ホーム創作日記

12/6 ジャンピング・ジェニイ        
               アントニー・バークリー 国書刊行会

 いやはや、まったくなんとも人の悪いお方である、、、という言葉をこれ
ほど親しみを込めて投げかけたい作家が、果たしてこの人より他にいるだろ
うか?愛情のこもった皮肉屋のおじさん、それがバークリーに対する私のイ
メージなのだが、ほんとのところはどうなのだろうな?まさに本当に「人の
悪い」お方だったりして。そういえば、どこかでセイヤーズが辛辣なことを
書いていた気もするが、はてどこだったかな?            

 ま、そういう人となりは別としても、批評精神から生まれた作品は、皮肉
なユーモアと巧みなプロットに満ちて、べらぼうに面白いのだ。この世界探
偵小説全集をきっかけに、古典作家の再評価の機運が高まっているが、その
中でもダントツの評価を受けているのが、このバークリーだろう。   

 彼に関しては「地下室の殺人」で書いたので重複を避けるが、本作もまさ
しく彼の特徴が色濃く表れた作品の一つ。いや、ほんと濃すぎて困っちゃう
くらい(笑)今回のシェリンガムは、たんに失敗するどころか、右往左往と
最初から最後まで道化を演じてくれるのだから。           

 ミステリ読みだからこそ、この毒気がおかしくてたまらないんだろう。彼
の作品に関しては、「本格ではない」という評価は全くの的はずれなので、
行うつもりはさらさらない(補足しておこう。もし、”本格性”というもの
をバークリーが強く意識するとしたら、作品として結実するのは、いかにそ
れをぶっ壊すかに留意した作品になるわけだから、それこそ世の中全てがア
ンチミステリばかりにならない限りは、バークリーの純粋本格なぞ存在し得
ないのだ、、、と断言してみるが、あったらゴメン(ちと弱気))   

 とにかくバークリーに関しては、ミステリの壊れ振りを存分に楽しもうで
はないか。今回も充分に楽しませて貰ったので、採点は8点!     

  

12/12 鏡の中は日曜日 殊能将之 講談社ノベルス

 
 いやあ、面白い。ミステリ”作品”として見た場合には、たいした作品で
はないのだが、創作姿勢が実にユニーク。「美濃牛」「黒い仏」の感想で書
いた彼の方向性の予測が、的を射ていたのだと自負できる作品であった。 

 作中にチェスタトンの名言「犯人は創造的な芸術家だが、探偵はたんなる
批評家にすぎない」をもじって、「探偵は創造的な批評家だが、犯人はたん
なる芸術家にすぎない」という科白がある。作中世界に於いてこれが成立す
るのならば、作品を抜け出た視点ではどうなるか。犯人と探偵を同時に創造
する探偵作家とは「創造的な批評家であり、創造的な芸術家」でなくてはい
けないことになる。まさしく彼が向いているのは、その方向なのだろう。彼
に最も近い探偵作家とは、同時代の誰彼ではなく、A・バークリーなのかも
しれない。ミステリを愛しつつ壊したがっている、という意味において。

 国書を嚆矢とした古典ブームの中でも、バークリーは際立った評価を受け
ている。これが殊能の創作に大きな影響を与えたと見るのは、うがった見方
だろうか。しかし、前作と本作での名探偵の推理の覆し方を見ると、私には
どうしてもそう見えてしまうのだ。「失敗する名探偵」という快楽。  

 ここで、本格のコアが中心にあるミステリ世界を仮想してみよう。新本格
はある意味回帰であり、守備型のミステリであった。ベクトルは中心を向い
ていて、ディフェンスとして働いている。これを受けた京極を始めとする新
新本格はベクトルが外向きに向かっている。これに対して、殊能はどうか。
その両方に対して、反転の構造を見せているのだ。つまりは、中心を向いて
いながらオフェンス(攻撃)。新新本格とは方向が逆で、新本格とは意味合
いが逆。ここに殊能の特異な存在意義がある。            

 参考文献に綾辻の諸作が並んでいる。なるほど本作はそれらの投影像にな
っている。これを新本格の代表である綾辻へのオマージュと捉えるべきか、
それとも挑戦状と受け取るべきか(私はこちらを選び取る)、読者として判
断する楽しみがあるのではないかと思う。              

「芸術は爆発だ!」 芸術家であり、明らかに批評家である殊能は、次作で
も又新たな形でミステリを壊してくれるのであろうか?爆発するくらいの大
暴れを期待したい。”作品”というよりも、”批評”の芸術的な成果物とし
て高く評価して、採点は7点。本年の数少ない収穫の一つである。   

  

12/18 「ABC」殺人事件        
          有栖川恩田加納・貫井・法月 講談社文庫

『「Y」の悲劇』に続く第2弾(かな?) 期待は持てないけど、買わずに
すませるほど割り切りも出来ないっちゅうところか。単純に各作家の短編を
読むよりも、テーマに対してのお手並み拝見という付加価値があるものね。
前回のYはテーマとしては比較的漠然としたものだったけど、今回与えられ
たテーマはミステリのお約束の「パターン」である。より明確に、各作家の
料理の腕が試されるというものではないか。             

 では、それぞれの料理を順に味わってみることにしよう。      

 まずは有栖川。素材の味そのまんま。素直というのか、工夫がないという
のか、平均点より微妙に上なだけの凡百な料理を並べられても、味気なし。

 恩田陸。斬新なアイデア料理。見かけよりはずっとうまいけど、素材の味
はいったいどこにいったんでしょね?もう少し、素材も引き立ててね。 

 加納朋子。堅実で飾り付けも綺麗。素材も活かしてるし。でも、本来はコ
ース料理の中から1品だけ取り出すと、ちょっと薄味が気になるかな。 

 貫井徳郎。面白い味わい。この料理かと思ってると、途中意外げな味がし
て、でも結局は予想通りに。ユニークな味付けはなかなか楽しめた。  

 トリは今度も法月。素材の捻り方、不思議な食感、そして意外性と、テク
ニックを生かし切った創作料理。強引な作り込みだけど、やはりうまいぞ。

 前回に続いて、料理の達人は法月に決定。恩田、貫井、加納、有栖の順。
Yより楽しめたけど、採点は6点。さて、次のテーマは何かな?クリスティ
は出たから「そして誰も…」はないし、見立てとか密室とかが欲しいかな。
そうだ、これも漠然としてるけど『すべてが「?」になる』(?は各作家が
自由に埋められる)というのはどうだ?アルファベットつながりだしさ。

  

12/18 クリスマスのぶたぶた 矢崎存美 徳間書店

 
 クリスマスを(ましてや正月をや)過ぎた今更紹介しても、あんまし意味
はないんだろうが、ぶたぶたクリスマス編である。          

 そういうワンポイントを狙った作品であるせいか、全体的には弱みが目立
つ。これまでの3作を1冊も読んだことのない人が、初めて手にするにはあ
まり向いていないだろう。                     

 癒し要素は少ないのだ。今までみたいに心の隙間(笑うセールスマンじゃ
ないっちゅうの)を抱えた主人公は出て来ない。クリスマスという雰囲気の
中で、ぶたぶたという馴染んだ光景をほんわかと楽しむ作品。     

 ファン向けへのクリスマス・シングル・ディスクみたいに受け止めた方が
いいのだろう。ぶたぶたのプロフィールがおまけに付いているし、ぶたぶた
の子供の視点から描かれた作品もあるし、という点でファンは必見。  

 ところでそういう私自身は、いったいファンなのだろうか?     

 疑問を感じつつも、つい読み終わった翌日に、短編を一つ書いてしまった
ところを見ると、否定はできんのかな。以下にリンクに貼っておきますので
お暇な方は一読くだされば幸せです。                

『贋作「クリスマスのぶたぶた」』へ...

  

12/20 パタリロ!29巻 魔夜峰央 白泉社文庫

 
 一時期、白泉社系に凝っていたことがある。川原泉、清水玲子、佐々木倫
子はコミックス全部買っていたし、ぼく地球も全巻揃えた。成田美名子、我
孫子三和も読んでたし、大島弓子や山岸涼子も白泉社系からも結構買った。
その前はマーガレット系(ダン・ゼネ)で、そのもっともっと前には、りぼ
ん系純情乙女路線にはまっていたりもするのだが、それはまた別の話。 

 さて、そういう流れの一環として、パタリロも読んではいたわけだが、基
本的にホモネタに萌えることなぞ出来んので、コミックス等を買ったことは
なかった。理由は分析出来ないが、ギャグもいまいち乗れ切れなかったし。
しかし、たしかに今回はミステリ度が高いなどと、ミステリ研で話題に上が
ることはあった。そういう作品ばかりなら是非とも読みたいと思っていたの
が、今回この巻で実ったわけである。                

 パタリロは、耽美派と「がきデカ」の融合みたいなもんだが、がきデカが
題名通り刑事物語であったと同様に、これも推理の系譜に連なるものである
(というのは全くのデタラメである。なんであれは”デカ”なんやろ?)

 とまあ、そんな嘘はともかく、更に”秀逸な”という言葉も横に置いとく
として、なるほどミステリしている。恒例のベスト3は、有栖と重なってし
まうが、「一週間は七日」「ドラキュラの鏡」と、もう1作カイロな会話が
愉快な「パタ迷惑」にしておこう。                 

 しかし、一番の謎は、何故マライヒに子供がいるのか、だな。    

  

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