ホーム創作日記

2/1 ホームズ1巻 久保田眞二 集英社

 
 小説ではなく劇画の新シリーズを紹介しよう。倫敦で事件に巻き込まれた
日本人少年大五郎が、シャーロック・ホームズに助けられ、その後も彼と共
に数々の事件に遭遇するという、完全オリジナルのパスティーシュ。  

 最近流行りのサイコホラー色もチラリと見えて、ホームズ物としては若干
ダークな雰囲気もあるが、パスティーシュとしては頑張ってると思う。何故
かホームズのパスティーシュだと、ミステリよりは冒険系の方向に流れがち
なのだが、ちゃんとミステリ要素を大切にしているのが、好感度大。  

 ミステリ読みとしては、1話目のラストでニヤっとさせられるはず。更に
1話目で確立した手法とは云え、ホームズの謎解きに続いて、隠された謎を
更に謎解き、という2段階の構成を続けているのは、素晴らしい努力だと思
う。こういった手法まで凝っているのに併せて、不可能犯罪や事件の不可解
性など、本格ミステリファンを喜ばす設定にも満ちている。      

 絵柄も悪くないと思うし、ミステリファンにお薦めの劇画として、ここに
取り上げてみた。今後の期待も含めて、採点は7点。2巻も楽しみだ。 

  

2/9 黒い仏 殊能将之 講談社ノベルス

 
 賛否両論の物議を醸している問題作。異端の作と捉える向きもあるが、私
はそうではないと考えている。いつもは作者の意図とは違う、見当違いのこ
とばっかり言っているかもしれない私だが、『美濃牛』の感想で書いたこと
は、実は結構当たってたのではないだろうかと、今自負しているのだ。 

 その一部を抜き書きしてみよう。「本作をもって作者は”書ける”ことを
証明し、ある意味の完結を迎えた。もはや彼は、批評やパロディとして”ミ
ステリとしての形式”を意識する必然性を不要としたのだ」      

 そう、前2作を通じて必然性から自らを解き放した作者は、”ミステリと
しての形式”の外に立って、自由に動くことが出来るようになったはずだ。
その回答の一つがこの作品なのだろう。本作をミステリではないと論じる人
も多い。殊能はミステリを離れて、こういう異端の道を選んだのかと。いや
違う。彼はおそらく逆に、ミステリに取り憑かれているのだ。今回彼がやっ
たのは、あえて設定した”名探偵物語”という枠の外から、探偵小説の本質
を得意のパロディとして提出して見せたことなのだ。創作者としてよりも、
批評者としての要素こそが、殊能の本質なのではないだろうか。    

 そして、彼はミステリを愛している。だからこそ壊したがっている。彼は
そういう修羅の道を選択したのだろう。次作は本作の延長線上にはない。ま
た新たな形で、ミステリを壊す方法論を求めるはず。そしてそこに結実する
ものはやはり、ミステリを描いたミステリなんだと私は確信している。 

 とは云え本作が、結果として優れた作品になっているは、また別の問題。
「黒仏(クロフツ)」を標榜するのはおこがましい、こまっちいネタ。ガチ
ガチに論理で固めたトリックを、壊してこその価値であるはずなのだが。と
いうわけで採点は比較的低レベルの6点。しかし、次作での壊しようには要
期待!鈴木光司ばりの、世界を一転させる裏技でも見せて欲しいものだ。

  

2/15 今夜はパラシュート博物館へ 森博嗣 講談社ノベルス

 
 森博嗣の短編は面白くない、、、と、ここまで言い切ってしまうのもなん
だかなぁと思ったりはするが、本心偽らざる気持ちを吐露すれば、やっぱり
面白くないのである。うーん、「森博嗣の短編は総じて面白くない」、こん
な程度にしておくか。ちょっとニュアンスがボケたでしょ(笑)    

 Vシリーズは焦点が定まらない印象はあるが、S&Mシリーズはやはり正
統派パズラーとしての骨格が、作品全体をしっかりと支えていた。その息抜
きとでも云うかのように、短編は発散しまくっている。ファンタジー系を中
心に、オチものがあったり、パズル話があったり、私小説があったり、パロ
ディがあったり、といった具合。                  

 バラエティがあって楽しそうじゃないか、って云われるかもしれないが、
なんだか違う。ある意味、作者としては自由な展開を楽しんでいるのかも知
れないのだが、読者にはその楽しさがうまく伝わってこないように感じる。
森特有の読者への突き放し方が相変わらずで、作者と一緒になって楽しめる
作品集には、どうやっても仕上がってこないせいなのではないだろうか。

 だから、やっぱり「森博嗣の短編は総じて面白くない」のだ。    

 従って、採点は6点。しかし、今回はいつにもまして宿題の多い作品集だ
よなぁ。ネタバレ書評にて、全作品解説&感想なんていってみよう!  

  

2/23 そして粛清の扉を 黒武洋 新潮社

 
 バトル・ロワイヤルよりもずっと問題作だと思う。あれがなかったら、世
に出ることは無かったんじゃないかな。被害者の人権、被害者側へのケアに
ついて論議が巻き起こっている、そういう現在の風潮に乗ったのだろう。し
かし、やっぱり間違ってるよ。これを読んで、たとえ一部にしても「スカッ
とした」なんて感想が生まれるとしたら、それは凄く悲しいことだと思う。

 自分は、最初から最後まで、主人公に共感を覚えることは出来なかった。
若者に対して、大きな希望を持っているわけじゃない。極端ではあるが、現
代の側面の一つを描いているのだろう。「動機」は理解できる、とすら言っ
ても良い。しかし「行動」は理解できない。全く理解できない。「思う」こ
とと「する」ことには、果てしなく大きな壁がある。乗り越えてはいけない
壁がある。だから、女教師には共感できないし、読後感も非常に悪い。では
ここで、もう一つの問いかけをしてみたい。「思う」ことと「書く」ことの
差は?難しい質問だ。私自身の解答は保留にさせていただきたい。   

 本作のせめてもの救いは、非常に戯画的である、ということだろう。リア
ルと捉える感想も見かけることはあるのだが、それもまた怖い話である。少
なくとも私には、戯画的としか思えなかった。その意味では敢えて極端を選
び取り、エンタテインメントとしての要素を予想以上に詰め込んできた作者
の、作品としての方向性は正しいかも知れない。極端を逆手に取った、最後
のジョークすれすれの意味付けなど、吃驚させてくれる要素もある。しかし
やはり思想としての方向性には、うなづけないのだ。採点は6点。   

  

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