技積み重ねのさくさくっとすっきりと楽しめる作品。クラッ
プスなどの純粋ギャンブルだけじゃなくて、賭けゴルフやちょっとした賭け
事までいろんな手口のオンパレード。賭け事の見本市。        

 倒すべき敵が最初から何人か決まっていて、最後に大ボスとの戦いという
少年ジャンプ的なノリもOK。ボスの娘が味方の一人という、恋愛要素も盛
り込まれてて、楽しめたエンタテインメント。採点は7点。      

  

9/11 聯秋殺 西澤保彦 原書房

 
 西澤保彦が巧緻な技巧を見せつけてくれた傑作。本年度のベスト3に選出
と同時に、個人的西澤作品ベスト1に決定。             

 嗣子ちゃんシリーズ同様、全編が推理という作品。それを短編ではなく、
長編でやってのける。「麦酒の家の冒険」などよりもはるかに徹底的。意図
としては間違いなく、西澤版「毒入りチョコレート事件」といったところだ
ろう。最初に全てのデータが提示されているわけではなく、一人一人の推理
が繰り広げられていく度に新しいデータが提示され、事件の様相が目まぐる
しく変化していく。まさにミステリ読みのためのミステリ。      

 推理の連鎖の果てに、どういう解決が待ち受けているかは、読んで確かめ
て頂く他はない。どういう解決が必要だったのか、という微妙にニュアンス
の違う問いかけをしてみても良い。このわずかな差違が、最後にいたって推
理の場の意味合いを逆転させてしまうという快感。これ以上は語るまい。

 全編推理というミステリ読みのためのミステリは、それだけで終わってい
るわけではないのだ。やはりミステリ読みを唸らす構造の技巧。「死者は黄
泉が得る」
でのプロットの仕掛けはアイデア倒れだったが、今回は見事に的
を射止めている。後味の爽快さはないが、見事な作品だ。採点は8点 

  

9/11 ムガール宮の密室 小森健太朗 原書房

 
 原書房のミステリー・リーグ。これまで読んだ作品の中では外れがなく、
国内本格ミステリ叢書としてはピカイチというのが私の評価だ。、、、と持
ち上げたときには、そのあと落としてしまうのが私の悪い癖(笑)   

 これはないでしょ、ほとんど詐欺に近いかも。ミステリだと思っていたの
に、単なる歴史小説じゃないか。インドの歴史に興味がある人ならともかく
純粋にミステリを読みたいと思っていた人はいったいどうすればいいのよ?

 勿論ミステリでないことはない(ああ、ややっこしい) しかし、それは
本書の中のごくごくささいな挿話の一つにしか過ぎない。それもすごいチャ
チ。状況の作り方、見せ方が単純至極。たとえトリックの詳細がわからなか
っとしても、どういう類のことが行われたかは、ほとんどの読者が気付いた
のではないだろうか。この1発だけでミステリと呼ぶなんて、、、   

 どうも小森健太朗とは相性が悪いのか、「コミケ殺人事件」以外お気に入
りの作品に巡り会えない、、、どころか、いつもいつもへなちょこな気分に
させられてしまう。今回の採点は4点。本年度ワースト3位確定か。  

  

9/13 木乃伊男 蘇部健一 講談社ノベルス

 
 辛口と評されることの多いこのサイトだが、これでも自分なりの節度を持
って書き方には注意しているつもりである。しかしながら意図して「こきお
ろし」を行ったことも(私の覚えている範囲では)3度ほどある。清涼院
「ジョーカー」と、この蘇部氏のデビュー作「六枚のとんかつ」、もう1作
に関しては次回。そういうわけで氏の作品は2度と読むことはあるまいと思
っていたのだが、密室本完全制覇のためには仕方ない。        

 意外に巷では評判良さげな本書だが、話は単純、展開はこてこてで、個人
的には評価できる作品ではなかった。少なくとも最後の1頁の直前までは。
「絵で犯人がわかる」というのも、単に「犯人が絵になっている」だけだし
イラストの中の手がかりも、良くある手法の割りにはすごくわかりにくい。
大々的に謳うのなら、もっと新しい趣向を期待したいものだ。     

 そういうわけで最後の1頁ということなのだろうか。文章では全く書かず
に、絵で見せる逆転劇。意味がわからなかった方は、冒頭の登場人物表のイ
ラストと、26頁を読み直せばいいはずだ。この1頁をどう評価するかが、
本書の評価の分かれ目かも知れない。それでもそれほどうまい逆転劇という
ほどではなく、評価がぐっと上がるほどではないかな。採点は6点。  

 とにかく本書の最大の謎は、木乃伊男の正体が誰かなんてことよりも、何
故に里中満智子が?という点に尽きると私は思うな。         

  

9/16 迷宮学事件 秋月涼介 講談社ノベルス 

 
 前回挙げた意識的「こきおろし」の残る1作が、この作者のデビュー作で
ある「月長石の魔犬」 次作は絶対に買わないと断言したにも関わらず、密
室本であるという、ただそれが故に買わざるを得なくなってしまった。 

 前作よりは「ミステリっぽく」なってはいる。いわゆる第3世代のミステ
リをお勉強したのだろう。奇妙な世界観の創出、装飾過剰な文章、キャラ萌
え狙い、ペダントリー風味、それらのあざとい演出で全編が彩られている。

 ミステリは虚構の文学である。ある程度のリアリズムの無視は、作品を産
み出す上での必然性を持っていることもあるだろう。しかし、やはりそれは
リアリズムを超えた虚構を作り出すという方向性であって欲しい。虚構の中
でのリアリズムを失っては問題があると思う。            

 たとえば本作での一見魅力的な謎、赤ん坊に年齢退行している死体、なん
てのは警察の捜査が入っている以上、そもそも謎として成立しているわけが
ないのだ。別の謎(それも普通の)として存在しているはずであり、その場
合、ミステリとして冒頭のつかみには成り得ない。作者の勝手な都合により
虚構の中のリアリズムを完全に無視しきっている端的な例である。   

 推理にしても、推測の積み上げにしか過ぎないし、やはり本作の作者の考
える「ミステリ」とは、私の考えるものとかなりの温度差があるようだ。

 こういう悪しきエピゴーネンのような作品が溢れてきてしまったミステリ
界。メフィスト賞、あるいは講談社ノベルスの存在意義が、ひょっとして岐
路に立たされているのではないだろうか。創刊20周年。一つの時代を産み
出したが、今や一つの時代を終わらせようとしているのかも。西尾維新のよ
うな”売れっ子”も産み出しているが故に、もう既に方向転換がきくような
状況ではないのだろうが、本当にこのままでいいのか。巨星の堕ちる日も、
そう遠い未来ではないのかもしれない。本作の採点は5点。      

  

9/25 僧正の積木歌 山田正紀 文藝春秋

 
 こ、これって「僧正殺人事件」を覚えていないと、本当には楽しめないよ
ね。ミステリ読み始めた本当の初期の初期(うひゃあ25年も前だ)に読ん
だきりの作品を、そんなディテールまで覚えてませんって。犯人は覚えては
いるけど、その程度の知識では楽しみ半減。その割には巧妙に犯人には触れ
ないように書かれているし(このテクニック自体はなかなか面白くはあるん
だけど) 読んだ人前提だけど、読んでない人にも考慮してますってことな
のか。それならせめて概要だけでも整理しておいて欲しいものです。  

 ちなみに金田一とファイロ・ヴァンスの推理合戦というのは大嘘。戦うも
何も、いきなり退場しちゃってるし(笑) しかし、本書の最大の面白味は
このファイロ・ヴァンスのあんまりといえばあんまりな扱いよう。名探偵の
中でも何かと揶揄されがちな氏だけども、ここまで堂々と書いちゃってもい
いものかどうか、心配になっちゃいました。             

 僧正に対する新解釈は出てくるし(でも、面白味はあまりない)、新しい
事件でも意外性は盛り込んであるし(でも、やっぱり面白味はあまりない)
金田一のパスティーシュだし(でも、そんなにわくわく出来ない)、きちん
とやるべきことがやられているのに、結局のめり込めなかった。    

 作者の意図のみが先走って、読者が置いてけぼりを喰ってしまったような
印象。ミステリ・マスターに対して申し訳ないが、採点は平々凡々の6点

  

9/26 猫丸先輩の推測 倉知淳 講談社ノベルス

 
 くふくふ、まさしく「推測」! 作者の開き直りというべきなのか。しか
しながら、それぞれは充分にぶっとんでいて、なおかつなるほどと思わせて
くれる。この加減が難しいんだよね。ミステリとしてのジャンプ度が低いと
喰い足りないし(光原百合などがこの系統)、ジャンプ度がありすぎると妄
想推理になってしまう(青井夏海恩田陸の一部の作品などがこの系統)
これらをバランスよく取っているのが北村薫加納朋子。       

 一方、明らかにバランスを崩す程に、ぶっとび度は日常の謎派随一であり
ながらも、妙に納得度高いというのが倉知淳。ハイジのブランコにも匹敵す
る、異様なシーソーにでも乗っているかのようだ。これはもう氏の才能と言
うべきだろう。推理なんていらない、推測でもうじゅ〜〜ぶん。このまま孤
高の”ぶっとび日常の謎派”として、存分に飛びまくって欲しいもの。 

 意外なところに落ち所がある「桜の森の七部咲きの下」と、逆転の発想で
痛いところを突かれる「夜届く」の2作がベスト。あと1作ならば「たわし
と真夏とスパイ」かなあ。しかし、マイナー天藤真の中でもマイナーな作品
を選んで、みんな元ネタわかるんかいな? 採点はちょっとおまけの7点

  

9/30 赤緑黒白 森博嗣 講談社ノベルス

 
 Vシリーズひとまずの完結ということで、シリーズの謎解きも行われて、
あの人の再登場(これはシリーズの謎を知っていれば容易に気付くけどね)
もあって、という内容の作品。つまりはそれ以外はどうってことない。ミス
テリとしてはつまんないし、その理由をくどくどと説明したくもない程なの
で、どうかご容赦を。パズラーとして個々で成立していたS&Mと違って、
こちらはシリーズであることこそが意味ある作品群であったように思う。

 しかしながら相変わらずひねくれた謎解き(シリーズの方ね)のやり方な
ので、ひょっとしたら理解しないまま通り過ぎちゃった読者もいるのでは。
もしもそういう方がいらっしゃったら、三軒茶屋というサイトで、フジモリ
さんの「捩れ屋敷の利鈍」の書評をご覧になることをお薦めしておきます。
私は以前ここでこの謎解きに出逢って、大感動したものでした。    

 しかし、そこで知っていたにも関わらず、「林さん」には驚いた。驚きだ
けでいったら、今年一番かな。ここまで仕掛けが効いていたとは、いったい
全国どれほどの読者が読み切っていたのだろうか? おそらくごく少数だと
思う。自力で読み切っていた人は、充分自慢するに値するのではないかな。

 これだけで採点は6点。この謎解きもないままの作品だったら、おそらく
5点を付けていたように思う。とりあえずの完結に感謝。もう読まずにすむ
んだもの、、、と言ってる間に、新シリーズが始まったりしないよね(笑)

  

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