ホーム創作日記

 

8/3 ニッポン硬貨の謎 北村薫 東京創元社

 
 探偵役がクイーンというパスティーシュ仕立て。しかも現実のクイーン来
日の歴史的事実と絡ませてある。また膨大な脚注は、遊びと知識の宝庫。ク
イーン論までまるごと入ってる、クイーン・ファン必見の書。     

 更には五十円玉二十枚の謎の北村流解決編なわけだから、ミステリファン
としては興味津々。こりゃあ、読まざるを得ないでしょ。       

(ここからしばし、ミステリ愛好会の盟友の為の宣伝モード)

 この「五十円玉二十枚の謎」の最優秀賞を契機に、創元推理短編賞の栄え
ある第一回受賞者にも選ばれた、剣持鷹士氏の作品集「あきらめのよい相談
者」が、この度待望の文庫になりました。創元推理文庫にて絶賛発売中。税
込672円。本業でもある弁護士の日常をベースに、九州弁独特の語り口で
描かれる、ちょっと奇妙な謎の数々。この北村薫先生+宮部みゆき先生の帯
推薦を受けて刊行された名品です。よろしれば是非お買い求めください!!

(以上、宣伝モード終了。お付き合いありがとうございました)

 という贅沢な一品なのである。DVDで云えば、特典映像満載で、フィギ
アまで付いた特別限定版みたいなもんなのである。もうなんだかこれだけで
満足しちゃって、本編なんか見なくてもいいやって気分になってしまう。

 で、実はそれでも構わないんじゃないのってのが正直なところ。肝心のミ
ステリ部分を取り出すならば、とても高評価など出来ない。推理も伏線もロ
ジックもなく(とまで言ってしまうのは失礼だろうが、作家毎に読者として
求める最低線がある)、「作家的想像力」で固められただけのミステリ。

 クイーンと犯人が綿密に打ち合わせでもしなくっちゃ、こんな解決編には
出来ないでしょってなもんだ。女流作家の妄想推理が花開く、最近の”日常
の謎派”リーグなのに、総監督の御大からこれじゃ、私困ってしまうわ。

 特典映像はたっぷり楽しめる、”お祭り”みたいな作品。総合的なお楽し
み度合いは高いのだが、ミステリ的観点を重要視して採点は
6点。   

  

8/4 実験小説 ぬ 浅暮三文 光文社文庫

 
 わぁーい、実験小説。氏の作品を読むのは、密室本に続いて2冊目。デビ
ュー作を含むファンタジー系とか、協会賞受賞作「石の中の蜘蛛」に代表さ
れる五感シリーズをなんで読んでないんだ、と言われてしまいそう。  

 でも、ちょっと待って。私が選んだこの2冊って、本人のキャラクタが一
番良く表れてる2冊じゃなぁい? MYSCON2回、e─NOVELSの
会合2回と、御本人とお会いして話を聞く機会があったのだが、そのイメー
ジを一言で表せば「関西芸人」なんだもの(失礼はゴメンナサイ!)  

 いやあ、特にイラストを核にした前半の実験小説が白眉。存分に愉しませ
て貰った上に、なんと定価495円(税抜きだけど)。この価格でコレは、
イマドキにしては考えられないほど、まさにお買い得。本年度のベスト・コ
スト・パフォーマンス賞は本作にあげたい。             

 その”お安いでしょう”感を大いに加味して、採点は7点。あっ、そうそ
う、本書へのサインもどうもありがとうございました、浅暮さん。   

 ちなみにこのときに氏は、自分の好きなように書かせてくれるという依頼
が全然来ない、いろんな指定が付いてきてしまう、自由に書かせてくれたら
こういうのは幾らでも書けるのに、と嘆いていました(文言はあくまで私の
解釈によるもの)。依頼さえあればこういう愉しい作品集、もっと書いてく
れそうなので、各出版社殿、どうかよろしくお願いします!      

  

8/6 六月六日生まれの天使 愛川晶 文藝春秋

 
 古(いにしえ)より綿々と続く由緒正しき記憶喪失物と、「メメント」以
降ミステリ創作法の一つに確実に組み込まれつつある前向性健忘症の、あま
りにも都合の良い融合。こんなんだったら何でも出来るさ!……って、やっ
ぱり思えてしまうのが、本書の最大の弱点ではないだろうか。     

 たしかに愛川晶だからちゃんとうまくは作ってあるし、いかにもな雰囲気
の中からでも意外性を引き出してもいるんだけど、なんだか不満足感。 

 それは勿論、冒頭に書いた気分だけのせいではないはず。たとえば本書は
純愛ミステリと謳われているのに、仕掛けとしての意外性の要素が、それを
破壊しているという矛盾を呈したりしている。ミステリとしてのカタルシス
と、小説としてのカタルシスが相反してぶつかっているのだ。     

 キャラクタとしても、ハンデを克服する側の人物はもっと魅力的に描いて
欲しい。最後まで読むと、主人公の男はバカに思えてしまう。     

 また個人的には氏の”本格ミステリ”としてのセンスを非常に高く評価し
ているだけに、本格ミステリ・マスターズという、”本格のマスター”であ
ることを期待されているレーベルには、真っ正面から挑んで欲しかった。実
力があるのに違う方向から攻めるのは納得し辛い。採点は当然
6点止まり。

  

8/9 氷菓 米沢穂信 角川文庫

 
 2作目3作目を先に読み終えた今、角川文庫より新装刊行されたデビュ
ー作をゲット(新刊として購入して元取れる自信が付いた証拠だ)。  

 個人的評価としては、一作ごとにレベルアップしていると思える。本作だ
けではやはり、小出しに提出される小粒のネタが、あまりにもスケール小さ
く感じられてしまう。”日常の謎”ではあるにしても、ミステリとして読む
にはあまりにも物足りない。多分これを最初に読んでたら、ミステリ風味の
ライト・ノベルならまあこの辺だろ、って変に見切った気分になっていたか
もしれない。                           

 キャラクタ設定や、青春風味はいいんだけどね。良い加減に(”いいかげ
ん”ではないよ)力の抜けた、ユーモア感覚も魅力的だろう。でも本作自体
をこのサイトで評価するならば、やはり平々凡々な
6点どまり。    

  

8/11 ルパンの消息 横山秀夫 カッパ・ノベルス

 
 サントリーミステリー大賞で佳作となった幻のデビュー作。今頃突然って
のは、ひょっとしてルパン生誕100年記念の余波なのだろうか?   

 一読、たしかにこれはサントリーミステリー大賞応募作だ。いかにもな雰
囲気。時効を目前とした現在進行形の取り調べと、その回想シーン。”ルパ
ン作戦”という気を引くキャッチな割に、事件自体は結構地味めなだけに、
単純に完結させず、三億円事件とも巧妙に絡めていく。2時間ドラマ化前提
の賞らしい、傾向と対策がきっちりと練られた作品だと思う。     

 さすがに筆力は充分であるのに、若書きのイメージを抱いてしまうのは、
思い入れする対象の年齢のせいなのだろうか。職業小説としての横山秀夫だ
から、描き込む対象が学生なんて作品はそうそう読めないものね。   

 もう一つ大きな点を挙げれば、こう設定されていると読者が感じ取る人物
像と、後に判明する人物の行動・心理が、完全にマッチングが取れていると
は思えないところだろうか。その辺が若書きと感じた要素かと思う。  

 上手いし、良く出来てもいるのだが、現在の横山秀夫の到達レベルを知っ
ていれば、必ずしも高く評価したくなる作品ではないだろう。採点は
6点

  

8/13 メフィストの漫画 喜国雅彦・国樹由香 講談社

 
 むふふ。「傷だらけの天使たち」をリアルタイムで買っていた人間として
は、喜国でメフィスト連載のミステリ・パロディ漫画と来たら、こりゃもう
幾らだろうと買わずにはいられない。でも1500円か。むふぅ。   

 まずは犯人当て漫画から。くふふ、この名も無きおっちゃんが犯人なんだ
から、似顔絵書いて応募しなさいってことかぁ。くぅ〜、黒い紙に白絵の具
でガタガタと線を書いて「天国への階段」と名付けて提出したりしてた、美
術の成績毎回「2」か「3」の人間には、ちと辛いぜ。        

 っと、そんな個人の事情はどうでもよくって。さすがに漫画は楽しめた。
ミステリもパロディも漫画もエロもお下劣も大好きな人間には、とてもお薦
め出来る作品である(いや、決して、そこまで完璧に条件を満たしてないと
お薦めしないというわけではないので、ご安心を)。ただ一般のミステリフ
ァンとしては、ちょっと古本ネタ多すぎやろってのは言いたいかも。  

 後半の国樹由香「あにまる探偵団」は、それなりに微妙。他人様のペット
なんか全く興味ないので、「へぇ〜、奥さん、こんな感じの人なんだぁ」と
か、普段は入れない「芸能人お宅拝見」的なミーハー興味が主。動物なんか
どうでもいいから、もっとミステリ作家の私生活にどんどん切り込んでくれ
ぇ〜、とレポーター国樹嬢の梨本化を望んでしまったのだった。    

 総合的に楽しめる作品集であることは間違いないので、採点は7点。 

  

8/18 神狩り2リッパー 山田正紀 徳間書店

 
 某イベントに向けて、駆け込み購入した作品。結局読了は間に合わなかっ
たのだが、ちゃっかりサインは頂きました。そうそう、今年は日本推理作家
協会賞及び本格ミステリ大賞を受賞した「ミステリ・オペラ」が文庫化され
たばかりですが、ついにその続編「マヂック・オペラ」が近日発売予定(こ
れをアップする頃は既に発売中かも)。乞うご期待!(サインのお礼に宣伝
してみました。実は前作未読なのだが、本ミス投票には必読か?)   

 さて本作は前作より29年振りに登場した正統な続編だ。自らの作品だと
はいえ、歴史的名作の続編を書くのは大変な作業だろう。名作を重ねること
は当然困難だ。商業的意味合いを別とすると、下手すれば前作の価値さえ貶
め、自らを損する可能性さえある。それでもやはり挑んできた、その意欲に
賛辞を贈りたい。そして充分に踏み留められていることにも。     

 但し読者側の環境という点で考えてみると、やはりこの約30年の隔たり
はあまりにも大きい。作品としても変化している。情報小説的な盛り込みは
既に小説作法上の常識に過ぎない。「神狩り」に代表される、”概念”自体
の新規性も、それだけではなかなか読者の心を揺すぶりにくい。    

 アニメやCGXの氾濫で、現代の読者は”イメージ”にすら長けている。
勿論、想像力は実際の映像を上回るものであることは間違いないが、書物の
中からそれを超越したイメージを喚起させるのは難しいだろうとも思う(本
書とは外れるが、このことだけをとっても、テッド・チャンの「地獄とは神
の不在なり」は、やはりすげぇーと思う)              

 読者側の成熟(と言っても良い?)によって、作品自体のパワーと、読者
のポテンシャルとの差分が、大きく縮まってしまったようだ。採点は
6点

  

8/19 ぶたぶたの食卓 矢崎存美 光文社文庫

 
 相変わらずのぶたぶた。今回はちょっとお腹空かしながら、癒されてしま
う。それは登場人物達も同じ。ぶたぶたが直接癒すわけじゃないんだよね。
ぶたぶたに関わっていく中で、自分自身で癒しの道を見つけてしまう。 

 物語が与える読者への癒しだって、同じような構造を取っているのかもし
れない。ハウツウ本だとか、ビジネス書なんかではない”物語”は、直接指
針を与えてくれることなど滅多にない。だけど読者自身がその中から、何か
を見つけ出して、自分の心の糧にしてしまう。            

 本を愛する人の多くが、普段好んでいるジャンルにさほど関係なく、この
ぶたぶたの物語に惹かれてしまうのも、一つにはその構造の類似が影響して
るんじゃないかと思ったりする。                  

 いつものぶたぶただから、いつもの気分で手にすればいい本。でも、一つ
だけ残念だったことがある。それはぶたぶたの家族に関しての、謎解きがさ
れてしまったことだ。                       

 ここはファンタジーのまま、そっとしておいて欲しかった。こういうこと
もあるかもって、思わせたままでいさせて欲しかった。前作から少しずつ、
”ファンタジー”が”リアル”に浸食され始めようとしている。    

 ぶたぶたは物語であることが、逆にリアルなんだと思う。現実に近づけれ
ば近づけるほど、リアルとの差分が浮き立ってしまう。全部を説明しようと
してくれなくていいのだ。秘密は残しておいて欲しい。それでも、そのまま
のぶたぶたを読者は受け入れているんだから。            

  

8/22 ラインの虜囚 田中芳樹 講談社ミステリーランド

 
 読み物としては面白いと思う。ちょっと主人公達が強すぎて、いつも全然
ピンチっぽく思えないことを別にすれば。              

 歴史上の人物や、有名作家の登場人物なんかも持ってきて、子供だけじゃ
なくて、大人やマニアにも受ける要素も充実させている。       

 子供向けも狙っている癖に何故か陰惨な話ばかりが多い、この叢書にして
は珍しく爽やかで読後感も悪くない作品だろう。           

 最後に意外性も待っていて、ミステリとしても一応成立している。  

 だったらいいやん、何も文句付ける必要ないやんって言われそう。でもね
順位を付けてみたら、こういう感じになってしまった。        

講談社ミステリーランド順位表のページへ飛ぶ

 決して悪い作品じゃない。だけど、講談社で、ミステリーランドで、こう
いう話を読みたいわけじゃないんだ。高田崇史や本作をこういう順位に置い
てしまうのは、そういう心理からである。              

 それにしては「黄金蝶ひとり」の順位が高いのは、その心理を乗り越える
くらい”好き”だと思える要素があったせいだろう。それは一つには”作ら
れた冒険”じゃなくって、自ら乗り込んだ、子供の側が主役の冒険だってと
ころもあるのかもしれない。                    

 でもそれよりも、最後の意外性の強さや、本自体の構造にも凄く凝ってい
たあたりに感じられる、ミステリの精神なんじゃないかと思う。意外性が意
図されていても、文脈的には本作はミステリではないのだ。採点は
6点

  

8/24 旧宮殿にて 三雲岳斗 光文社

 
 何もこんなにストイックにならなくとも、このところの流行りに乗っかっ
て大きく「ダ・ヴィンチ」を謳った方が、商業的には良かったろうに。一般
のベストセラー読者よりも、ダ・ヴィンチの名前に惹かれる読者ならば、少
なくとも”謎”への興味は高いだろうから。             

 さて本作は、本格ミステリ作家クラブ選考による年間アンソロジー「本格
ミステリ05」
の中でも、本当に出色だった一編(いわば本格短編の年間ベ
スト級)「二つの鍵」が含まれる連作集である。           

 さすがにこのレベルの充実を期待するのは無理があるが、良質の本格ミス
テリ集になっていることは間違いあるまい。欲を言えば、この系統のロジッ
ク・パズルがもう一編でも含まれていたらなぁ。           

「二つの鍵」とその他の作品との落差は結構大きいが、この短編を未読の読
者(特にロジックを愛するミステリファン)には、お薦めできる作品集だろ
う。短編集としては比較的端麗。採点は
7点としたい。        

  

8/26 犬はどこだ 米澤穂信 東京創元社

 
「さよなら妖精」に続いて、2作目のミステリ・フロンティア。狭義の意味
で云えば、氏の作品中最も”ミステリ”になっている作品である。登場人物
の年齢設定も全作の中で最も高く、ラノベに馴染みの薄い大人な読者や、一
般的なミステリ・ファンには、最もお薦めしやすい米澤作品だろう。  

 それでいて米澤テイストは健在。相変わらずの力の抜け具合が、読み心地
やユーモア感にいい具合に響いている。”堂の入った抜けっぷり”という域
に達していると言っても良い。ただ全作品の底辺に常にそういう印象が流れ
ているのは、下手するとカラーの統一と云うよりは、ワンパターンと捉えら
れることもあるかもしれない。たまには違う色も見せて欲しい。    

 小ネタの積み重ねでなく、筋の通った流れで見せてくれるところは、むし
ろ心地良い。既存作にはなかった構造だが、チマチマとした印象を与えるよ
り、すっぱりと捨て去った本作の方が好感度高いのでは。大人の読者向けと
したい所以の一つでもある。                    

 題名のセンスの小憎らしさは、本作がベストかも。ラストまで読まないと
これにニヤリと出来ない、という仕掛けになっているのだから。    

「クドリャフカ」を氏のベストとしたが、第2位を選ぶなら本作。繰り返し
になるが、大人な読者(必ずしも年齢を意味するわけではありません)の米
澤登龍門には本作がピッタリだろう。採点も
7点としたい。      

  

8/31 サマー/タイム/トラベラー1・2
                新城カズマ ハヤカワ文庫JA

 うーん、なんだか乗れなかった。文体の件から入っていくのは私としては
異例だが、「カッコつけて書こう」というのが透けて見えるように感じられ
た。これは私個人の印象で、一般の評価ではむしろ褒められてしかるべき文
章だとも思うのだが、どうも感性の問題らしい。「その時の僕らには…」的
な、”引き”の文章がやたら多いのも気になってしまった。      

 タイム・トラベルというのは自分としてもお気に入りのテーマで、それら
の文献を集めたり分析したりする部分は、ガイドブック的な楽しみも絡んで
良いと思う。でもその割に、いざ自作の時間跳躍となると、変に概念的で意
味不明。とても受け入れ難い内容。概念と現象が合致している必然性も検証
性も全く感じられず、これを押しつけられてもそのまま納得できない。 

 ミステリ仕立てになっているあたりも評価は分かれそう。こんなところは
全部削って、”2巻に続く”みたいな引きは全て無くして、一巻で完結の青
春タイム・トラベル物ってな爽やかさで読んでみたかったぞ。     

 妙なところでSFチックな部分があったり、人物設定がぶっとんでたり、
細部の凝りようにアニメ的着想が大きく感じられる。好きな人は好きだろう
が、馴染めない人もいるかも。採点は
6点。             

  

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