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97年讀書録(10月)
10/2 鏡の奥の他人 愛川晶 幻冬舎
私が昨年度の第1位に選んだ「黄昏の獲物」の作者、愛川晶の作
品。「黄昏」は、最近では結構珍しい、真っ向から本格に取り組ん
だ作品で、非常に好印象を抱くと共に、この作者のミステリ作家と
しての力量に信頼感を持てた佳作であった。 .
今回は、デビュー作である鮎川哲也賞「化身」の作風に立ち戻っ
て、その姉妹編にあたる作品であるようだ。2冊を通じると、ある
テーマが騙し絵のように浮かび上がる、という作者のあとがきなの
だが、残念ながら「化身」の内容をさっぱりと思い出せないので、
それに関しての書評は今回はパスさせて貰おう。 .
今回の作品でも充分感じられたが、話の構成力は凄くうまい。投
稿経験が長いみたいで、ミステリ研上がりで即デビューの同人誌臭
ぷんぷんの新本格作家(ちなみに私は新本格擁護派なので、喧嘩売
ってるつもりはありませんから(笑)どうかお許し下さい)に比較
すると、文章力もこなれていて、人物造型にも力がこもっている。
それにしては、ちょっと題名の付け方が甘い気がするのは減点。
確かに「鏡の奥の他人」は、クライマックスを象徴してはいるのだ
が、ありがちな題名で、印象に残らず、購買層に手を出させるイン
パクトに欠けるだろう。「黄昏の悪魔」もそうだし、「化身」「七
週間の闇」もイメージが湧いてこない。「光る地獄蝶」に到っては
ちょっと何か間違ってないか? .
しかし、内容的にはいい。前述した題名に関わるクライマックス
も衝撃度的には弱いなど、ポイントを絞った盛り上がりには欠ける
が、全体的には、読ませる力、構成、雰囲気、文章、どれもうまさ
が目立つ。最後の締めの一文もうまいし、正当派の本格が書ける実
力もあることを考慮すると、地味ではあるが、今後も期待できる作
家になってくれそうだ。採点は充分の7点。 .
10/11 鴉 麻耶雄嵩 幻冬舎
まさしく天才の所業。「またもや、やったか麻耶雄嵩」に偽りな
し。「痾」「あいにくの雨で」で、少々休憩していたところで、つ
いに久々の傑作を産みだしてくれた。本格と不条理の融合。「翼あ
る闇」よりはミステリとしての盛り込みは薄いし、「夏と冬の奏鳴
曲」のように徹底的に(現実を超越してしまったのは賛否両論だろ
うが)不条理にのめり込んではいないが、両者を兼ね備えた、麻耶
雄嵩第3の奇想の傑作。 .
最初はちょっと読み辛い。悪い文章ではないのだが、相変わらず
の命名が結構辛い。麻耶自身が意識しているかどうかはともかく、
これでは逆に名前が記号化している。AやBと名付けるのと、同じ
効果になってしまっているように思う。今回は理由はないわけでは
ないのだが、それは主たるものではないだろう。単に麻耶の趣味だ
と思うが、どちらかと云えば、悪趣味の部類だろう。しかし、原稿
用紙928枚でも、苦になるわけではないので、人物名を除けばか
なりいい方だろう。途中で異郷に浸ってしまえるし、最後には本格
としての結末と、不条理としての結末が待ち構えているわけだし。
麻耶は、まずは一旦本格として終結させてみせる。村に関しての
仕掛けは、大胆にして鮮烈!ミステリのカードとしては、過去の偉
才、異才達が手がけたものではあるが、見事に新たな提示をしてく
れた。別に新しいものを持ち出すわけでなく、全く新しい並べ方、
極めて意表を突く見せ方をする、これこそが新本格とされるミステ
リの醍醐味である。これを存分に味わえる本格としての結末であっ
た。伝奇小説に対しての解明も申し分無い。 .
そして更なる逆転と驚愕!麻耶ミステリのラストに待ち受けるの
は、カタルシスではなく、カタストロフィなのだ。通常探偵という
者は、混沌を解きほぐすのが役割のはずだが、メルは更に混沌に叩
き落とす。たとえば、京極堂が「論理で祓う」のなら、メルは逆に
「論理で呪う」。「瑠璃鳥」のラストでもそうであったように、惑
うことが救いであるべき時に、解き明かすことで「救い」を奪う。
容赦なく、一断の元に。 .
メルの言葉によって、読者は「まさか、こんな仕掛けがあったと
は」と驚愕するだろう。瞬間的には理解し辛いかもしれないので、
一応、ここで真相を整理しておこう。 .
ネタバレの項で述べたように、確かに苦しいのはやまやまである
が、こういう驚愕を提示してくれる麻耶雄嵩、やはり現代で私が最
も期待を寄せるミステリ作家という評価は揺るぎようがない。採点
は8点。9点にしようかとかなり悩んだが、やはり最後の逆転が、
完全には納得できないので減点とした。今年の1位、2位はこれで
決定したような気がする。 .
ところでこの作品で、ひょっとしたらこれがメルの生い立ち?と
いう設定が出ては来るのだが、おそらく本気で受け取らない方がい
いだろう。麻耶のことだから、今後もこういう設定は幾らでも作っ
てくることだろうから。御手洗潔のように年表を作ろうなんて試み
も、あえて外していくような設定にしていくだろうと私は予測して
いる。そういう皮肉こそ、メルの、そして麻耶の持ち味だから。.
10/15 風が吹いたら桶屋がもうかる 井上夢人 集英社
久しぶりに岡嶋二人時代の軽妙ミステリの味わいが復活した。同
じパターンを繰り返しながら、繰り返しギャグ的に話をつないでい
く。1話作れば、あとは話の構成、台詞まわし等、同じものが流用
できて、しかもそれなりのユーモア感やリズムが生み出せる便利な
形式である。まあ、毎回同じだから、ネタバレではないだろうとい
うことで、その骨格を書いてみよう。 .
通常なら探偵役を担うはずのイッカクは、論理的に推理を積み重
ねながら、ミステリ的解決に辿り着く。しかし、その結論は常に間
違っているのだ。勿論それはやはり論理に飛躍があるわけだが。.
つまり、論理的に(?)つなげていった結論が「風が吹いたら桶
屋が儲かる」であったように。まさしく、これが、題名の由来であ
ろう。 .
ところで一方、通常なら一足飛びに結論に辿り着けるはずの、超
能力の持ち主であるヨーノスケだが、一足飛びと云うよりは、寄り
道、回り道、♪迷い道く〜ねくね〜、した挙げ句に(いや、彼自身
はまっすぐ一直線に進んでいるんだろうが、あまりの歩みののろさ
に、そうとしか思えないのだ)、やっと真相に辿り着いた時には、
事件の方は勝手にひとりでに解決してしまっている、というわけな
のだ。 .
ヨーノスケの超能力=低能力という描き方も面白いが、いやいや
これだけの能力あれば充分。かなりいろんなこと出来ちゃうぞ、な
んて、マジに分析しても仕方ないのだが、、、 .
読んでて楽しかったのは楽しかったが、強いて言えば、全体的に
軽妙さ以上の要素はあまり感じられなかったのは、ちょっと残念。
また、思わせぶりな題名でつないでいるのに、連作としてのポイン
トはなく、最後まで淡々と終わってしまう。個々の作品の題名との
関連性もない。懐かしい雰囲気で結構面白い作品なのだが、この辺
を考慮すると、残念ながら、採点は微妙に6点。 .
10/19 ターン 北村薫 新潮社
時間物と云えば、個人的には「夏への扉」「たんぽぽ娘」「愛の
手紙」「時尼に関する覚え書き」などのセンチメンタル・ファンタ
ジー(SF)を思い起こされるが、これもこれらの系統の流れを汲
むラブ・ストーリー・ファンタジーであった。 .
前作「スキップ」は、ただ一つの前提を元にした「現実」の小説
であった。SF的前提を現実に組み入れた場合、現実がどう機能す
るかを、徹底的にシミュレートした作品なのである。挙げ句には、
ラスト近くで、そのただ一つの前提にさえ、極めて現実的な理由付
けが示されてしまう。ただ、これに関しては、無粋であったと私は
感じているが。 .
今回の作品は、WHY?に解答を与えることを放棄することで、
逆にファンタジーとしての一貫性を保つことに成功した。好みは分
かれるかも知れないが、「時と人」をテーマとするならば、前出の
名作SFの流れである、こちらの作品の方向性を歓迎したい。三作
目の「リセット」では、どんな形式を見せてくれるだろうか? .
さて、題名の「ターン」だが、私は時間の逆回し的なものを想像
していた。ちょうど「ハイペリオン」の中の最高に切ない一話のよ
うに。しかし予想ははずれて、「ターン」と呼ぶよりは、グリムウ
ッドの「リプレイ」に近い。繰り返されるのはただ一日、それも精
神世界の、他に誰も存在しない世界なのだが。 .
先程も書いたように、私はこの作品をファンタジーとして評価し
ているのだが、不満な部分はある。ファンタジーに徹するために
は、柿崎の部分が現実の生々しさを描いてしまい、興ざめになって
しまっている点である。ただ、やはり、この点を差し引いても採点
は7点。この系統の作品を北村薫の文で、読めるのは嬉しいのだ。
全くミステリではないので、本来は採点対象外なのだが、北村薫
ということで、通常のミステリランキングにも従って、ここでは対
象に含めておく。エンタテインメントは、今やミステリの範疇に含
めてしまうのが最近の傾向だし。 .
ところで、ラストのポジティブな思考から、幻想的なラストシー
ンに到るイメージは、非常に大林宣彦的。ラストシーンは、映像す
ら頭に思い浮かべることも出来るぞ。次回作に選ばれないのが不思
議なくらいだ。 .
10/21 3001年終局への旅 アーサー・C・クラーク
早川書房
基本的には、あり得べき未来、3001年の想像(創造)を作者
が楽しんでいるという作品である。 .
本題であるべき2001年シリーズの完結としての役割は、いか
にも従に追いやられている。しかも最終の結末としてはあまりにも
あっけない。圧倒的な力を示し得るモノリスへの対抗策としては、
物足りなさを禁じ得ない。今日的な流行を、3001年の世界で通
用させるというのも、違和感を感じる大きな理由でもあるし。 .
シリーズとしては重要な役割を担うべきであろうエウロパの記述
にしても、結局は大したこともないないまま、終わってしまう。ま
あ確かに1000年では、それほどの変化を描こうとするには、あ
まりにも短いだろうが。 .
老いたクラークにお付き合いして、彼の少年のような科学的探求
心を共に楽しむという、広い心で臨むべき作品だ。「ターン」より
はミステリ的ではあるが、作者が完全なSF畑なので、採点対象外
だろう。ランキングには含めないが、一応採点だけはしておくと、
期待していたわけじゃないから、6点ということになるだろう。.
しかし、この結末って、やっぱり4001年?すっごい間延びし
た衛星中継の番組みたいやね。 .
10/24 幻惑の死と使途 森博嗣 講談社ノベルス
なんなんだろう?この満たされ切れない思いは。どうしてなんだ
ろう?どこかもやもやとして、すっきり出来ないのは。 .
ミステリとしての出来は非常に良いと思うのだ。メインである死
体消失トリックは、やられたっと唸らされた。非常に明快な解決だ
ろう。犯人の意外性も申し分無い。 .
トリックとしての部分は、森作品中最高なのかもしれない。「す
べてがFになる」のトリックは非常に危ういものだと思うし、「詩
的私的ジャック」はトリックそのものよりも、トリックの構成とい
った部分が優れているのだと思うし、「封印再度」の素晴らしいト
リックは殺人にまつわる部分ではないわけだし、「冷たい密室と博
士たち」は簡単明瞭さに欠けるし、「笑わない数学者」は見え見え
の簡単トリックであったわけだから。 .
と、こう考えてみると、森博嗣のトリックとは、非常に奇術的で
あることに改めて気付かされる。左手に注目を与えておいて、右手
で種を仕込む、というようなトリック、「あらため」の手順を丁寧
に追うことで、不可能を成立させるトリック、大仕掛けの装置トリ
ック、等々。こうして考えると、奇術そのものを扱った今回の作品
の出来が良いのも頷かれる。 .
しかし、前述のようにすっきり出来ない、何かもやもやしたもの
を感じる点、3番目のミカルの事件がほとんど工夫がない点を若干
考慮して、森博嗣としては第2位の作品とする。採点は7点。 .
但し、ミステリ部分よりは、犀川と萌絵のやり取りを楽しみにし
ている読者にとっては、あまり面白味の少ない作品だと思うので、
その手のファン(笑)は、独自で評価して下さいね。 .
ところで一つ設定に関して疑問点を感じる部分がある。ちょっと
気になるので、とりあえずネタバレフィールドで記述しておくこと
にしよう。 .
10/25 密室殺人事件 角川文庫
角川文庫には、「密室」という、「野生時代」での密室特集をそ
のまま文庫化した短編集があるが、さすがに単に一回の特集(しか
も新本格作家中心)なので、質的には極めて低い。買って損する短
編集だった。こちらはそれよりも以前(平成6年初版)に出版され
た純粋なアンソロジーなので、質的には安心できる作品集である。
個人的には初読は3編だけだったのだが、飛行機の中で読む本が無
く、小さな本屋で仕方なく購入した物。古い作品で失礼。 .
収録作は「天国に一番近いプール(阿刀田高)」「不透明な密室
(折原一)」「袋小路の死神(栗本薫)」「洋書騒動(黒崎緑)」
「モルグ街の殺人(清水義範)」「緑の扉は危険(法月綸太郎)」
「虚像の殺意(羽場博行)」「ある東京の扉(連城三紀彦)」 .
初読3編(栗本、清水、羽場)の中では、清水の作品が気に入っ
た。自薦集に「また盗まれた手紙」を選んでいたが、パロディとし
ては、こちらが笑える。全体を通じては、連城作品が図抜けている
と思う。メインの一つのネタだけを取り出せば、「これじゃないの
か?」と即気付く人も多いと思うが、それを作品として結実させる
手法は非凡にして圧倒される。作者の手腕に脱帽。 .
採点は6点。初読が多ければ、結構楽しめる作品集だと思う。.
10/28 ちほう・の・じだい 梶尾真治 ハヤカワ文庫
日本一の叙情SFの書き手でありながら、日本一(あれっ、筒井
康隆がいるから2番目か)のハチャメチャSFの書き手でもある、
梶尾真治の久しぶりの短編集である。他にも、ハードから、奇想、
ホラー等々とSFの面白味のあらゆる要素を兼ね備えたような作家
で、特に短編集においては、その多彩さをたっぷりと楽しむことが
出来る。短編集が出たら買い!の作家の一人。もし、カジシンを知
らない人がいたなら、是非「地球はプレインヨーグルト」「恐竜ラ
ウレンティスの幻視」(以上ハヤカワ文庫)「百光年ハネムーン」
(出版芸術社、ベスト短編集)あたりを一度読んで欲しいものであ
る。泣けて、笑える、カジシンSFの魅力が待ってますよぉ。 .
梶尾真治及びこの短編集についての感想は、大森望の解説に全く
もって同感なので、ここであえて書くまでもないな。採点対象外だ
が、一応7点。今回は、叙情SF「時の果の色彩」を含めて、傑出
した短編は残念ながら無かったが、それでもこのヴァラエティで、
いつもながら充分以上に楽しめた。 .