7/7 密室犯罪学教程 天城一 日本評論社
永遠のアマチュア作家の、遂に出た初めての作品集。本書にもエッセイを
寄せている山沢晴雄氏と作者は、非常によく似ている。密室の天城、アリバ
イの山沢、二人ともアンソロジーの常連作家でありながら、一般には見向き
もされていない。いずれもマニア向けのガチガチトリック小説の書き手で、
エンタテインメント性には明らかに欠けるので、それも仕方ないことかもし
れない。しかし、ミステリマニアの中には、彼らの作品を愛する人々は決し
て少なくない。当然私もその数多い(と信じたい)中の一人だ。 .
こうして一つに集まって読んでみると、その良さも悪さも顕著に見て取る
ことが出来るだろう。骨格だけのミステリであるため、小説としての肉付け
を求める人には、全くの不向き。着想は素晴らしくトリックとしての出来は
面白い作品は多いのだが、マニア向けの域を出ることは出来まい。 .
自分のベスト3は、まずは見えない人テーマの「高天原の犯罪」 強引さ
はあるが、不可思議を演出して見せてくれた。続いて、トリックの構成が見
事な「不思議の国の犯罪」とする。残る1作は、奇妙な論文型アンチミステ
リの怪作「盗まれた手紙」としよう。 .
しかし、本書の圧巻は「密室犯罪学教程 理論編」だろう。中でも冒頭の
長い献辞、これには圧倒される。尊敬するが故の(だと思われる)乱歩批判
と探偵小説論の熱さは一読の価値があるだろう。 .
本書は出るだけでも8点の価値はあると思うが、アンソロジーで個々の作
品を読むのと違い、弱点が色濃く見えてしまった。7点としたい。 .
7/14 ネット探偵局の推理簿 新保博久・逆密室 ワニ文庫
新し目にしましたというような題名が、逆に古めかしい感じを醸しだして
いて、ちょっとイヤーンかも(という表現も古めかしいか)。ミステリパズ
ル集だが、藤原宰太郎本とは違ってオリジナリティに溢れた作品集なので、
楽しめる度合いは大きいだろう。TV番組「マジカル頭脳パワー」のコーナ
ーを元にした、新保氏の「推理劇場 マジカル探偵の挑戦」を楽しんだ方な
ら、これもそこそこ楽しめるだろう。 .
「そこそこ」という表現にしたのは、創作集団・逆密室のメンバーの作品も
多数収められているのに、新保氏を越えるレベルの作品がなかったせいだ。
遠慮したのだと好意的に解釈してみるが、もっと奮発して欲しかった。 .
というわけで私のベスト3の1位・2位は、共に新保氏の作品。二つの小
技トリックがうまく結びついている「電波系の殺意」がベストで、大きなア
イデアをぶち込んだ「空に消えた身代金」が2位。3位に川出正樹氏の「十
五夜殺人事件」を選んでみる。”日常の謎”ならぬ”日常のトリック”とで
もいうような、シンプルなアイデアが決まってる。総合点は6点。 .
7/16 救いの死 ミルワード・ケネディ 国書刊行会
これも一種のアンチミステリと呼べるだろう。前書きで示されているよう
にバークリーの方向性に異を唱え、「推理」を主体にしながら、なおかつバ
ークリー風のアンチ性を示した作品と云うことになるのだろう。どちらかと
云えば、バークリーよりもアイルズの方向性に近いような気もするが。 .
しかし、狙いはそれほど成功しているとは思えなかった。手記の作者はと
ても感情移入出来るような人物ではなく(物語上の必然であるから仕方ない
とはいえ)、主体である「推理」自体も地道な作業の連続で、それほどミス
テリとしての興趣は伴わない。謎自体の面白味もあまり無い。 .
独自の趣向にしたって、目次を見ただけでおおよその予想が付いてしまう
ような代物で、意外性よりもやっと予定された結末に辿り着いたという、あ
まり満足味のない義務の達成感しか感じられなかった。 .
もとよりカタルシスの無さを意図されたような作品であるので、読後感の
悪さは必然の成り行き。バークリーを意識しすぎた余り、ちょっといびつで
グロテスクな作品になってしまったような雰囲気。同じアンチミステリな方
向性を示しながらも、意外に爽やかな読後感を残すバークリーと対照的。.
どちらかといえば失敗作の部類に入るのではないかと思う。採点は6点。
7/20 黄金蝶ひとり 太田忠司 講談社ミステリーランド
少年の成長を描いた、ひと夏の冒険ファンタジー。「ミステリ」という枠
で完全に括ることは出来ないんだけど、昔の少年向け探偵小説ってこういう
冒険物だったりしたよなぁ、という雰囲気を味合わせてくれる。それに「作
者当て」というメタレベルの仕掛けまで盛り込んである。各作家が巻末に寄
せている「わたしが子どもだったころ」というエッセイは、本作の場合は小
説として取り込まれているので、決して最初に読んではいけません。 .
この叢書の中でも最も本当に”子供向け”らしい作品。これは是非とも子
供に読ませたくなるだろう。「探検」と称して、一度も通ったことのない道
を探しては歩いてた、そんな子供時代を思い出しちゃった。 .
「作者」の正体が明確に明かされ、心地良いハッピーエンドの読後感。純粋
ミステリではないけれど、叢書中でも上位の7点進呈しよう。 .
最後に、余計なお世話かもしれないけれど、暗号の答を下に。自力で解き
たい人は原本に当たるか、「黄金虫暗号復号機」サイトをご参照あれ。 .
a fable about summer and children
i am here you are not alone
7/21 ぼくと未来屋の夏
はやみねかおる 講談社ミステリーランド
この叢書は作者にとってはいわばホームグラウンド。いつものはやみね節
を展開すれば、さくっとミステリーランドになっちゃうようなもん。だから
こそ、かえって何か捻ってみるのがミステリ作家というものよねん、とあら
ぬ期待を持って読んでみたのだが、さっくりと肩すかし。 .
はい、いつもの如くのはやみねかおるでありました。未来屋の猫柳健之介
も夢水清志郎とどっこいどっこいの雰囲気だし。ミステリとしても、本格ミ
ステリ的な道具立てが際立っている青い鳥文庫よりも、日常の冒険物系な要
素が強くなって、小粒になってしまった感がある。 .
実際の読者年齢層としては、青い鳥文庫よりも大幅に高いと思われるのだ
けど、むしろこちらの方が子供向けじゃないかと思う。最後まで説明し尽く
さないあたりが若干大人向けの要素かな。子供にも「かつて子供だったあな
た」にも双方楽しめて、求められている役割をきっちりと果たしてはいるけ
ど、いつもと違う何かがやはり欲しかったな。採点は6点。 .
7/27 国会議事堂の死体 スタンリー・ハイランド 国書刊行会
アカデミックな雰囲気を持つ、堂々とした風格の雄編。国会議事堂で見つ
かった死体の謎を推理するのは、現役国会議員の面々。前半はこの死体を巡
る歴史推理としての展開。数々の証拠を集めてその真相に迫っていく。ちょ
っと退屈感があるのは、その性質上仕方ないところか。 .
そして最大の山場である中盤を迎える。この転換のシーンが、そのきっか
けとなる物も含めて圧巻の面白さ。薄々とこう来るかとは思っていたけど、
それでも、いや、こりゃ、どうも凄いね。 .
で、そこからまた堂々としたミステリとしての構築ぶり。歴史推理と現実
の事件という二本立て構成ってのは、日本ミステリでの一つの大きな定型と
なっているが、こういうパターンってのはまずないのではないか。 .
この構成だけでも「勝負有り」といったところだろう。小説としてのエン
タテインメント性が抜群に優れているわけではないが、ミステリの歴史上で
も注目に値する作品であることは間違いないところだろう。このユニークな
構成に敬意を表して、実際の面白味よりも加点して、8点進呈しよう。 .
7/29 永遠の館の殺人 黒田研二・二階堂黎人 カッパノベルス
旧称(?)クイーン兄弟の最終作。とはいえ、いかにも続編が作れそうな
幕引き。いつかまた自作に使うのもどうかってくらい姑息な手段(笑)を思
い付いたら、こっちのシリーズを復活してくれるかもしれんな。 .
ちなみにふと疑問に思ったのだが、何でこの二人がクイーンなんだろう?
二人ともクイーンの影響を大きく受けたような作風ではなく、このシリーズ
にしたってクイーン的な要素はどこにもないのにね。作者当ての為のミスデ
ィレクションだとしてもなぁ。あっ、ひょっとして女王様願望なのかな?!
うーん、二階堂氏はともかく、もう一人のお方はあり得るかも(笑)? .
てな戯言はここまでとして、本作の感想をば。例によって練りに練られた
作品ではあるのだけど、個人的にはシリーズ完結編としての目論見が、結構
早い段階で見えてしまった。また、中心となるネタが、昨年度のあの作品か
ら着想したのだろうと、まるっとお見通し出来ちゃうところも残念。 .
しかしながら、奇妙な館の構造とクローズドサークルという本格の道具立
てに、サイコキラー物を組み合わせて、楽しめる作品になっているところは
さすが。死体が次々に消えていくというWHYの謎が、興味を持続させてく
れる。本作としては6点とするが、本格ミステリとサイコミステリの融合と
して、特に仕掛け物が好きな読者には注目のシリーズだと思う。 .