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97年讀書録(2月)

 2/7 詩的私的ジャック 森博嗣 講談社ノベルズ
 

 個人的には、この作品が森博嗣のベストかもしれない。   

 理系ミステリだとか、犀川と萌絵の恋の行方(くくく、恥ずかし
い)などの部分が、妙に注目されている森であるが、本質的には極
めて正統派の良質なパズラーを、コンスタントに排出してくれる貴
重な作家なのだから、その面に関して正面から論じてあげた方がい
いように思う。                      

 その意味からも、今回の作品は完成度のバランスからいっても、
上位に来る作品ではないだろうか。個人的な評価では、    

1位:詩的私的ジャック   7点  
2位:すべてがFになる   7点  
3位:冷たい密室と博士たち 6点  
4位:笑わない数学者    6点  

といったところになる。これらの理由に関しては、ネタバレで説明
した方がいいと思うので、森博嗣全4作ネタバレ書評へどうぞ。

  
 今回の作品に関しては、パズラー要素以外に関しても、動機が好
きだということも挙げられる。ちょっと映画「W〜ダブル〜」を思
い出してしまった。                    

 不満としては、「第12章 詩的なつづき」が全くもって不要な
ことと、犀川、萌絵の人間的魅力(というより、非魅力性)が薄れ
てきたことを挙げておこう。特に萌絵はもっと「嫌な女!」じゃな
いと面白くないじゃないか。そう思いませんか?       

 その辺を含めて、採点は上記の通り、7点。        

  

2/15 バラ迷宮 二階堂黎人 講談社ノベルズ
 

 二階堂黎人の”実験”小説集である。「おっ、小説としての実験
が行われてるのか?」と早とちりされませぬよう。物理や化学の

”実験”の小説集なのである。               

 これが単なるトリック小説ならば、ちょっとやめてくれよという
気もするが、二階堂黎人らしい舞台装置の中で行われるので、それ
ほど嫌な気分にはならずにすむ。              

 「サーカスの怪人」「喰顔鬼」「火炎の魔」の三作は特に、この
”実験”の要素が高い上に、後味の悪い事件である為、謎解きのカ
タルシスを味わうことが出来ない。             

 「変装の家」は画期的な事件なんて言ってるが、別に大したアイ
デアでもなんでもなく、トリックもないため、面白味のない短編。

 「ある蒐集家の死」は、ミステリ界から最も無くなって欲しいタ
イプの短編。クイズ本じゃないんだから、ダイイングメッセージも
のは、もっと画期的なアイデアがあるものでない限り、認めたくな
いな。(有栖川有栖の短編は読まないことに決めたので、彼が書く
分には構わないのだけれど)締め切りに追われて、安直なものを産
み出さざるを得ない現状があるのだとすれば、とても悲しいもので
ある。ミステリ作家は魂を売り渡さないで欲しいものだが、、、

 最後の「薔薇の家の殺人」は結構いいですね。小学生向けの雑誌
の手品の紹介に載りそうなネタではあるけれど、ミステリに取り込
んだ例は初めて見ました。最後まで逆転の要素を持っていて、読後
感の後味もいいですね。                  

 この作品があったので、5点から救われて、採点は6点。  

  

2/24 ランプリイ家の殺人 ナイオ・マーシュ 国書刊行会

 
 ミステリの女王という肩書きはあるのだけど、日本ではほとんど
出版されていないナイオ・マーシュである。どうも作風が地味だか
らなのだろうか?                     

 今回の作品も悪戯好きのランプリイ家の人物造型は、なかなか読
み所はあるのだが(活人画の打ち合わせの所なんか特に)、それ以
外の要素は残念ながら大して楽しめるものはない。      

 犯人の設定も、そこそこ手の込んだ犯罪の進行も、それほど印象
に残らない。犯罪自体にも手がかりに関しても、それほどの奇知が
ないせいだろう。黄金時代の作品としてはこういうものだと思うべ
きなのだろうが。                     

 世界探偵小説全集に関しては、その貴重性から最低でも6点は付
けることにしているので、今回の採点は6点。        

 第1期は著名作家の入手困難作というラインナップだったが、こ
の第2期はマイナー作家の手に入らざる傑作が目白押し。その意味
で第1期よりも楽しみ。特に「悪魔を呼び起こせ」「チベットから
来た男」の密室ミステリに期待しているところ。       

 ちなみに第1期の個人的ベスト3は、           

第1位:第二の銃声        
第2位:ロープとリングの事件   
第3位:眠りをむさぼりすぎた男  

(但し「Xに対する逮捕状」と「英国風の殺人」の2冊が未読)

  

2/28 本格推理9 鮎川哲也編 光文社

 
 まあ、相変わらずの出来である。それほど瞠目に値する作品はな
い。野に遺賢はないのかと、毎回わずかばかりの期待を持って、本
格推理を手にするのだが、まだ期待通りの作品には出会ってないと
いうのが、正直なところだろうか。というわけで今回も6点。 

 96年度国内ミステリ採点表で「本格推理8」が7点評価になっ
ているのは、大学でミステリ愛好会を二人で興した時の同志で、現
在はミステリ作家でもある剣持鷹士が非常にいい作品を投稿してい
たためで(原型は部誌「断崖」に掲載されたものだが、完全にアレ
ンジされて ユニークな作品に仕上がっていた)、この8以外は、
全て6点評価しか出来ていない。              

 この9巻の中で比較的いいなと思ったのは、「白銀荘のグリフィ
ン」「密室、ひとり言」「森の記憶」の3作。        

 「白銀荘」は今回のベスト。雪の足跡ものにまず面白いものはな
いのだが(たとえば今回収録の「初雪の舞う頃」がその最低な例。
今更こういうトリックは、と非常に疑問に思うのだが)、この作品
はトリック自体よりもその使い方に意を用いている。片足飛びだと
か、1歩置きだとか、後ろ向きだとか、同じ足跡の上を踏んでとか
いう下らないところに重点を置くのではなく、それを包んだ全体の
状況や構成(プロローグの意味あいなど)に力を入れている点が非
常に好感を抱かせる。清々しさすら感じさせる結末の効果も相まっ
て、今回の中では出色の出来として推薦しておこう。     

 「森の記憶」はあまりにも無理がありすぎるのだが(なんで見え
るように死体があるのかを嚆矢として)、その展開の仕方は読んで
いて楽しかった。                     

 「密室、ひとり言」は誰でもがオチに気付く記述が最後の数ペ
ージ前にあるのが惜しい。この手のタイプのサプライズを用意する
場合には、最後のぎりぎりまで引っ張っておいて落とさないと、効
果は半減。下手に文章は悪くないだけに、その部分書き込みたかっ
たのかも知れないが、「もうとっくにわかってるんだから」と読者
に思わせたら損。しかし、こういう密室の構成方法は楽しませても
らったので、これが今回のベスト次点。           

 以上3作以外では、冒頭の「ある山荘にて」「十円銅貨」「女を
捜せ」「それは海からやってくる」が許せる出来。      

 蛇足ですが、「初雪の舞う頃」の鮎川氏の扉で、山沢晴雄氏の犯
人当ての話が出てましたが、SRの関東例会でもやりました。その
とき優勝したのは私です\(^o^)/賞品?としてこのときの朗読テ
ープを貰ったのですが、山沢氏自身の朗読ではないのが非常に残念
です。山沢氏の昔の短編が大好きなだけに。         

 しかし、昔の推理作家協会だったら、鶏一羽貰えたのかな。 

 

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