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97年讀書録(8月)
8/1 本格推理10 鮎川哲也編 光文社文庫
毎回、本格のツボを心得た作品が増えてきた、と書かれている気
がするが、今回は本当にそれは当たっているかも知れない。 .
全体の水準が着実に上がって、本格指向の作品が増えている。ま
たそれに応じて、表現力(文章を含む)も向上している。全体の質
(鮎川先生の意味する)が向上したおかげで、本格度は抜群だが、
表現力むちゃくちゃな作品や、文章は練れて読ませてくれるが、ミ
ステリ度は弱い、といったような作品すら選ばざるを得ないような
状況ではなくなってきたのだろう。 .
ただ、非常にまとまりが良くなって、全体に読みやすく、「何言
ってるんだろう?」と頁を後戻りするような作品は、ぐっと減って
いるが、小粒でこじんまりとまとまっているような印象がある。.
バランスはいいのだが、突き抜けた面白さに欠けているように思
う。素人の良さでも悪さでもある、自由な発想の広がりに欠けてき
たのではないだろうか。 .
「本格のツボ」という言葉が、鋭角的ではなく、広角的に捉えら
れ、またそうであることを強調され過ぎてはいないだろうか?「本
格ミステリとはこういうものだ、こういうものを書け」と毎回毎回
繰り返され、それ故にか型にはまった作品ばっかりになってしまっ
た。本来「本格推理」であることは、広い要求条件を持っているわ
けではない。但し、そういう条件を満たしやすい形式や舞台があっ
て、そういうものが増えてくるのは、当然なんだろうが、それを取
って逆に「本格とはこういうものだ、見習いなさい」と云うのは、
間違っている。 .
まぁ、こういうのを一つの枷として、その中で自己を表現できる
才が出てくれば、それでもいいのだろうが、なかなかそうもいかな
いだろう。まんまるな作品ばかりでなく、すごくとんがった作品、
あちこちにごつごつと角のある作品、そういったものを私は望んで
いる。たしかにその中心の核であるものは、本格であって欲しいも
のだが。 .
さて、では恒例の(?)ベスト3選びだが、ほんとに今回は可も
なく不可もない作品ばかりで難しい。私の基準で許しがたい出来の
作品が一作もなかった(これは初めてのこと)かわりに、印象に強
く残る佳作もなかった。総合点は「本格推理9」より上なのだが、
上位作品としては、劣っているように思う。従って、どれを取って
も余りかわりばえはしないのだが、あえて選ぶとすれば「冷たい.
夏」「飢えた天使」「エジプト人がやってきた」の三作だろうか。
筆名や文章(特に扉の作者の言葉など)に、大学生っぽい自己中
な嫌味ったらしさ(ほんとに大学生かどうかは私の想像に過ぎない
が)が表れているし、読後感も全然良くないのだが、今回ミステリ
的には「冷たい夏」を推す。「本格推理」ではお馴染みの足跡ネタ
なのだが、珍しく新味を感じさせてくれた。犯人指摘の根拠もあり
ふれた手法だが、無理なく溶け込んでいた。これをもってベストと
するには寂しいのだが、仕方なく選んだ今回のベスト。 .
叙情風の作品の中では、「飢えた天使」が最も気に入った。謎の
設定も心理的な解決も、納得のいく出来である。「エジプト人がや
ってきた」は、中心となるアイデアは平凡なのだが、それを現象化
するやり方が非凡。まさかエジプト人がやってくるとは、、、バカ
ミステリに甘い私の基準ゆえ、ベスト3入り。 .
次点は「SNOW BOUND」キャラクター的には今回最も立
っていた。こういうトリックはユーモアでくるむべし、という手法
も正しいのだが、それがもうちょっと弱かった。 .
これぞという作品は相変わらず無く、採点はいつもの6点。 .
8/7 螺旋(スパイラル) 山田正紀 幻冬舎ノベルス
「神宿る房総半島を舞台に史上最長の密室大トリックに挑む空前絶
後の一大叙事詩。人間は善か、悪か?」というのが今回の謳い文句
である。またか、というような帯文句ではあるのだが、意外にこの
作品の本質を表したりしているのが、妙に面白いところだ。 .
最も目を引く「史上最長の密室大トリック」というのは、もちろ
ん本質でもなんでもなく、「神宿る」、これが作品の背景というか
骨格ともなる縦筋の部分である。冒頭の謎も密室(?)も、様々な
言葉や神話との関連性も、クライマックスの冒険映画的シーンを伴
いながら、全て解き明かされる。 .
現代の宗教では、「神」とはおそらく精神的な要素を基盤に置い
た存在であると思う。それも「救い」を基調とした、善の側面ばか
りが強調された、形のない存在。しかし、本来の「神」と云えば、
実りをもたらす代わりに仇をもなす、自然自体もしくは自然の現象
を象徴にしたものが中心だったのではないか(例えば、度々起こる
河の氾濫が”龍”という象徴になったと考えられていたりするよう
に)。この作品は、そんな神話時代の神の一つを現代になぞらえて
解き明かす話である。自然はもはや自然だけではなく、人工と組み
合わさって、更に新しい状況をも生んでいるのだが。とにかく、こ
の「神」の解明が全体の骨格となる。 .
従って、この「自然=神」を解き明かす探偵の名前が、「風水」
なのである。ダイナミズムを持った自然に対抗するには、陰陽道.
(おんようどう)の一つ、地勢や水勢を占う風水師の名がふさわし
い。あまりにもふさわしすぎて、不自然と言ってもいいくらいだ。
さて、この骨格に肉付けしているのが、「人間は善か?悪か?」
という部分である。前作の「妖鳥」では「女は天使か?悪魔か?」
という謎かけは解き明かされないまま終わったが、今回は別になん
ということもなく、あっさりと示されていると言っていいのではな
いか。ネタばれにもならないと思うので書いておくが、「善でも悪
でもある」ということだ。そんなに単純に割り切れるものではない
と。 .
しかし、そうであっても人間は他者を、どうしても一面的に捕ら
えようとする。そういった先入観を排除することによって、様相を
一変させる。実はこの作品において、一番感心したのはこの部分の
うまさである。先入観によって誤誘導して、解明においてひっくり
返す。縦軸のダイナミズムも決して悪くはないが、この横軸(作品
に広がりを与えている意味において)のうまさはいっそうと引き立
っている。テーマ通り、単純に善悪で割り切れない、ヒューマニテ
ィーにつながる解明が心地よかった。蛇足になるかもしれないが、
序章に続いて、変則的な構成を取ったのも、この「先入観」の誤誘
導に他ならないと思う。 .
以上のようなうまさを買って、採点は7点。 .
8/14 猟犬クラブ ピーター・ラブゼイ 早川書房
現代ミステリとしては珍しく、古典ミステリの味わいを再現した
作品である。ラブゼイがまたやってくれた。謎の詩を見立てに行わ
れる盗難事件。ものは世界最古の切手。ミステリ愛好会「猟犬クラ
ブ」の会合で、カーの「三つの棺」の密室講義の章から、突然現れ
る切手、警察に届けている間に、彼の自宅(船室)では、別の会員
の死体が。そして、その現場は完全な密室状態だった。 .
猟犬クラブの中で行われるミステリ談義を始め、全編がとことん
ミステリ。中盤での仮の解決、そして逆転。パロディとも言えるほ
どにミステリのコードに忠実に従った作品。本格ファンなら、きっ
と読んでて、嬉しくなってしまうこと間違いなし。思わずにやにや
しながら、ずっと読んでいたくなる、そんな作品。 .
密室の二つの解決は単純で明快。特に複雑な手順や凝ったことを
やっているわけではないので、考えてみるのも楽しいと思う。「た
しかにそれだ!」って手を叩きたくなるほど、言われてみればの、
わかりやすい解決。今までこれを読んだことがなかったのが不思議
なくらい、単純化された謎と解決。ひょっとしたら何か別の作品で
この応用のトリックに遭遇しているかも知れないが、これだけ切り
出して、謎を作り出すのは意外に困難。複雑な方向に持っていきた
くなりそうなものだが、あえてそうしなかったことで、すっきりと
した楽しい作品に仕上がっているようだ。 .
ただ一つ残念なのは、最後の犯人を指摘する根拠に、全くと言っ
て良いほど推理の要素がないこと。何らかの必然性を盛り込んで欲
しかった。逆転を持ってこられても、何故そうなるのか、という部
分を説明できないと、説得力が弱い。全編がこれだけ本格ミステリ
の形式を取っていながら、最後だけ3章の表題のように、サスペン
ス的解決になっているのは、締め方としてはちょっと弱かった。.
しかし、現代ミステリでこれほど、古き良きミステリの興趣を楽
しめたのは、ほんとに久しぶりの経験。心地よい読書が楽しめた。
間違いなく、今年の収穫の一つ。8点は順当な線だろう。 .
8/20 ハムレット復讐せよ マイケル・イネス 国書刊行会
幻の稀覯本ついに登場!といったところだろうか?私が知ってい
る中では、ポケミスで最も高価(プレミアが付いて)なものの一つ
だったはず。10年くらい前の神田で1万円近くの値が付いて、鍵
のかかったケースの中に大事大事にしまわれているのを見かけただ
けの、一般には入手不可能とも言っていいくらいの作品だったと思
う。本の内容自体の魅力というより、その貴重性をもってして、読
みたかった作品であった。 .
内容としては、重厚な英国本格。スパイが重要に絡んでくるとこ
ろも黄金時代を感じさせる。謎のボイスレコーダーも出てくるとこ
ろも時代がかっている。蓄音機のくせにいろんな分析が出来るらし
い。しかし、蝋管なんて言われても、全然ピンとこないよなぁ。.
『火刑法廷』『試行錯誤』『野獣死すべし』『帽子から飛び出し
た死』とほぼ同年の作品らしいのだが、この中では断然古めかしい
感じを受けた。スパイなどはカーもよく使っていたモチーフだし、
最後の銃撃に絡んでいく、ありそでなさげなロマンス風の味付けも
あるのだが(カーなら、ロマンスにしてしまうんだろうが)、カー
の方はそんなに古さを感じさせないのは、ファンの身びいきだろう
か。 .
評判ほど読み辛くはないが、登場人物が多く、なかなか誰が誰だ
か覚えられず、誰が犯人であろうとどうでもいいやって気になって
しまう翻訳特有の感覚を、強く感じてしまうタイプの作品である。
それでも、単独犯を想定しての消去法による分析あたりからは、整
理されてわかりやすくなってくるのだが。古典的英国本格としての
味わいは充分で、名作として数えられるのも納得の出来ではあるの
だが、あくまで「古典」としての評価。あまりにも正面切った作品
は、現代の視点からは辛いように思う。これが特に古めかしさを感
じさせる理由かも知れない。従って、採点は6点。 .
8/27 厨子家の悪霊 山田風太郎 ハルキ文庫
収録作品は、幻の名作とも言える表題作を始め、山風の代表作に
も数えられる有名どころの「眼中の悪魔」「虚像淫楽」「死者の呼
び声」、おそらく今回初読の「殺人喜劇MW」「旅の獅子舞」「天
誅」、以上7編である。奇想コレクションとなっているが、珍しく
ミステリ色の非常に濃い作品集となっている。山田風太郎を愛する
ミステリファンならば、間違いなく必読。山田風太郎を知らない、
もしくはあまり興味がないミステリファンでも、おそらく読んで損
はない作品集である。 .
それぞれの内容については、日下三蔵氏の解題に詳しく、また有
栖川の解説も的を射ているので、ここでは私個人の印象批評を述べ
るに留めておこう。山田風太郎の全般に関わる感想は是非、日本ミ
ステリベスト30怒涛の全作品解説第11位〜第15位を御覧下さ
い。 .
表題作はさすがに幻の名作との噂に違わず、驚きのドンデンミス
テリ。作者としては珍しくオーソドックスな本格の骨組みの中で、
ぐるぐると”ブン廻し”を繰り返す、本格ファン垂涎の一作。 .
今回単行本初収録の2作「殺人喜劇MW」「天誅」だが、出来は
ともかく無理矢理未収録作品を選んだのかと思いきや、どうしてど
うして、なかなか以上に面白い殺人コミック。目玉中の目玉「厨子
家」が仮になかったとしても、この2作だけでも十分に価値ある作
品集になっている。 .
予想通りの結末を迎える「殺人喜劇」なのだが、「ふんふん、こ
うなるんだろう、ほらやっぱりね」なんて終わり方はしない。皮肉
な逆説的真相が楽しい、楽しい。「天誅」は奇想トリック小説。奇
想にふさわしい登場人物も笑えるが、このトリックって、ひょっと
して、ひょっとして、島荘の、、、?まあ、似たような着想の作品
って他にもきっとあるだろうし、着想自体は誰でも出来そうなネタ
ではあるのだが(実際に着想する人は、奇想を愛する趣味人なんだ
ろうけど)、これが元ネタだったりして、なんて想像も楽しめる、
今回の私のお気に入りの1編。 .
「旅の獅子舞」も今まで見たことがなかった。因縁話風の話自体
を楽しむ作品かな、という雰囲気の中に、妙にミステリミステリし
たトリックが展開される。一つだけなら違和感で終わりそうな気も
するが、二つ重なって、不思議な感覚で納得させられてしまった。
残りの3作は今までも比較的手に入りやすかった、評価の定まっ
た作品なので、感想は省略。この3作の中では、「心理のみの推理
小説たらんとす」という「虚像淫楽」に1票。 .
採点は8点。とてもとてもお買い得なお薦め本である。但し、全
て古い作品なので、97年度の採点対象からははずしておこう。.