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贋作「クリスマスのぶたぶた」
… 「不思議で、そして素敵な出来事があったんですよ」
私はきっとそう語り始めると思う … .
それは不思議な光景だった。 .
窓一杯に貼られたある人物の写真。 .
鮎川先生の原稿を受け取った帰り道、すぐにも印刷所に回さなく
ちゃいけないのに、それもすっかり忘れきってしまうほど、私はそ
の不思議に惹き付けられていた。 .
どうして私がその人物を知っていたのか。 .
最近、落語から始まって、漫才、曲芸、腹話術など古典芸能のビ
デオを見るのに凝っていたから。 .
そうでなかったら、きっとわからなかったと思う。 .
「エンタツ、、、、だよね」 .
小さな声でつぶいやいていた。 .
そばに誰もいなかったし、そんな独り言聞き止める人なんている
わけはないと思った。そのときは、、、 .
「よくご存じですね」 .
誰もいないところで声がした。ううん、違う。 .
声は足下からだったし、誰もいなかったわけじゃない。 .
”誰”っていう言葉の定義次第かもしれないけどね。 .
「お若いのに、エンタツ・アチャコをご存じだなんて」 .
それは横山エンタツの写真よりも、もっと不思議な光景だった。
赤い帽子。身体に不似合いな程大きな白い袋。 .
それが不思議だったわけじゃない。それだけなら、この時期繁華
街を歩けば何人か出逢うことが出来る。 .
だけど、それを着ていたのは、、、 .
ぶたのぬいぐるみ? .
「失礼しました。急に話しかけたりして。知らない人から急に声か
けられたらびっくりしますよね」 .
たしかにびっくりしたけれど、そういう理由とはちょっと違う気
がする。 .
「でも、きっと不思議に思われたでしょうから。たまたま私は真相
を知っているので、お教えして差し上げようと思いまして」 .
「ご存じなんですか?あの写真の意味」 .
「ええ、さきほど入ったばかりなので」 .
「入った?」 .
大慌てで手を振るぶたのぬいぐるみ。小さいひずめが可愛い。.
「泥棒とかそういうのじゃないんですよ。実はわたしサンタなんで
す」 .
「本物の?」 .
こうやって、ぶたのぬいぐるみが動いて話しているんだもの。そ
れが本物のサンタクロースだったとしても、すんなり受け入れたか
もしれない。 .
「いえ、まさか。バイトです。デパートのクリスマス・プレゼント
専門の配達をしているんですよ。それで、さきほどあの家に配達し
たんですけど、どうしてもあの窓から入り直してくれとせがまれま
して。子供さんがそう望んでいるからと」 .
「どうして?」 .
「そう私も聞いたんですよ。そしたらこう質問されました。サンタ
クロースはどこから入ってくると思いますかって」 .
「まさか」私はそのあとの言葉を飲み込んだ。 .
「そう、そのまさかなんです。ささいな勘違いというのか、とんで
もない勘違いというのか。まさか煙突をエンタツと勘違いする小学
生がいるなんて思わないですよね」 .
うん、思わない。エンタツを知っている小学生がいるなんてこと
だけでも充分「思わない」部類に入る出来事だ。 .
「でも、この話には続きがあるんです。聞きたいですか」 .
ぶんぶんと首を縦に振る。も・ち・ろ・ん! .
「その子にプレゼントを渡したら、その子が今度は自分から .
お父さんにもプレゼントがあるって言い出しましてね。それが何
だったかわかりますか?」 .
ぶんぶんと首を横に振る。わからないけど聞きたい! .
「綺麗なクリスタルのお猪口だったんですよ」 .
なんとなく何かを待ってるような表情に感じられる。 .
これって私の答えを待ってるのかな。 .
「あっ、アチャコ」 .
あっ、ぶたのぬいぐるみが笑ってる。顔の表情の変化なんて全然
ないように思えるんだけど、それでも、笑ってるのがわかる。 .
「本当はそのプレゼントを渡すための、作られた勘違いだったんで
しょうね。あっ、もうこんな時間だ。次の配達に行かなくっちゃ。
それじゃ、お嬢さん、失礼しますね。良いクリスマスを!」 .
颯爽と駈けていくぶたのぬいぐるみ。 .
そうだ、私も印刷所に急がなくっちゃ。 .
そしてその足で行こう。 .
だって、これは絶対に話に行かなくっちゃ。 .
円紫さん、きっと面白がってくれる。 .
「不思議で、そして素敵な出来事があったんですよ」 .
(完)
作者からの蛇足解説
エンタツ・アチャコを知らない人、ごめんなさい。そういう漫才コンビが
いたんです、昔。そう、私も話でしか知らないくらい昔の人たちなんですけ
どね。現在の一般的なイメージである、”漫才”というスタイルを確立した
伝説の漫才師なんです(だと思う)。 .
あと、こんなページをご覧になってる人なら、おそらく最後のオチの意味
合いはわかってくださると思うので、解説は野暮ですけどね。やりたかった
のは、「空飛ぶ馬」に始まる北村薫の私シリーズの”私”とぶたぶたの出逢
い。本編で、ぶたぶたが一人称の少女達と出逢っていく姿を見ていたら、や
はり一人称の代表である彼女と出逢わせたくなってしまって… .
エンタツだけのギャグ世界を舞台にするはずが、つい思い付きでアチャコ
も登場させて、ええ話にしてしまいました(そう思ってるのは、作者だけか
もしれませんがね(笑)) かえって中途半端だったかな。 .
そうそう、矢崎存美とも北村薫とも全然文体が違う!なんて突っ込まない
ように。だって、そんな風に書けるわけないじゃない! .