ホーム創作日記

8/1 サロメの夢は血の夢 平石貴樹 南雲堂

 
 純粋推理という点では、有栖初期作品に並ぶ貴重な存在であった平石貴樹
だが、今回はがらっと趣向を変えての登場である。叙述的な趣向を盛り込ん
でいるとしか思えない内的独白という手法で、どんなことをやって見せてく
れるのか。また、それでいてなおかつ、ロジックとしてもきちんと成立させ
ているんだという、自信に満ちた作者の前書き。期待せずにおられない。

 この作者を信用している私なのだが、、、正直に言おう、今回は少々失望
させられてしまった。まずロジックの点だが、302頁において読者への挑
戦状とでもいうべきものが折り込まれている。しかし、そこに示されている
たった1点だけが、推理の根拠として述べられているに過ぎない(と、私に
は思えた) それ以外は犯行の後追い説明に終始している。他の作者ならと
もかく、氏にはもっとロジックや伏線の妙を見せて欲しかった。    

 そして、今回目玉である内的独白の手法だが、どうにも効果が薄すぎる。
せっかく真相において、ダブルミーニングとも言えるキーワードを用意して
いるのだが、それが読者へのミスリードとしてはうまく機能していない。他
にも独白の中に、こういう意味だったのかと得心させる言葉も折り込まれて
はいるが、読者に対して何らかの効果を与えているとは思えなかった。 

 今回は変なユーモアは出てこないものの、探偵役を始めとして好感を抱け
ない人物も多く、手法の割に快適な読書体験ではなかった。低め6点。 

  

8/3 殺意の時間割 角川スニーカー文庫
赤川次郎鯨統一郎近藤史恵西澤保彦はやみねかおる

 
 名探偵、ホラー、密室と来て、第4弾はアリバイ。孤島物、首無し死体、
見立てあたりが、これから考えられるテーマかなぁ。今回は、アリバイトリ
ック自体を巧緻に組み立てると云うよりは、話の中にアリバイという状況を
いかに組み入れていくか、という作品が多かった。若い読者向けという要素
もあるのだろうが、アリバイ物としてはたしかに一つの方向性であろう。

 赤川次郎はまさにその流れ。読み物として綺麗にまとまっているのではな
いか。既婚男性としては少々耳の痛いラストだが、いい締め方だと思う。

 鯨統一郎は新しいシリーズとして育てるかと思っていたのに、いきなり意
外な展開。しかし設定としては面白いので、続けていくつもりだろうな。

 近藤史恵は人が隠しておきたいような人間心理を、残酷に描き出すのが得
意技だと思うが、今回は割と素直なミステリ作品になっているかと思う。

 西澤保彦が今回のベスト。アリバイの心理的展開に終始するのだが、その
終着する真相の心理には戦慄させられる。一つの型として見事だ。   

 はやみねかおるはトリック中心話かと思わせて、ラストににやりとさせら
れる。予想は付くのだけれど、締め方も爽快で読後感も良かった。   

 全体的に話として楽しめた作品が多く、コストに釣り合う。採点は6点

  

8/7 最上階の殺人 アントニー・バークリー 新樹社

 
 行動範囲内に置いてある本屋がなく、新宿紀伊国屋に行ったときには既に
二刷り。「意地でも一刷り探したる」と決意して半年。何故か行きつけの本
屋で一刷り発見。どこかの在庫に残ってたのだろうな。意外にこだわりは報
われるものなのです。但し、そのせいで読み逃してしまうこともままあるの
で、あまり妙なこだわりを持たない方が身のためかと(苦笑)     

 そんな個人的状況は置いとくとしても、読み逃さずにすんで良かったとい
うのが、全く本音の感想。バークリー作品の中でも上位に位置づけされる作
品だろう。シェリンガムの”失敗する探偵”というキャラクターを、良く知
った上で読めば読むほど味のある作品。               

 バークリー作品中でも本格度は極めて高い作品なのではないだろうか。そ
れだけに氏の皮肉、パロディ性が一段と引き立っている。その意味でも、氏
の代表作の一つに数えてもいい作品だろう。             

 またユーモアにおいても巧み。「ジャンピング・ジェニイ」は直接的なユ
ーモア小説であったが、本作ではもっと洗練された(?)ユーモアが楽しめ
る。何と云っても秘書ステラの人物造型が、もううま過ぎ!!!、、と、ビ
ックリマーク3個進呈。シェリンガムとステラの会話だけでも、秀逸なコメ
ディとして成立している。これを読んでると、最後のシェリンガムの唐突ぶ
りも最後の最後の科白も、どっちも不思議と納得できてしまった。   

 やっぱりこれは傑作だよ。滅多に出さない9点付けちゃえ!     

  

8/9 クビツリハイスクール 西尾維新 講談社ノベルス

 
 吊り輪も体操部も出ませんでした(笑) ま、そんなことはともかく、3
作目にして早くもミステリを離れたようだな。元々志向として(あるいは嗜
好として、あるいは思考として)ミステリという枠に捕らわれる人物ではな
いのだろう。ミステリの基礎体力を持ってはいるが、そういう「場」という
意味でのミステリに対するこだわりはないのだろうと思う。      

 今回はOVAのノベライズを読んでいるような気分にさせられた。処女作
に見られた本格ミステリ性への片鱗に、期待を感じていた人(たとえば私)
にとっては失望させられる内容。メフィスト賞系の中でも、特に世界を勝手
に作って遊んでる系の作品が好きな人には、歓迎される作品かも知れない。

 ミステリだけを取り出すと正直下らない作品。密室本だから仕方ないかの
ように、ありがちお粗末チンケなトリックが、おまけのように付いている。
いやいや、食玩全盛時代の現在、密室が主体(ちょびっと入ってるラムネ菓
子みたいなもん)で他がおまけよん、って言い訳も成り立つってもんか。

 お遊びが過ぎれば過ぎるほど、西尾氏への期待はしぼんでいく。そろそろ
離れ時が来ているのかも。採点は5点に限りなく近い6点。      

 しかし、いーたんが西尾維新ではなかったとは、裏をかかれたか。あれだ
けのヒントで到底解けるとも思えないのだが。            

  

8/11 クリスマス・テロル 佐藤友哉 講談社ノベルス

 
 本作については、読んだことを示すだけで、一切何も書かないことにしよ
うかとも思った。卑怯な手ではあるかも知れないけれど、それはそれで本書
の書評として成立するのではないかと、今でもそう思っている。しかし、書
評サイトを開いている立場としては、やはり正面から向き合い、批判的であ
ることをはっきりと表明すべきだと思い、こうして綴ってみることにする。

 本作は私小説である。終章においてそれが示されている。しかし、作者が
自分自身に向かい合い、それをさらけ出し、それこそを読者への感銘に結び
つけようとするものではない。その意味では、これは私小説にも成り得ず、
「捨て台詞」に過ぎない。これを捨て台詞にもさせないためには、やはり読
者が語るべきなのだろう。批判的であってもなくても、同情以外の言葉を。

 本作はまた不条理小説である。事件を読み解くために現れながら何もしな
い探偵に、批評家・書評家の姿を重ね合わせるなど、一つ一つを記号化する
ことは可能かもしれないが、本質は不条理小説なのだと思う。たしかに映像
をメディアとする世界では、不条理は意外にもてはやされる傾向にある。し
かしそれは、視覚という情報量の豊富さによるものが多いのではないか。い
わゆる”かっこよさ”を表現しやすいのだ。文字の世界で”不条理”をかっ
こよく見せるには、表現力、素材の選択といったずば抜けた力量が必要とさ
れる。残念ながら、作者にその力が備わっているとは思えない。    

 端的には本書をミステリらしく見せる中心のネタ。これを説得力を持って
読者に提示できていない。現代を代表する某作家の猿真似であると断言され
たら、それを覆す根拠を果たして示し得るだろうか?         

 私の理解するミステリの世界観に立って見れば、ミステリとしては失格で
不条理性は未熟。捨て台詞をもって読者をないがしろにしている点、それら
を総合して、採点は3点ということにさせてもらう。         

 しかし「全部ネタだよん。うぴょぴょ〜〜ん」なんてことも充分に考えら
れるのだが、せめて名前に”新”くらいは付けて欲しいものだな。   

  

8/13 五月はピンクと水色の恋のアリバイ崩し
                   霧舎巧 講談社ノベルス

 
 装丁やイラスト、帯にはハートマークで彩られた”ラブコメ”の文字。こ
れだけ見てれば、真っ当な(ってのはどんなものかはここでは定義しないで
おくことにしよう)ミステリファンは手を出しにくげなシリーズだろうが、
ライトミステリだねって敬遠しちゃうのは、ちと勿体ないぞ。     

 たしかにガチガチに構築されたハードなミステリではないかもしれない。
でも、手抜きなどでは全くない、れっきとした本格ミステリである。ストー
リーやキャラクタの奇抜さや、重厚長大な内容や、本格の壊れっぷりなどに
足を捕らわれている現在形のミステリ達とは、一線を画すオーソドックスな
タイプのミステリなのだ。いや、まぁ、ラブコメではあるんだけど(笑)

 それにミステリファンとしては、この遊び心がたまらない。毎回(なんで
すよね、霧舎さん)物理的なオマケ付き(今回は学生証だ) 当然単なるお
まけでは終わらせない(ですよね、霧舎さん) 遊び心と挑戦心、これって
おそらくミステリの本質なのだと思う。素晴らしい作品群を産み出す大いな
る原動力。果たしてこの霧舎エンジンは、好調を維持したままエンストやガ
ス欠もなく、12ヶ月を走破できるのか?              

 採点は6点ではあるものの、次作への興味はこうして持続させられる。

  

8/15 僕の推理とあの子の理屈 村瀬継弥 角川スニーカー文庫

 
 短編や連作しか読んではいないのだが、殺伐としないほのぼの人情路線の
中に、意外にトリッキーなネタがぴりっと潜んでいたりするのが、氏の特徴
の一つだったりするのかな、という印象を持っている。        

 そこで本作は密室物である。どうしても密室トリックが作品の中核を占め
ている、、、のだが、これがどうも頂けない。たしかに文字だけを読んでい
る読者にとっては、見逃してしまうトリックかもしれない。だけど、これっ
て一目瞭然。”トリック”なんて呼ぶ以前の話。これでその場にいた人や、
ましてや警察の目を欺けるなんてことは、現実としてはまず考えられない。
頭の中で出来上がっちゃっただけの非現実ミステリだと思う。     

 密室が余筋的に扱われていればまだしも、全編を通じてその謎を解く作業
に費やされているわけだから、これはあまりにも白けてしまった。   

 民俗学的なフィールドワーク(?)も本筋にはそれほどの必然性もなく、
最初に読む長編としては期待はずれに終わった。採点は低レベルの6点

  

8/19 人形幻戯 西澤保彦 講談社ノベルス

 
 神麻ちゃんシリーズの短編集としては3作目(長編含めると6作目)にな
る本書だが、面白いことにそれぞれ微妙に特徴が変わっているような気がす
る。本来ホワイダニットを中心に据えて、仮説先行型の推理バトルロイヤル
の果てに一番強い仮説が勝ち残る、といった構造がシリーズの特徴であると
私は思う。まさしく本書冒頭の「不測の死体」は、その構造に乗っ取った佳
作の一つだろう。ここでのホワイダニットはトリックに関するものとなる。

 しかし、それ以降の作品になると、ホワイダニットが心理を中心に据えた
ものに変化していく。バトルロイヤルもなく、真相だけが最後に立ち現れる
作品が出てくるのも、実はこの構造の変化による影響があるものと推測され
る。トリックの必然性はロジックに馴染むが、心理を”必然性”の枠内で解
体するのは困難であろう。だからロジックの応酬で真相をあぶり出す手法に
固執するよりは、真相だけを提示する方法が効果的だったりするのだろう。

 ではロジックの点での弱さのみを捉え、本作が前2作の短編集よりも劣っ
ているかと云えば、必ずしもそういうわけではない。「転・送・密・室」
書いたように、西澤本格パズルの頂点には特異な着想がある。これがトリッ
クに偏っていたものが、心理にシフトしたものと云える。それぞれにはやは
りそれぞれの面白さがある。微妙な特徴の変化も楽しめるではないか。 

 上記の「不測の死体」をベストとして、心理の面白味といつもと違った構
成で魅せてくれた「おもいでの行方」「彼女が輪廻を止める理由」「人形幻
戯」の3作を変則同点2位とさせて貰おう。採点は6点。       

  

8/21 トキオ 東野圭吾 講談社

 
 自分が子を持つ親になってから、親子物というものにめっきり弱くなって
しまった。両方の立場に感情移入出来てしまうだけに、ただでさえ耐久力に
欠け気味の涙腺へのダブルパンチを喰らってしまうのだ。しかもこれが東野
圭吾の筆と来ている上に、これまた私の弱い時間物の構造も持っている。そ
ういうわけでラスト部分はいつもの通勤時ではなく、あえて自宅で読み終え
ることにしたのも、当然納得頂けるだろう。             

 やはり最後の一行がいいよね。たしかにこれでなくっちゃいけない。悲し
いだけのラストじゃなくて、清々しく締めくくられる。        

 全編通して「良かった、お薦め」と手放しで褒めちぎる程の作品ではない
だろう。「秘密」のようにいつまでも尾を引く重みが描かれているわけでは
ない。巻き込まれ型サスペンスという構図にもなってはいるが、この面で語
るには作品的な弱さを感じる。それだけで持たす程の劇的な展開はなく、予
想の範囲内で終始完結する作品だと言えるかと思う。         

 また本書のほとんどの部分で、主人公自身への感情移入は出来ず、おい、
それでいいのか、ともどかしさを感じたりといったような、外から眺める小
説作りとなっているようにも思う。これは一概に良い悪いの問題ではないけ
れど、個人的にはこういう作品には気持ちの入れ込みさせて欲しかった。

 なんのかんの言ってはいるけれど、でもやっぱり読書の満足感を充分に与
えてくれる作品。ランキング外作品だけど、7点に限りなく近い6点。 

  

8/29 島久平名作選 島久平 河出文庫 

 
 意外な感もするが、これが初めての短編集なのだそうだ。そう云えば代表
作である「硝子の家」だって、名のみ高いものの本格推理マガジンに収録さ
れるまでは、長い間入手困難だった。アンソロジーでも取り上げられる短編
は少なく、ほとんどの作品が初読。そういう意味ではお得な一冊だろう。

 たしかにミステリとしては、中途半端に古めかしい印象があるのは否めな
い。手がかりが最後まで隠されている作品があったり、風俗味も強い。トリ
ッキーではあるが、奇想の創出というよりは、比較的単純なものが使われて
いる。それよりも語り口に特徴があるように思う。伝法探偵の性格付けもそ
うだし、なかなか人を喰った展開でニヤリとさせてくれる。      

 おそらく島久平は、探偵小説をモダン(あえて死語)にしようとした人な
のではないだろうか。だからこそ現代の読者の目からすれば、古き良き探偵
小説の新鮮さもかえってなく、中途半端に感じてしまうのかも知れない。

 ベストはミステリとしてやはり一番出来の良い「鋏」 古い新聞小説らし
いサスペンス感の面白味の「悪魔の手」と、心理と題名の意味の面白味を買
って「白い野獣」を合わせてベスト3としたい。内容的には6点の作品集だ
とは思うが、未読の島作品をたっぷりと読ませてくれたことに感謝の7点

  

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