ホーム創作日記

7/5 月明かりの闇 J・D・カー 新樹社

 
 石川喬司&山口雅也編の、あの懐かしくも素晴らしき『名探偵読本4 エ
ラリー・クイーンとそのライヴァルたち』にて、その魅力的な原題『ダーク
・オブ・ザ・ムーン』を見て、それ以来待ち焦がれていた作品なのだ。この
名リファレンス・ブックが発行されたのは79年らしいので、実に20年以
上も待たされて、やっとこの訳書に出逢えたわけだ。ああ、近年の稀にみる
カー・ブームよ、ありがとう!                   

 勿論、玉石共に多いカーの作品中では、どちらかと言うと石に近いかも知
れない。しかし、過去の伝説とその再現ともおぼしき足跡のない殺人、犯人
とは別に暗躍する道化の記す黒板上の文字、一度消えて燃やされた案山子、
ポーの作品が暗示する殺害方法、などと道具立てはてんこ盛り。確かにその
割りには若干書き込みが薄くて、その為わくわく感に欠ける嫌いはあるが、
このふんだんに盛り込まれた怪奇趣味、謎への情熱は老いてもやはりカー。
それだけでも嬉しい気分になれてしまうじゃないか。         

 カーの新作(何度も書いているが、何度書いてもやはり麗しい響き!)と
しては、『仮面劇場の殺人』には及ばないが、『悪魔のひじの家』よりも、
いい出来だと思う。カーの新作に8点以下はなし。当然8点進呈。ミステリ
はやはり太陽の光ではなく、月明かりが似合う。月明かりと、それが作り出
す闇に生きた作家カーは、今でもやはり私の最も愛する作家である。  

  

7/16 密室は眠れないパズル 氷川透 原書房

 
 本年度の期待の新人の筆頭に上がるであろう氷川透の2作目(個人的には
もう一人くろけんさんも外せない)。デビュー作の解説で島荘が触れていた
鮎哲賞の落選作をリライトしたものだろう。特殊な人間関係や用意された舞
台があるわけではないのに、そこにいかにもミステリ的状況を作り上げ、最
初から最後まで延々とその謎解きに終始する。その姿勢は貫かれている。

 閉ざされた環境だけで終始するサスペンス性と、必然性が不可解な密室と
いうシチュエーションの謎の深さなど、総合的な面白味はデビュー作より上
かと思う。ただし、意外性や論理性に関しては今回の方が落ちる。   

 そもそも不可能犯罪のハウダニットを、消去法で論理展開するのは、問題
が大有り。不可能犯罪は、あり得ないところから、一つだけの解答を見つけ
だすのが主眼。「これはあり得ない」と消去していく中に、見落とされてい
る解答がないなんて言い切れない、という思いが残る。作者の都合による論
理展開に見えてしまうのだ。フーダニットで、複数の容疑者に対して条件を
提示し、それに合わない人を消去する作業とは、根本から違うものである。

 犯人の行動にも、無視できないほどの、心理的に大きな矛盾点がある(こ
れに関しては、ネタバレ書評へ)。作品としては充分満足作なのだが、何か
しら割り切れないしこりが残っているのである。しかし、この姿勢と今後の
期待も含めて採点は7点。デビュー作との順位は悩むが、論理性の弱さとネ
タバレに書いた大きな穴もあるので、今回の方を下位としよう。    

 

7/17 虹北恭助の冒険 はやみねかおる 講談社ノベルス

 
『機巧館のかぞえ唄』の書評で、本当の本格ミステリを我々本格ファンに向
けて上梓してくれないだろうか、と書いた。はやみねかおるが本当に書きた
いのではないかと思えるものを、と。そしてそういう動きが水面下で行われ
ているのでは、などという想像もしていた。             

 どうやら、その二つとも間違いだったらしい。ようやくここに登場するま
でに2年も立っているし、しかも、そうやって出た作品がこれだ。   

 勿論いつものはやみねかおるを読むつもりなら、これで構わない。やはり
安心して読める作品だ。爽やかな読後感も約束されるだろう。しかし、だ。
本書を講談社ノベルスとして出版する必然性が感じられない。夢水シリーズ
の方がよっぽど新本格的。メヌエット賞というジョークをやれてよかったね
というところか。作中の「映画」など、わずかに新本格性の片鱗はあるが、
そういったパロディ要素を除いては、より一層のジュブナイル化。   

 講談社ノベルスとして出るからには、夢水シリーズの奥底に色濃く流れる
本格へのこだわりを、より一般読者に向けて強く押し出した作品を期待して
いたのに。これを読む限りでは、はやみねかおるはスタンスとして、そうい
う作品を上梓する気持ちはないのだろうな。非常に残念なことに。   

 今回の採点は平凡な6点だが、でもやはり期待感は残っている。メフィス
ト連載なんかさせずに、どうか是非とも書き下ろしをお願いします!  

  

7/24 和時計の館の殺人 芦辺拓 カッパノベルス

 
『堕天使殺人事件』の書評で、私は芦辺氏を”行き過ぎた技巧派”と表現し
たが、本書などはその面目躍如の好例。和時計をモチーフにどう絡めてくる
かと思ったら、全てにおいて徹底的に絡まりまくっているとは。    

 この知的作業のレベルの高さはまさに驚異的。材料からこれだけ工夫を凝
らした料理を造り上げる腕前は、歴代のミステリ作家の中でも文句無くトッ
プクラスだろう。普通の作家なら、一つかせいぜい二つほどのトリックを作
り出せば、そこで満足しそうなところに、これでもかこれでもかと積み重ね
ていく。過剰すぎるほどにパンパンに膨らんでいたデビュー作以降も、こう
いった精神が貫かれているのも、実に素晴らしいことである。     

 でもでも、悲しいことには、その造り上げられた料理は何故だか味気ない
のだ。あえて「造る」という言葉を選んだのは、それがひょっとしてこのい
つもの印象の原因ではないかと感じているからだ。なんだか人工的な印象。
技巧が凄いが故に、それが逆に物語上の違和感さえ産み出しているような。

 これは長所に必然的に付いて廻る宿命的な短所なのだろうか?トリックや
アイデアはミステリには不可欠であり、大抵はそれを活かすためのプロット
が組まれるだろう。しかし、優れたミステリ足るには、更にそこに副次的な
トリックを重ね合わせていくことになる。それら全てを活かそうとすれば、
やはりプロットは歪んでいくか、どんどん作り物めいていかざるを得ないだ
ろう。それらが奇跡的にピタリとはまった時には、大傑作が生まれるのだろ
うが、そうでない場合には、やはりバランスをどこに置くかに、個々の作家
の資質が表れてくる。そして、やはり芦辺氏の場合は、”行き過ぎて”いる
のだと感じてしまうのだ。そういった印象がどうしても色濃く出てしまって
いる作品なので、素晴らしい構築物ではあるのだが、採点としては6点

  

7/28 前夜祭 新世紀「謎」倶楽部 角川書店

 
 昨年の『堕天使殺人事件』に続く、新世紀「謎」倶楽部での連作となる。
順に芦辺拓・西澤保彦・伊井圭・柴田よしき・愛川晶・北森鴻の6名による
もの。執筆者が半分になった分、個々の分量が増えて、前作に比較してはそ
れぞれの個性が出しやすかったはず。しかし、あまりそんな風に感じられな
いのは、状況や設定がかなり制限されてしまっていたせいか。     

 こういった連作のやり方は、個人的にはあまり評価出来ない。北森、愛川
の両氏が原案を考えて、ある程度の展開と伏線を各執筆者の義務としている
のだ。執筆者間の打ち合わせもOKというルール。ある程度の質を確保する
ためだろうけど、なんだかなぁ。連作の緊張感が薄まってしまう。   

 やっぱり連作は基本的に”自由”な方がいい。但し、無責任なフリやハチ
ャメチャを防ぐために、「参加者はこれからの展開と犯人及び解決の予想を
書き残すこと。その際に自分が担当した回の伏線や展開の説明(解決)を必
ず含めなくてはならない。つまり、自分で収拾できない展開や状況を作り出
してはならない」といったような感じのルールは必要だと思う。    

 たしかに、原案通りの『ハリーの災難』風展開は、連作としては面白い趣
向で読みやすさにも直結するのだけど、予定通りってのもちょっとシラケて
しまう。愛川氏のラストの1行などホェ〜ッと吃驚してしまうのだが、でも
これも最初から仕組まれている予定の展開だと思うと、うーむ、やはり小ず
るい感じがしないでもない。というわけで、連作にしては破天荒に伸びず割
とまとまった作品になってるわけだけど、採点としては低レベルの6点

 ところで、この本の購入理由は、なんと読者公募作だったせいだ。一応本
編での解決はあるのだが、更にその裏の解決を読者に考えさせようという企
画だったのだ(こういうものには弱い)。たしかに幾らでもネタは作れそう
ではあるので、誰でも公募に挑戦出来そうな作品。しかし、逆にそういうの
も挑戦意欲を削いだりもするので、私はお〜〜りた。         

  

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