ホーム創作日記

12/1 恐怖は同じ カーター・ディクスン      
                 ハヤカワポケットミステリ

 世界探偵小説全集第1期以来、カーファンにとっては、実に嬉しい日々が
続いている。少数のマニアを除いては、なかなかこれまで読めなかったカー
の作品が新訳、復刊、久々の短編集のみならず、「仮面劇場の殺人」「悪魔
のひじの家」のような新作さえ読めてしまうのだから。あっさりと読んでし
まうのは勿体なくて、他の本から読んでしまったくらいだ(笑)    

 さて本作は、長い時を隔てた復刊。最後の入手困難ポケミス・カー本にな
るのではないだろうか。長編としては、あとは別冊宝石物と未訳本が残るば
かり、というのがオールド・カー・ファン(オールドと言っても、私のよう
な30代以上になるのだろうが)を取り巻く現在の状況ではないだろうか。

 カーは周期的に不遇な時代がやってくるので、一時期の文庫ラッシュ(早
川と創元が競うように出版してくれていた時期)をリアルタイムで生きてい
ないと、あの頃の文庫が絶版で読めないというのはあるかもしれないので、
一応オールドと断ったが、その辺は古本屋をこまめにチェックすれば出そう
なので、若いカーファンも似たりよったりだろうか。新刊で簡単に買えた時
代と違って、結構な気合いは必要だろうが、カーにはその価値があるはず。

 、、、と内容について避けているようなコメントばかり書いているが、た
とえ評判は芳しくはないとは云え、たとえ実際にそれを納得してしまう内容
だったとは云え、未読のカーが読めるのは、ファンとしては喜ばしい限り。
もう、これだけで確保されているので、採点は7点。         

 ちらっとだけ書いておくと、これはカーの「おはなし」を愉しむ物語だろ
う。決してミステリとしての成立性なんかにこだわってはいけない。「カー
の法則
(私が命名、ネタバレ覚悟でクリックしてください)」により、犯人
は明らかだし、そうでないとしても、、、まあその辺はどうでもいいじゃな
いか。「異色の歴史ロマンスが読めてよかったなぁ」と思えば心の平安は得
られるし(苦笑)カーのファン以外は読まなくてもいい作品かも。   

  

12/5 六番目の小夜子 恩田陸 新潮社

 
 本作は、オリジナルは文庫作品であったにも関わらず、ハードカバーでの
再出版に至ったものである。出版当時はほとんど話題にならなかったように
思うのだが、その後綾辻の推薦などもあって、口コミ等で人気が広まってい
ったものだろうか。文学界でも非常に稀な例であろう。        

 張本人でもある綾辻自身が解説を書いているのだが、さすがに強く推して
いたらしいだけあって、きちんと整理された見事な書評、推薦の弁になって
いる。特に「予感」という言葉をモチーフに、本作の雰囲気を的確に表現し
ているのは巧い。この解説を読めば、読まざるを得ない気分になってしまう
し、実際ミステリファン、ホラーファンに限らず、おそらく数多くの読書人
を惹き付ける魅力を持った作品だろうと思う。            

 推薦の辞はその解説に譲るとして、私はちょっと気になる部分について書
いてみよう。「三月は深き紅の淵を」と本書しか読まずに語るのはいけない
かもしれないが、彼女の良さは特定のジャンルに収まりきれない不思議な魅
力にあるように、私には感じられる。しかし、それは逆に、特定のジャンル
を愛する者にとっては、若干の物足りなさを感じさせる弱さにもつながりか
ねないのではないだろうか。                    

 内容の「不思議さ」自身も、彼女の不思議な魅力の一部だと思うのだが、
それを剥がしていく過程で、前記の弱さが露呈しているような気がする。た
とえば本書における中盤の犬のシーンなどは、「予感」をはらませる一つの
要素なのだが、解決がああなってしまうと、ホラーファンにとっては肩すか
し、ミステリファンにとってはアンフェアな気分を抱かせてしまうと思う。
最後の最後に現れる、ある「意志を持った存在」の暗示にしても、ありがち
ではあるし、あえてなくても良かったような気もするのだが。     

 しかし、山場である学園祭での、「こわさ」と云うよりある種の「ざわめ
き」とでも表現したいような感覚を始め、読書好きを話に引き込ませる巧さ
は、彼女独特の雰囲気があって非常に心地良い。なんだか本を愛する者同士
の連帯感を感じるのだな、彼女には。採点は7点。読んでおきたい作品だ。

  

12/10 悪魔のひじの家 J・ディクスン・カー 新樹社

 
 さて昨年の「仮面劇場の殺人」に続いて、今年もカーの新作(おお、なん
と麗しき響きではないか)の登場である。しかも密室や不可解な消失のオン
パレードで、献辞はクレイトン・ロースンに捧げられている、というカー・
ファンの心をとろけさすようなお膳立ての作品なのだ。これを読まずに過ご
せるほど我慢強いファンは、おそらく存在しないだろうってなもんだ。 

 謎を構成するために、犯人に仕掛けさせる企みは、奇術の大いなる原理の
一つにしてミステリにおいても同等の位置を占める「困難は分割せよ」に従
い、カーらしさに溢れたなかなかのものである。やはり中央の芯は、どんと
座っていると言っていいのではないだろうか。            

 でも、残念ながら「しかし」と言わざるを得ない。それを成立させるため
のカーの筋違いな奮闘ぶりは、ファンとしてはちょっと物悲しさを感じるも
のがある。嘘や偶然の積み重ねで成立させてしまうのは、やっぱり小狡い。
動機もちょっと弱いように思う。お膳立ての割りには、若干腰砕け気味だろ
うか。                              

 しかし、やはりミステリに対する情熱は、最晩年でもやはり盛んだという
ことが納得できる作品。期待していたほどの上出来な作品とは言えなかった
が(純粋に採点すれば7点に近い側の6点というところか)、カーの新作に
8点以下を付けられようはずもないので、敬意を込めて8点進呈である。

 しかし、この邦題のあまりにもな直訳、どうかならないものかなあ。確か
に長い間の未訳状態で、原題が有名になってしまっていたために、そこから
離れることが出来なかったのかも知れないが、家の名前以上の意味合いがな
いだけに、ちょっと違和感。                    

  

12/18 本格推理13 鮎川哲也編 光文社文庫

 
 やはり悪魔の1ダースを記念するこの巻には、いろんな角度からミステリ
にこだわった作品が目白押しになっていた。なかなか新味のある着想に満ち
ていて、前巻の不満を払拭して、11巻と並ぶ本格推理シリーズの白眉の一
冊だろう。質はともかく(苦笑)、鮎川哲也編集長の単行本未収録作品(し
かもその内の一編は解答編がある犯人当て)というおまけも付いているし。

 さて比較的好作品揃いのこの巻で、恒例のベスト3選びと行こう。この位
の高レベルだと、ベスト選びの作業も楽しくやれるというものだ。   

 今回のベストは悩むことなく、冒頭の「プロ達の夜会」に決定。 ユニー
クな状況から、サスペンスと本格の融合したスリリングな展開、どこに転が
っていくのか先を見せない2転3転する構成は、なかなか見事。着地も綺麗
だし、あえてこういう形式で挑戦する意欲も買えて、シリーズ全巻を通じて
も最優秀の部類に入れたい作品だ。この人は是非他の作品も読んでみたい。

 残るベスト3は、「猫の手就職事件」と「水の記憶」。「猫の手」は、作
者自身も言っている「笑えるアイデア」を、よくここまで作品に仕立て上げ
ることが出来た強引なプロット力を買おう。こういう姿勢から「とんでもト
リック」や「アホバカトリック」は産まれてくるのだから(笑)。「水の記
憶」は前作「森の記憶」同様、無理なところはあるのだが、トリックの着想
はいいし、何より作品として結実させる手法が好感が持てる。     

 次点としては、人情派村瀬の”いかにも”だが安心して暖かく読める作品
「暖かな病室」と、下手なんだけどクローズドサークル物としては、意外な
トリックの新味を感じた「ある山荘の殺人」を挙げておこう。     

 上記以外も満足作が多かった。7点にはわずかに及ばずの6点だが、かな
りいい線行ってきている。是非このまま続けて欲しいものだ。毎年「応募す
るぞ!」と断言しつつ、まだ果たしていない私が応募できるまではせめて。
よしっ、99年こそは、絶対出すぞっ!(と、言い続けて、はや何年か)

  

12/27 Q.E.D 加藤元浩 講談社

 
 メフィスト賞の「QED」の方ではない。マガジンGREAT(月刊少年
マガジン増刊らしい)に掲載されているミステリ漫画である。これが1巻目
で、99年1月14日に2巻目が出るそうだ。「知性への挑戦状!!」とい
う刺激的な帯が付いていて、つい目を留められてしまったものだ。帯裏には
「”本物”を求めるミステリー・ファンの間で噂のコミックが遂に待望の単
行本化!(中略)新感覚で綴られる事件・謎・推理の強力トリニティーが築
き上げた”知的エンタテインメント”に、読者の脳細胞は快感の悲鳴を上げ
ること必至だ!!」と書かれている。これでは買わずにはいられるまい。

 収録作品は「ミネルヴァの梟」「銀の瞳」の2作。第1作目だけあって、
「梟」の方は割合良くできている。ちょっと露骨過ぎはするが、ミスディレ
クションが張ってあるので、そこで思考を止めていたら、ちゃんとした解決
があった。結構真相の隠し方は、気を使って描かれてあるように思う。ただ
あまりにも都合良く運び過ぎてるとは思うのだが。あと、ダイイングメッセ
ージもどきは、ひねり過ぎでやはりいただけない。但し、ダイイングメッセ
ージとして前面に押し出すわけでなく、被害者の内面を描くきっかけとして
意を用いた使い方をしているので、その点では好感が持てる。     

 「瞳」の方も、こういう事件ならこういう解決になる、という素直な展開
ではあるが、それぞれの事情・状況をうまく工夫している様子に、好感が感
じられた。                            

 格別「面白い」と推薦するほどの出来ではないが、比較的まともに本格を
やろうとしている精神はありそうなので、少なくとも第2巻は買うつもりで
いる。取りあえずはまだ様子見といったところか。採点は6点。    
 

幻影の書庫へ戻る... 

  

  

inserted by FC2 system