ホーム創作日記

9/2 贋作館事件 芦辺拓編 原書房

 
 パスティーシュ及びパロディで、懐かしき探偵小説達をここに再現させた
アンソロジーの登場である。パロディの要素は程度の差はあれ含まれている
ものの、基本的にはパスティーシュの線を守り通した作品がほとんどだ。

 実を言うと私は、”パスティーシュ”という分野には、あまり魅力を感じ
ることが出来ない。雰囲気や文体を再現することに主眼が置かれ、評価もそ
こを中心に行われるのが通常である。オリジナルの世界を活かすために、そ
れほど突拍子もないことは通常しない。ある枠において、しっかりと描き込
むことが出来れば、それはパスティーシュとしての成功なのだろう。  

 しかし、”パロディ”となると、全く話は変わってくる。”枠”を定義し
て(これがオリジナルの特徴をつかむ作業となる)、その枠内で作品を作り
出すのが”パスティーシュ”なら、その枠を突き崩すのが”パロディ”とな
る。やはり、既存の常識や固定観念を打ち崩して、傑作を生みだしてきたミ
ステリとしては、この『壊す』作業を含んだ”パロディ”こそが面白いので
はないか。主に”笑い”という要素につながることを抜きにしても、私がパ
ロディに惹かれるのは、そんなところにも理由があるのではないかと思う。

 だから、もっとパロディ的な作品が欲しいところだが、その代わりに本書
には、『贋作家事件』という本書自体をパロディ化した作品が最後に控えて
いる。これで、本書の面白みがぐっと高まっている。斉藤肇は、やはり新本
格よりも、ショートショート作家としての顔が似合っているようだ。という
わけで、本書のベストは文句無く『贋作家事件』。最後のページのオチなん
か大好きだぞ。恒例のベスト3とするならば、小森健太朗で私が唯一評価し
ている作品『コミケ殺人事件』の中でも出色の1編、その完全版である『黒
石館の殺人』が文句無く当確。残り1編は北森鴻と迷ったが、オリジナルで
もあり得そうな事件を再現させた西澤保彦『贋作退職刑事』を選択。  

 合格点ではあるが、飛び抜けた作品はなく、採点としては6点止まり。

  

9/8 夜想曲ノクターン 依井貴裕 角川書店

 
 さて、とんでもなく寡作ながら、毎回次回作を楽しみにさせてくれる貴重
な新本格作家、依井貴裕のほんっとに久しぶりの新作である。こういう作家
に対しては、読者は期待感と不安感がない交ぜになった気分で待たされるも
のだが、やはり結実された作品は、そのどちらの気分をも満たしてしまうも
のであった。つまり、期待感だけを満たしてくれればいいのだが、不安感を
も満たしてくれたりしているのである。               

 本書の場合、相変わらずものすごい着想が、地味ぃ〜な作品に結実してし
まっている。アイデアのとんでも度は、新本格派の中でもピカイチなのに、
そうは思わせない地味さ。不器用な異才(失礼!)。”プロローグ(だけ)
の魔術師”中町信と、似たイメージを重ねてしまうのは私だけだろうか?

 地味さの一つ。トリック。彼の持ち味は、大業トリックではあるのだが、
切れ味がもう一つ。大業トリックは、一瞬にして決まるのが良い。天地が逆
転するような意外性は、瞬間的に理解できてこそ、大きな効果を発揮するの
だ。「えええ〜〜!、そうかっ!」と、驚きから理解へと瞬時に移行できる
のが、理想的な大業トリックである。「え〜っ!えっ?えっ?そうかぁ?」
と驚きから困惑に移行してしまっては、効果激減。最終的に「そうかっ!」
となればまだしも、本書など最後まですっきりとは納得いき辛いだろう。

 そして、地味さのもう一つ。ロジック。ロジックを推理の基本に置く貴重
な作家ではあるものの、「クイーンばりの」という常套句がどうもすっきり
馴染まない。論理のアクロバットに欠けるのである。こつこつと消去法を重
ね合わすのでなく、1本のマッチの消えさしから展開するような、ロジック
のスリルが、もっと欲しいものである。               

 トリックとロジックの作家とされていながらも、そのどちらにも華麗なほ
どの(笑)地味さを誇る依井貴裕。大業効果のすっきり感がないので、採点
6点とするが、やはり期待感と不安感をもって次作を待つことにしよう。

  

9/16 夢幻巡礼 西澤保彦 講談社ノベルス

 
 嗣子ちゃんシリーズの番外編である。今回はいつもとがらっと雰囲気が変
わって、なんとサイコキラーを扱っている。これにタックシリーズではお馴
染みの(?)親子関係の話が密接に絡み合ってくる。この屈折した心理が延
々延々と語られていて、なんだか読んでいて、痛い、痛い。サイコキラーが
下手すりゃ潔くて爽やかにすら思えかねないほど(というのは間違いなく言
い過ぎやけど)、全編が陰鬱とした親子の屈折心理に満ちているのだ。 

 だが、こういう気の滅入る雰囲気の中でも、西澤保彦は相変わらずのアイ
デアのアクロバットの冴えを見せつけてくれる。根本の動機に関しては、私
は大いに疑問があるのだが、それを除いてはミステリとしては概ね満足させ
てくれた。但し、読後感はさすがに良いものではなく、採点は6点。  

 さて、シリーズとしては、やはり鍵となるであろう”時間”という概念が
登場してきた。この流れならば、『念力密室』感想のおまけに書いた、神麻
嗣子シリーズ最終回予想
の中の、嗣子ちゃんの正体予想は当たってる確率が
高くなったのではないだろうか?しかし、それ以外ははずれ。作中の調査結
果を見ると、どうやら嗣子ちゃんは未来と現在を行き来しているようだし。

 嗣子ちゃんの最後の敵の姿もおぼろげに見えてきたところで、改めて最終
回予想改訂版を、、、な〜んて、すっごく疲れるから(笑)今回はパス。

  

9/19 人形式モナリザ 森博嗣 講談社ノベルス

 
 難読姓シリーズ第2弾。相変わらず、解釈の難しげな作品を書いてくれる
困ったチャンな森先生である。最後の1行の解釈なんて、いろいろ出来てし
まいそう。みのもんたに相談しなさいっ、というような単純な図式を当ては
めても、問題なさそうじゃないか。「心理には解答なし」であると、私は思
う。心理解釈が鍵となるようなラストシーンだけを放り出されても、読者は
完全な解釈はしようがなく、せいぜい”わかったようなつもり”になるのが
精一杯なのではないか。                      

 もうこういう人なんだと、割り切って読むしかないのだろうな。森作品は
多少煙に巻かれた感じを、いっそ楽しめるくらいの余裕が必要なのだろう。
しかし、わたしゃやっぱり、完全に割り切れた純粋パズラーの方がいいな。
きちんと解を提出して締めくくって欲しいものだ。          

 ところで、またまたこの作品でも、変な趣向が出てきてしまった。どこま
でいくのか、このキャラクターたち(笑)「黒猫の三角」の感想で書いた冗
談って、意外に結構いいセンいってたりして、、ってそんなことはないか。

 トリックも着想的には、非常に作者らしい稚気とウィットに富んだもので
あるのだが、なんだかいろんな迷彩に紛れてしまって、印象に残らない。
川シリーズ
では、やはりきちんと事件が核となって、筋が立っていたように
感じるのだが、今回のシリーズは焦点が曖昧で、ぼけぼけにぼけている感じ
を受ける。採点は6点。次作への期待がどんどんしぼんでいく今日この頃。

  

9/22 堕天使殺人事件 新世紀謎倶楽部 角川書店

 
 普段、偉そうに(ほんとは、そういうつもりは毛頭ない謙虚な人間なので
すよ)思った点を正直に書き連ねているため、辛口書評と評され、推理作家
をいったいなんだと思ってるんだ、とお叱りを受けかねない私であるが、本
書を読むと、さすがみんな本職のミステリ書きだと、感心させられてしまっ
た。二階堂黎人、柴田よしき、北森鴻、篠田真由美、村瀬継弥、歌野晶午
西澤保彦小森健太郎谺健二愛川晶芦辺拓、参加全氏に脱帽である。

 特に、やはり最も感心させられたのは、アンカーだろう。この膨らみきっ
た謎と妖しげな雰囲気の横溢を、いかなる手腕をもって、解決に導くのか?
たしかに、それにはこの人しかいない。”行き過ぎた技巧派”芦辺拓!!!

 芦辺氏のたぐいまれなる過剰な技巧が、見事に炸裂。意図されてなかった
ところから、突如導き出されてくる暗号など、まさに氏の真骨頂。紆余曲折
はあったものの、往年の「江川蘭子」に連なる、連作の伝統的なスタイルで
解決が付くのも、日本ミステリに造詣の深い氏ならではのものだろうか。

 MVPは芦辺氏で決まりだが、逆にワーストプレイヤーとなると、難解す
ぎる密室を持ち出してしまった柴田氏であろう。他の人が解決を付ける連作
なのだから、もっと逃げ道を幾つか用意して提出すべき。あれではさすがに
八方ふさがりで、強引な解決を出さざるを得まい。非本格を主体とする氏の
本格者への過剰な期待故か。他に印象に残ったのが、村瀬氏。こんなところ
(失礼!)で使うのは勿体ないほど、素晴らしいトリックで秀作なのだが、
自分で設定出して、自分で解決までしてしまう、なんてのは連作じゃないよ
ね。おかげで、芦辺氏の解決では、鬼っ子扱いされてしまったのが笑える。

 スタートがセンセーショナルすぎたか、個々の面子の個性が、発揮しにく
い展開になってしまったようだ。非常に面白い企画だったが、採点は6点

  

9/22 ホワイトストーンズ荘の怪事件 
セイヤーズ・クロフツ他 創元推理文庫

 
『堕天使』の勢いに乗って、長年積ん読状態だった本書に挑戦。セイヤーズ
やクロフツらが参加した、いにしえの連作である。ここでは、ある意味では
連作にふさわしく、ある意味では全く連作にふさわしくない試みが行われて
いる。なんと、それぞれの作者はそれまでの流れを受けて、自分が予想する
結末や創作メモを、後の順番の人に残していくシステムになっているのだ。

 一つの作品を作り上げていく、という協力型連作と考えれば、非常にふさ
わしいシステムとも言えよう。しかし、自分より前の順番の人の伏線や意図
を読み取りいかに膨らますか、そしていったいどういう手練手管で結末を付
けるか、そういう挑戦的、競作的な要素を持った競合的連作を期待した場合
には、全く不要な、というよりかえって邪魔っけなシステムと言えよう。

 おそらく連作としては、後者の方が面白いものになる可能性が高いのだ。
たしかに話が広がりすぎて、収拾がつかず、とんでもない力業を使わねばな
らない状況に追い込まれる可能性はある。しかし、それも又一興だし、それ
ぞれの作者の伸びやかな創作を、楽しむことは出来るはずだ。     

 前者の場合、たしかに失敗作は生まれないだろう。それまでの流れ(メモ
に書かれた意図)を汲んでつないでいけば、作品が出来上がってしまう。連
なる大作家達の意図を平気の平左でひっくり返す程の、剛胆で剛腕の持ち主
でもなければ、そうそう大きな冒険は出来ないだろう。それだけにこじんま
りとまとまった(だけ)の作品に仕上がってしまう可能性が高い。そして、
やはりこの作品はそうなってしまった例である。           

 更に、「結末教えてるのと一緒やん」というような、オープニングまで後
付けで加えられてしまっては興冷め。セイヤーズの細かぁ〜い創作メモ、ク
ロフツらしい展開など、個性の面白みは多少あるものの、採点は低い6点

  

9/30 パズル崩壊 法月綸太郎 集英社文庫

 
 なるほど、この作品集があってこその『新冒険』であったか、と今の時点
で読めば納得の行く作品集である。解説の神命明氏が指摘しているほどの、
確固とした意志があったとは思えないが、作家としての法月綸太郎の悩める
時期の足跡として、それなりの意味ある作品群であることは、間違いない。

 但し、それが副題であるフーダニット・サバイバルという意味合いを持ち
得るか、というのは全く別問題である。本格に対して「さまざまな角度から
亀裂を走らせる(法月)」ことが、法月以外の人に対して、いかなる意味合
いを与えるというのか。これは氏の自分自身の悩みに対する焦燥が、不完全
な形で表出した作品であり、これが意味をもたらすのは氏自身のみである。
法月自身の心中での、フーダニット・サバイバルであるに過ぎないだろう。

 しかし、結果として「本格ミステリという形式や名探偵という道具を自分
は敢えて選んでいるのだということをやんわりと表明している(神命)」と
も言え、多少なりとお得意の悩みも吐き出され、それが『新冒険』につなが
ったことを考えれば、読者にとっても歓迎すべきことではあるのだろう。

 そういう悩める法月の過渡的な非本格作品集であるため、ベスト選びも1
作だけ。本人がどう強弁しようとパロディ的な面白みが光る『ロス・マクド
ナルドは黄色い部屋の夢を見るか?』にしよう。採点は結構低めの6点

  

幻影の書庫へ戻る... 

  

  

inserted by FC2 system