ホーム創作日記

2/7 21世紀本格 島田荘司責任編集 カッパノベルス

 
 まず、やはり島荘のミステリの理解を、個人的には首肯出来ない。どうし
てそこまで謎の神秘性に固執するのか。執筆依頼状に込められた氏の真意を
私はこう読み解く。ミステリの「核」を生みだしたものは、神秘と科学とを
出逢わせた「精神」にある。しかし、神秘は科学に取り込まれていき、失わ
れていく神秘と共にミステリは衰退してきた。ここで、最先端の新たな科学
を導入することで、そこに新たな神秘を創出できる。それが新たなミステリ
の「場」となり、そこから新たな本格が登場する。いや、登場して欲しい。

 神秘にこだわる氏ならではの論だが、本格ミステリとして、神秘と科学と
は、果たしてどういう役割を果たしているか。私と氏ではこの解釈が全く違
う。論理を科学の中に含めて氏が論じていることで、少し話がややこしくな
ってはいるものの、純粋な科学と神秘とを取り上げるならば、それはあくま
でミステリとしては「材料」に過ぎない。材料を取り替えることが、新たな
方法論を産み出すことにつながるわけではないのだと、私は論じよう。 

「本格の条件」として氏が唯一”論理”を挙げていることには賛成する(唯
一かどうかは別として) 新たな方法論を模索するならば、ここを更に奥深
く突き進むか、あるいは論理を解体する方向に向かうか、やはり手を付ける
べきは、そういったところにあるのではないだろうか?        

 そして本書こそが、まさしく以上のことを露呈してしまった作品集である
と、私は解釈している。2作を除いては、単に「材料」を取り替えただけの
20世紀型本格(という言い方は島荘の論に基づいて使った。私は本格の本
質は時代と共に変わるものではないと信じているので、こういう用語を今後
も用いるつもりは全くない)にしか過ぎない。            

 例外の2作の1作が森博嗣「トロイの木馬」 バーチャルな”場”を用い
て、ある意味”論理の解体”へと向かいかけた作品ではないだろうか?SF
では既に手垢の付いた題材であろうし、本作自体が成功した作品に仕上がっ
ているとは思えないが、何らかの可能性を示唆しているかも知れない。 

 そして文句なく成功作と断言できるのが、麻耶雄嵩「交換殺人」 序文へ
のアンチテーゼとして、徹底的に旧来の素材のみを用いて、論理を更に奥へ
突き進めることで、新たな方法論にまで手を伸ばすことに唯一成功した。シ
ンプルな題名に、彼の皮肉と自信とが力強く表現されているではないか。島
荘の主張や期待を軽々とぶっ壊して、麻耶の天才性こそを際立たせた作品集
になった。島荘が自己の主張を証明しようとして逆に、それが筋違いであっ
たことを証明させてしまったのは、極めて皮肉な結末と言える。    

 この他には、松尾詩朗「原子を裁く核酸」も大胆な着想で楽しませてくれ
たが、やはり作品集としてのコンセプトが崩れている以上、採点は6点

   

2/14 楠田匡介名作選 楠田匡介 河出文庫

 
 実は楠田匡介の全集的な内容を期待していたのだが、そうではなくて作者
の中でも「脱獄もの」と呼ばれるシリーズの完全版であった。個人的には楠
田匡介といえば、「妖女の足音」に代表されるバカミスの名にふさわしい機
械トリックを愛しているだけに、もっとその類の作品を読んでみたかったと
いうのが正直な感想である。しかしながら、ごく一部の作品以外はアンソロ
ジーに採られることもなく、読みたくても読めなかった本シリーズが、こう
して完全版としてまとまることは、非常に意義深いこと。いつもながら日下
三蔵氏への深い感謝を表したい。                  

 さて、破天荒なトリックを得意としていた作者だが、そのトリック創造力
をより現実的な方向へ振り向けたのが、本シリーズであろう。空中を歩くが
如くの妖異さがないのは残念だが、地に足の付いたトリックを、1作ごとに
様々に案出されているのは流石。自身、司法保護司を生業としていただけに
描写のリアリティや情にも溢れている。ちょっと保護司がかっこよすぎると
いった手前味噌な部分は感じられるけどね(笑)           

 ベストは「破獄教科書」 登場人物の印象の落差は感じられるが、こう落
ちるとは思わなかった。続いては「沼の中の家」 アンソロジーで既読であ
ったが、中途の展開から意外な結末まで文句なし。もう1作は「完全脱獄」
オチは読めるが、こういうアイデアのユニークさは楽しい。      

 楠田匡介の未読短編がこうして一気に読めるのは、「読めた」という事実
だけで感涙ものである。やはり出来以上に、この満足感をもって8点! 

   

2/20 人魚とミノタウロス 氷川透 講談社ノベルス

 
 これまでの作品に比べると、インパクトが弱い。ロジックに重きを置いた
作品を次々と生みだしている作者だが、前作の評でも書いたように、意外に
も(と言っては失礼だろうか)その持ち味はトリックにあるのではないだろ
うかと、私は考えている。その点では今回はちょっと工夫が薄い。しかもこ
れまでの作品と共通で、トリックの不自然さだけはやはり感じられる。ロジ
ックに寄与するための、作者側のご都合主義が見え隠れしているのだ。 

 しかし、ロジックにこだわる姿勢は、今回はいつにも増してなかなかのも
の。論理のアクロバットとしての面白味はあまりないのだが(これは氷川ロ
ジックの弱点でもある)、しつこすぎ具合は気持ちよい程。望まぬ解決であ
ろうと、名探偵としては余さぬ証明を行わざるを得ない。そういう名探偵と
しての苦悩たる必然に固執するシーンが本書の圧巻。これも彼がこだわるク
イーン後期問題につながっている流れなのだろうが。         

 ところで、今回はジェンダーが主テーマだし、「性別誤認トリックを日夜
考えている推理作家」みたいな記述があったから、ついに叙述トリックに手
を染めたかと構えてしまったじゃないか。思わせぶりなんだからぁ。  

 思わせぶりといえば、もう一つ。女性刑事の登場シーンでは、またライバ
ル女探偵対決かと思ってしまったじゃないか。敗れた敵は味方になるという
少年ジャンプ方式で、将来は氷川好き好き探偵団(氷川以外はみんな女)と
JDCとの探偵勝負という、清涼院との合作を期待しているぞ(嘘)  

 今回は平凡な6点。最後に一ついちゃもんだけど、生田瞬が”もてもて”
になるなんて、どうしても思えないんですけどぉ?(苦笑)      

   

2/25 それでも君が 高里椎奈 講談社ノベルス

 
 不満足、不満足、不満足。3連呼してみた。「密室本」なんだよね。密室
は重要な要素でなくてはならないんじゃないだろうか。少なくとも読者はそ
う期待しているはず。                       

 一つの世界を構築する。それはそれで面白いアプローチだと思う。しかし
ミステリに於いて世界を創造するからには、それはやはりミステリに寄与す
るものであって欲しい。トリックなり、ロジックなりに密接に関連するもの
であって欲しい。少なくともそこから導かれる”ちゃんとした”解決を望む
のは、読者として望み過ぎとは言えないはず。世界を創造してるんだから、
その世界でしかあり得ないルールを作り出すのは簡単。そのルールに則った
ロジカルな解決を付けるのは、推理作家としての礼儀だと私は思う。  

 それなのに、こんなボヤッとした解決でお茶を濁らせられては、ミステリ
を愛する者として異議を唱えさせて欲しい。「不思議はないと思ったんだ」
とか「論理性も証拠もないんだから」で、一件落着させられては、おいおい
ちょっと待てよって言いたくなる。論理性を無視するならば、せめて「おっ
そうか」って単純に理解出来る明快さや説得力が必要なはず。こんな密室の
解決じゃあ、やっぱりぼんやりし過ぎてるよ。            

 登場人物達が全て音楽関連の名前だというのも、意味ありげなだけで終わ
ってしまった。レッドへリングとして働いているわけでもない。私が何か隠
された意味を読み落としているのか?もしそうでなければ、これまたミステ
リとしては筋の悪い話。伏線の使い方についても無頓着なように思う。 

 キャラ萌え小説のような気がしてこれまで避けてきたが、ミステリとして
のロジックをないがしろにしている本作を読んで、それで正解だったという
思いを強く抱いた。これからも読むことはあるまい。採点は5点。   

 

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