ホーム創作日記

3/2 最後から2番目の真実 氷川透 講談社ノベルス

 
 3作目ともなると、前2作との比較という目で見てしまうため、厳しめの
評価になってしまうかもしれない。個人的には、ちょっと氷川透の論理に飽
きてきた感じがする。たしかにロジカルではあるのだが、ロジックとしての
完璧性にちょっと疑問符。論理”的”ではあるが、論理として完結している
のだろうか、となんだか釈然としない思いが残るのだ。        

 登場人物の皆が皆、氷川と同じく小難しい言い回し(もってまわったひね
た物言い)を駆使するのも、読んでいてちょっと苦痛感がある。ありきたり
の手法だが、素直な女の子か何か、シリーズキャラクタを氷川の側に配置し
て、ちょっと堅苦しさを抜いて欲しいようにも思う。         

 最初に論理について書いたが、実は(作者としての)氷川の持ち味は、意
外にトリックの方にあるのかもしれない。状況的に大きく奇をてらったわけ
ではないのに、意表を突いた大技が隠れていたりする。いかにもな舞台(館
ものなど)ではないのに、こういうトリッキーなカードを切ってくるあたり
は、やはり注目に値する作家と言えるだろう。しかし、今回も犯人の行動と
しては疑問点がありあり。採点は、今回は6点としよう。       

 しかし、クイーンの後期問題ねぇ。作者の都合でしかなかったものに、下
手な屁理屈付けたもん、というイメージがあったのだけど、それよりは少し
は思考実験としての面白さがあったことはわかった。けど、やっぱりそうい
うんで苦悩されるのは鬱陶しい。本作程度に、論理実験としての割り切りで
遊ぶのは楽しいと思うけど、法○みたいに実作に持ち込んでこないでね。

  

3/5 悪党どものお楽しみ パーシヴァル・ワイルド 国書刊行会

 
公私ともに多忙で、2ヶ月以上の長きに渡って、更新を
止めていたことをお詫びいたします。これからはまた、
週1回の更新ペースに戻しますので、どうかご贔屓に!

 懐かしい。乱歩編「世界短編傑作集3」収録の「堕天使の冒険」を面白く
読んだことを思い出した。小説としていかさま(詐欺を含む)を読む愉しみ
を、おそらく初めて教えてくれた作品である。本作の「カードの出方」のよ
うに、巧妙さの先にもう一段の仕込みを用意した、小気味よい秀作短編。本
書を愉しまれた方なら、絶対にお気に召すであろう作品なので、是非ご一読
を。というよりこの全5巻は、初心者が真っ先に読むべしと自信を持って断
言できる、ベスト・オブ・ベストなアンソロジー。まさに超一級の必読書。

 さて、話を本書に戻そう。いかさま自体が特に素晴らしく読者の意表を突
くというわけではないのだが、小説として組み込まれたからこそ発動する面
白味に満ちている。「ポーカードッグ」の犬の意味、「赤と黒」でのキャラ
クタの嫌味を逆手に取る痛快さなどに、それは良く見て取れる。    

 これらはまた全編を覆うユーモア感覚にもつながっている。巧妙な企みを
見破る痛快さと、このユーモアが実にマッチして、殺人はないにも関わらず
ミステリの醍醐味を存分に味合わせてくれるのだ。序章となる「シンボル」
は毛色の違う感動ものなのだが、これもうまく連作としての引き締まりにも
なっている。私の採点は8点。昨年度の海外物ベスト1!       

  

3/10 変人島風物誌 多岐川恭 創元推理文庫

 
『硝子の家 本格推理マガジン』に収録された「必読本格推理三十編」(山
前譲)にも選ばれていた作品。やっとこうして読めたのは嬉しい。犯人当て
ゲームを目指したと主張するには、ロジックの必然性が薄味のようには感じ
るが、書かれた時代を考慮すればそれは求めすぎだろう。それよりも当時に
こうした本格推理作品に挑戦してくれた意欲こそを評価しよう。    

 トリックに工夫があるのも嬉しい。密室はともかく、足跡トリックに至っ
てはバカミスすれすれの荒技。このトリックを最初にやったのは誰なのだろ
うか?おそらくもっと以前に先例があるのだろうが、もしこれが初めての作
例だとしたら、それだけでミステリ史上に残る作品と言えるのだが。  

 併録されている「私の愛した悪党」も楽しい作品である。エピローグが最
初に登場して、本物の娘を捜すパット・マガー風の趣向が中心となる。これ
に憎めない詐欺の連作、そして更には本格推理と、幾つもの趣向を違和感な
く組み合わせた、ユニークな中編に仕上がっている。         

 冒頭のエピローグで、読者をミスディレクションさせるべき要素が、はっ
きりと明記されているが為に(ぼかしてもいいのに〜)、主軸の意外性が感
じられないのが残念だが、ほのかなユーモア感と読後感も心地よい秀作。

 陽の当たりにくい作家に注目してくれた点、読みたかった作品を出してく
れた点、東京創元社にも感謝を表して、採点は7点。         

  

3/16 鏡の国のアリス 広瀬正 集英社文庫

 
 原典はセンスとナンセンスに満ちあふれたファンタジーであったが、本編
はそこで描かれた「鏡の国」というアイデアを、リアルな世界として描き切
ろうとしたロジカルなファンタジーである。流行りの言葉を使うならば”理
系SF”とでも表現出来る作品だろう。元々の言葉にサイエンスを含んでい
るSFというジャンルに、更に理系という冠を付けるのは、頭痛が痛い重ね
言葉かもしれないが、まあ、話のとっかかりということで(笑)    

 鏡についての講義が延々と繰り広げられるあたりや、細部に至るまでのこ
だわりは、まさしく理系のノリ。これらが滅法面白い。なるほど本来は前後
が逆なのに、ほぼ左右対称な人間にとっては、意識として左右が逆になった
ように感じられるだけなのね、といった目から鱗な解説から、パリティ保存
や反物質なんてところまで話が展開していくと来てる。似非理系人間狩りの
テクストに出来そうな作品だろう(参考図書:超・殺人事件)。    

 但しこの辺は、文中にも触れられているマーチン・ガードナー「自然界に
おける左と右」と同じ展開のようだ。本書の前年に発行されている、この本
に触発されて描かれた作品なのだろう。               

 先に理系SFと書いたものの、ストーリー自体は割とのどかで古風でロマ
ンチックな作風。アンバランス性のバランスも巧みな秀作。採点は7点

  

3/21 Q.E.D9巻 加藤元浩 講談社

 
 面白い!9巻目にして、ついに7点進呈!パズルをモチーフにした2作だ
が、パズルの展開から最後に終結する人情話と、手慣れた手腕を発揮してき
た。何故だかミステリ読みの意表を突く、”横脇からの意外性”が今回も炸
裂。上半期の日本ベストを選ぶ機会があったのだが、小説には適当なのが思
いつかず、『八ヶ岳「雪密室」の謎』と本書を真っ先に挙げたくらいだ。

「ゲームの規則」は、まずゲーム自体のパズル性の高さが必見。ルールの無
意味さを指摘するシーンもいい。「このくらい自分で解決しとけよ」という
突っ込みは取りあえず置いといて(苦笑)、人情と絡めた解決は心憎い。

「凍てつく鉄槌」も、実は二つのパズルで幕を開ける。有名なケーニヒスベ
ルクの橋のパズルに、「渡れる」という解答(しかも正しい解答だ)があり
得るとは思わなかった。もう一つもまた橋のパズル。これもなるほどと思わ
せる。そしてやはりラストだ。予想もしていない地点から襲いかかる、正面
ではなく横脇からの意外性。人情話にがっちりと絡みきって泣かせるじゃな
いか。秀作2本が揃い踏み。今回は堂々とお薦めの出来映えだ。    

  

3/24 黄泉がえり 梶尾真治 新潮社 

 
「もう会えない」、、この感覚にとてつもなく弱いんです、私。時間物をこ
よなく愛するのも、このせいだと思う。つながった時間が、再び引き離され
る、、永遠に。それって死よりも切ないよね。もともと考えられないほど昔
に死んでいる人。でも、それが一度つながることで、その「死の概念」が消
えちゃうわけだ。時間が意味を為さなくなる。ずっと死んでいたはずの人な
のに、その人は永遠に生き続けることになる。時間のどこかで生きているこ
とを知ったわけだから。ただ残る感覚は一つだけ、、、、”もう会えない”

 こういった感覚を、梶尾真治はいつも素敵に描いてくれる。「美亜に贈る
真珠」「時尼に関する覚え書き」「おもいでエマノン」など枚挙にいとまが
ない。「地球はプレイン・ヨーグルト」「恐竜ラウレンティスの幻視」(ハ
ヤカワSF文庫)「百光年ハネムーン」(出版芸術社)など、一読していた
だければ、間違いない。ハチャメチャも書きながら、叙情SFの第一人者で
もある梶尾真治を是非知っていただきたいと思う。          

 さて、やはり本書もその「もう会えない」感覚のツボを押してくれる作品
である。見事な題名通り甦りを描いているのだが、やはり最後にはもう一度
帰っていくことになる。でも、暖かさが心地よい作品なのだ。採点は7点

  

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