ホーム創作日記

98年讀書録(7月)

7/1 骨喰島(ほねばみじま) 藤原京 集英社ファンタジー文庫

 
 本の流行情報のページが発行しているメールマガジンで、こういう挑発的
な熱い推薦文を読んだ。無断転載で申し訳ないが、一部掲載させて貰おう。

『一級ミステリー好きに送る、超伏兵のこの一冊。(略)新宿で黒沼に声を
かけられた長尾は、いつの間にやら、悪魔の世界に足を踏み入れ、ついに孤
島の殺人事件に巻き込まれる。そしてそこは、悪魔の作り出した、孤島だっ
た。人々が次々と殺されていく。タイムリミットは72時間。相手を倒さな
ければ依頼人が、自分さえも命が危ない。いったいこの中の誰が悪魔を捕ま
えているのか。何の能力を持っている悪魔なのか。(略)集英社ファンタジ
ー文庫と言う事で、あまり読まれていないようですが、これは超一級の本格
ミステリーです。特に古典本格ミステリー好きな方、ぜひご賞味下さい。』

 特に古典本格ミステリー好きな私としては、読まないわけにはいかなくな
るじゃないか。何軒かの本屋を回って、普段足を止めることさえないタイプ
の本棚を探し回ってしまった。この手の文庫に手を出したのは、あの名作
「タイムリープ」以来である。あれは大成功だったのだが、、、    

 さて、内容的にはジョジョ(荒木飛呂彦が少年ジャンプに連載している漫
画。彼の作品は非常にトリッキーで、ミステリファンこそが楽しめる作品が
多い)で孤島殺人ものをやってみた、という感じである。たしかにうまくす
れば、本格ミステリファンを唸らせる作品に仕上がる可能性もあるのだが、
しかし残念ながら、荒木飛呂彦と違い、この作者(と上記の推薦者23歳女
性も)あまりミステリをわかってないようである。          

 ミステリがうまく成立するためには、情報の刈り込みが必要である。素材
を生で放り出しただけでは、発散して読者の考える気力を削いでしまう。状
況や条件を限定していく中で、意外性の効果を発揮しなくてはならない。特
に、悪魔の相棒といったような特殊な条件をミステリに導入するならば、そ
れ以外の要素を極力軽くするなどして、ポイントを絞って欲しい。複数の悪
魔が関係していて、それぞれの属性は不明だし、それに加えて死体は首無し
(つまり、いくらでも交換可能な死体ってわけだ)なんてことになってくる
と、もう何でも有り、の世界だろう。これじゃ、どんな解決を持ってこよう
が、はいそうですか、としか言えなくなってしまう。         

 予知能力者は自分の死後の未来まで予知できるのか、とか予知能力者の欺
き方とか、いくつか面白げな要素はないわけじゃないが、基本的に別ジャン
ルの人間の余技小説の域を出なかったようだ。採点は6点。      

  

7/5 機巧館のかぞえ唄 はやみねかおる 青い鳥文庫

 
 ネット上では少々有名と言ってもよいであろうか、児童文学ミステリ作家
はやみねかおるである。「魔女の隠れ里」は結構気に入ってるので、今回も
またミステリファンには魅力的な題名といい、「匣の中の失楽」をモチーフ
にしていることもあり、ミステリMLでの評判も良さそうだったので読んで
みることにした。                         

 しかし、今回は以前にも増して、難しい内容だったのではないだろうか。
小学生がすんなりとこういうタイプの話に付いていけるのであろうか、かな
り疑問に思った。かと言って、ミステリの読み巧者達を唸らせる程の内容か
と云うと、それほどのものではない(と断言してしまうのもアレだが)。基
本的にはジュブナイルの文体だから、あっという間に読めてしまうし、「ジ
ュブナイルにしては」面白い、あるいは「ジュブナイルにしておくのが勿体
ないほど」面白い、という言い方は出来るかもしれないが(ジュブナイルに
対して失礼か?)、通常のミステリと同じ壇上で評価するには、ちょいと弱
々の作品になるのではないか。                   

 「匣の中の失楽」をモチーフにするには、現実と幻想の交錯は単純。さか
さまの趣向に彩られた名作に対して、単なる一方向での入れ子構造では、あ
まりにもありふれた趣向。死者が生者となって甦るくらいの、ちょっとした
逆転構造か何か盛り込んでおいて欲しい。作品中でのトリックに関しても、
消失トリックは森村誠一じゃないんだから(笑)この手はイマイチ。また、
ある有名な海外作品へのオマージュになっている部分だが、こういうスタイ
ルの本だから微笑んで読めるが、一般のミステリであれば、洒落のレベルは
もっと高めを要求されるだろう。                  

 とはいえ、ジュブナイルとして書いているのだから、という言い訳が通用
しないほど、今回は中途半端な作品になってしまっているように思う。ミス
テリファンという新たなファン層が付き、彼のホームページからもそういう
大人の読者の感想が流れ込むことが、かえって作品の方向性を歪めていると
いう事態になっていやしないか、というのが私の杞憂に過ぎなければいいの
だけれど。                            

 ここまでくれば最早、完全に子供向けと大人向けを切り離して欲しい。彼
がおそらく本当に書きたいのじゃないかと思える、本当の本格ミステリを自
信をもって、我々本格ミステリファンに向けて上梓してくれないだろうか。
幸い、児童書としては記録的な売り上げをヒットしているようだし、今なら
ばおそらくそういう可能性が大いにあるだろう。実のところ私は、そういう
動きが実際に水面下で行われているのでは、などと勝手な想像もしているの
だが。                              

 今回は特に対象が曖昧になっているような感じを受けて、あえて苦言を呈
したが、ほんとのところは読み物としては結構気に入っているのだ。採点と
しては、最も広い範囲をカバーする6点だが、その中では上位の方に入る。

  

7/13 数奇にして模型 森博嗣 講談社ノベルス

 
 いきなりの結論で恐縮だが、森博嗣久々の凡作であった。ミステリとして
特に秀でた要素を見つけることは出来なかった。「詩的私的ジャック」のよ
うに、一風変わった動機を扱ってはいるが、あまり美しさを感じることも出
来なかったし、何故に犯人がある人物に執着したのかも、最後まで私には理
解できなかった。狂人の論理、価値観だとしても、それをすっきりと納得さ
せてくれないことには、面白みが薄く感じられる。          

 最初に書いたが、今回はミステリとしても不出来。2番目の事件でどう考
えても怪しい人物は決まってるのだし、それでひるがえって考えれば、最初
の事件のおおまかな構造も容易に想像が付いてしまう。とにかく2番目の事
件の運び方が、ちょっと露骨に過ぎやしないだろうか。光景としては素晴ら
しく美しいだけに、ミステリの進行としての無粋さとのギャップを感じてし
まった。「ああ、これじゃ、どう考えてもこいつだよぉ」ってな気持ちに支
配されて、せっかくのショーの楽しみが、かすんでしまったではないか。

 確かにそこには、あるひっかけが用意されてはいるのだが、、、   

 それに関してだが、「幻惑の死と使途」「夏のレプリカ」が何故、ああい
う形で、奇数章と偶数章を分けて、2冊で1冊のような形式になっているの
かについて、こういう仮説は成り立たないだろうか?この2冊の中間点に置
いて、森博嗣の犀川・萌絵ラブラブファイヤー(笑)シリーズは、前期、後
期に分けられているのだと。前期が正統的な純粋知的パズラーであるのに対
し、後期は読者への仕掛けを特徴とするものだと。私が後期に分類する3作
「夏のレプリカ」「今はもうない」「数奇にして模型」いずれも、ある種の
トリックが使われているが、それは前期に分類した6作にはなかったように
思う。1冊を分けたような形にしておいて、あえてそこをシリーズ全体の切
れ目にするなんて、ちょっと気取ったユーモアが森らしいと思うのだが。

 残念ながら、「幻惑」「夏」が5,6作目ではなく、6,7作目であると
いうのが、この仮説の信憑性を薄くしている。もし、本当にこういう意志が
森にあったとしたら、おそらく全10作の犀川・萌絵シリーズの、ちょうど
真ん中にこの切れ目を置いただろうから。              

 さて、真相は不明ではあるが、残すは最終作のみである。副題が1作目と
呼応しているのが、森らしい洒落っ気であろう。当然そうなると女史再登場
という噂も聞くが、森のホームページでの近刊紹介を見ても、あまり期待は
出来そうもないかな。しかし、読者への仕掛けが次回もあるのかどうか、と
いう点も含めて、楽しみにしておくことにしよう。          

 ところで、今回の採点は6点。個人的な順位では、下から数えての1位が
「笑わない数学者」であり、2位が本作となる。勿論「まどろみ消去」は論
外だが。さて、次作が刊行されたら、森博嗣ベスト10を選定してみよう。

  

7/21 邪馬台国はどこですか? 鯨統一郎 創元推理文庫 

 
 これをミステリかと言われると「うーん、どうかな?」って気分になるが
実に面白い作品集であることには間違いないだろう。もちろん、作中で語ら
れているように、「歴史エンタテインメント」として読むならば、である。
どんな説を唱えているのか、いっちょ吟味してやろう、なんて挑戦的な態度
で臨んでは、面白さが存分には味わえないかもしれない。結構奇をてらった
説であるため、アラ探しはいくらでも可能だろうから。そういう意味では、
研究家ではなく、歴史素人こそが楽しめるであろう痛快な作品集。与汰話を
笑っているうちに、それなりの説得力で(もちろん、作品によって「それな
り」の幅は結構違ってるけどね)「う〜ん」と思わせてくれたりするのだ。

 信憑性のあるなしとは関係無しに(だって邪馬台国は九州に決まってるん
だもんね、、、と云う私は福岡出身(笑))、表題作の邪馬台国や、ミステ
リ的展開が楽しいイエスの話が特に面白く感じた。当時、北と南が逆に考え
られていた、なんて説はどのくらい信憑性があるんだろう?      

 話の展開としては聖徳太子も非常にユニークで面白い。ただ、遠い昔を創
作するのはともかく、近々の過去をこれだけ捏造するのはちょっと無理無理
かなぁと感じてしまったけど。他にも、○○術は行き過ぎだけど、明治維新
の倒幕派の動機と新政府の政策の指摘など、あっと言わされた要素もある。

 「猿丸幻視行」「写楽殺人事件」など、歴史上の謎は抜群に面白いのに、
別の事件と絡み合わせて失敗したかな、なんて作品が多かったミステリ界だ
けど、すっぱりと割り切って歴史の方だけ、しかも軽いノリでイケてしまっ
たという、ひょっとしたら新たな分野の創造になるかも。採点は満足7点

 しかし、創元の編集さん、この本にしろ「名探偵に薔薇を」にしろ、いき
なり解説のしょっぱなで、「内容に触れています」「核心に触れています」
はないやろう!本の購入者の多くが、事前に解説を読んで、買うかどうか決
めているのは重々承知のはず。解説不要の名の通った作者であるならまだし
も、無名の新人を世に送り出そうというのに、解説が全く読めないとは、ど
ういうわけやねん!たしかに最初のページ、裏表紙、帯と若干の説明はされ
ているにしろ、それだけでは伝わらないものが多いはず。特に「名探偵に薔
薇を」なんて、これだけの情報でいったい何がわかるというのか?吟味する
余地を与えずに冒険を強いるとは、傲慢というか、いい度胸しとるやんけ、
というか、、、解説者がたまたま、そういう解説を書いてきただけかもしれ
ないが、丸投げでなく、新人さんについてはもうちょっとフォローして貰い
たいものだ。ネタバレの前に、一般的な話位は書けるはず。こういうものこ
そ、本当に解説が必要なんだろうから、事前に「読める」解説でなくては意
味が薄いでしょうに、、、って、ここに書いても意味はないんだけどね。

  

7/27 名探偵に薔薇を 城平京 創元推理文庫

 
 鮎川賞の最終候補作である。ミステリ十戒を作るならば、絶対に条件とし
て残るであろう「未知の毒薬」を、逆手にとってミステリの条件として取り
込んで(ローカルルールの設定って奴だ)、ユニークな謎を設定している。

 元々は2部の「毒杯パズル」だけだったものを、来歴を語る(だけでなく
重要な意味合いも持つ)1部の「メルヘン小人地獄」を、強固に関連するが
別のエピソードとして付加することで、長編としての長さを確保すると同時
に、物語としての完成度を着実に上げることに成功した。       

 小人地獄の作成風景が日野比出志みたいなホラー漫画そのもので、単純安
直幼稚すぎるのが気にくわなかったりするが、ひょっとすると意外な効果は
あるのかもしれない。ミステリとしてはありがちな事件の構造であった1部
の真相が、結構盲点に入っていたように感じられたのも、こういう妙なホラ
ー性やリアルさとは裏腹の人物造形(笑)などが、目眩ましになっていたの
かもしれないような気もするから。                 

 さて、本書の特徴は、もう一つある。名探偵である「必然」を描いている
という点だ。鬱病法月の苦悩には「勝手に、独りで、やってなさいっ!」と
辟易しているのだが、この作品ではあくまで個人としての要因を用意して、
心情的に非常に納得のいく、「名探偵であることの必然」を描くことに成功
しているように思う。そこには、自己を名探偵の系列に置いて、一般論にま
で昇華させようとする傲慢さは微塵もない。あくまで自分個人としての「満
たされぬ祈り」「得られぬ肯定」の為に、邁進せざるを得ない苦しみ、それ
はうまく表現されていたのではないか。題名に込められた意味を含めて、こ
こが本書の最大の面白みと言えるだろう。              

 ミステリとしての転がし方は、「ミステリとしての見え方」が優先される
あまり、リアルさに欠けているように思う。書き手の見せたい効果に合わせ
る為に、登場人物の行動や心情が、奇妙で不自然なほどにミステリ染みてい
るきらいがある。人物や物語の要請ではなく、作者のプロットからの要請に
引きずられているように感じられたのが、やはりまだまだ若い書き手という
ことか。最終的な落とし所も、やはりありがちではあるし。      

 しかし、新人としては充分満足できる出来。「本格推理10」にも「飢え
た天使」が選ばれていて、私はその巻のベスト3の内に選んでいる。ミステ
リそのものの本格性よりは、その中に織り込む心理的な「謎(と呼んでもい
いようなもの)」の設定に長けているようだ。採点は7点に近い6点。 
 

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