ホーム創作日記

12/2 増加博士と目減卿 二階堂黎人 原書房

 
 カーの贋作というよりは、メタミステリが主眼のパロディ小説集、、、と
言い切ってしまうのは躊躇してしまう。密室ミステリ集と言ってしまうのも
また難あり。というのもこの3作の短編、1作目がメタ度が一番高く、密室
物としては一番弱い。3作目が密室物としては一番秀逸で、メタ度は最も低
い。どちらが主軸なのかよくわからん、というのが正直なところだ。  

 まずは「「y」の悲劇」 以前の書評でも触れたが、死の真相自体は結構
好き。こういう特殊な設定が必要だからこそ、メタを持ってくるのは理解出
来るところ。但し、犯人云々の部分はやりすぎだと思う。       

 続いて「最高にして最良の密室」 目張り密室の解答は、現実の事件にし
てしまうにはちょっと無理があるかな。でも”だからメタ”というのはちょ
っと安直。密室物としても、メタミステリとしても中途半端。     

 最後の「雷鳴の轟く塔の秘密」が本書では最も良くできている。2番目の
事件の真相などは、シンプルでちょっと唸ってしまった。普通に密室物短編
として完成されている。だからこそか、メタである必然性など全くなし。と
ころで、事件の謎自体は両者とも解いている訳なんだから、ピラミッドの謎
を解明した(って嘘八百だと思うけど)目減卿の圧倒的勝利なんではないか
いな、と思うのは意地悪な見方なのでしょうか?           

 パロディ性としては、口癖等を真似ているだけで、あまり見所はなかった
ように思う。しかしながら、増加博士と目減卿というネーミングは秀逸。正
反対の意味に仕上がって、お見事! 採点としては平々凡々の6点。  

  

12/3 眩暈を愛して夢を見よ 小川勝己 新潮社

 
 一昨年カルトな話題を呼んだ問題作。なるほど、これは究極の反則技であ
る。しかしながらあまりにも確信犯。ミステリの論理帰結をものともしない
堂々巡りのドグラマグラ。妄想と解体された論理とが、大きな渦を描いて一
つのテクストになだれ落ちていく、その終末の光景を美しいと見るか、醜悪
と見るか、読者は試されるかも知れない。              

 第一部はノワールもしくはハードボイルド的展開。インディーズAV業界
を舞台に、女探しの描写が延々と続く。サブプロットが入り込んではくるが
ここまでは小川氏本来の筆運びなのだろう。リアルで、ある意味安定した筆
致が、ここからどう問題作に変貌するのか、逆に不安を煽る。     

 第2部に至って、物語は変貌していく。新本格的な「どんぐりころころ」
見立て殺人。探す対象であった女の痛い過去。同人誌の作中作と、それが徹
底的に痛み付けられる様は、ホラーにも匹敵するおぞましさ。そして唐突に
も近い形で突きつけられる、謎解きとは言い難い解決。これだけなら単なる
醜悪な失敗作に過ぎないのだが、ここからが実に凄いことになってくる。

 妄想と狂気の第3部。メタの世界から、物語は解剖されていく。物語の臓
物が引き出され、ばらばらに切り刻まれ、どろどろの肉塊同士が会話するよ
うなおぞましさが描かれているかのようだ。しかし、それらも全て一つの陥
穽へとなだれ落ちる。あまりにも確信的に放たれた究極の反則技。醜悪で美
しい構造と物語。採点放棄も考えたが、熱に浮かされたように7点とする。

  

12/6 奇蹟審問官アーサー 柄刀一 講談社ノベルス

 
 これだけのトリックを一冊の中に押し詰めてもいいのだろうかと、勿体な
いお化けが出そうな贅沢な作品。見えざる手によって成し遂げられたとしか
思えない4つの神秘的な事件が、あくまでも論理によって解体される。大型
トリックではないにしても、その魅力的な謎と合理的な解決は、まさしく
田荘司
の衣鉢を継ぐと表現するにふさわしい出来映え。        

 4つの事件それぞれがかなり練り込まれたトリックが使われている。解決
には少々特殊な知識が必用とされる物が多いが、これだけの構築力を示され
ると特に不満に思うことはない。特に最後の事件などは、扼殺の痕が浮かび
上がってくるシーンなど神秘性も申し分なく、完成度の高さに驚かされる。

 犯人に関しても、それほど意外性は感じないにしても、ミスディレクショ
ンはふんだんに貼ってある。俗な動機から、意外な発展性を見せる様も良く
表現されていると思う。トリックの出来映え、趣向の統一性、プロットの構
築、動機の考察、舞台の特異性、と非常に綿密に構築された手練れの逸品。

 物理化学的トリックを厭わず、職人の名人芸を味わいたいなら、手にとっ
て損なしの佳作。採点は文句なしの7点。              

  

12/9 網にかかった悪夢 愛川晶 カッパノベルス

 
 こういうのもスピンアウトと言うのかな? 根津愛シリーズから派生した
番外編的別シリーズ。お目見えとなる本作では、半分以上愛ちゃんが探偵役
という印象が強いが、2作目以降はこの「史上最強の美形探偵」が、探偵と
してはっきりと覚醒するのだろうか? まあ確かにこの”彼”がどういう形
で登場するかは、本書の最大の見所だろう。             

 本格ミステリとしての肝心な部分は、ちゃちい津島誠司みたいで、イマイ
チの本作だが、叙述的なくすぐりがふんだんに入っているので、登場編とし
てのストーリー展開とその辺の仕掛けを楽しむのが本筋だろう。    

 しかし、キリンさんってば完全に尽くしきってますね。愛ちゃんがここま
での女の子だったら、私なんぞ萎縮してしまって例の縁談話に飛びついちゃ
うんじゃないかいな、、、などと、私としたことがキャラ萌え的発言を。

 いかん、いかん、氏のペースに乗せられず、あくまでミステリとして評価
しましょ。サイコ的趣向やトリックの出来映えよりも、演出に気を使った作
品であるため、平凡な6点。これから面白い展開が続けられるかなぁ? 

  

12/9 闇匣 黒田研二 講談社ノベルス

 
 くろけんさんには正面から密室にぶつかって欲しかったのだが、残念なが
らこれも密室から逃げた作品。これはミステリの密室じゃなくて、「密室の
情事」とかそういう類の作品で使われる場合の”密室”だものね。   

 仕掛けとしても、氏の作品にしては比較的わかりやすい部類の作品になる
だろう。薄さに似合った小粒な作品という印象を受ける。しかしながら、相
変わらず伏線の効かせ方はさすが。巧妙に折り込んだ伏線で、読者を納得さ
せてしまう手腕とその気の使い方は、本格ファンを満足させてくれる。 

 ストーリー的には、妹の死を抱えている主人公が、こういう状況にさらさ
れているということで、読者の感情移入を図っておきながら、この展開。映
画「卒業」をモチーフにした、アンチ・カタルシスな結末へ向かってのこと
とは云え、やはり後味は良くない。総合点は6点。          

 全般的に氏の作品には、そういう傾向が感じられるような気もする。本格
としての結構は出来上がっているのに、何か一抹の不満足感が残ってしまう
のは、どういうわけなのだろうか? 基本的に氏の作品は、作り物としての
本格(これは決して非難しているわけではない。私はこういうタイプの作品
の方を愛している)であるにも関わらず、人間心理の嫌な側面を描いている
場合が多いと思う。これが個人的にはアンバランス感を産み出している、一
つの要因なのではないだろうか。もっと単純に記号化された方が、楽しめる
ような気がする。これってひょっとして私ってば暗に「人間を描くな」と言
っているのかな? それもそれで問題発言のような気もするが。でも、だっ
て書き割りお芝居的「嘘つきパズル」が、一番爽やかだったんだもんね。

  

12/11 秘密室ボン 清涼院流水 講談社ノベルス

 
 意外にそこそこ単純に楽しんだことは告白しておこう。「清涼院に費やす
時間は2時間まで」という自分自身の法則も充分以上に満たしてくれるし。
さすがに氏のお薦め通りの読み方なんか、するわけないけどね。あのペース
に合わせてゆっくり読むなんて、時間の無駄使いはやめましょう(笑) 

 まあ、けなし所はそれこそ全編に渡って、ありまくり。密室○×クイズな
んて、恣意的に幾らでも出来そうなもんだし。密室についてといっても、ミ
ステリにおける密室とは微妙にずれてるしね。            

 馬鹿馬鹿しい話を臆面もなく書ける作者はそうそういないから、貴重な存
在としてその存在価値は微妙に感じておこう。だけど、いくら臆面もなくと
は云え、メフィスト作家クイズはあまりにも低レベル過ぎやせんかな? 必
要性も全く感じられないし、なんだか読者の方が恥ずかしくなってくるんだ
けど。馬鹿馬鹿しい話を書けるもう一人の作家、鯨氏「文章魔界道」での
作家回文と比較すると、そのレベル差は歴然。あれに触発されたにしても、
悲しすぎるぞ、清涼院。お遊びこそ、リキ入れてくんなきゃだわ。   

 ミステリではないけど、一応採点するなら6点。これだけ貶しておいて何
を楽しんでいたのか自分でも不明だけど、何故か楽しくはあったから(って
こんな感想じゃ全く意味はなさないよね。読んでくれた方ゴメンなさい)

  

12/11 『ミステリーの館』へ、ようこそ   
                はやみねかおる 青い鳥文庫

 
 なんと二重の袋とじ。この遊び心が嬉しいじゃないか。2段目の袋とじは
開けなくても話として成立している(勿論開けずに済ます人などいないだろ
うが) 2重の袋とじを破いてこそ現れる真相は、ミステリとしての深みを
増して、充分にその責を果たしている。パラパラめくられるとトリックばれ
ちゃうからなんて、そんな情けない袋とじとはレベルが違うぞ。    

 密室本にそのきっかけはあるのだろうが、袋とじの意味合いや、きちんと
密室に取り組んでいる姿勢など、密室本より遙かに密室本的。内容的にもか
なり大人向けを意識した作品になっているし、ノベルスから密室本として出
して貰った方がいいんじゃないかと思える出来。           

 トリックとしてはありがちではあるが大仕掛けぶりは楽しいし、袋とじの
中に逆転の真相が待っているは、と夢水シリーズの中でも屈指の出来。意外
な伏線もきちんと張られているし。赤い夢の中では、マジシャンの苦悩に続
いて、名探偵の苦悩すら語られる。ミステリ初心者から上級者まで、それぞ
れの楽しみを得られることだろう。採点は結構高めの6点。      

 いやあ、亜衣とレーチの上下段すれ違い独白趣向も楽しかったなぁ。 

  

12/15 殺しも鯖もMで始まる 浅暮三文 講談社ノベルス

 
 ファンタジー系・ホラー系の作者かと思っていたのだが、これは意外なユ
ーモア本格ミステリ。なかなかユニークな探偵造型がおかしい。    

 しかしミステリとしては、あまりにもダイイング・メッセージに頼りすぎ
ている点で、大いに減点。更にメッセージ自体が解読出来ても(しかもかな
り苦しい)、そこから犯人特定に至るプロセスが遠すぎる。メッセージ自体
の面白味はたしかにセンス良いが、使い方としてはやはり不慣れか。  

 とはいえ、ミステリっぽい細かめの伏線など、心配りはされている。しか
し何より頻繁に出される直訳格言の面白味や、山崎、ジェーン台風などのく
すぐりのユーモアが抜群。読んでいて楽しい一冊。総合点は6点。   

 ちなみに私は、きっと黒魔術系のネタなんだろう、と想像していたことを
ちょっと恥じつつ告白しておこう。サバは「サバト」の書きかけで、ミソは
「ミサ」と書こうとして、最後の横棒まで書けなかったからだと。えっ、そ
れじゃ書き順が違うんじゃって? なんのなんの、そういう実例はたっぷり
ありますよ、ね、二階堂さん(参考図書:「増加博士と目減卿」)   

  

12/17 ファンタズム 西澤保彦 講談社ノベルス

 
 いかにも仕掛け型ミステリという顔をしておきながら、最後にうっちゃり
を喰らわせてくれる。それが読者に対して”心地良さ”を生み出しているか
どうかを成功の基準とすると、はっきりこれは失敗作だと思う。    

 西澤ミステリを期待する読者にとっては、裏切りのような作品。表紙裏の
作者の言葉『「本格」でもなければ「ミステリ」でもない』を、しっかりと
肝に銘じて読むべき作品。これさえもなかったら、久しぶりに放り投げたは
ずだ。幻想ホラー小説を目指したのであれば、はっきりその道筋を辿って欲
しい。中途半端にミステリに片足を置いたような描き方が大いに不満。 

 どうせこう書くのなら、どうしてカーの「火刑法廷」をやってくれなかっ
たのか。非常に面白い西澤的着想の仕掛けは施されているのだから、一旦は
そこで収束させて欲しかった。それだけの実力は持った人のはず。”密室”
に代表される本格のガジェット(最近の流行り言葉で使ってみたかったのよ
ん)を盛り込みながら、この扱い様では本格者としてあんまりでは。  

 批判的意味合いを大いに込めて、採点は5点とする。講談社ノベルス20
周年の掉尾を飾るには、あまりにもふさわしくない二股浮気作品。   

  

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