ホーム創作日記

5/8 刑事ぶたぶた 矢崎存美 廣済堂出版

 
『ぶたぶた』に続いて、『刑事ぶたぶた』である。長編ではあるのだが、連
作短編集的な趣を持っている。『ぶたぶた』についつい引き込まれてしまっ
た人は、そのまま『刑事ぶたぶた』への道を歩んでも間違いはないだろう。
いきなりラジコンカー乗ってるし、コインランドリーの乾燥機の中で、ハム
スター走りしてくれるし(くっくっくっ)、かっ、可愛いじゃないか、ぶた
ぶた、オヤジのくせに、、、はっ、これってキャラ萌えって奴か?!  

 これが本当に”いい話”なのかどうかは、やはり疑問が残る気がしないで
もないのだが、ぶたぶたと共に過ごす時間が、日々に疲れた心に憩いを与え
てくれることは、きっと間違いがない。               

 登場人物達への共感が出来るかどうかなんてことよりも、ぶたぶたを含め
た光景をいつの間にかすっかり受け入れてしまっていること。そんなことに
ふと、小さな驚きを感じてしまったり。そう、今ならきっと、本当にぶたぶ
たが目の前に現れても、すんなりと受け入れてしまうに違いないのだ。 

”キャラ萌え”って言葉を嫌ってる自分だけど、こういう空間がごく自然に
創造できていることには、やっぱり素直に拍手を送りたいと思う。   

  

5/15 美濃牛 殊能将之 講談社ノベルス

 
『ハサミ男』の第2弾は、あえての意味合いを持つ横溝正史的世界。本書で
おそらく作者は、”書ける”作家であることを自ら証明して見せたのだ。

 解説氏が指摘しているように、本書は探偵小説批評としての側面を持って
いるものと思う。氏のデビュー作は(私自身はそのミステリとしての構造に
批判的であったのだが)、やはり既存のミステリの枠に囚われない、鮮烈な
印象を抱かせるものであった。2作目において、氏は今度は逆に、探偵小説
的枠組みを、ぬけぬけとそして堂々と描き上げて見せた。1作目と全く逆の
意味でのセルフ・パロディとしての成立性、ここに私は作者の並々ならぬ自
信と、それにふさわしいであろう素養と実力を感じさせられてしまった。

 批評もパロディも、作品の(あるいはそのジャンルの)”あり得べき像”
を念頭に描き得なければ、説得力のあるものにはなり得ない、という意味で
は礎を同じくするものである。こうして全く逆方向からのアプローチを取る
ことで、作者は錯覚の像のように、ミステリという象形を浮かび上がらせて
みせた。前作で私が批判の対象とした、自己撞着的パロディも、決して新人
の勇み足などではなく、ミステリに対する批判眼の産んだ確信犯的な一着で
あったのだろう。                         

 本編一つのみを取った場合、充分以上ではあるが、取り立てて素晴らしい
ものではない。私の採点も6点である。しかし、本作をもって作者は”書け
る”ことを証明し、ある意味の完結を迎えた。もはや彼は、批評やパロディ
として”ミステリとしての形式”を意識する必然性を不要としたのだ。にも
関わらず”名探偵”を登場させてしまった(とあえて表現しよう)作者が、
次にいかなる道を進むか、次作こそ真に注目に値するものかもしれない。

  

5/20 秘密(映画版)

 
 特に広末ファンではないのだが、あの原作をいかに映像化して、人の心を
打つ作品に仕上げるか、興味があったのでレンタルしてみた。     

 確かに映画として一般に公開することを前提としては、きれいにまとめら
れていると思う。刈り込みや映画独自のアイデア(中でも「剃り残し」って
のは、ポイントとして見事な効果を上げている)など、非常に”わかりやす
い”作品として丁寧に仕上げられているのはよくわかる。       

 でも、、、ああ、やはり”でも”だ。これではダメなんだ。     

『秘密』、、題名としてこの最も平凡な単語だけが置かれている意味合い。
映画という媒体では、やはりこの実に重い意味合いを描ききれない。いや、
描くことは出来るのだろうが、それを商業として成立させる困難さは容易に
予想が付くし、この辺がやはり限界になるのだろう。         

 残念ながらこの映画では『秘密』という題名は意味をなさない。原作とは
別個のエンタテインメントとしては、決して失敗作ではないと思う。原作を
読まずに見る、一般の邦画ファンにとっては、納得の行く作品ではないかと
思う。広末もかなりいい感じ出してるし(結局好きなんかい!)。”見終わ
って「ううぅ、良かったね」と、その足でカップルで食事に行ける映画”、
そういう映画としての必要十分条件を、きっちりと満足してる作品なのだ。

 最後に一つ、東野圭吾自身も講師役で出演してるので、ファンの方は是非
ともお見逃しなく〜。                       

  

5/21 真っ暗な夜明け 氷川透 講談社ノベルス

 
 珍しくもロジックを主体とした本格ミステリ。ある一つの前提を導入する
ことで、まぎれのないロジックの積み重ねで、真相に辿り着くことが可能に
なる。ミステリの醍醐味の一つとして、「解決の論理性」が必ず上げられる
ものの、それをきっちりと満たしてくれる作品は少ない。確かに論理的な解
決は当然大多数の作品で行われるわけだが、それは”妥当な推論”でしかな
い場合が多い。ここでは本来の意味での”論理”が堪能できる。    

 厳密に言うと、この”前提”自体は論理的な証明がなされているとは言い
難いが、それを主張するのは意固地というものだろう。そこからの論理はま
さに”証明”にふさわしいし、辿り着いた結論は見事に得心のいくものであ
る(少なくとも第一の事件に関しては)。この前提自体も、非常に単純では
あるのだが、それ自体充分に意表を突くもので、読者はおそらくなかなかそ
の出発点にさえ辿り着けないだろう。                

 クイーンのロジックに驚嘆し、有栖川の『月光ゲーム』『孤島パズル』の
ロジック性こそを大歓迎し、平石貴樹『誰もがポオを愛していた』のような
作品を愛する人にお薦めの作品。こういう試みは大いに歓迎したい。欲を言
えば、論理にもっとアクロバット性が欲しいところ。その為、採点は7点

 ロジックのみならず、トリックやプロット、いずれかの要素にアクロバッ
ト性が加われば、一気に期待度抜群の作家に育つ可能性もある。原書房から
出ている2作目も読むつもり。少なくともしばらくは目の離せない新人だ。

  

5/27 夢・出逢い・魔性 森博嗣 講談社ノベルス

  
 Vシリーズとしては、最良の作品。大元のネタ自体は非常にシンプルなの
だが、さすがにそれがミエミエになるような見せ方はしないし、当然それだ
けでは終わらない。やはり、基本のミステリ構造以外の部分にも、あれこれ
と”森らしさ”の手が加えられている。本書では特に動機の扱い方がソレ。

 毎回のように書いているような気もするが、S&Mシリーズでは正統なパ
ズラーとしての骨格があった。事件があってキャラクタが動いていた感じが
あったが、今回はキャラクタが動いて事件が起きる印象が強い。それに呼応
して、作品に占める事件の割合も軽くなってるようで、しかも割り切れ感が
薄く、常にどこか曖昧さを漂わせている。              

 その中では今回は、意外性の演出とシンプルな真相で、すっきりと明快。
TVカメラの前で唐突に謎解きに入っていくシーンも面白い。更に、おまけ
の趣向に至っては、真相よりも面白いのは必至(これについては、ネタバレ
書評
にて、ちょっとそのテクニックを振り返ってみることにしよう)  

 採点は6点ではあるが、久々に読んで良かったと思えた満足作。   

 ところで、Vシリーズの由来が紅子のVだったと最近知って、ちと意表を
突かれたのだった。そうか「べにこ」じゃなくって、「う゛ぇにこ」って発
音しなくちゃいけなかったのね。うーん、なんだか呼びにくいぞ、う゛ぇに
こ。このせいで1冊読み上げる時間が、数十秒は延びてしまうよな(笑)

  

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