ホーム創作日記

 

12/3 冷たい校舎の時は止まる 辻村深月 講談社ノベルス

 
 メフィスト賞で上中下巻という長丁場に凄く不安感を感じていたのだが、
さほど苦にならずに読了することが出来た。青春小説としてちょっと甘い程
度の苦さが、自分としては結構心地良い程度に感じられたせいだろうか。あ
まりにも痛い話ばかりだと気が滅入ってしまうものね。        

 また「ホスト」が誰なのかという根幹の謎がしっかりと物語を貫いている
ので、それも読み進められる大きな原動力になっている。中巻は中だるみ気
味ではあるが、青春小説部分に付いていけさえすれば、この謎の魅力で一気
に最後まで進んでいけるのではないかと思う。            

 たしかに読書中はこの謎の解決だけで、3冊を読み通すだけのカタルシス
を与えてくれるのか、という別の心配もあったのだが、全く別の方向からの
意外性が潜んでいたことに心底驚かされた。こんなことが成立するのならな
んだって出来るやん、一体みんなの意識はどうなってたんだろ、という微妙
なずるさは感じられるが、納得感はある。              

 読み(というよりミステリ者としての勘)は結構当たっていたものの、こ
の意外性があることで、充分に解決としての重み(満足感)を確保出来てい
るのではないかと思う。採点は
7点。                

  

12/8 さよなら妖精 米沢穂信 東京創元社

 
 これまた青春小説。ミステリとして捉えればかなりの異色作品になると思
うが、青春小説として爽やかで甘酸っぱく、それでいて社会性を内包してい
る作品。ライトノベル系の読みやすさを持ちつつ、大人(色んな意味で)の
鑑賞にも耐える作品になっているのではないかと思う。        

 青春小説として語るのはこのサイトの役割ではないので、ミステリとして
の観点からやはり見てみよう。先に「異色」というように表現したが、本作
の謎はWHOでもHOWでもWHYでもない。それでもこれはまさしく「推
理」小説である。数々の伏線を組み合わせてまさしく「推理」が行われる。

 中途でも「日常の謎」的な小さい謎解きは幾つも出てきて、他作品の書評
をネットで読むと、それもこの人の持ち味の一つのようなのだが、比重とし
ては大きく最後の「推理」に偏っている。              

 結論自体はさほど意外性があるものでもないのだが、推理の拠り所となる
伏線はなかなかセンス良く捻られていて、読み心地はよい。      

 ミステリとしては比較的良質ながらも6点とするが、ボーイミーツガール
の青春小説でありながら、社会派の要素を持ち、ラストの余韻もいい。スト
ーリー派の読者にはより受け入れられる作品だろうと思う。      

  

12/10 霧の迷宮から君を救い出すために
                  黒田研二 ジョイノベルス

 くろけんさんの良いところも悪いところも、一緒くたにたっぷりと味わえ
る作品。                             

 まずは限定条件設定の巧みさ。色々と手を変え品を変え、作品毎に様々な
限定条件を作り出してくるあたりの面白さ。「今日を忘れた明日の僕へ」
有名な設定の再利用だったが、本作の限定条件は新規性が高い。「動く物だ
けが見えない」という特殊な状況はさすがに今まで見たことがない。勿論ミ
ステリとして設定をきっちりと取り込んだ作品になっている。     

 私にとっての悪い部分は、またしてもの読後感の悪さ。読者が感情移入す
るだろう人物を平気でひっくり返したりする底意地の悪さ。複数の作品でこ
ういうことをやってくるものの、それが”意外性”という要素でミステリの
カタルシスにつながった試しはないように思う。           

 但しこれも個々人の感性で、完全な勧善懲悪なんてつまんない、このくら
いブラックな方が心地良いんだよん、という読者も多いのだろうな。でも、
読者としてのくろけんさんって、そういう感性だったっけかなぁ?   

 その他にも、伏線の巧みさ、キャラクタ造型の弱さ、ストーリーは起伏に
富むものの、リアルと作り物との境界が曖昧だったり、良さ悪さが相まって
評価は難しいところ。個人的には平凡な
6点あたり。         

  

12/12 誰でもない男の裁判 A.H.Z.カ 晶文社

 
 EQMMコンテストの上位入選作を中心とした作品集で、楽しめることは
間違いないと思うのだが、ちょっと癖がある。アイデアと毒と小説のテクニ
ックとを、誰が読んでも受け入れられるような形で提供してくれる、ロアル
ド・ダールやスタンリイ・エリンとはひと味違う。          

 どう違うのか表現するのは難しいのだが、詩的だったり、哲学的だったり
本格味が高かったりしながら、妙に文学的。深みがあるが故に、当然その分
の面白味を感じることが出来るわけなんだけど、深みがあるが故に、意外に
すんなりと「いい話」読んだな、という気分になれないというのか。なんだ
か個々の作品が、一つのかたまりとして受け止めにくい感じ。     

 とりとめのない漠然とした印象批評で申し訳ないし、こういうこと感じる
のも少数派なのかもしれないのだけれど、そういうわけで何故か自分として
はそれほど乗れないまま最後まで読み終わってしまった。       

 恒例のベスト3を選んでみても、表題作、「虎よ!虎よ!」「姓名判断殺
人事件」と、あんまり面白味のない平凡なセレクトになってしまったかな。
読めて良かったぁ〜という程でもなかったか。採点は一応
7点。    

  

12/17 魔術王事件 二階堂黎人 講談社ノベルス

 
 通俗探偵小説。これは”新本格”とは呼ばずに、完全に”旧本格”と呼ば
せて貰うことにしよう。きっと作者本人も本望だろうと思うし。    

 というわけで、「通俗物らしく」と言うべきか、本作の犯人がわからない
読者などまず存在しないだろう。ちょっと言い過ぎかな。いやま、全部が全
部って程ではないにしても、少なくともある程度は予想出来るはず。  

 そういった状態でこれだけの長さを読まされるのだから、やはり辛い。古
き良き探偵小説っていうよりは、思いっきり通俗探偵小説なのだから、旧本
格が大好きな人間にとっても、楽しめる人は限定されてくるだろう。  

 意外にバカミス系のトリックがいい味出してるところはあるので、トリッ
ク愛好家には受け入れられるとは思う。しかしなぁ。「わかってるってば」
って思いながら読むミステリって、「こいつが犯人」って配役だけでわかる
2時間ドラマとどっこいどっこい。そりゃあ蘭子じゃなくったって、出てき
た途端に解決出来るさって気がしちゃうもの。            

 採点は低め6点。ラビリンス・シリーズ、読むまでもなかったかなぁ。

  

12/17 万物理論 グレッグ・イーガン 創元SF文庫

 
 そうか、イーガンって、基本的には「ほら吹き話」なんだ。古くは「ほら
吹き男爵」から、SF界で言えば「泰平ヨン」のスタニスワフ・レムや、こ
の人を忘れちゃいけないよね、のR・A・ラファティにつながる、ほら吹き
の系譜。そして、その奥底にあるのは多分無意識の”自分語り”。   

 勿論こんなこと書くと、「SFってジャンル自体がそもそもほら吹き話じ
ゃん」という指摘もあることだろう。もっともだ。でも、そんな中でも、す
ました顔して大嘘(極端な奇想)付くのを、心の中だけで喜んでそうな作家
って、そうそう沢山いるわけじゃない。いるのか? いや、ここは少し大人
になって貰って、この場では「いない」ってことにしといてくれ。   

 というわけで、そうはいないってことに決まった。普通のホラ話がユーモ
アでくるんでるところを、イーガンはサイエンスで包み込んでるわけだ。い
ない中から探してみれば、きっとバリントン・J・ベイリーが同タイプ。

 ホラ話を別の何かでくるんだ作品。これってほら(洒落じゃない)、まさ
しく”アレ”と一緒だよね。解説にも書かれているような、アクロバティッ
クで大胆な奇想。圧倒的なめまい感。他では味わえない興奮。     

 そうか、イーガンって「バカミス」と同じなんだ、、、採点は7点。 

  

12/20 ほうかご探偵隊 倉知淳 講談社ミステリーランド

 
 どうにもつかみどころのないミステリ作家、倉知淳。求められれば外して
くる、というようなスタンスでやってきそう。でも、そんな事前予測は大外
れ。意外や意外、これまでのこの叢書の中で、最もちゃ〜んと”子供向け”
になっている作品。他の作家が年齢層高めな作品を繰りだしてくるの見て、
かえって”ジュブナイルの王道”な路線で逆の意外性を狙ったのか?  

 そういう要素を高く評価して、この叢書中「くらのかみ」「虹果て村の秘
密」
に続く第3位に認定! 読んでて気持ちよく、子供にも是非読ませたく
なる内容で、ミステリ的にも充分納得。久々の爽快感じゃないか。   

 たしかにミステリとしては小粒ではあるんだけど、ちょっと小狡っこいネ
タが盛り込まれたりしている。その辺がまた「ほらほら安心してちゃいけな
いよ」と、ちょっとだけ大人な(?)ミステリのテクニックで小粋だね。敵
は(いやさ、若き読者のことね)そうそう完全なるずぶの素人ってわけじゃ
ない。コナンなんかは結構読み込んでたりして、いっぱしのミステリ通を気
取ってたりもするかもしれない。そんなお子ちゃまに効果的な仕打ち?!

 今では多少印象が変わっているが、この叢書が出たときに「こういう作品
が出るのだろう」と思ったイメージ通りの作品。
7点としたい。    

  

12/21 大相撲殺人事件 小森健太朗 ハルキノベルス

 
 京極夏彦「どすこい(仮)」の流れをくむ由緒正しき相撲ミステリ、、、
ってのは当然嘘だが(そもそも京極作品はミステリではないし)、どっちも
バカであることには何の疑いもないだろう。             

 力士そのものが、つまりはバカなのだ。いや、力士本人が皆バカである、
というような失礼なことを主張するつもりはさらさらない。その存在性その
ものがバカなのである。その常識をかけ離れた体格がバカ。その常識をかけ
離れた怪力がバカ。                        

 極論を言えば、本来常識を大きく越えたところに突き抜けたものは、全て
がバカなのだ。相対性理論もバカ。「翼ある闇」もバカ。メダルをことごと
くかっさらっていくイアン・ソープもバカ(に近い、という表現にしておこ
う。ちなみに慰安ソープと漢字変換されちゃったのは、ちょっとヤだ) 

「ただのデブ」から「力士」へと至る、その突き抜けた部分、その突き抜け
ようこそが、まさしくバカなのだ。そして、力士が本来内包するその「バカ
属性」に(私の知る限り)初めて注目した人物こそ、かの大阪圭吉なのだ。
嗚呼、あの美しくもおバカな短編(良い子のみんなはわかるよね?)  

 いやいや、相撲とバカミスの系譜を語りたいのではなかった。つまりは上
記のようなわけで、本書はバカである。当然の流れとしてバカでなくてはい
けない。実際に展開はとんでもなくバカなのだ。幕内力士の半数近くが死ん
だりしてるし。でも解決はと言うと、意外に普通ぅ〜なトリックが使われて
るのだ。そのアンバランス感は”おかしみ”の領域までは達していない。こ
れじゃバカになりきれてない。バカなふりしといて真顔になられても、それ
じゃバカに乗ってしまってたわたしはどうなるの、と問いつめたい。  

「好きだ」と言いたいのに言わせてくれないのよ。採点は6点とする。 

  

12/27 龍臥邸幻想 島田荘司 カッパノベルス

 
 御手洗と吉敷の華麗なる競演、、、ってぇほどの豪華さはない。同人誌ノ
リを体得した(苦笑)島荘の、ファン・サービスだと思っておいた方がいい
くらいだろう。そもそもこの両シリーズが融合したからといって、ミステリ
的に意義のある展開が望めるはずもない。それこそ「龍臥邸事件」のラスト
での「ええっ〜〜!」だけで充分なのでは。それ以上は蛇足や惰性に過ぎな
いのではないかと思う。                      

 みんなもミーハー気分で喜んでるだけじゃなくて、どんどん言っていこう
よ。「こなくそ〜、お前らをあっと言わせてやる〜!」と発憤してくれるく
らいに。そのためだったら幾らでも意地悪な役演じられる。御手洗と吉敷の
シリーズ融合だからこそあり得る、驚天動地の展開を見せて欲しいよ。 

 で、肝心の本書のミステリネタだが、大技系バカトリックに分類出来るだ
ろう。氏の得意ジャンル。なんだけど、この一発ネタ系でこの長さに見合う
価値はないだろう。「魔神の遊戯」「ネジ式ザレツキー」と、2年続けて気
合いが入った作品が読めただけに期待したのだが、これは期待はずれ。 

 氏本人は「森孝魔王」の伝説書きたかっただけなのかなぁと、邪推するく
らい物足りない出来。採点は
6点。御手洗の帰国と共に、御手洗物らしいミ
ステリの復活を望みたい。加納通子はどうでもいいからさ(極論)   

  

12/28 生贄を抱く夜 西澤保彦 講談社ノベルス

 
 嗣子ちゃんシリーズ第7弾。前作でも書いたように、短編集が出るたびに
特徴が変わってきている。今回も心理(それも嫌らしい心理ばかり)を中心
に据えた作品集なのだが、レギュラー陣の出番が極端に少なくなっていると
いうのが、大きな特徴になっている。                

 というわけで、既にシリーズの最大の特徴でもあった、推理のバトルロイ
ヤルという形式はどっかにいっちゃったわけである。前作では特徴の変化と
してそれなりに楽しんだものの、ここまで徹底的にシフトしちゃうと、やは
りミステリとしての物足りなさを感じずにはいられない。西澤流のものすご
くえげつない心理だけでは、読んでて疲れてしまうもの。       

 その流れを吹っ飛ばしてくれるような軽快なバカミス(?)「情熱と無駄
のあいだ」が本書のベスト。このくらいおちゃらけた作品もたまにはいいよ
ね。心理の嫌らしさでは本書随一の表題作と、ミステリ仕掛けとしては一番
まともな「動く刺青」でベスト3とする。採点は
6点。        

  

12/29 fの魔弾 柄刀一 カッパノベルス

 
 誰も言わないだろうから私が言ってみるが「昨年度は密室の年だった!」

 勿論国際児童年みたいな公的なものではないので、ゴダイゴがテーマソン
グ作ってくれたりはしないのだが(って25年前かよ!)、これだけ新規で
度肝を抜かれる密室トリックが出揃ったのは、日本ミステリ史上でも極めて
希有な出来事ではないかしらん?                  

 まずは新人の手による斬新壮絶とんでもトリック「鬼に捧げる夜想曲」
バカ系では誰にも負けられぬ、霞流一「ウサギの乱」の”絶”なトリック!
”現代の密室”という点では近年ピカイチの貴志祐介「硝子のハンマー」!

 そしてもう一冊が本書である。極めて現代的でありながらも、ある意味古
典的。まさか今更、新たな「
ユダの窓」を見つけ出す人が出てくるなんて、
ちょっと想像の範囲外だったよ。単純ながらも精密。しかも完全に心理の逆
手をついているのが、なんとも鮮やかな名トリック。         

 核心はこの密室トリックに尽きるのだが、それを活かすための小説構造も
なかなかに凝っている。作者自身が言っているように「都会的な雰囲気のす
る」作品である。より一般の人にも読みやすい作品になっている。小道具も
なじみ深いものなだけに一層。核心はトリック小説でありながらも、パズル
を感じさせないパズルにしたいというう狙いは成功していると思う。ミステ
リプロパーにとっては、ちょっと好きずきではあるのだけどね。    

 こんな盲点トリックを見せつけられたら、採点7点は固いところだ。 

  

12/31 パズル アントワーヌ・ベロ 早川書房

 
 表題の言葉を見ると、個人的には灰色の脳細胞を駆使しまくるような、ペ
ンシルパズル系の物が思い浮かぶのだが、一般的にはこちらの方がイメージ
されるのだろうな。ここで言うパズルとは、ジグソーパズルを指す。  

 だから本書が「本格パズル小説」と謳われていることに、全く間違いはな
い。本書が「本格ミステリ」であり、ガチガチの「パズラー」であろうなど
と期待するのは、「裸で絡み合う恥ずかしい写真」という謳い文句で、相撲
の写真を買わされてしまうようなものだから(筆者の経験談ではない) 

 、、という意地悪な表現をしてみたが、実は半分ネタ。覚悟していたほど
いい加減な解決じゃなくて、意外な犯人や意外な動機やらをちゃんと志向し
た作品になっているのだ。現代芸術なんてわかんないよぉ〜と展覧会に連れ
て行かれたら、おっ割と理解可能、イケル、イケル、みたいなノリ。  

 たしかに多少エキセントリックでぶっ飛んではいる。本書全体がジグソー
パズルのピースのように、どこにあてはまるかわからない細部の断片として
構成されている。でも、冒頭の謎と解決が四隅のピースのようにカッチリと
はまって、全体としては一つの絵柄が浮かび上がるのだから、現代物として
は比較的良くできた作品かもしれない。勿論本格を志向した作品ではないけ
どね。変わった小説がお好きな人にはお薦め。採点は
6点だろうな。  

  

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