ホーム/創作/日記
『密室は眠れないパズル』ネタバレ書評
氷川透『密室は眠れないパズル』のネタバレです。注意!
今回は、氷川透の推理の過程に、若干の違和感を感じた読者は多かったの
ではないだろうかと想像する。一見して無理があるように思えるのだ。”現
実感”を大きく下敷きにしている作者としては、読者にそう思わせては損。
主眼は、外部犯行に思わせたいのだろうが、あまりにも手をかけすぎてい
る。アリバイ工作もここまで無理からやるかなぁ?という感じを受けなかっ
ただろうか? .
最大の問題点は、偶然の要素を全く排除できていない点である。殺しから
アリバイ工作に至る手順がひどく大掛かり。しかも、その間誰もエレベータ
ーを使用しない、というのが必須条件なのである。幾ら深夜だとはいえ、人
は残っている。残っていること自体も必須要件みたいなもんなのだから。こ
こで誰かがエレベーターを使用してしまったら、そこで大崩れしてしまうの
である。その偶然の可能性は少ないとはいえ、ゼロではない。ここまでミス
テリを知り尽くした犯人が、こういう偶然の排除できないトリックを使うか
な?殺しをスタートする前なら、偶然の要素が絡むトリックで構わない。し
かし、殺しを行った後で偶然が絡む、というのは頭の良い犯人としては不自
然。そこまでせっぱ詰まった状況とは思えないのだが。 .
取りあえず百歩譲って、他のトリックが思い付かずこのプランを実行する
しかなかった、ということにしよう。この場合でも「誰もエレベーターを使
用しない」という条件が、このトリックの最大のウィークポイントであるこ
とは、火を見るよりも明らか。既に死体が発見されてるのに、生きてるフリ
をするアリバイ工作をやってしまったら、逆効果も逆効果の大馬鹿野郎なの
である(実際、この大馬鹿な行為をやってしまってるわけなんだが)。 .
だから、何階も階段を行き来した挙げ句、エレベーターの前に戻ってきた
際に、本当に誰もエレベーターを使用しなかったか、現在止まってる階の確
認をしないことなど、心理的に”絶対に”あり得ないのである。全くもって
ナンセンス。犯人の思惑とは別のトリックを成立させるための、作者側のご
都合主義でしかない。これは無視できないほどの、大きな穴だと思う。 .
ついでに一つ、テクニックについて書いてみよう。これは私ならこうする
だろうという話なのだが、犯人が岡本の死体に気付くシーン、ここでの書き
方がちょっとあっさりし過ぎているような気がしないでもない。ここで犯人
は実際に大いに驚いているわけだから、もっとその内面を書いてもいいので
はないだろうか?地の文に嘘はない、というミステリの大原則から、読者へ
のミスリードになったと思う。たしかに岡本の場合は「常務に刺された」と
いう死に際の台詞があるので、こちらの犯人ではないということだけでは、
容疑者リストから退場というわけにはいかないかもしれない。しかし、本書
は作者の書き方から、犯人の着地点が、比較的容易に想像ついてしまう作品
だと思う。読者が二つの事件の関連性に注目した場合、「あの描写があった
からなぁ」と思い出して、少なからず困惑させる役割は担えたと思うのだ。
しかし、これは私があこぎな(?)ミステリを愛するせいなだけで、氷川
自身はフェアプレイの精神から、あえてミスリードとなるような描写は、し
つこくしなかったということなのかもしれない。私としてはちょっと勿体な
い感じがしたので、取りあえず指摘してみた次第である。 .