ホーム創作日記

10/7 世界の終わり、あるいは始まり 歌野晶午 角川書店

 
 うわあ、歌野、すげえ、いつの間にこんなに上手くなったんだろう、この
話にいったいどんな意外性を持ってこられるんだろう、、、どんどん閉塞的
になる状況、ミステリ的なひっくり返しなど予想も付かない破滅一直線の展
開の中、どきどきしながらページをめくる手を止めることが出来なかった。
事前に噂で知っていた意外性がどこでどう炸裂するのか、緊張感と期待。

 あ? あれ? あれれ? あらら? あらあら あー あ〜あ あちゃ〜

           …… 脱力感 ……             

 やられたというか、やっちゃったよというか、たしかに新しい趣向開発し
たよね。でも、これってミステリとしての意外性とは違う。結局、ミステリ
としては一歩も前進しないまま終わっちゃったわけだし。       

 題名は上手いと思う。作品世界とこの趣向とを、見事に表現できている。
ミステリとしてではなく、実験小説として評価すべき作品なのだろう。その
方向性としては成功はしているとは思うのだが、同時にミステリとしても進
行させて欲しかったというのが、ミステリサイトの管理人としての要望。

 進行させない輪廻感こそが本書にふさわしいとも言えるし、それを作者も
選択したのだろうが、やはり完結しないカタルシスの無さ加減は、自分とし
てはどうにもこうにも落ち着かない。そのため採点としては6点に留める。

  

10/14 レイトンコートの謎 アントニー・バークリー 国書刊行会

 
 これがバークリーの処女作の初訳だというのだからちょっと驚き。77年
目だって、どひゃあ。翻訳作品が少なかったのは、決して不当な評価がされ
ていたわけでないんだよね。「毒入りチョコレート事件」や「試行錯誤」は
オールタイムベストの常連作品だったわけだし。今のブームでわかるように
現代の読者をも熱狂させる、べらぼうな面白味を持っている。     

 ミステリが多様化し、新本格などで読者の寛容度が増し(笑)、アンチミ
ステリ的な作品が受け入れられる土壌が出来たから、再評価の機運が高まっ
たのだろうか。もっと普遍的な面白味だと思うんだけどな。解説氏の云うよ
うに、日本の「真面目な」ファンに受けいられなかったのかもしれないが、
触れる機会さえ与えられていないのにね。どこかで誰か頭の固いおじさまが
「けしからん作品」だと忌避してしまったというところなのだろうか。 

 さて、そんな憶測は置いといてこの作品だが、順番的にはこれから読まな
くて良かったなと思えた。彼の作品をそれなりに読んだ後で、バークリーは
初めっからバークリーだったんだなぁ、と愉しむに最適な本のように思う。
先入観無しでいきなりこの本読んだ時の感想って、ちょっと予想が付かない
や。本気で「面白いやん」って、にやけられるかな?         

 たしかに氏のパターンを熟知していればラストの予想は付くんだけども、
それでも詰まらなくなるわけじゃない。それどころかどこでどうオチに持っ
てくるか、かえってわくわくと楽しめる自分がいたりして。人の悪い(褒め
言葉)おじさんの作品を、人の悪い読み方で楽しむ、そんな作品かも。 

 本格宣言と脱本格宣言を同時にやってのけたような序文から始まって、ま
さにその通りに進行し、バークリーらしさを堪能できる。ええい、8点だ。

  

10/17 二人のシンデレラ 鯨統一郎 原書房

 
 題名と煽り文句から明白なように、セバスチャン・ジャプリゾの「シンデ
レラの罠」に挑戦した作品である。オリジナルが「証人・被害者・探偵・犯
人」の一人四役だったのに対し、「ワトソン役、記録者、濡れ衣を着せられ
る容疑者・共犯者」という四役が増えて、一気に倍の一人八役に挑戦という
形になっている。しかし、こうまとめてみると、増えた役はちょっとどうか
なという気もしないでもないな。特にワトソン役と記録者なんてさ。  

 ま、そこはそれとして、「こじつけのプロ」としては、この難題に挑戦と
いうのは、なるほどと思わせてくれた。この趣向だとやっぱり記憶喪失を持
って来ざるを得ないのか、という原典の手法の継承はあるものの、勿論それ
だけでなく大胆にして新たな荒技をも見せてくれる。作中作とかの叙述上の
技法を使わずに、上記の課題を達成するには、これでほぼ究極かも。  

 それでは、見事に課題がクリアされているかというと、残念ながらやっぱ
りこじつけ入っている。こっそりと(?)二人の人物を数え上げてしまうの
は、やっぱりずるいでしょ。「わたし」としては、あくまでその本人だけを
対象にしてくれなくっちゃ。そういう減点もあって、採点は普通の6点

  

10/23 魔神の遊戯 島田荘司 文藝春秋

 
 個人的には「龍臥邸事件」以来、久しぶりに読んだ島田長編。さすがにこ
の御仁は本格ミステリ・マスターを冠するにふさわしい。近作を読んでいな
い状況でおこがましいが、久々の島田節を堪能出来たと思う。     

 やはり謎の設定が壮大で魅力的。いったいどういう解決が出来るのかと読
者を不安にさせるほど。これに加えて「ABC殺人事件」や「Yの悲劇」を
思わせる筋運びも、ぴったりとはまっている。この要素も絡んできて謎は複
層的な構造を見せてくれる。手記の意味合いは? 死体を引きちぎる魔神の
謎は? 氏の提唱する理想の本格ミステリーの見事な一例であろう。  

 しかしながら氏の提唱がすなわち、誰でもが理想とする本格ミステリとは
成り得ないように、謎が魅力的であればあるほど、その解決とのギャップが
はっきりと読者に意識されてしまう。「本格ミステリー宣言」以降の島田流
本格ミステリーの持つ大きな弱点が本作でも発揮されている。それでもこれ
だけの謎を納得できる解決に導くのだから、充分満足すべきだろう。  

 ただ、犯人当てとして読むには本作は弱いかなとは思う。全てを読み切る
のは困難かもしれないけども。しかし、自己の信じるままに、素晴らしい幻
想的謎を飽かずに供給してくれるのは、素直に脱帽。採点は7点笠井潔
島田荘司と、本格飢餓の時代を支えてくれた巨匠達が、きっちりと自分の仕
事を見せてくれたという意味でも、今年は価値のある一年だったと思う。

(、、、などと、一年間の統括モード真っ盛りの今日この頃なのでした)

  

10/25 わだつみの森 濱岡稔 文芸社

 
 一言で表現しようとすれば、平凡な言い回しだけど、純文学とミステリの
融合といった表現がしっくり来るような気がする。勿論、充分に本格ミステ
リの範疇にある。嵐の山荘の館ものという王道の舞台からしてそうだ。思い
がけない仕掛けが炸裂するのも、作者の本格マインドなのだろう。しかし、
どこか軸がぶれている。本格を先鋭化させようともしておらず、破壊しよう
ともしていないが、新しくて実は凄く古いタイプ。しっかりとミステリとし
ての芯を持っていながらも、純文へと流れていった先達を思い起こさせる。

 たとえばここで仕組まれた大仕掛けにしても、凄い驚愕を感じるのだけれ
ども、それはどちらかと言えば、本格のために寄与するのではなく、物語の
ために寄与している。ミステリの周りを物語でくるんでいるのではなく、小
説性の周辺をミステリでデコレートしているのではないかと感じるのだ。

 あと個人的には純分畑の蘊蓄に読み辛さを感じた。新しい知識として吸収
できる愉しさが感じられず、”知ってる知らない”の世界に終始しているよ
うな感じを受ける。私の引け目なのかも知れないが、知らなければそれで終
わりで、話の世界に入っていけないような阻害感を感じた。そういった部分
が更にミステリにも浸食してくるのが、肌に合わない違和感もある。  

 先述の仕掛けを含め、読みどころは色々とある。世界観を壊し、本格を壊
し、その壊れっぷりだけでもてはやされているメフィスト系とは一線を画す
芯の確かさもある。しかし、どこかいびつだ。この作者、この先どう進むの
か、あるいは傑作をものする人物なのかもしれない。追いかけはしないが、
視野の隅には必ず置いておくとしよう。本作の採点は6点。      

  

10/29 奇偶 山口雅也 講談社

 
 デビュー作以来13年ぶりの長編。「生ける屍の死」は、本格とはかくあ
るべしと言ってもいいくらい純粋本格の極北であり、90年代を代表する本
格ミステリであった。キッド・ピストルズの短編集に於いても、その本格精
神に溢れた作品群に魅了されたものである。世紀の分かれ目を経た今、その
山口雅也がいったいどんな作品を提供してくれたのか、ミステリファンなら
誰でもがわくわくしながら手に取ったに違いない。          

 はっきり言おう、私は失望した。作中における苦悩する作家は、山口雅也
自身なのだろう。そして、苦悩の中で迷走した作品がこれなのだ。読者は更
にまた待つしかないのだろうか。法月が苦悩の果てに、吹っ切れたように本
格へと回帰し、新冒険功績と傑作を著してくれたように、山口雅也に降り
かかった苦悩という呪いが、すっきりと解かれる日を。        

 形而上学的、哲学的な論議を楽しめるかどうかが、読者の判断を分けるの
かも知れないが、ミステリとしては本書がバカミスであることは衆目一致す
るところだろう。しかし、バカミスというものは本質的に一発勝負であるた
め、実は本格以上に質の高さを要求されると私は思う。読者のツボを如何に
押さえるか、そして新しい驚き(あるいは笑い)を提供できるか?   

 この新しさの意味で、本作は底が浅い。二つの密室の謎解きは、過去の密
室物の中でも、冗談半分(ではないな、100%冗談だよな)で語られたり
するもの。短編として多くの魅力的な実験作を提供する氏ではあるが、これ
だけの大長編でそれをやられてしまうと、読者としてはたまらない。  

 読み物としての面白さはなくはないので、採点は6点だが、失望の一作。

  

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