

4/2 流れ星と遊んだころ 連城三紀彦 双葉社
ひゃあ〜、連城さぁ〜ん! いつもの連城型逆転テクニックだとはいえ、
こんなところから襲いかかってくるとは! アカデミー脚本賞受賞の衝撃作
「クライング・ゲーム」並みに、突然横っ面を引っぱたかれたような、きょ
とんとして、腰がへなへなになって、メッカの方に向かってお辞儀しながら
倒れ込み、「参りました」と拝んでしまいそうなどんでんの衝撃。 .
前半からずっと駆け引きのどんでんを繰り返して、驚きの展開を次々に味
合わせてくれている。その上にこんな超弩級の必殺技を繰り出してくるのだ
から、どんな変身ヒーローも貴方には敵いません。 .
というくらい凄い本書なので、「白光」「人間動物園」と立て続けに傑作
を生み出した一昨年同様、ミステリ界でもっと騒がれてもいいはずなのに、
それほどでもなかったのにはちゃんと理由がある。 .
本書は実は敢えてミステリの手法では描かれていないのだ。分離可能にす
る鍵が必要なところに、敢えて鍵を与えず、物語として完全に融着させてし
まっている。ミステリの常識で言えば、本書はアンフェアだろう。 .
ミステリの驚愕の醍醐味を持ちながら、ミステリの外に置かれた作品。氏
はこの物語を、ミステリの構造としてのみ解読されてしまうことを嫌ったの
かもしれない。そういう分解性を拒否して、物語性に凝固させる。 .
それでも”ミステリ”を望む私としては、採点は6点にせざるを得まい。

4/5 『アリス・ミラー城』殺人事件
北山猛邦 講談社ノベルス
どっひゃあ〜。正直言って、この人からこんな作品が生まれ落ちるとは思
っていなかった。ミステリの歴史に残り得る異端の妙手の炸裂。「お薦め」
などとは決して口には出来ないが、あこぎなミステリや着想の飛びを見るこ
とが好きな御仁は、見逃してはいけない作品かもしれないと言ってみよう。
作品としての不満は大いにある。ありすぎて困るほどだ。この人が作品と
して提示する世界観にはどうしても付いていけないし、不快感も感じてしま
う。物理トリックへのこだわりも、アナクロな感じがちょっと辛い。勿論ミ
ステリは普遍性の高い文学であるため、アナクロであっても構わないのだが
もうちょっと整理してスマートに見せて欲しい。作中で行われる物理トリッ
ク論なんかは、ちょっとくすっと笑いを誘われはしたけれどね。 .
伏線や作品の構造を補強する部分も、まだまだ荒さが目立つ。メイントリ
ックを活かすための様々な工夫には、非常に巧さを感じられた部分も多い。
登場人物のほとんど(ここ試験に出すから、メモ取ってね)が探偵であるこ
と、引き合いに出されるクリスティ作品、そもそもモチーフがアリスである
こと、これらの必然性などは特に感心させられた部分だ。上手いよ。 .
だけど、この真相ならば、もっと登場人物達の言動に違いが出てくると思
う。「作品」としての要請から伏線として折り込まれた部分はあるが、「作
中の現実」からの要請として描かれた部分を感じ取れなかった。もともと人
工性の世界が舞台だが、作り物なりのリアルはやはり望みたい。 .
密室の理由付けなど、強引ではあるが新味もある。むげに自分に合わない
と敬遠せず、ウォッチした方がいい作者かも。採点はちょっと悩み所だけど
メイントリックと付随するテクニックは評価すべきだろう。7点進呈! .

4/8 ふたりジャネット テリー・ビッスン 河出書房新社
残念ながら今ひとつ乗り切れなかった。微妙に自分とのセンスの噛みあわ
なさがある。まずは冒頭のヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞作「熊が火を発見
する」で、どうしてこれがそんなに評価されたのかが良くわからなかった。
どちらかというと純文系作家が、SF的趣向を用いて作品を書いてみました
という雰囲気。心地よさは感じるられるが、これがダブル・クラウン? .
バカ話でありながら微妙な引き加減が、個々人のセンスとのマッチングを
左右する要素だろう。表題作や「英国航行中」などは、着想の妙味に大いに
惹き付けられるのだが、そのままバカになるわけでもなく淡々と終結してい
く。「アンを押してください」あたりだと、バカっぽさ八分咲き。 .
てなわけで、本書で最も楽しめたのは、バカ満開の《万能中国人ウィルス
ン・ウー》シリーズだった。どうにも燃焼不足のバカもどかしさを吹っ飛ば
す、はっちゃけたオバカっぷりは、万人(若干誇張あり)が楽しめるはず。
東京創元派の日常の謎から、一気にインフレーション宇宙論を証明しちまっ
たみたいな落差のあるぶっ飛び。しかもその解はたった一つの数式(笑).
やっと最後にすっきりは出来たものの、採点としては6点止まり。 .

4/12 イニシエーション・ラブ 乾くるみ 原書房
こ、これは凄い。本年度の最大の目玉の一つだろう。読み逃してはなりま
せぬぞ。何が凄いって、何と言っても、この本が最初っから最後まで、頭か
らしっぽまで、徹頭徹尾、、、極限なまでにミステリじゃないってことだ。
こりゃもう完璧に「単なる青春小説」に過ぎないわけで、それ以外の要素な
んか、それっこそほんの欠片さえ見つかりゃしない。 .
それなのに、ああそれなのに、それなのに(って575調にする必要など
ないのだが)本書は紛うことなき”ミステリ”なのだ! しかも現在多くの
人々にとって共有されてるだろう概念に従えば、これはもう正真正銘、下手
すりゃど真ん中と言われかねないほど、”本格ミステリ”なのである。 .
本格には謎と解決が不可欠だって。そうだよね、私もそう思う。私は更に
その謎と解決を結ぶ過程も必要だと思う。勿論そのいずれかが欠けていても
いい。読者がそれを補完可能ならば。たとえば東野圭吾の解決のない例の2
作。あれはある意味「謎」しか存在しない。しかし、解決もそこにつながる
過程も読者が補完可能であるから、完全な”本格ミステリ”なのだ。あるい
は謎があることが最後まで明示されず、唐突に”解決”が現れるミステリだ
って存在する。しかし、その時点で読者が謎があったことを理解し、その謎
と過程を納得出来るならば、これまた完全な本格ミステリと呼べるだろう。
では本書はどうか? 後者に近いとは思うけど、本書中には謎も解決も解
決に至る過程も一切描かれていない、と言えるのではないか。しかし、読み
終わった瞬間にそれらが一瞬にして立ち現れる。いや、「一瞬」というのは
大言壮語過ぎか。謎と解決はともかく、特に過程ときたらさ。 .
ほんのちょっとの省略と、巧妙な並べ方だけで、完全な青春小説(形式の
話ですよ。出来映え云々は別(笑))を完全な本格ミステリに仕立ててしま
った乾くるみ。ミステリという形式そのものへの新機軸という面を高く評価
して、採点は8点としよう! 今年度の台風の目となるのか? .
、、、ってだけじゃ、やっぱ物足りないよね。ネタバレ行ってみよう!
そこには恥ずかしくも可笑しく、悲しくも笑える話も待っている、かも?

4/15 極限推理コロシアム 矢野龍王 講談社ノベルス
最初に断言してみよう。「これはひどい!」 .
本書は「設定」が全てである。確かにこの設定は超絶的なまでにいい。こ
の設定がどこに落ち着くかということを確認したい、ただそれだけで全編読
ませるだけの力のある設定なのだ。ただし、それ”だけ”の作品である。.
本格ミステリを期待してはいけない。きっと期待は裏切られるから。「極
限推理だってよ。すげー」最初は誰だってそう思うのではないか。でも、ど
こに推理があるのよぉ〜って叫びたくなるくらい、僥倖に支えられただけの
お粗末な「推理」が最後に待っているだけ。「極限」はどこに行った? .
では、割り切ってサスペンスとして楽しめばいいじゃないか。だって、こ
んなドキドキする設定なんだからさ。確かにそうかもしれない。このヌルさ
で良ければね。最後までは読ませてくれるわけだけどさ。 .
やはり謎の大きさに比例して、読者はその解決にも期待してしまうものだ
ろう。設定についても同様。この設定なら、この程度のことはやって欲しい
というレベルがある。明らかに本書はそれをクリア出来ていない。中心のネ
タは「これだけ?」ってあきられるくらい、予想範疇内。特に日本物の読者
にとっては、あの大作であれだけの着想を既に知っているわけだし。 .
また、本格ミステリは智的遊戯の文学である。作中人物の誰かは、読者よ
りもちょっとは「智的」な行動なり、思考なりを見せてくれないと困ってし
まう。こういう状況に置かれたらどんな行動を取るべきか、取られるか。読
者がもどかしく思うくらい、作中人物の誰もがあっさりと状況を受け入れ、
なんらの(と思えるくらい)努力も見せてくれない。余りにも出来すぎな僥
倖に恵まれたから良かったものの、これじゃ死ぬぜよ。 .
「バトルトワイヤル」を引き合いに出す向きも多いようだが、貴志祐介「ク
リムゾンの迷宮」の方が遙かに本書に近い。あちらは主催者側の仕掛けに触
れる「推理」があったものの、本書ではそれについても何も無し。客はどう
エンタテインメントされていたのだろう? 提示されたヒントもあまりにも
低レベルで、苦笑していいのやら、あきれかえればいいのやら。 .
奇をてらった設定に見合うもののない駄作。採点はあえて5点とする。.

4/19 不思議のひと触れ シオドア・スタージョン 河出書房新社
4/26 海を失った男 シオドア・スタージョン 晶文社 .
もう大昔のことで、「人間以上」もクイーンの代作「盤面の敵」も、既に
”読んだ”という記憶しか残っていない。ましてや短編作家としては初めて
の出逢いに等しい。若島正編の晶文社版と、大森望編の河出版。この際まと
めて読んでみたのだが、編者との相性があるのかどうか、個人的には圧倒的
に晶文社版の方が好きだった。 .
バラエティさとしては河出版が少々上だが、あっさりとした小品が多く、
後を引かない。表層的でわかりやすい作品が多いので、初心者向けのセレク
トと言われればそうなのかもしれないが、物足りなさを感じた。 .
一方、晶文社版は一つ一つの作品が結構深い。それぞれの作品に何かしら
考えさせられる要素があって、雰囲気もあって味がある。軽く一望するには
河出版でいいのかもしれないが、スタージョンという作家に触れるには、や
はり晶文社版の方をお薦めしたいところだ。 .
では、それぞれのベスト3を。河出版のベストは「閉所愛好症」 いやぁ
オタクの妄想小説。もやしっ子(死語だろ)な引きこもり系オタクは必見。
また、どうしても落とせないのは「孤独の円盤」 本書中では最も後を引く
物語。これは多くの人に訴えかけるだろう傑作。最後の一角はミステリ系サ
イトとしての意味合いを含めて「高額保険」にしときましょう。ワン・アイ
デア・ストーリーだけど、このサイズへのまとめ方はうまい。採点は6点。
晶文社版はどれも挙げたい魅力のある作品が集まっている。だから順不同
で以下の3作品。泣きは薄いが完成度は抜群、スタージョン版アルジャーノ
ンの「成熟」 妙なノリのとぼけたブラックユーモアが楽しい「シジジイじ
ゃない」 雰囲気が最高で、アイデアからその展開、余韻を残すラストまで
掌編のお手本みたいな名作「墓読み」 こちらの採点は7点とする。 .

4/27 霧舎巧傑作短編集 霧舎巧 講談社ノベルス
”傑作”短編集ってのはちょいとずるくないか。だって”全”短編集なんだ
もの。それとも全部が傑作だなんて言ってるつもり? .
という皮肉で始めてみた。だけど傑作と手放しで持ち上げるほどの作品は
ないにしても、粒の揃った佳品ばかりで、良質の短編集であることは間違い
ないだろう。商業的な意味で”傑作”と銘打つことはアリだと思う。 .
素人時代に「本格推理」シリーズに選出された2編は、それぞれの巻の自
分のベスト3でも無視してしまっていたように、デビュー後の作品に比べて
は力不足。しかし、この頃からあかずの扉の面々が出ていたんだね。 .
ベストは本人自ら《論理のアクロバット》と書いているように、ロジック
展開がなかなかに美しい「まだらの紐、再び」を選びたい。続いては「動物
園の密室」としよう。御手洗パスティーシュでありながら、意外な隠しテー
マがパロディ風の雰囲気と共に、何故か哀愁をも漂わす佳品。 .
ベスト3から絶対に落とすことの出来ない1作は、実はこれこそがベスト
とも言える「クリスマスの約束」だろう。凝り凝りの霧舎(そう思っていな
い人は是非霧舎学園シリーズを読んで欲しいものだ。古本で買う場合は、物
理的オマケが無くなってないか要チェックですよ。図書館ではあれらのオマ
ケ、ちゃんと本と一緒に保存されてるかなあ?)らしさが存分に発揮された
労作。こんなことやるのは他には芦辺拓くらいだよ。特に「動物園の密室」
からのつながりと来たら「書いた時点で絶対狙ってたやろ、こんにゃろー」
と言っておきましょう(笑) この心意気を買って、大おまけの7点。 .
