ホーム創作日記

 

6/1 二つの標的 鮎川哲也 出版芸術社

 
 問題編・解答編に分かれた読者挑戦小説を集めた、これが最後の第三弾。

 敢えて推理したくなる隙を作っておいて、そこをこねくり回そうとあがく
読者(や、視聴者や、探偵局)をニヒヒと笑い眺めながら、違う視点から事
件を解きほどく。そんないけすかない(いやいや、大好きですとも)、本格
ミステリ作家の稚気とテクニックの楽しさよ。            

 そういう裏のかき方が巧みな作品から、今回はベスト3を選んでみること
にしよう。                            

 まずは冒頭の「ドン・ホァンの死」。”こういう問題”と思わせておいて
その問題の定義の部分からひっくり返して来るような手管がたまんない。

 続いては表題作。これも同じく”こういう問題”という定義をひっくり返
すような作品なんだけど、ひっくり返すというよりはいきなり無効化させて
しまうような大胆な手口ににやけてしまう。             

 前作に続いて秀作揃いの「私だけが知っている」(今回はシナリオ篇)か
らは、シンプルだが巧みな「終着駅」をベストに選択。本作では”こういう
問題”を完全に裏返すというやり口に、作者のしてやったりが見える。 

 しかしまぁ巻末の放映リストが、もうたまんないっす。こりゃもう「シナ
リオ集として一冊にまとめて欲しい」という言う先は、他の誰かではなくて
あなたですからぁ、日下さん、ってえもんだよね。是非是非よろしく! そ
の節は絶対に図書館ではなくて、ちゃんと購入しますからぁ〜。    

 特別収録の「密室の妖光」も凄いな。”挑戦”つっても、それは完璧に解
決編の作者ただ一人に向けられたものだからなぁ。これを受け止めるのは辛
かったろうなぁ。百点満点ではなかったにしても、ここまでがっつり受け止
めたら、ほぼ完璧と言ってもいいくらいだと思う。さすが鮎川さん!  

 傑作レベルはなくてもやはり愉しめる型式で良いよ。採点は7点。  

  

6/3 象られた力 飛浩隆 ハヤカワ文庫JA

 
 一つ一つのアイデアと、そのイメージの描写が素晴らしい。しかもミステ
リ・ファン向けということはないが、意外性で締め括ってくれる。   

 世界を創造しただけで満足しちゃうがごときSF者ばかりの中、この完結
感の充実度は素晴らしいと思う。                  

 欲を言えば(というか、これは個人的な相性の話になるかもしれないが)
ハッピー・エンド寄りになってくれてさえいたらなぁ。        

 つかみはなんだかそんな予感をひしひしと感じさせてくれるんだよ。文章
が美しいってのもあるんだろうな。イメージの喚起力もそう。「夜と泥の」
のファンタスティックな光景なんかくらっと来ちゃうもの。      

 いい話で感動できそうな心の準備が出来ているのに、全然違う世界へと連
れていかれちゃうんだよなぁ。あれれ、そんなつもりじゃなかったのに、と
思っても、読者の力では作者の意志には逆らえない。         

「ぼくの、マシン」収録のグラン・ヴァカンス・シリーズの短編では、やは
りイーガンの傘の下という感触ではあったけど、この作品集ではそこまで強
く感じさせない。それぞれに独自性が感じられて良かった。      

 冒頭の繰り返しにもなるが、それぞれ開きっ放しの作品ではなく、意外性
を感じさせる手口できっちりと作品として完結させてくれる。     

 立派な作品集だとは思うなぁ。美的にも智的にも惹かれる作品集。だけど
自分の予測とは違う方向に落ちていく感触が、理では理解できても感覚的に
は微妙な違和感を覚える。手放しに好きとは言えない。なので採点は
7点

  

6/6 放課後はミステリーとともに 東川篤哉 実業之日本社

 
 夢想だに出来なかった東川ブームがやってくるなんて、どんな奇跡だ?!

 年間アンソロジーの「本格ミステリ」に、「謎解きはディナーのあとで」
と同じく、本書からも2篇選出されてることから推定できるように、本格ミ
ステリ短編集としてはこちらもなかなか秀逸(とはいえ、その選ばれた二作
が飛び抜けて出来がいいってのはあるんだけどね)。         

 本格ミステリ・ファンにとっては更にいい流れで来てるわけだが、一般の
読者層にはどうなんだろうな。本格度の高さがさほど評価に直結するとも思
えないんだけど(下手すりゃ逆効果ってこともあり得るし)。     

 ユーモアとしてはわかりやすいけど(基本、ベタな人だからな)、「ディ
ナー」ほどピリッと決まったもんじゃない。             

 キャラ萌え的な観点でも、とぼけた味わいやベタな設定(エアコンで切れ
る)はあれど、「ディナー」のツンデレ漫才カップルにはとても勝てまい。
探偵が固定キャラでないのも、いい効果・悪い効果両方出ちゃうし。  

 ええい、まぁいいや。本格者としては、本格として優れていさえすればそ
れで全然OKなんだもん!                     

 ってなわけで、いつもの如くその観点からベスト3を選ぶとすれば、ベス
トは何の悩みようもなく、ダントツに「霧ヶ峰涼の逆襲」だろうな。一見普
通の解釈に落としながらも、そこにわずかなズラシを加えただけで、意想外
の構図へとロジックで導く。かなり美しい本格ミステリ短編だろう。  

 第二位も迷わず「霧ヶ峰涼の屈辱」。これは一般読者にもキャッチーな作
品だよね。アレがきっちりとロジックに盛りこまれて意味をなすのが良い。

 他はこの二作に比べれば随分と引けを取るのだが、選ぶとすれば「霧ヶ峰
涼の放課後」かなぁ。一見わかりやすそうに思えるんだけど、なかなか辿り
着けないよなってことで。                     

 最初の二作とそこからの作品にレベル差があるので、採点は7点止まり。

  

6/9 ボーン・コレクター(上) ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
6/13 ボーン・コレクター(下) ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫

 
 この大傑作シリーズは「魔術師」から入ってしまったために、遡って第一
作目から読んでみることにしたんだけど、いやあもうさすがさすが。人気シ
リーズの特徴を決定づけた第一作だけあって、やはり格別の面白さ。  

 どんでん返し自体は伏線の薄さが感じられたけど、見せ方は一旦ミスリー
ドを挟んだりと小技の利いたもの。ただ勿論それだけじゃない。    

 過去全てのミステリを古典化させてしまうような、科学捜査の最先端を導
入したのが、本書の最大の功労だろう。それも退屈とは正反対の、小説とし
ての面白さに直結してるのが凄いと思うな。             

 またこれは本作単独ではなく、その後も読んでみての感想になるけど、こ
ういう科学捜査のやり方自体は共通なのにもかかわらず、全く飽きさせず、
次作次作を楽しみにさせてくれるのが凄いよ。            

 最初がピークなんかではなくて、二作目、三作目ではそれぞれやり口を変
えて読者を翻弄してくれる。「魔術師」や「ウォッチメイカー」なんて、も
っともっと進化してて、様々なテクニックを駆使して序盤からガンガンどん
でん返しを仕掛けてくれる。ホント凄いシリーズだよ。        

 最先端の科学捜査とエンタメ性との融合という新たな方向性。全作品に仕
掛けられるどんでん返しというキャッチーさ。これを面白くないなんて、言
える人などいないんじゃないかな。大多数を魅了するシリーズだろう。 

 無粋にならずに、ミステリ界に最先端捜査技術というパラダイム・シフト
をもたらした傑作。
8点を付けるにふさわしい作品だろう。      

  

6/14 新・日本の七不思議 鯨統一郎 創元推理文庫

 
 しょうもな〜。さすがにそうそう続かないよってだけじゃなくて、こりゃ
「邪馬台国はどこですか」のどうでもいい補足やん(全てではないけど)と
すら思えてしまう。期待を大きく裏切る作品だろう。         

 このシリーズの魅力は、「発想の飛び」と「こじつけの妙味」にあると思
う。中でも前者、”鯨統一郎の説”としか言えないほどの独自性高いユニー
クな着想こそが、最も魅力的なものであろう。しかし、本書で唯一その残滓
が感じられたのは「空海の不思議」のみであった。          

「原日本人の不思議」「写楽の不思議」「真珠湾攻撃の不思議」には、新規
性が全く感じられなかった。既にどこかで聞いたことのある内容。”鯨統一
郎の説”ではなく、他人の説を語り直してるだけのように思えてしまう。独
自のこだわりのある”こじつけ”すら感じることが出来なかった。   

 それだけではなく「邪馬台国の不思議」「本能寺の変の不思議」は、「邪
馬台国はどこですか?」の補足。「原日本人」からの繋がりを併せて考慮す
ると、この印象が強く心に残ってしまう。              

「万葉集の不思議」は最初に指弾される人物名には「おおっ」と一瞬思うも
のの、架空人物説は根強い説の一つなので、それ以降の驚きは感じない。

「空海の不思議」の発想の飛びだけは楽しめたが、それだけではとても。

 しかも内容のつまらなさに比例するかのように、語り口の面白さまでもが
消えてしまっている。主人公二人の関係を180度変えてしまっていること
が、完全に逆効果になっているじゃないか。             

 補うようにそれぞれの作品で、別々の議論相手を導入してはいるものの、
丁々発止の小気味良さはもうここにはない。これだけを取っても失敗作。

 この作者のこのシリーズとして出てしまったことが、悲しくなるほど。期
待感とのあまりものギャップで、採点は
5点とする。         

  

6/15 コフィン・ダンサー(上) ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
6/17 コフィン・ダンサー(下) ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫

 
 早速リンカーン・ライム・シリーズ第二弾。            

 交互に挟まるライム側の描写と犯人側の描写。一進一退のギリギリの攻防
戦。構成や雰囲気が前作と全くもっておんなじやん。エンタメ上手なはずな
のにこれでいいのか、なんて上巻読み上げた段階では思ってた。    

 ごめんなさ〜〜い! 私が思い上がった読者でしたっ!       

 まんまと作者の掌の上で(棺の前じゃないのが救い)踊らされていただけ
だったなんて……(ちょっとネタバレ表現で、旧作だけど未読の人ごめん)

 いやあ、もう間違いなくどんでんのパワーは明らかに前作を上回ってる。
それも強烈な二段責めだよ。凄いったらありゃしない!        

 あれだけの傑作「ボーン・コレクター」を受けて、二作目でそれを上回る
面白さを見せてくれるなんて、ホント脱帽もの。しかもその前作そのものを
まるっとミスリードの道具にしてしまうような、大胆な手口。     

 こういう表では語られないような部分のテクニックも含めて、「あなたに
ついていきます!」と言いたくなっちゃうわな。毎年毎年ランキングの上位
を飾り続けてるのも納得だよ。出す作品、出す作品、たしかにどれもが練り
込まれた上に、抜群に面白い作品ばかりだものな。          

 これまた何の文句もなく、採点は8点。全作読破目指そうかな。   

  

6/24 ロードサイド・クロス ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋

 
 いやあ、もうさすが。なんだか”王者の貫禄”みたいなものを感じてしま
うな。一作、一作にどうやったらこんな風にどんでん返しが仕組めるんだろ
う。頭の構造(というか、どんでん返しを思い付く発想のリンクの張り方)
を、ホント覗かせて欲しいよ。                   

 伏線の張り方は細かすぎて、さすがにそれは気付かんよってのは、残念な
がらいつもと同じ。「あっ、そうか」とはたと膝を打てるもんじゃない。

 でも、それがたいして欠点とは思えないのは、構図自体が非常にわかりや
すいものとしてプレゼンしてくれるせいなんだろうな。作品によっては結構
複雑だったりもするんだけど、割とすんなり短時間で理解可能。    

 本格というよりは、サスペンスの文脈で語られる物語だから、という要素
も大きいのかもしれない。                     

 謎がたまりにたまって、最後にどかんと真相が「解き明かされる」という
ような本格の構造だと、やっぱ一つ一つを解きほぐす作業が必要になる。そ
の点、本シリーズのようなサスペンスの構造だと、中途でどんどん謎は解明
されていくから、真相が「見える」で充分済んじゃうのかも。     

 どんでん返しとしては、効果的なプレゼンがしやすい形式なのかな。とは
いえ、プレゼンの技術以上に、そもそも中身が凄いってのが一番大きいんだ
からな。この点ばっかりという気はするけど、やっぱり採点は
8点。  

 ところで今ディーヴァーってば、あの007の新作の執筆やってるんだっ
てさ。目まぐるしくどんでん返しが繰り返されて、最後には大技すら決まる
ジェームス・ボンド。なんか凄そうだよね。             

  

6/28 翼の贈りもの R・A・ラファティ 青心社

 
 傑作ベスト短編集と謳われてはいるが、さすがにそれはちょっとどうかと
思うな。編訳者は大学教授らしいが、若島正編を思い起こす難解さ。  

 というか、「九百人のお祖母さん」を最初に読んだが故に、”愛すべきほ
ら吹きじいさん”と捉えている、自分の認識の方がひょっとして間違ってる
んじゃないかと、ちょっと不安になって来ちゃったぞ。        

 というわけで、それじれの作品を自分が理解できてるのか、ってところか
ら全然不安になって来ちゃったので、恒例のベスト3は自分が「好き」だっ
た三作品を選ぶということにしよう。印象批評という逃げ道さ。    

 まずベストは「ケイシィ・マシン」だな。天国も地獄もあらゆるものを観
測し得るマシン。この世もあの世も全てを見ることの出来る究極のエンタテ
インメント。カトリック的発想とSF的発想との…… あわわ、あわわ、い
かん、いかん、知った風なことを書いてしまって、全然誤読してたら恥ずか
しいってばよぉ〜 え〜と、え〜と、「好きです、この話」      

 第二位は「マルタ」とする。寓話もしくはお伽噺(この程度の要約なら間
違いにはなるまい、うっふっふっ)。皮肉っぽさも利いてて「好き」  

 第三位は「片目のマネシツグミ」とする。ラファティ版「フェッセンデン
の宇宙」……だったりして〜、いや、そりゃ、きっと作者はそういうつもり
じゃないんだろうけど〜、なんとなくだけど(なんとなくですよ〜)そんな
感じも受けちゃったかなぁ、どうかなぁ〜って話で、とにかく「好き」 

 ちなみに「何かの」や「誰かの」パロディをやってるわけじゃないです。
自分の理解に自信がないので、色々と誤魔化すことに(誤魔化せてないかも
しれないけど)挑戦してみただけ。難解さこうじて、採点は6点。   

  

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