ホーム創作日記

3/4 街の灯 北村薫 文藝春秋

 
 ミステリ的な面白味が存分に詰まっているわけではないのだが、氏の筆致
で昭和初期という特定の時代の、上流階級や女子学習院が描かれている点が
興味深い。また本作はキャラクタ小説であり、成長物語でもある。おそらく
間違いなくそうなるのだろう。これらは互いに相互関係を持っていて、いず
れも切り離せない要素なのだ。どの視点から語っていっても、おそらく同じ
様相に落ち着いて行くに違いない。                 

 たとえば”時代”から始めてみようか。この時代背景を描くのにいろんな
視点から描くことが可能だろう。しかし、ミステリとしてある一定の距離感
をもって描くのに、こういう上流階級の視点を持ってくるのは非常に理に適
った選択と言えるのではないか。また激動する時代の中では、様々な意識の
変化が描かれるべきだろう。必然それは成長物語の様子を示すことになる。
しかし一人の少女が単独の力でそれを成し遂げるのは、それが主軸の小説で
あれば別だろうが、ミステリという流れの中で自然に描き切れるだろうか。
その手ほどきもしくは手助けを行う人物を配置するのは、ごく当然の着想で
ある。こうしてキャラクタ小説の必然性も生まれてくる。       

 おそらくこれを”キャラクタ”の面からでも、”成長小説”という面から
でも、同じように必然の流れとして語ることが出来ると思う。それほど本書
において、これらの要素はごく自然に結びついているわけなのだ。   

 また、ベッキーという秀逸なキャラクタを、円紫と私と同様な師弟関係と
して描かなかったことが、ミステリとして及び成長小説として非常にいい味
わいとなっている。わからないくらいのほんのささいな後押し。教えるので
はなく自分で導き出させる手法は、教師としての氏の経験やひょっとすると
理想が盛り込まれているのかもしれないなどとも思う。        

 本作自体はこのシリーズ全体の序章的な役割に過ぎないような気がする。
ミステリ以上にこれらの要素を楽しみたい読者向けの作品集。ミステリとし
て楽しむにはやはりお高いか。3作の中ではこの設定だからこそあり得る、
ある意外な動機も含まれている表題作が最も完成度が高い。採点は6点

  

3/7 奇妙な論理1,2 マーティン・ガードナー ハヤカワ文庫NF

 
 擬似科学に関する名著中の名著。と学会の原点。半世紀も前の著作である
にも関わらず、全然古ぼけた感じがしない。それだけ人が騙されやすい動物
なのか、騙されたがっている生き物なのか。いまだに物理学会ではアインシ
ュタインは間違ってると言い続けてる人がいるし、身近にはよくわからない
健康法が星の数ほどに溢れかえっているし、宇宙人は解剖されてる(笑)

 さて本書ではそれらに対して、どういう批判精神で臨んでいるのか。声高
に非難するわけではないし、と学会みたいに小馬鹿に笑い飛ばす要素が強い
わけでもない。真摯に取り組み、データや確認された事実を積み重ねて、時
には皮肉な口調でこう問いかけてきているのだ。           

      「それでもあなたはこれを信じられますか?」      

 勿論本書の面白味が、そういう批判精神の修得にあるのか、なんてことを
考える必要など全くない。ここで挙げられている珍妙な擬似科学のそれぞれ
を純粋に面白がっていいのだ。それこそが本書の最大の醍醐味なのだから。

 文明創世、相対性理論、健康法、UFO、ムー大陸、ピラミッド…… そ
れら単純な要素の並べ立てに価値があるわけではない。それらを信じている
人々の主張のおかしみ。たとえばいまだに「地球は平らである」と信じる人
々が、どういう根拠をもってそれを主張しているのか興味が沸きませんか?
多少訳が固いが、読み応え充分の歴史的名著。採点は7点としよう。  

  

3/11 白光 連城三紀彦 朝日新聞社

 
 凄い作品である。凄まじいほどの筆致で、凄まじいほどの構想を描き出し
ている。複雑かつ巧緻な構築がされているにも関わらず、たった一言で全て
を表現することだって出来る。いわく誰もが彼女を殺した」と。   

(隠されている三文字を反転させて読むのは必ず読了後にしてくださいね。
これほどの作品を読まずして、ネタバレだけに触れるのは勿体ないですよ)

 どんでん返しが連続する小説ならこれまでいくらでもあった。連城三紀彦
自身最も得意としていたのは、これまでの構図が完璧に逆転する、いわゆる
”反転の構図”であった。「連城のどんでん返しは読める。読者に与えられ
た設定をひっくり返せばいいだけだから」と豪語した友人もいたくらいだ。

 しかし本書のどんでん返しの連続は、それとは全く意匠が異なっている。
表現するならば”スライドの構図”とでも言うべきものだろうか。格子の向
こうにある絵画を横にずらすたびに、全く違った構図が見えてくる、そんな
騙し絵みたいな構造。ひっくり返しではなく、少しづつずらしていく。その
度に新しい構図が目の前に現れてくるのだ。超絶的な技法とすら思える。

 この帯には偽りはない。本当に救いなき物語。切なくもおぞましく、それ
でいて究極なまでにミステリであるのだ。連城三紀彦の長編としてもベスト
を競い得る作品だろう。この手法と筆力に脱帽して、採点は8点としたい。

  

3/17 絶叫城殺人事件 有栖川有栖 新潮社

 
 これを読んでつくづく感じた。有栖は根っからのミステリ”作家”なんだ
なと。本当にミステリを”作っている”人、”作れちゃう”人なんだ。 

 ここに収められている全ての短編に、小さな核を見ることが出来る。それ
は一つの単純な着想だったり、たった一つの知識だったりする。そこから氏
は一つのミステリを作り上げる。このこと自体は素晴らしい才能だと思う。
よくこんな小さな核からミステリを作り上げられるものだと。     

 でも、だからこそ物足りない。ミステリを書く者はおそらくミステリとい
う器の中にいろんなものを詰め込もうとするのだと思う。ミステリ独自のト
リックや叙述や仕掛けばかりではない。自分のスタイルや思想や、それこそ
様々なものが詰め込まれることになる。そのうちの一つに核が入っていても
それを探り出すのは困難になることだろう。             

 しかし、正真正銘のミステリ”作家”である有栖は、核を一つ放り込むだ
けでミステリという水で器を一杯にすることが出来てしまうのだ。作り上げ
られたものはどこからどう見てもミステリだ。器はミステリで満たされてい
る。でも、詰め込まれたものを取り出して楽しめない。どこに核があるんだ
ろうと悩むこともない。手を入れれば、簡単につかめてしまう。    

 有栖川有栖ファンの皆様、ゴメンなさい。抽象的な表現だし、有栖が詰め
込んでいるものが見えないのか、というお叱りもあるだろう。でもやはりそ
うであっても、非常に密度の薄いものしか私には見えません。特に初期長編
の濃密に詰め込まれた密度を知り、またそれを愛する者にとっては。  

 一応ベスト3は「絶叫城」「紅雨荘」「雪華楼」の順。採点は当然6点

  

3/20 人間動物園 連城三紀彦 双葉社

 
 連城三紀彦はミステリに帰ってきたのだろうか。そう期待させてくれるほ
ど、これもまた徹底的なまでにミステリだ。「白光」とどちらを取るかは人
によって分かれるところだろうが、私は本作の動機及びラストの行動が納得
いかなかったので、「白光」の方を高く評価したい。しかし、このとてつも
ないような意外性をもって、本書の方を高く買う人が多いだろうとも思う。

 まったくこの着想力には驚かされる。こちらこそは連城のお家芸「反転の
構図」に他ならない。しかも2段構えの。しかしお家芸とは云っても、果た
してこれを読めてしまう読者などいるだろうか? この構図が読み切れたと
したならば、あなたもまた優秀なミステリ作家足り得る素質を有していると
言えるだろうと思う。おそろしく飛躍した着想力の持ち主なのだろう。 

 この着想の凄さ故に、本作もまた「白光」同様、氏の長編としてのベスト
を競い得る作品であるに違いない。凄まじい構成と凄まじい着想の2作品共
に、極端にミステリを先鋭化したものだと捉えることが可能だと思う。願わ
くば本年もまた、新たな連城節のミステリを上梓して貰えないだろうか。

 ラストに明かされる動機の概念性や思想、最後に示唆されている行動の突
飛さ、それが波及するであろうその後に関して犯人はどう考えていたのか、
そのあたりが個人的にどうしても納得が行かず、採点は7点とする。  

  

3/26 密の森の凍える女神 関田涙 講談社ノベルス

 
 真っ当ではあるんだろうけど、う〜ん、いろんな意味でまだまだ魅力が描
けていないように思ってしまった。ミステリとしても特に素晴らしい着想が
描かれているわけでもない。キャラクタ小説としても、書き手が探偵役の少
女の魅力をアピールする度に、かえって白けてしまう。登場人物の口を通じ
てでなく伝わる要素が描き切れているか疑問。動機に関する部分も、それだ
けのキャラクタ設定が充分にされていないだけに、説得力がなく唐突感が否
めない。必然リアルさも薄れてしまう。青っぽさとの落差も大きく、青春小
説としての整理も足りなく思えた。はっきり言えば物足りない。    

 また不満足要素の一つに、無駄な仕掛けがある。最初から隠されている事
実があるのだが、これはあからさまなヒントがことある度に示されている。
となると”それ”をどう使ってくるのか、気になってしょうがなかった。と
ころが挑戦状を読んで腰砕け。解決編を読んでも”それ”は使われず、せい
ぜい”そのこと”がどうでもいいくらいの微妙なところで使われているだけ
だった。ネタ仕込むんなら、ミステリとしてちゃんと使って欲しいよ。 

 全体的に鮎川編集長時代の「本格推理」の「オーソドックスに仕上げまし
た」タイプの短編の長編版というイメージ。好みの問題かもしれないが、中
身の軽みとのギャップ&わかりにくさで題名も×。採点は低め6点。  

  

3/27 新・本格推理03 二階堂黎人編 光文社文庫

 
「新」になってから明らかにレベルが上がっている。応募者の淘汰がされて
きたというのもあるかもしれないが、やはり規定枚数の増加がいい方向に働
いてきているのだろう。それだけのものを書ける実力も要求されるし、作品
の優劣の判断もしやすくなっているのだと思う。これからも期待出来る。

 またこれはいい点でも悪い点でもどちらでもあり得るのだが、悪い要素が
見え始めている気がするので指摘しておく。それは二階堂氏カラーがはっき
りと現れてきていることだ。氏が最初に掲げた言葉は「空前絶後の本格推理
小説を求む!」であった。また設定や舞台を破天荒にしろと常に書かれてい
る。それに応じるかのように、特異な状況設定に留意した作品が多くなりす
ぎているのではないか。風変わりな舞台、風変わりな謎、これは氏の好みの
問題であり、本格としての必然性をはらんではいない。しかし選ばれる手段
として、そういう方向に走らざるを得ない風潮が出来ている。これはメフィ
スト賞が、壊れた世界観の壊れた本格を続々と生み出した状況と似ている気
もする。しかも今回は選者として強烈な意志があるわけだしなぁ。   

 さて長くなったが本作のベスト選出といこう。ベストはダントツで「聖デ
ィオニシウスのパズル」 「赤い密室」を想起した困難の分割の基本原理。
シリーズ中でも屈指の名品だ。プロとして書かれた作品を読みたい。2位は
「とむらい鉄道」 たしかに泡坂妻夫の正当な後継者となり得る逸材かもし
れない。3位は「作者よ欺かるるなかれ」 マニア向けミステリパズルの秀
逸な書き手。マニアックな長編で林泰広氏に続いて欲しい。      

 そんじょそこらのアンソロジーなんかよりは、すでにレベル的に高いもの
になっている。ついにこの点を付けてもいい日が来たようだ。採点は7点

  

3/31 ミステリアス学園 鯨統一郎 カッパノベルス

 
 鯨流パロディ版「そして誰もいなくなった」? なおかつ作中作を活かした
連発する入れ子構造? とある趣向の統一で目指したバカ・アンチミステリ?
はたまたメタ記述を駆使した究極の”メタメタ意外な犯人”? しかも全体構
成として比較的初心者向けの真っ当な(?)「ミステリ論」でもある?  

 いずれもたっぷりとクエスチョンマークを付けざるを得ないあたりが、やっ
ぱりな鯨流なんだけど(笑)、一応上記したようなことをやってくれちゃって
ます。帯に「本格推理界随一のトリックスター」と書かれているが、まさにピ
ッタリの表現。綴りが違うので、スター・オブ・トリックというような勘違い
はしないでくださいね。ペテン師とか道化者というような意味合いですから。

 私が表現するならば、そうだなぁ、「踊るマハラジャ」ならぬ「踊る本格ミ
ステリ作家」ってのはどう? まったく、いつもいつもどんな踊りを踊ってく
れるのか、予想の付かない御仁なんだもの。しかもその踊り自体がどうのこう
のっては全然問題じゃなくて、そんなところで踊るか、みたいな”踊る行為”
自体が面白かったりするんだよね。衆目一致する、本格ミステリ界随一の珍妙
奇天烈摩訶不思議な作家だと思うよ、ほんと。             

 いったいどうしてそんなものが現れてくるのか、う〜ん、もひとつ「本格ミ
ステリ界のどらえもん」とも呼んでおこう(笑) 次なる秘密道具、はたまた
次なる踊りをまた楽しみにしておくことにしようっと。         

 ところで一つ一つの事件は、、、ってのはやっぱりどうでもよくって(笑)
つまるところ採点は6点を越えることはないんだけど、でも、楽しいよね!

  

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