ホーム創作日記

6/1 フェッセンデンの宇宙       
 
            エドモンド・ハミルトン 河出書房新社

 
 キャプテン・フューチャー物のスペース・オペラ作家というイメージばか
りが先行してしまう作者だが、短編作家としての実力にも実は定評がある。
本当はハヤカワSFシリーズ(俗に”銀背”と呼ばれる)の同題の作品集の
方が、代表作が網羅されていてお薦めなのだが、とても容易には入手出来な
くなっているので、こういう作品集が編まれるのは大いに意味がある。名作
「反対進化」などが収められていないのは、枚数の関係なのか、編集者の好
みなのか、もう1冊組むことを考えての目玉温存なのか。個人的には最後の
読みを信じてみたいところだ。                   

 表題作はもう古典中の古典といったところで、古めかしさを感じる読者も
きっと多いだろうが、オールドSFファンとしては懐かしさ一杯で、この再
読だけでも嬉しくなってしまう。ツイストの決まった「追跡者」は、個人的
にはショートショートのオールタイムベスト級の作品だと思っている。実在
の作家がモデルになっているとは思わなかった。           

 ベスト3を選ぶなら上記2作は落とせないので、これらは別格扱いとして
残りの作品からベスト3を選んでみよう。銀背では「何が火星に」と訳され
ていた「向こうはどんなところだい?」のシリアスさには胸を打たれる。フ
ァンタジーとSFを橋渡す「夢見る者の世界」は、何故だか妙な郷愁を引き
出させてくれる。「翼を持つ男」も捻りは少ないながらも、人類共通の空へ
の想いが共感を呼ぶ。本叢書中個人的には一番好きな作品集。採点は
8点

  

6/4 名探偵木更津悠也 麻耶雄嵩 カッパ・ノベルス

 
 ただ一人、本格の最先端を行く麻耶雄嵩。既に彼の前に人はなく、彼の後
ろを歩む者すらいない。孤高の驍将、麻耶雄嵩。本作品集は必ずしも彼のベ
スト級の出来映えではないものの、その捩れた感性や、底知れぬ才能の煌め
きはやはり感じ取ることが出来る。敢えてストレートな題名を置きながら、
探偵役とワトソン役との皮肉な設定の妙味は、まさしく彼の持ち味。一見本
格の文法に則っていながらも、実はそこここにメスを切り立て、鋭く切り込
んでいく様を是非見ていただきたいものだ。では、各編の短評を。   

 まずは「白幽霊」 普通のロジックで解決してしまうことに逆に驚く。本
格を駒として扱いながら、その常識を嘲笑う最後の一行にゾクリ。   

 続いて「禁句」 お行儀の良い本格では到達出来ない、秘めた人間心理を
論理に組み替えていく、作者の豪腕振りが発揮された佳作。      

 そして本書の白眉「交換殺人」 これこそ最先端。「21世紀本格」の書
にも書いたように、論理を突き進め新たな方法論に向かい得る傑作。 

 最後は「時間外返却」 読者の予想を許さない意外な手がかり(奇妙な伏
線)から、意外な犯人を炙り出す。捩れた着想の犯人当ては氏の独擅場。

 余裕の貫禄で7点確保。麻耶クンへの期待度は高く、まだまだ奇想っぷり
を見せてくれなくっちゃ、ということで8点には届かず。       

  

6/8 レイニー・レイニー・ブルー 柄刀一  カッパ・ノベルス

 
 障害者を探偵役にしたミステリといえば、天藤真「遠きに目ありて」を真
っ先に思い浮かべる人が多いだろう。本作も同じ車椅子探偵ながら、ウェッ
トさよりもドライな視点から真摯に描かれている。障害者の性の問題などの
踏み込んだ内容も描かれていて、興味本位ではなく考えさせられる部分も多
い。毒舌家という探偵役の設定が、包み込むような優しい(そしてある意味
偽善的でもある)視点ではなく、正面から向かい合わせてくれるのだ。 

 ミステリとしては、いつもの柄刀風の凝ったものもあるが、意外に単純で
ありながら心理の逆を付いたものも多く、品質は比較的高くキープされてい
る。散文的な方向にかなり偏った文体で、小説としての読みやすさは個々人
の好みによるだろうが、氏のミステリ短編集としての安定度は高いと思う。

 ベストは柄刀流「長い墜落」ともいうべき「人の降る確率」としよう。現
象の面白さから、トリック、解決とバランスがよい。ミステリとしての完成
度云々よりも、ダントツの印象深さを残す「仮面人称」も、ベスト3からは
落とせない。残る1作はいずれも単純ながら心理の裏を突く「密室の中のジ
ョゼフィーヌ」「炎の行方」のうち、前者を選択してみよう。     

 決め手には欠けるが、このレベルが維持出来るのは素晴らしい。7点

  

6/11 スティームタイガーの死走 霞流一 角川文庫

 
 文庫化を機に旧作にも挑戦。「このミス」4位など評判良かった本作だが
これまで読んだ短編、長編ほどの面白味は感じられなかった。     

 要素としてはかなりの盛り込みがされている。線路を挟んで花いちもんめ
をさせるなどというオバカな要求のWHYの謎。人間消失や列車消失、アカ
ムケ死体の密室殺人というHOWの謎。消去法による犯人特定に意外な真犯
人の示唆というWHOの謎。ストーリー的にも列車乗っ取りを軸とした、サ
スペンスとユーモアの融合。最後の最後にはメタ仕立ての趣向というお遊び
まで盛り込んで、いつものサービス精神は満開。           

 なんだけどなぁ。いずれもちょっと取って付けたような感じがして、すっ
きり爽やかにはなりきれないモヤモヤ感。夢の中のトイレのような、出して
も出しても出し切れない残尿感に、ちょっと身もだえする感触。動物題名物
を最初に読んだのが「ウサギの乱」だったから、見立てに関してもこちらの
方が見劣りしてしまったし。                    

 ちなみに最初に狙っていたのは「物語と読書の時間経過が一致したミステ
リ」だそうで。清涼院もこれ読んで書いたのか、あの「秘密室ボン」って。
映画やドラマや舞台劇のように制作側が時間管理出来る媒体ならともかく、
本では無理だよなぁ。それよりなにより、そのことで何らかの価値ある効果
を産み出すことすら、難しいと思うんだけど。稚気大好きのミステリ作家の
見果てぬ夢なのだろうか。採点は
6点。               

  

6/15 ピカデリーの殺人 アントニー・バークリー 創元推理文庫

 
 至極真っ当なミステリと言えるだろう。意外な犯人、込み入った犯人側の
トリック、論理的な推理といずれも申し分ない。だからこそきっと本書の探
偵役はお馴染みのシェリンガムではないのだろうし、だからこそきっと”バ
ークリーの読者”というある種の人間達にとっては、物足りなさを感じずに
はいられないのだろう。                      

 別名を除くバークリーとしては、毒入りチョコレートと本書のみしか翻訳
として入手出来ない状況というのは、バークリーの理解としてはある意味最
悪な状況だとも考えられる。アンチ本格ミステリの様々な試みの果て、その
一つの到達点が毒チョコだったわけである。たしかにこの作品の傑作性はそ
の一作だけで容易に理解出来るのだが、そこに至る流れを知らなければ、バ
ークリーという”作家”を真に理解することは出来ないだろう。そして”作
家”を知ろうとして他の作品に手を伸ばすときに、本書しかないというのは
誤解どころか、正反対の評価を与えてしまうことにもなりかねない。いわく
バークリーって”普通の”本格ミステリの書き手だったんだと。    

 バークリーであるが故に、正当派であるが為に物足りない、という意地悪
な評価を与えてしまうが、それでもミステリとしての様々な工夫を考慮する
と、一般的には佳作として評価出来る作品だと思う。採点は
7点。   

  

6/17 ベートスンの鐘楼 愛川晶 カッパ・ノベルス

 
 心配していたように、”探偵”としての設定や展開が有意義に機能してい
るとは思えない。中でもサイコキラーである意味合いや、探偵をやらせるこ
との必然性が伝わってこない(作品内の言い訳ではなく、作品外の話)。愛
ちゃんの推理力が超人的なレベルに設定されていることも、かえってアダに
なってるようだ。愛ちゃんさえいれば、サイコキラー探偵必要ないやん。シ
リーズにするほどの価値があったのかな? 最終作としての仕掛けは用意さ
れているのか? 長続きさせずにそれだけ読んでみたいところ。    

 作品としてもオカルト風味な味付けは面白いし事件も派手だが、解決との
バランスは弱い。これだけの重厚な内容と分量に見合った喜びは、それほど
得られなかった。個人的に一番の読み所だったのは、吸血鬼に関する蘊蓄と
これに関してのある解決の提示だった。これは「全く貴方の言うとおり」と
思える納得の解決。だけど、このためにこの長さはいらない。     

 自分で盛り込んだ設定を今ひとつ使いあぐねている印象で、作品を作り上
げるための苦労もしのばれる。その苦労が直接読者の喜びにつながりそうも
ないところが辛いところだ。採点は
6点。シリーズの行く末が心配。  

  

6/20 幽霊は殺人がお好き 筑波孔一郎 ダイソー・ミステリー

 
 百円ショップにて筑波孔一郎(別名筑波耕一郎)の名前発見。と言っても
先にネットでカシバさん書評を見かけて、それで初めてそういう棚を気に
したわけだけど。懐かしの「幻影城」作家。マイナーなノベルスで見かけた
ことはあったけど、まさかこんなところで再会するとは。       

 懸賞応募作家としての密室へのこだわりぶりが印象に残っているが、わず
か税込み105円の本書の中でもその姿勢は遺憾なく発揮されている。幽霊
消失に、密室が二つに、毒殺トリック。それぞれに結構それなりに工夫され
たトリックが考案されている。館物でオカルト風味、それでいてこれだけの
不可能犯罪。これだけとってみりゃ、結構凄いじゃないか。      

 しかし、いかんせん全てが古すぎる。特にストーリー・テリングの脱力振
りは、結局氏がメジャーにはなれなかった理由が見透かせるように思う。探
偵コンビのやりとりのコメディ・センス。私個人は自分自身もオヤジぃ〜な
だけに、オヤジ丸出しセンスもなんとか付いていけるが、若い人には無理だ
ろうな。まぁ、若い人はダイソーでミステリ買ったりしませんか。   

 元は取れるが(105円だし)、さすがにお薦めとするのは躊躇しまくっ
てしまう一品。採点は
6点。ちなみにここのサイトを見ると、何と十万部。
ひえ〜っ、刷りだけなら隠れたベストセラーが、どすこい30作品。  

  

6/22 陽だまりの迷宮 青井夏海 ハルキ文庫

 
 ミステリ度としては、これまでで一番弱いように思う。解かれる謎もちょ
っとした日常の謎で、アクロバティック性も少ない。ラストを除いては妄想
推理の炸裂って感じでもないので、無難であっても楽しみは少な目。  

 但しこのラストのどんでん返し(なのか?)は、これまでの青井夏海の中
でもぶっ飛び具合ナンバーワン。いくらなんでもそんなところまで持ってい
くのかよぉ〜、と驚かされてしまった。これまでは単なる「妄想推理」で片
付けちゃってもいい範囲だったんだけど、妄想の行き着いた果てに、新たな
精神病的症状を創作しちゃったな、というレベルに達している。    

 という書き方をしているように明らかに無茶は無茶なんだけど、それでも
ちょっと感動的でちょっと爽やかだったりするのが、まさしく青井夏海節。
これはきっとファンタジーとして読むべき作品なのだろう。陽だまりの下の
お昼寝で見る夢のような、あやふやなまどろみの幻想譚。採点は6点。 

  

6/25 スペース 加納朋子 東京創元社

 
 待ちに待った駒子シリーズ第3弾。東京創元社ネット直販のサイン本(や
ったね!) いかにも加納様らしい素直で素敵な文字と、鳩笛(だよね?)
の判子がとても愛らしい。またひとつ宝物が出来ちゃった。      

 さて本作は「スペース」と「バック・スペース」という、二つの中編で構
成されている。二つで一対の物語。だから「ミステリーズ!」で「バックス
ペース」を先に読んでしまったことを激しく後悔。加納様のおっしゃるとお
り、前2作を読み直してからこの2編を順番通りに読むんだった。   

 この構成が素敵すぎ。背中合わせの一つの物語になっていながら、それで
いてそれぞれに単独の驚きも用意されていて。「スペース」の方はこういう
ことだろうなとは予想付くけど、「バックスペース」は結構不意打ち。 

 ミステリとして数えるのは少々躊躇するけれど、やっぱりこれだけ素敵な
お話を読ませて頂ければ、またもや加納様にメロメロ。自分の居場所にちょ
っと不安を感じる貴方、ちょっと心洗われてみませんか? 殺伐としたミス
テリ(あるいは日常)にちょっと疲れ気味な時にもお薦めです。    

 個人的な思い入れを否定せずに採点に盛り込んじゃえ。だから8点! 

  

6/28 Q.E.D.18巻 加藤元浩 講談社

 
 9巻を頂点として、低迷が続いているような。比較的良かったのは14巻
か。本巻もまあ平均的な出来映え。相変わらずちょっと低めの
6点。  

「名探偵”達”登場」では推理合戦が期待されるところ、この名探偵”達”
の推理がしょぼすぎる。迷推理を披露するなら、せめてくすくす笑い程度に
は持っていって欲しいところ。オーバーにキャラ立てして、時々は事件に介
入して引っかき回すようなサブキャラ入りを目指して欲しかった。細かいト
リックも無駄遣いに終わってしまったような印象。          

「三羽の鳥」は、絵本の解釈をずらしていくあたり、やりたいことの面白味
はわかるのだが、効果は薄かった。絵本は直接的すぎだし。人情味も意外性
も物足りなかった。一人でやっているということだけど、やっぱりブレイン
が必要なのではないかなぁ。新しい作品を見せて欲しいところ。    

  

6/30 本格ミステリ04 本格ミステリ作家クラブ編
                                          講談社ノベルス

 良質の本格ミステリ短編がたっぷり読める、アンソロジーとしての贅沢ぶ
りは今回も健在。巻を追う度に薄くなっていくのが、ちと寂しいけれど。今
回の注目点は、青木知己氏の作品採用だろう。大山誠一郎氏は昨年度採用済
みだし、小貫風樹氏は推理作家協会賞の方のアンソロジーに掲載されるはず
だし、改めて「新・本格推理03」の出来の良さを再認識した次第。  

 さて上記の青木氏の作品も良いのだが、私の今回のベスト1は柄刀一「イ
エローロード」
に決定。ロジックが美しいだけでなく、そこから意外な犯人
に到達する。思わせぶりに展開させる小説としての効果も抜群で、非常に端
正でスマートな本格ミステリ短編に仕上がっている。         

 第2位は法月綸太郎「盗まれた手紙」となる。完全なるパズルミステリ。
将棋の駒の動きも知らない素人が、羽生、谷川と同時に戦って、一勝をもぎ
取るにはどうしたらいいか
、というようなパズルを知っていれば、これは解
けるかも。しかし、トリックがわかっても楽しい本格パズルだった。「都市
伝説パズル」
のように、題名に「パズル」を付けてシリーズ化して欲しい気
もするが、ポオへのオマージュとしては致し方ないところだね。    

 第3位は青木氏と悩んだ末、東川篤哉「霧ケ峰涼の屈辱」にしてみよう。
”アレ”がちゃんと解明の前提になっているのがポイント高し。軽快な作風
はこういう短編でこそ本領発揮するなぁ。総合的な採点は当然
7点。  

  

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