ホーム創作日記

10/4 「Y」の悲劇 有栖川・篠田・二階堂法月 講談社文庫

 
 全体的には、予想していたほどの酷い出来ではなかったものの、みんなが
みんなダイイング・メッセージものにしちゃう安直さにはげんなり。しかも
本歌取りみたいな趣向で、本家への思い入れ溢れた作品を期待していたら、
まったくと言っていいほど無し。本編のネタバレにならずに出来る要素は、
いくらでもありそうなんだけどなぁ。有栖の楽器が凶器といった程度か。

 単純に”Y”だけを取っても、ダイイング・メッセージに使うんじゃなく
て、館などの舞台にしたり(これはこれで安直だが)、使い道はありそうな
もんだけどな。こういう企画が持ち込まれたら、普通凝るだろう、ミステリ
作家なんだから、と私などは思うのだが、どうしてないのだろうか?  

 たしかに売れそうな企画物ではあるんだが、その実は企画倒れで、あまり
読む価値のあるものとは思えなかったのが、正直なところ。ここまで揃い過
ぎたダイイング・メッセージが、ひょっとして編集側の押し付けだったのだ
としたら、この企画物を台無しにしたのは、出版部長の内藤裕之氏自身とい
うことになるのかな。その意味では、、、いや、やめておこう(苦笑) 

 そういうわけで、採点は低レベルの6点。本作は、MLでの読書会の対象
作品だったので、個々の作品の感想は、ネタバレフィールドにて。個人的な
順位は、法月の圧勝で、あとは二階堂、有栖川、篠田の順。読書会でも、法
月、有栖川作品が人気が高かったように感じた。私が2位にした二階堂作品
は、圧倒的に評判が悪かったけどね(笑)。では、ネタバレ書評へどうぞ。

  

10/6 ベスト・ミステリ論18 小森収編 宝島社新書

 
 ちょっと中途半端すぎる嫌いもあるのだけど、こういう試みは面白いとは
思うので取り上げよう。統一感はあまりないが、評論のための評論といった
ものは少ない。読み物として面白いものだけを集めてあるので、気軽に楽し
めるものに仕上がっている。こういった試みが続いて、ミステリの有識者に
よる、テーマ別の編集本が出来たらもっと面白いだろうな。いいとこ突いた
ユニークな評論アンソロジーだが、まとまり感の薄さで、採点は6点。 

 ついでに「評論」を扱うことは滅多にない機会なので、曲がりなりにも書
評(というほどのものではなく、本来は単に”感想”とすべきものなのだろ
うが)をメインのコンテンツとしている者として、自分自身がどういうスタ
ンスで「書評」に対しているかを書かせていただきたいと思う。    

 そもそも個人的には、ミステリには(ミステリに限らないのかも知れない
けれど)「評論」は不要だと思っている。究極的には「紹介」であれば構わ
ないし、それ以上のものを求めてはいない。逆にそれ以外の要素は邪魔っ気
とすら感じられたりもする。その作品や作家や特定のジャンルの意味合いや
歴史的意義や功罪や、そういうものなどはっきり云ってどうでもいいのだ。
要は「読む気にさせてくれるかどうか」なのである。場合によっては「読む
気を削いでくれる」という効用の方が大きいこともある。自分に合わぬ本を
読んでしまう、時間と財産の無駄を省いてくれるからである。     

 作品に対しての感じ方は個々の感性であり、押しつけされるものではない
し、そう出来るはずもない。自分が感じるがままに感じれば良いだけのもの
だ。自分が”心地良い”と感じる対象への道しるべとして、あるいは自分が
なんとなく感じ取っていたことを、言葉として表現されている共感などの感
情が落ち着く場として、評論や書評が機能すればいい、と私は思うのだ。

 しかしやはりエンタテインメント性が必要なのは事実。その意味では、私
自身は必要性を感じない、「紹介」としての意味合いを全く持たない評論で
も、論理展開のスリリング性などで、充分に面白いものはあるのだろう。

 評論と書評という微妙に異なるものを同一に扱ったため、わかりにくい部
分があったと思うが、まとめてみると単純なこと。私が求めている評論や書
評とは「±いずれであれ読者の読む気に作用する、読んで面白いもの」とい
うことになるだろう。読む気になった読者がその本を読んでどう感じるかは
あくまでも受け手である読者側の問題。本と同じように、書評の送り手も、
自由に選び取れるのであるから。                  

 だから、私はあくまで自分の観点から、何の遠慮もせずに思ったことを正
直に発言することにしている。余計なバイアスを一切かけていないことで、
作家の方々には失礼な物言いになることも多々あると思うし、各作家のファ
ンの方にも、不快な思いをさせてしまうこともあるだろう。相当に本格偏愛
主義の私の観点は、かなり偏ったものだと自覚もしているから。しかし、た
とえばネット上で、いろんな方の書評が容易に読める現在、こういうシーソ
ーの一方の端に寄りかかった偏った書評も、少しは存在価値があってくれた
ら嬉しいなぁ、と思っているのである。               

  

10/10 アリア系銀河鉄道 柄刀一 講談社ノベルス

 
「メフィスト」で連載していた、3月宇佐見のお茶会シリーズ。「不思議の
国のアリス」のもじりでも想像が付くように、ファンタジー系の世界を前提
条件として、そこにミステリを構築しようという試みだ。これが見事に当た
り!まさしくツボを突かれてしまった。               

 第1話は残念ながら意図が空回りしてしまった作品。こういう特殊な条件
の中で謎解きを構築するなら、解答はもっとシンプルで一瞬で「そうか!」
と読者を納得させてくれるものでなくっちゃ。その点、ラストのボーナス・
トラックは、すっきりと綺麗に決まっていて高ポイントゲット。    

 しかし、その1話目をファンタジー世界への導入として、「ノアの隣」か
ら表題作に至っては、存分にその世界に身を任せたままで、謎解きの快感を
もたっぷりと味合わせてくれる。ミステリとファンタジーの融合だからこそ
出来る、大業ホラ話の「ノアの隣」もいいが、やはり最高は表題作。ファン
タジーな言葉が手がかりとなって、有機的に二つのトリック(特にその一つ
のバカミス系トリックは必見!)と化合するという離れ業を、美しくも繰り
広げてくれた秀作。たしかにラストに少々の不満を残すのだが、あとがきで
その意図を明快に説明されては、「そうだったのか」と納得した次第。 

 柄刀一、新たな一面を見せてくれた。西澤保彦がSF新本格(ここではサ
イエンス・ファンタジーと訳させてもらおう)なら、こちらはF新本格。ど
ちらも現実世界にない新たな限定条件を付加した上で、その条件下に置いて
ロジックを構築するのは共通項。しかし、SF新本格があくまで条件下での
”リアル”をベースにするのに対し、F新本格は更に条件下でも”アンリア
ル”な世界が構築可能。ホラ話に長けた柄刀一向けかも知れない。こういっ
た方向性でも時々書いて欲しいものだ。採点は勿論7点。       

  

10/13 少年たちの密室 古処誠二 講談社ノベルス

 
 やっぱりこの人は、私の肌には合わないようだ。面白い”ミステリ話”は
書けるかも知れないけど、私の望む”ミステリ”作家にはなれなさそう。

 ネットで評判良かったので読んでみたのだが、今回のネタもまた前回より
も更に度を増して、笑っちゃう程の小粒。”お話”の要素をこそぎ落とした
ら、ミステリとしては「何故暗闇の中で被害者の位置を特定出来たか」とい
う謎で引っ張るという構成なのだが、その程度の謎でミステリ的興味を持続
するのは、まず無理。しかもあったりまえ〜のような、工夫のない解決だと
きては…。閉塞状況の中での動きや思考の展開など、たしかにお話としては
読ませてくれても、2作共にミステリの芯がこれでは、私の望む方向性とし
ては、残念ながらこれから先も期待できるとは思えない。       

 ラストの方の逆転もミソなのだろうが、これはそもそも成立せんように思
うのだが、どうだろうか?成立しているとしても、やはりちょっとアンフェ
アな感じは否めない。この疑問点に関しては、ネタバレにて書いてみよう。

 採点は低めの6点。ところで、これを”密室”なんて呼ぶかなぁ?これっ
て、ミステリとしての”密室”じゃなくて、エロ小説系の「密室の情事」や
らなんやらのような意味での”密室”でしょ。小森健太朗の「ネヌウェンラ
ーの密室」ほどの詐欺じゃないけれど、なんだかなぁ。        

  

10/21 金田一少年の事件簿(短編集6)   
        天城征丸/さとうふみや 講談社

 
「怪盗紳士からの挑戦状」…ありがちなネタを組み合わせたお手軽編。無難
に面白いとも言えるかもしらんけど、何もないといやあ何もない。   

「午前4時40分の銃声」…珍しく画がネタばらししてしまってる。トリッ
ク自体は悪くないんだけど、この冒頭の絵じゃどう見ても真相バレバレ。

「妖刀毒蜂殺人事件」…今回のメインの話かな。トリックの主要部分よりも
小技な部分に幾つか面白いアイデアが盛り込まれているのは好印象。  

「女医の奇妙な企み」…時々盛り込まれるユーモア重視の倒叙っぽい作品。
こういう話は考えるのは楽しいだろうなぁ。             

 今回はいつにもましてイマイチの出来だったかも。まあ、どんぐりの背比
べというか、目くそ鼻くそ(言い過ぎだっつうの)なのかも知れないけど。
勿論、いつもの6点というのは変わらないが、低めギリギリ。     

  

10/26 本格推理マガジン「絢爛たる殺人」   
        
     芦辺拓編 光文社文庫

 編集長が芦辺氏に替わっての第1弾。素晴らしい!!まだまだちゃんと幻
の名作って出て来るじゃないですかぁ。日本探偵小説全集の最終巻での北村
の泣き言も納得出来るけど、こうやって見事な反例も提示されるからには
今後もまだまだ名作が発掘されることは確実。この本格推理マガジン以外で
も、扶桑社の新シリーズ「昭和ミステリ秘宝」(第1弾が「なめくじに聞い
てみろ」「真珠郎」)など、期待できるものが現れてきている。古き良き日
本物を愛する読者には、いい時代かも知れないぞ。          

 本書の白眉は、やはり何と云っても伝説の連作「むかで横丁」!さすがの
山沢節。難解で知られた作者だが、その難解さの中に実は単純とすら思える
ミステリ的趣向が織り込まれていることが多い。非常にトリッキーなアイデ
ア、その芯の上に幾重にも幾重にも重ねていった果てこそが、山沢作品なの
だ。他人の仕込みですらも、山沢作品に仕立て上げる気骨の職人芸を見よ!

 岡村、宮原、鷲尾、それぞれの大仕掛けも凄いぞ!現代のいわゆる”新本
格”が本当の意味での”新”足り得ず、ある意味”本格”への復帰に過ぎな
いことを、まさしく証明するが如き作品揃い。            

 芦辺氏のアジテーション気味の前説もいい感じ(笑)。本格への愛情がひ
しひしと感じられる。品揃えも評価して、やはり大納得の8点献上!  

  

10/31 心とろかすような 宮部みゆき 東京創元社

 
 ミーハーな私なので、この宮部嬢(一部では”姫”などという表現を見か
けることもあるが)のサイン本を先日見かけて、速攻で購入してしまった次
第。紀伊国屋町田店殿、何故今更この本だったんでしょうか(笑)?  

 ところでふと考えてみると、97年から続けているこのサイトなのに、彼
女の作品を単独で取り上げるのはこれが最初ではないか。山口雅也などと同
じく好きな作家なのに、たまたま読む気を喚起してくれない作品が、しばら
く続いていたというわけなのだろう。                

 そこで初めに私の宮部みゆき観といこう。どの分野の職業でも、天性とい
うのか、運命づけられた人がいる。そして彼女こそまさに、”物書き”に成
る可くして成った人なのだと思う。人生のあらゆる選択において、一つ一つ
のパラレル・ワールドが広がっているものだとしても、その無数の全ての世
界において、”物書き”になっているに違いない、それが彼女なのだ。法律
事務所に勤務していた現世は、むしろ遠回りだったとすら思えるほどだ。

 私のベスト3は、ベストが『龍は眠る』、残り2作が『レベル7』『魔術
はささやく』になるだろう。次点には短編集『我らが隣人の犯罪』。一般に
評価されている『火車』は、小説作法的には完璧で震えが来るほどだが、内
容的にはむしろ凡庸で、個人的にはあまり評価していない作品である。 

 さて本作は、デビュー作『パーフェクト・ブルー』の続編的短編集。単に
”いい話”にしないところが、彼女の小説感覚の確かさ。悲しい真相をはら
みながらも、心暖かい読後感。安心できる、うまさ溢れる作品集。6点

  

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