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日本ミステリ・ベスト30
怒涛の全作品解説
(第11位〜第15位)


[ 未読の方は、日本ミステリベスト30のランキングからどうぞ ]

 
 さあ、では、怒涛の全作品解説、続き行ってみよう!とりあえず
参考のために、ベスト11〜20位の表を再掲。       

第11位:危険な童話        土屋隆夫 .
第12位:妖異金瓶梅        山田風太郎
第13位:そして扉が閉ざされた   岡嶋二人 
第14位:大誘拐          天藤真  
第15位:翼ある闇         麻耶雄嵩 
第16位:暗い傾斜         笹沢左保 
第17位:匣の中の失楽       竹本健治 
第18位:不連続殺人事件      坂口安吾 
第19位:黒死館殺人事件      小栗虫太郎
第20位:花の棺          山村美沙 

 
 さてさて、ベスト10からは惜しくも漏れたが、やはりここも傑
作ぞろい。まずは、第11位、土屋隆夫「危険な童話」。全体的に
暗いトーンの中に、哀しみが満ちている。切ないほどに残酷なメル
フェン。                         

 しかし、そこに含まれるミステリのアイデアたるや、素晴らしき
もの。小技ではあるが、見事に決まったものが、数多く含まれてい
る。称賛を禁じ得ない出来栄え。              

 中でも、藤原宰太郎のトリック本などで、必ずといって良いほど
使われてた、ある有名なトリック、これはこの本がネタ本である。
そして、やはり忘れられない、、、「危険な童話」      

 作風が暗く、題材の選び方も社会派的なので、若い読者は敬遠し
かねない作者であるが、本質的には、トリッキーなものを最も得意
とする、トリックメーカーなのである。中でも、この作品は、作者
のトリッキーな作風と、重いトーンの叙情性とが、極めて密接に融
合した傑作。                       

 グリムなどでは明らかなように、童話ってその叙情性の奥底に、
残酷性を秘めていたりするもの。それをトリックに、そして素晴ら
しきミステリに仕上げた作者に称賛の拍手を!        

 また、土屋隆夫は短編の名手でもある。手放しに優れている、と
いうものは少ないかも知れないが、全体的にそつがなく、読み込ま
せる力量に長けている。とにかく短編作家としては、はずれのない
作家だと私は思う。薄っぺらい推理クイズみたいな短編(それはそ
れで私は好きなのだが)に飽きた向きには、お薦めの作者である。

 
 さてさて、第12位にいよいよ登場は、異色作家、山田風太郎。
ここのところ妙にブーム化している感のある作者だが、いったい誰
が仕掛け人なのだろうか?山風が歓迎される社会環境というのも、
考えてみれば、ちょっと不気味な気がしないでもないが、世紀末の
混沌から、新世紀への祭りに至る(嘘度80%)この時代に、似合
ってると言えば、たしかにそんな気もしないでもない作家なのかも
しれない。                        

 まぁ、それはともかく、素晴らしい作家の作品がこうして入手し
やすくなるのは、諸手を上げて歓迎すべき状況。まだ、高木淋光と
合作した「悪霊の群れ」が再刊されていないようなので、是非是非
お願い致します → 各出版社様              

 ところで、ひょっとしたら、「山田風太郎ってミステリ作家だっ
たの?」という人がいないとも限らない。忍法帖専門の作家だと思
っていたり、それに絡んで、時代物、明治物の作家だと思っている
人は結構いるのではないだろうか。映画化や漫画化(石川賢)され
た「魔界転生」のイメージで、怪しげな物書きと思っている人もい
るかもしれない。まぁ、たしかに「その通り!」と言っても構わな
いのだが。怪しげといえば、山田風太郎ほど怪しげな作品が書ける
天才ってそうそうはいないわけだから。           

 「甲賀忍法帖」「伊賀忍法帖」を始めとする、各種忍法帖の奇想
天外なアイデアは、まさに馬鹿ミステリの極致的味わいを持つ。次
から次へと繰り広げられる人間を遥かに超越した技は、まさに「究
極の『少年ジャンプ』」と言ってよい世界。ジャンプといっても、
単に技の名前を叫ぶだけで、何が起こってるのかさっぱりわからな
い車田正美なんかとは、月とスッポン、レベルが違いすぎるぞ!い
い線行ってるのは、ジョジョくらいのもんだろう。しかし、さすが
に山風。ジョジョだって目じゃない、まさに”絵”にも描けない面
白さのてんこ盛り。はまったら、抜け出せないぞ。      

 もちろん、忍法帖だって、山風のほんの一部。ミステリ作家とし
ても大したもんだ。というより、もともとは山田風太郎はミステリ
作家としてデビューしたのである。古き良き国内ミステリのファン
の御用達とも言える「宝石」誌の懸賞小説に「達磨峠の事件」が選
ばれたのが初めである。                  

 従って、ミステリは山風のいわば王道。だから、「帰去来殺人事
件」「十三角関係」「太陽黒点」「誰にも出来る殺人」などなど、
傑作を挙げるのに、いとまがない。その中で一冊を選ぶとすれば、
私は迷わず「妖異金瓶梅」である。中国の伝奇小説を元ネタに、恐
るべきミステリ絵巻を繰り広げる怪作、大傑作連作集!    

 まずは、冒頭の「赤い靴」、これで驚愕!なんということを考え
る人だっ!ここでは何がその驚愕の要因なのかは伏せておくことに
しよう。この連作集の中でも、最高の逸品。だって、1作目と2作
目以降の驚きは、異質なものになってしまうから。      

 何故なら、2作目以降は、「赤い靴」のパターンを延々と踏襲し
ていくのである。「よくもまぁこんな次々と、、、。一体今度はど
んな手でくるんだ?」というわくわく感、そしてそれでいてやはり
驚きの要素を次々に与えてくれるのだから、全くもって脱帽!後半
ストーリー展開してしまうことが、逆に難点となってくるくらい、
繰り返しパターンの奇想ミステリ。題名や装丁を見て、興味を抱く
人はむしろ少数だと思えるので、一般的には有名な作品ではないと
思うが、ミステリファンなら、忘れてはいけない作品。    

 ちなみに竹本のあの作品(「匣」ではない)は、絶対にこの作品
を意識したものだと思う。そう思いませんか?        

 
 そして、岡嶋二人の登場。うまさで言ったら、推理界一かもしれ
ない。「うまさ」って何だ?と聞かれても、はっきりとは答えられ
ないのだが、とにかく総合的に”うまい”作家だと思う。   

 かえすがえすも彼らの解散は痛い。解散後の井上夢人は、あえて
そうしてるのかと思うほどに、本格離れを加速しているし、もとも
と小説を書いていたわけではない徳山さんの方は、井上さんと競作
になったジグソーパズルミステリ以来ほとんど見かけていない気が
する。「書き手」をなくした徳山さんはともかく、ストーリテリン
グは相変わらず巧みなのに、ミステリのエキスが薄まってしまった
井上夢人を見ていると、アイデアを展開させるのに巧みだったので
はないかと思われる徳山さんがいない穴は、意外に大きかったので
はないだろうかと感じさせる。               

 私が彼らのベストに選んだ、究極の本格とも言える第13位「そ
して扉が閉ざされた」
は、井上夢人一人の力で出来上がっているよ
うだから、彼が本格を書けない身体になっているとは思えないのだ
が、、、                         

 さて、ここで私個人の岡嶋二人ベスト5を選んでみよう。  

第1位:そして扉が閉ざされた 
第2位:クラインの壷     
第3位:あした天気にしておくれ
第4位:99%の誘拐     
第5位:七年目の脅迫状    
次点 :焦茶色のパステル   

 初期と終盤に偏っているが、おそらく一般的な評価もそのあたり
に固まってくるのではないだろうか。中期の傑作として、推理作家
協会賞も取った「チョコレートゲーム」を挙げる人も多いかも知れ
ないが、「話」としては悪くないと思うが、ミステリとしては私は
余り評価していない。極めて岡嶋的であるのが面白いとは云え、た
だ一点が隠されているだけ(「だけ」は失礼かも知れないが)の作
品だと思ってしまうからだ。                

 初期の作品で忘れられないのが、身代金受け取りトリックが非常
に印象的な「あした天気にしておくれ」である。大胆過ぎる裏のか
きかた、こんな手が成立するなんてという驚愕。まっとうなミステ
リとしては(まっとうでないものは幾つか名作はあるのだが)、乱
歩賞史上ベストだとも思われる「焦茶色のパステル」、その同じ系
統として「七年目の脅迫状」は、ミステリとしての完成度が美しい
佳作。                          

 終盤の3作は、いわば岡嶋二人の集大成とも言えよう。本格の極
北「そして扉が閉ざされた」、「人さらいの岡嶋」として、誘拐物
を極めた「99%の誘拐」、そして掉尾を飾る最後の華麗なる打ち
上げ花火「クラインの壷」。                

 本格推理の一つの頂点を極めたとも思う「そして」は、本格ファ
ンなら是非とも読んで欲しい逸品。完全に限定された状況、最小限
に設定された容疑者という、ぎりぎりまでに刈り込まれた本格の場
で、それでも新たな驚愕を用意してくれた傑作。ミステリとしての
ベストとしては、やはりこの作品を選びたい。「99%」は、解明
の過程よりは、犯罪進行の過程を楽しむ、”話”自体が魅力的な作
品。従って、本格ファン以外の一般の本好きの人でも充分楽しめる
作品だと思う。普通の人にお薦めするのなら、これと「クラインの
壷」だろう。ミステリとしての仕掛けとストーリーテリングの手腕
が最高潮に達したのが「クラインの壷」。現実と非現実の境目があ
やふやになっていくSF的テイストを持った(SFそのものとも云
う)、最後にして最高と言っても良い傑作。         
 

 続きましては、ユーモア・ミステリの大家、天藤真の登場。根強
いファンは多いはず。一般に知名度は高くはないが、「陽気な容疑
者たち」「殺しへの招待」「炎の背景」など、全作品を挙げても構
わないほど、どれをとっても面白い。短編集としても、「遠きに目
ありて」という傑作もあり、ここで選んだ30人の中では、最もは
ずれのない作家ではないかと思う。             

 根強いファンは多いと書いたが、個人的な印象では、特に根っか
らの本格ミステリファンに意外に愛されている作者だと思う。ユー
モアミステリという場においては、おろそかにされがちであるが、
天藤真の場合は、基本的にミステリとしての土台がしっかりしてい
るのである。ユーモアを全面に押し出していない作品でも、充分な
面白さを保っているのは、それに起因するものだと思う。それに、
ストレートには表現しづらいアイデアだって、うまく場を選べば、
ピタリと決まる。現代のバカミステリとは、相容れないが、一種上
品な味わいのある、安心感を感じさせてくれるミステリ。「謎と解
決」を主体として、「話」自体に重きを置いていない私だが、天藤
真を読むと、ほんわかとして、こういうのもいいなぁと浸ってしま
う。ひょっとしたら、こういう部分が本格ミステリファンに愛され
る所以なのかも知れない。                 

 このように全作挙げてもいいほどに質の高い作品群ではあるが、
中でも1作を選ぶとすれば、多分そう異論はなく、第14位「大誘
拐」
になるだろうか。徹底的にユニークな展開を示す誘拐物の大傑
作。何しろ誘拐された被害者であるべき本人が、主犯であるべき犯
人達を鼓舞して、自身の誘拐劇のスケールをとことんまで盛り上げ
ていくのだ。「とことん」というのがどれほどのものを指すのか、
あとはとにかく読んでみて確認して欲しい。抱腹絶倒の展開に、ミ
ステリ的アイデアが十二分に盛り込まれた、文句なしの大傑作。読
書する愉しみを存分に楽しみたかったら、この作品を選んで、絶対
に間違いなし。                      
 

 さてさて、日本ミステリ史上でも特筆すべきムーブメントである
「新本格」、そのトップを切ってランキングしたのは、新本格随一
の奇想の驍将、麻耶雄嵩。作品は当然、宣伝倒れではなく、文字通
りの衝撃的なデビューを飾った、第15位「翼ある闇」。   

 たとえば、密室。残念ながら、真の解決とはならないのだが、こ
の作品の白眉は、この中途での密室の解明にある。大胆不敵なアイ
デアを、堂々とミステリに持ち込んできた過去の傑作達、ブランド
の「ジェゼベルの死」、カーの「三つの棺」などなど、それら悪魔
の着想にも匹敵する、いや、おそらくそれ以上の奇想!!!これだ
けでも傑作足り得る本書だが、まだまだこれじゃ終わらない。 

 たとえば、見立て。なんだか唐突ではあるが、稚気に溢れたユニ
ークさ。同人誌的着想だと笑わば笑え、といったところか。実際私
も笑ってしまったのだが、「ようやる!」という、バカ度にあきれ
かえった(大褒め言葉)感心の笑い。これだけでも傑作足り得る本
書だが、バカさはこれでも終わらない。           

 たとえば、皮肉。シニカルな味わいは、麻耶の最もわかりやすい
持ち味である。それは常にブラックな笑いと一体化している。その
特徴はもちろん、このデビュー作においても、最大限に発揮されて
いる。シリーズ探偵が、登場した途端に殺されて、しかも殺された
まま(変な表現だが)だなんて、一体こんなバカに誰がしたのか、
麻耶雄嵩(笑)。そう、副題である「メルカトル鮎最後の事件」と
言うとおり、メルカトル鮎は到着早々死んでしまい、新たな探偵は
山にこもって修行するのだ(本当)。麻耶雄嵩のこういった部分は
嫌いな人はきっと、鳥肌が立つくらい嫌いだろうと思える嫌みさ。
これはメルカトルの言動にも言える(名前自体もそうだが)。初め
ての短編集「メルカトルと美袋のための殺人」では、メルが出突っ
張りなので、特にそういう要素を強く感じられる。これが原因で麻
耶雄嵩全体を嫌いになるのは、不幸なことだと思うのだが、それは
麻耶フリークな私だけの感想かも?とにかく確かに、読者を選ぶ作
者ではある。                       

 さて、この衝撃的な処女作以降の麻耶だが、2作目にして、今度
は問題作「夏と冬の奏鳴曲」を発表する。ミステリの存在感をも脅
かす傑作、もしくは壮大な失敗作。1作目の首切りに引き続き、凄
いトリックが登場したりもするが、それはほんの一部分。ラスト数
ページだけ登場するメルの、謎が深まるだけの解決。現実としては
成立し得ないストーリー。誰も解明し得ない物語なのだ。恐らく作
者である麻耶自身を含めて。キュービズムの観点から、論評する評
論もあるようだが、まぁどうなのだろうか。         

 続く「痾」は、ミステリとしては弱々。平凡な作者の筆からは産
まれようのない作品とは云え、麻耶としてはちゃちな作品。4作目
の「あいにくの雨で」もミステリとしての部分は凡作。漫画的な生
徒会の描写は面白いが、ミステリとは無関係。解決されない密室ト
リックも不満なだけの失敗作。しかし、前述の初短編集は、麻耶的
傑作が多数含まれた名作。これからの彼がどういう方向に流れてい
くか、見守って行くつもりだが、とにかくまだまだ底力を秘めた逸
材。年齢だけでなく、着想としての若さも健在。枯れてはいないこ
とは確実だろう。「翼ある闇」に続く傑作を、まだまだ期待してい
てもいいと思っている。礼賛、麻耶雄嵩!俺は君に付いて行くぞ!

 
ここまで来たら、このまま第16位〜第20位へどうぞ!
 

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