ホーム創作日記

 

6/1 煙か土か食い物 舞城王太郎 講談社文庫

 
 以前、講談社で「山ん中の獅見朋成雄サイン本」プレゼントという企画が
あった。「舞城王太郎氏への応援メッセージ」を書いて応募しろってことだ
ったから、以下のような戯れ文を送ってみたことがある。外れたけどさ。

 今更こういうもんを引っ張り出してきたのは、3年という長い時間をかけ
てやっとこさ手を出せる自信が付いて、デビュー作を読んでみたにも関わら
ず、やっぱりこの時と同じ気分を味わってしまったせいだ。      

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俺はあんたが嫌いだ。だってあんたは危険だから。          
俺はミステリを愛してる。誰にも奪われたくない。          
だから、俺はあんたを読まない。そうさ、今まで一度だけ読んでみたんだ。
密室本とかいうバカな企画本を出してるとこがあってさ。       

俺もバカだから全冊読破しちゃってさ。その中にあんたもいたんだよ。 
そのときの感想をここに書いてみるよ。               

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   ここに「世界は密室でできている。」の書評を挿入していた。  

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ほらね。やっぱりあんたは危険だ。だから大嫌いだ。         

サイン本だって? 絶対送ってくるんじゃないぞ。          
読んじまうだろ。                         
俺はミステリを愛してるんだってば。                

でも、これって、「大嫌いだ!」っていうラブレターだよな。     

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 強烈な個性なだけに、最初に触れた舞城作品が各々にとっての、ベスト舞
城になってしまうことも大いにあるだろう。だから「日本ミステリ百選」
セレクトは、現在のままで変更はない。               

 今回は意地でも7点あげない。6点にしておく。さて、次の作品を読むと
しても、また3年後くらいかな。今度は5点付けてやる。そしてそれっきり
オサラバさ。だって大嫌いなんだもん。そう思いたいんだってば。   

  

6/2 牙王城の殺劇 霞流一 富士見ミステリー文庫

 
 レーベルを意識してヤングアダルト向けになってはいるが、ミステリとし
てもお子ちゃま向けになっているというわけでもない。全般的にはシンプル
で、取っつきやすい作品に仕上げた、正真正銘の霞作品であろう。   

 大掛かりな物理トリックから、ギャグなトリックまで、霞節は全開。ファ
ンにとっても満足できる作品に仕上がっているのではないかと思う。オバカ
度合いも、良く訓練されたワニから騎士の駕籠につながるあたりの、漫画的
脱力から強引にミステリへと投げ返すあたりが「技あり」の出来映え。 

 ちなみに霞作品全般で、この「漫画的」というのはデフォルトの仕様。動
物尽くしの世界観で、リアリズムなんてぇのを目指すつもりは毛頭無いわけ
で、作り物の遊戯性こそが中心にあると思う。そういう意味ではラノベ系の
レーベルはお似合いなのかもしれない。               

 ただし、ギャグのノリが根底にあるのに関わらず、作品としては意外に残
虐性が引き立ってしまう特徴が氏にはあると思う。敢えてそういう要素を抑
えざるを得ないあたりが、氏にとっての制限になりそうだけどね。   

 意想外に楽しめた作品であったが、メイントリックはそれほど感心しなか
った。フォート探偵団のキャラ造型も盛り上がりに欠ける。採点は
6点

  

6/6 異常者 笹沢左保 徳間文庫

 
 シンプルでありながらも意外性を孕んだプロットに、いささかご都合主義
的な展開。これも笹沢左保の特徴の一つではないかと思う。この二つは決し
て矛盾したり、技術的なレベル差であるわけではないのだろう。    

 エンタテインメント性重視の笹沢流テクニックだと考えていいと思う。ご
ちゃごちゃと錯綜したプロットで意外性を演出する作家もいるが、よりシン
プルで明解な意外性を氏は選択する。そのシンプルさとスピード感を重視し
て、プロットを展開するテクニックとして多用しているのだと思う。  

 本書にもそういう要素が強く感じられる。主人公の行動がことごとく正解
を射抜いていく当たりは結構な強引さをも感じさせるが、最終的にこれだけ
の構図を描いてみせるには必要だったとさえ思える。基本的にはシンプルな
んだけれど、その構図はずっしりとした重量感をも感じさせる。    

「求婚の密室」とほぼ同時期に書かれた作品で、ミステリとしての構築ぶり
と、風俗味強く社会風刺をを踏まえた動機を兼ね併せた力作。犯人の意外性
はさほどではないが、じっくりとした描き方はよい。7点に近い
6点。 

  

6/10 てるてる あした 加納朋子 幻冬舎

 
「ささら さや」の続編という位置づけだが、前作からつながる正統な続編
ではない。同じ舞台と同じ登場人物達を使って、複数の物語を紡いでいくと
いう趣向になっていくようだ。佐々良町シリーズ第2弾という感じか。 

 ここでもまた不思議は起こる。そして不思議は謎を生む。謎を謎のまま残
すのがファンタジーで、その謎に解決が付けばミステリ……いいや、そんな
単純な図式に当てはめるのが、必ずしも美しいわけではない。     

 ファンタジーとミステリを軽やかに結びつける手腕は、彼女の独擅場。本
作でもまたその絶妙のブレンドを味わうことが出来る。        

 しかしながら、本書が完全にいつもの加納サマかと思えば、ちと勝手が違
う。これまでは比較的彼女と等身大の主人公だったと思うのだが、今回の主
人公は結構ひねた女の子。この境遇じゃ仕方ないけど。それでもやっぱり悪
意のない素敵な話を紡いでくれるのは、ファンにとっては嬉しく、そうでな
い人の一部にとっては物足りないところであるのかもしれない。    

 ちょっとひいきではあるのだが、採点は7点としたい。       

  

6/15 三百年の謎匣 芦辺拓 早川書房

 
「物語の復権」を謳う氏の、心象風景とも言えそうな物語形式の断片達に、
ミステリ界随一の技巧派たる氏のテクニックが折り込まれた一品。   

 とにかく技巧に関しては、他の追随を許さない。当然多少苦しいものが出
てはくるものの、一つ一つを短編として成立させながら、趣向を統一したト
リックを折り込んでいくなど、他の作家ではここまでやれまい。    

 一方、「物語」としての魅力はどうか? たしかに一つ一つの物語形式を
自分のものとしている技術は巧み。でも、それはつまり芦辺作品になってし
まっているということでもある。作者の情熱も伝わってくるのだが、何故だ
かエンタテインメントとしてじっくり楽しませてくれないのだ。これは芦辺
作品共通の感触で、幾つか個人的に考えている要素もあるのだが、うまく全
体的に分析できないので、印象批評だけに留めさせてもらう。     

 それぞれの短編に謎を残していくという、本書の趣向としては必然の制限
が余計そういう感触を高めている。冒頭の「新ヴェニス夜話」がネタとして
非常に面白いのだが、わかりやす過ぎというのも損をしている要素。  

 またこれだけの匣を用意しておきながら、それに比較すると匣の外が魅力
に欠けている。素晴らしい手管の作品なのだが、わずかに7点を逃す
6点

  

6/17 太陽の簒奪者 野尻抱介 早川SF文庫

 
 SFマガジン読者賞及び星雲賞を受賞した短編を長編化したもの。この長
編自体でも再度星雲賞を受賞したという、稀にみる高評価の日本SF。 

 全体としてはファースト・コンタクト物のハードSF。プリ・ファースト
・コンタクトとでも呼べそうな同題短編が前半部。後半部は堂々と正面切っ
て逃げのないファースト・コンタクト物に挑んでいる。        

 やはりというか、元になっている前半部が特に秀逸。冒頭で完璧に圧倒さ
れること必至。水星から吹き出した鉱物資源が壮大なリングを形成し始める
のだ。日照量の減少で絶滅の危機に瀕する地球。導入部では女子高生だった
科学者白石亜紀が宇宙戦艦ヤマト(嘘)で、破壊ミッションに挑む。  

 何者がどういう目的でこのリングを創造したのか、という謎解きがミステ
リ・ファンをも虜にするかもしれない。ミステリ人にもお馴染みの「星を継
ぐもの」ほど意外性を狙ったものではないが、極めて明解でわかりやすい。
その壮大な意図には溜め息が出てしまう。              

 後半部では主題が変わり、意識を中心とした哲学的な要素をも取り込んだ
ファースト・コンタクトが描かれる。ここにも謎解き属性は充分。   

 但し、小説としての深みはちょっと物足りない。元々はヤング・アダルト
系の作家のようだが、亜紀にも全く萌え要素はないし(私ってば、なんだか
そういうレーベルやジャンルに対して、偏見があるのかしらん?)   

 しかし勿論、王道にハードSFとして充分な面白さを持っているし、謎解
き要素も高い。SF者には躊躇することなく、更にはミステリ者にも充分薦
められる作品かもしれない。余裕の
7点確保。            

  

6/19 Q.E.D.20巻・21巻 加藤元浩 講談社

 
 節目だからというわけではないだろうが、20巻は久々に上出来だったと
思う。特に2作目はシリーズ中でも上位に置きたい作品。       

 まずは「無限の月」 数学話と人情話とを絡ませた殺人パズル。特にミス
テリとして目新しい要素はないが、話はうまく引き締まっている。   

 そして「多忙な江成さん」 基本的な骨格はホワットダニット。いったい
何が起きているのか? そこに満遍なくちりばめられた伏線を丹念に辿って
いくと、最後には思いがけない方角からのホワイダニットに辿り着く。ラス
トの一コマに収束していく、最終ページがお見事。やられた。     

 21巻も悪くない出来。最初の「接がれた紐」は、二つのトリックがいか
にもQ.E.D.的。おばあちゃんの知恵袋的な(?)日常のちょっとした
思いつきから生まれる密室トリックに、目から鱗的な意外な工夫で目新しく
見せる足跡トリック。文章だと許し難いが、絵なら納得させられる(?)

 次の”火サス刑事”登場編は単なるユーモア番外編かと思いきや、意外な
プロットが炙り出されてちょっとびっくり。             

 いずれも6点にはするものの、シリーズ中では充分満足できる仕上がり。

  

6/21 館島 東川篤哉 東京創元社

 
 氏のデビュー作の感想で、私は「トリックに合わせて徹頭徹尾人工的なプ
ロットで構成した、いわゆる新本格な作品に挑戦してみては貰えないだろう
か」と書いた。これがまさしくそんな作品なのかもしれない。     

 その代わり、3作目で近付いてきたと思わせてくれた「おもちゃ箱」構造
から、再び「箱の中身を当てましょう型」構造に戻ったように感じられた。
しかし上記したようなプロットでは、これは仕方ないことかもしれない。

 但し、やはりこれには大きな弱点がある。氏の基本姿勢は全く変わってい
ない。軽妙な文体と雰囲気のトリック小説。まさに今回もそのままである。
そして「トリック」小説であることは、「トリック」が見破られてしまった
時点で、その最大の価値を失ってしまうのだ。            

 たしかに今回のトリックが容易に見破られるとまでは言わない。けどなあ
自分としてはこの手の不可能状況であればまず疑う類のトリックであり、し
かも「イメージしているもの」が見えてしまっただけに、基本路線がはっき
り分かってしまった。残念ながら、本作にそれ以上の見所はないのに。 

 私が作者に期待しているのは、2作目の感想で書いたように「バカミスの
プリンス」への道である。前作、本作と充分にその萌芽は見て取れる。一つ
のトリックに寄りかからない、おもちゃ箱構造のバカミスへと化けていって
欲しいように思う。採点はまだまだ
6点だが、期待する余地は広い。  

  

6/23 模像殺人事件 佐々木俊介 東京創元社

 
 ひゃあ〜、これは結構意外かも。見かけはすっごく古臭い探偵小説。いつ
の時代のミステリなんだよ、と誰もが突っ込みを入れたくなるだろう。“包
帯男”なんて、今どきパロディかユーモアミステリか漫画でしか見られない
っての。横溝正史型のミステリを今更大真面目にやったって……    

 ってぇのが、まさしく作者の目論見通りだったとは。解説に謳われている
ように、作中の時代設定も古く見えるのに、携帯電話やPCが出てくる紛れ
もない現代であるように。時代がかった雰囲気で、これが疑いようもなく現
代ミステリであることを覆い隠していたのだ。            

「誰が殺したか? いかに殺したか? 問題はそんなところにはない」

 作中から引かれた、この帯の台詞が本書を上手く物語っている。ホワット
ダニットをメインに据えたミステリとしては、充分に秀作であると評価でき
る。最後には、なるほどこの題名ね、と納得もいくはず。       

 日本古典も読み込んだ通にこそお薦めしたくなる作品かも。あまり期待し
てはいなかったのだが、意外な拾い物だった。採点は
7点としたい。  

  

6/24 本格ミステリ05         
         本格ミステリ作家クラブ編 講談社ノベルス

 
 年々薄くなっていく本格専門アンソロジー。なんだか本格というジャンル
自体がじり貧になってしまっているような、そんな悲しい感じがしてしまう
ので、どうかこれ以上薄くするのはやめてください。         

 薄い分絞りに絞った充実のセレクションになっているかというと、実はそ
うそう期待通りにはいかないもの。これまでの中では一番物足りなかった。
ということは、この薄さで充分ってこと? 本格はじり貧? いやいやまさ
か。長編は実に充実していた一年。バランスってことにしときましょ。全体
的な小粒感から、ついに7点を逸して本年は
6点止まり。       

 さて恒例のベスト3だが、1位、2位は全く迷うことなく決定。この2作
が図抜けていて、他は2歩3歩落ちるというのが私の感触。政宗さんの企画
でも全体の印象も含めて、全く同じ結果になっていた。自分の感性がそう異
色なものではないってことが確認できて、ちと嬉しいかも。      

 さて、そのベストは三雲岳斗「二つの鍵」 昨年度の法月作品のような、
ロジック・パズルの秀作。論理好きな方にも薦められる逸品。     

 第2位はトリック・メーカー柄刀一らしさが発揮されたバカミス「光る棺
の中の密室」 トリックを生かし切るプロットの巧さも光る。     

 残る一角が混戦模様。意外に良く出来た犯人当て、小林泰三「大きな森の
小さな密室」と迷ったが、ここは「騒がしい密室」を選択。先日某所にて、
本書にサイン頂いた竹本健治先生、どうもありがとうございました。勿論そ
れが理由ではなくて、ライトミステリなパズルとしての丁度良さが魅力。

  

6/28 愚者のエンドロール 米沢穂信 角川スニーカー文庫

 
 ライト・ノベルス系もきっちり抑えているミステリ研後輩に、どれがお薦
めか聞いたところ「これだけは読んでください」と涙ながらの懇願を受けた
(多少誇張有り)のが、この古典部シリーズ。本当は順番通りに読むべきだ
ろうが、まずはブックオフで入手できたこの第2作から。       

 なるほど。なるほど。たしかにこれはいいね。ライト・ノベルスな語り口
で、ライトな本格ミステリをやってくれている。何より雰囲気が良い。メフ
ィスト賞系の奇をてらったキャラ設定と人間群像には、けったくそ悪い印象
しか抱けなかったのだが、これはちゃんと青春小説っぽくていい感じ。 

 勿論ミステリとして飛び抜けた良さがある訳じゃない。映画の結末探しと
云えばモロ我孫子武丸「探偵映画」だし、とてもとてもそれに叶うべくもな
い。中途の推理もほんとにしょぼい内容で、ラノベ版「毒チョコ」と評する
のは、とてもとてもおこがましい。だけど、ちゃんと捻ったり、頑張ってる
度合いは心地良い。ラノベでこのレベルは期待以上だろう。      

「面白い」とか「雰囲気がいい」とか、感想まで軽めになってしまうが、だ
ってそういう感じなんだもの。読んで満足。このシリーズはちゃんと全作読
もうと思う。だけど7点出すほどではないか。採点は
6点。      

  

6/30 クリスマスに少女は還る           
 
             キャロル・オコンネル 創元推理文庫

 
 問題作だということは当然知って読んでいる。だからというわけでもある
まい。知らずに読んだとしても、きっとこれは許してしまうし、やっぱり感
動してしまうと思う。  ……これは美しいのだ……         

 ミステリとしては特に優れた作品ではない。犯人捜しの要素も大きいのだ
が、そこに本書の主眼があるわけでもないだろう。小説として引き込まれる
面白さ、その最大の要素はやはり2人の少女のキャラクターにある。  

「みなさんはあの子を愛さずにはいられなくなるわ」という作中の台詞。そ
れが本書を見事に語っている。その”みなさん”は作中の人物達のみが当て
はまる言葉ではない。読者こそがその資格にふさわしいだろう。    

 また、うまくアシストしているのが、この邦題。原題よりも随分といい、
”帰る”ではなく、”還る”と当てるところなど、もう絶妙。     

 最後にやっぱりこの一文を引用しておきたい。「あたしにあんたを置いて
いけるわけがないでしょう」 うんうん、サディー、君は頑張ったよ。 

 問題作であることを考慮して差し引いても、やはり採点7点は与えたい。

  

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