ホーム創作日記

 3/3 赫い月照 谺健二 講談社

 
 本格ミステリ大賞候補作で読み逃していた最後の作品。これは重いや。字
面の濃さもさることながら、精神的な重さにもうぐんにょり。作中作の電波
系の文体も、更に疲労感に追い打ちをかけてくれる。         

 たしかに詰め込みは凄いよ。少年犯罪を中心テーマとして、これを一面的
に捉えるのではなく、多角的に論じきっている。歴史を踏まえて、単純化さ
れた図式へと落とし込んでいくのも説得力を持っている。社会派という側面
に評価軸を置けば、力作を超えて秀作の域に達している作品だと思う。 

 では、本格としてはどうだろうか。島田荘司の後継者と目されることの多
い氏らしく、幻想的な謎のオンパレード。冒頭の夢のような謎から、架空の
はずの登場人物が実体化したと思えるような犯罪の構成。こちらもとんでも
ないくらいに詰め込まれている。これまた構築力は抜群。       

 しかしながら、だ。その「島荘ばり」なミステリの最大の弱点が、ここに
見える。そう、「謎と解決のギャップ」だ。ここまで構築しまくった謎なの
に、それがちゃっちいトリックで解明されてしまうと、どうしてもその内容
とのギャップにへこんでしまうのだ。これが津島誠司の冗談世界の中ならば
まだ芸として楽しむことが出来る。しかし、ここまで重っ苦しい世界を描い
ておきながら、バカトリックぎりぎり路線。この謎はSFでない限り、ジョ
ークで捌くしかないと思ってはいたが、こんな予想は当たっても嬉しくなん
かない。壮大な建築物に見せかけていても、実は書き割り。      

 どうも私はこの作者と相性が悪いようだ。採点は6点。       

  

3/8 絹靴下殺人事件 アントニイ・バークリー 晶文社

 
 昨年度の「本格ミステリベスト30」の投票で、私が海外第1位に挙げた
のが「ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎」だった。その投票コメント
の中で、私はこう書いている。「意外やな が意外でもなく バークリー」
その言葉を今回もやっぱり繰り返すことが出来る。          

 意外であることが意外ではない、バークリー流本格パロディ・ミステリ。
その批評精神や、皮肉とユーモアに彩られたパロディ性。バークリーのカラ
ーがわかってしまえば、数々の作品の本質に早い段階で気付いてしまうこと
が(それを歓迎するか嘆くべきかは人それぞれだろうが)多いだろう。本書
も例外ではないのだが、微妙に違うところがあるのが面白い。     

 前作のヴェインに比較すると、本書の方が圧倒的に本格としての醍醐味に
近い。これは是非この2冊は併せて読んで頂きたい。そして本格ミステリフ
ァンならば、是が非でも順番を守って前作から本書の順で読んで欲しい。最
後まで読んで貰えれば、必ずこの意味がわかって貰えるはずだから。  

 とはいうものの本格ファンには自虐的な人も多いもの。まあ特定のジャン
ルに固執するコアなマニア連中に、共通の特徴かもしれないけど。だからこ
そと言ってもいいと思うのだが、より「本格」的な本書よりも自虐「本格」
パロディである前作の方が、圧倒的に面白かったりするんだよなぁ。  

 というわけで採点は7点。これでシェリンガム物の未訳長編はあと1冊を
残すのみ。「パニック・パーティー」早く読んでみたいものだ。その前にシ
ェリンガム物の短編集あたりも期待したいなぁ〜〜。         

  

3/11 ジェシカが駆け抜けた7年間について
 
                   歌野晶午 原書房

 昨年度のベスト独り占めでノリにノっている氏の最新刊。まさか続けざま
に仕掛け物で攻めてくるとは。これまたやられちゃいました。世界の様相が
ガラリと変わってしまう驚きは、本作でもまた味わうことが出来る。  

 しかしだよなぁ。これは知らないもの。伏線はあれこれとまぶしてあった
かも知れないけど、知識無しにこれを予想することは出来ないでしょ。別に
アンフェアだというわけではないけれど、ミステリを読む際には心のどこか
で、「解いてやるぞ!」回路がキコキコ、キコキコ動いている、そういうタ
イプの本格ファンにとってはちょっと残念な気がするところ。     

 しかしまぁ、これを基にフェアプレイに値する作品に仕上げるのは、たし
かに難しかろう。割り切って見てしまえば、ストーリーにたゆたって読み進
めていくだけで、驚きを味あわせてくれる作品として、魅力あるものかもし
れない。また、この基本ネタからこういう風に組み上げていったんだなとい
う、逆算の作品構成がよぉくわかる作品でもある。作者が透けるミステリと
してその構築具合を楽しむなんてのは、うがちすぎた読み方だろうか? 

 本格者としては7点を付け辛いところなので、採点は6点としよう。 

  

3/12 白昼蟲 黒田研二 講談社ノベルス

 
 ひえ〜〜っ、くろけんさんが社会派になってるぅ〜〜。思わず「ありえね
ぇ」などと、イマドキな言葉を使いそうになったなり。ひょっとして眉間に
皺寄せる人になってしまってたらどうしよう、なんていらぬ心配したりもし
たのだけど、「エロチカ」懇親会でお会いしたときは以前と変わらぬくろけ
んさんでした。お下劣なサインも貰っちゃったしぃ〜、ルンルン!(って下
手すりゃ死語か?) まぁ、サイトの日記を読んでいれば、それが杞憂に過
ぎないなんてこたぁ一目瞭然なんだけれどもね。           

 こういう作品も書けるということで、作風の幅が広がった氏(という解釈
でよろしいでしょうか?) 路線を微妙に変えてきたのではなく、これまで
の自分のベースにプラスひと味なわけだから。だって、相変わらずの細かい
伏線の張り巡らし方は流石だし、社会派だといってもトリッキーな攻めは決
して怠らない。後味の悪さも健在(って、これは褒めてませんね)   

 本作単体として社会派として充分な深さに達し得ているか、逆に(逆と言
っちゃいけないんだろうけどね)ミステリとしていつものレベルを越えた作
品になっているかは、ちょっと物足りなさはあるかもしれない。しかし、こ
ういった作風を踏まえて、くろけんさんの今後に要注目。採点は
6点。 

  

3/22 新・本格推理04 二階堂黎人編 光文社文庫

 
 昨年度は堂々とプロ級の実力を発揮した大林誠一郎氏の本格パズルの名品
に、煌めく才能に好期待を抱かせる妖刀小貫風樹の登場と、過去最高の出来
映えだった。なんと画期的なことには、小貫氏の「とむらい鉄道」が推理作
家協会賞の候補に選出されている! それだけに今回もと期待したのだが、
いつもの予想し得るレベルで終始してしまって残念。         

 ベストは”私が選ぶならもうこれっきゃないでしょ”のバカミス、園田修
一郎「ありえざる村の奇跡」。村の正体はわかっても、バカトリックのオン
パレードを楽しんだ最後に、来たぞ、来たぞ、狙いの一打。依井貴裕の某作
品を思い出した。バカアイデア、バカトリック、バカひっかけと3拍子揃っ
たバカミス。相当なミステリセンスがなければ書けませんぞ。これで氏の4
作品中、全作が個人的ベスト3入り。それどころか、ライバルが強すぎた前
巻を除いた3作はその巻のベスト作品。バカ系とマニアック系をうまく併せ
持つ逸材なので、是非マニアック本格でプロ入りを果たして欲しい。  

 続いては小田牧央「カントールの楽園で」。平成の(という表現もなんだ
かなぁではあるが)山沢晴雄登場か?! マニアしか喜ばないようなオープ
ニングから、ダイアグラムのアリバイ検証と、マニアックさが泣かせる。

 もう1編が悩みどころ。今回は選者お薦めの冒頭・ラストの2作品は、話
としては巧みだが、本格の爽快感が薄い印象を受けた。微妙な出来ではある
が、青山蘭堂「幽霊横丁の殺人」を選んでみよう。採点は
6点。    

  

3/29 エロチカ e‐NOVELS編 講談社

 
 こうして一通り作品を読んでみると、男性作家が官能を描いた場合、背徳
(に限らず官能全般か)に関して”引き”が見られるように感じた。逃げ、
引け目、、男にとってのエロ小説は「マイナスの文学」なのかもしれない。

 逆に女性作家の作品には、プラスの要素が強く感じられた。それをバネに
自分を変えていく強さ、あるいはそれを利用していくしたたかさ、等。 

 これは男性の意識としてはどうしても「やらせてもらう」という感覚がつ
きまとうこと、女性の意識としてはおそらく「やらせてあげる」という感覚
があること、これと引き離せないものだと論じるのはうがち過ぎだろうか。

 男にとっては”やる”ことがひとつの「上がり」で、女にとってはそこが
「振り出し」 であれば、そこから男のマイナスが始まり、女のプラスが始
まる。つまるところそういう文学になってしまうのも自然の成り行きか?

 それでは個々の作品に関しての短評にいってみよう。        

 津原泰水「魔季」……「エロチカ」懇親会で、周辺の数人とどの話に萌え
たかという話題になった際、一番人気が高かった作品。私も同感。ぬめぬめ
とした官能具合は、本作品集中の白眉だろう。エロ度No.1。    

 山田正紀「愛の嵐」……これもエロい。SMでインモラルで、締め付けら
れるように(そのまんま?)効いてくるエロス。書評のギミックも楽しい。

 京極夏彦「百鬼夜行 大首」……陰摩羅鬼外伝。京極がいかにエロスを解
釈するかという視点で楽しめる作品。官能を行為ではなく、観念として捉え
ていく様がいかにも京極らしい。徹底的に行為に転写した作品も読みたい。

 桐野夏生「愛ランド」……割とどうということもない普通の作品。官能を
テーマにと言い出した本人の作品ゆえ、何らかの主張が塗り込められている
のかもしれないが、読み取るのは困難。書評が迷走しているのも頷ける。

 貫井徳郎「思慕」……エロスをテーマにするなら、もっとエロく望みたい
ところ。好きだけど。割と素直にまとまった作品で、物足りなさはある。

 皆川博子「枯榴」……勃ちどころのない作品。どこに官能性がるのか私に
は理解しがたいが、味わい深い作品? 読み手の大人性が必要なのかも。

 北野勇作「あの穴」……これも勃ちどころはないっちゃあないが、本作品
集として北野勇作に求められる役割を、きっちりと果たしきったような不思
議のほほんな、北野ワールド・エロス・ファンタジーなのだった。   

 我孫子武丸「危険な遊び」……ミステリ作家の描くエロ小説として、ちゃ
んとミステリ仕立てにしちゃったらかえって浮いちゃったよぉ、な雰囲気の
作品。でも、こういう風に締まって良かった。当然ミステリ度No.1。

 京極氏について書かせて頂いたり、懇親会にも呼んで頂いた作品だけに、
いつもより余計に書いてみました。ミステリには括れないので採点対象外。

  

3/30 ゲームの名は誘拐 東野圭吾 光文社

 
”代表作のない器用貧乏”と表現したこともある東野圭吾だが、「秘密」
道を作り上げ、「白夜行」という代表作(私は未読だが)を産み出してから
は、ミステリ界に確固とした地位を築き上げたと言ってもいいだろう。出る
作品がことごとくベストセラー級の売れ行き(かどうか確かめたわけではな
いが、おそらく)を示していて、映画化・ドラマ化も相次いでいる。  

 本作もその映画化されたうちの一つ。但し、このところ連発されていた、
小説として読ませ込む部類の作品とは若干ニュアンスが違う。勿論エンタテ
インメント性は抜群で、リーダビリティはめっちゃ高い。そういうんじゃな
くて、確固としたカラーが決まってないんだからん何でもやってやれ、とで
も言うような器用貧乏時代のがむしゃら系に近い味わいが感じられたのだ。

 そういう雰囲気を残した痛快な作品で、誰にも満足感を与えられるだろう
エンタテインメントだと思う。頭の良い二人の駆け引きがうまく表現出来て
いる。展開や構造の目新しさは実はそれほどなく、最後の意外性も予想範疇
内だとは思うので、採点自体は
6点とするが、「誘拐物」という括りで作品
を選ぶ機会があれば、思い出すことはあるだろうなと思う。      

 ちなみにパッと思い付くところでは、天藤真「大誘拐」、岡嶋二人「99
%の誘拐」「あした天気にしておくれ」、西村京太郎「華麗なる誘拐」、
村美紗
「新幹線ジャック(短編)」、貫井徳郎「慟哭」、連城三紀彦「人間
動物園」、笹沢左保「他殺岬」、三好徹の身代金シリーズあたりだろうか。
梶龍雄にも好きな作品があるんだけど、これは誘拐物と言っちゃいけない。

  

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