ホーム創作日記

8/3 「探偵文藝」傑作選 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

 
 心底羨ましい話ではないか。裕福で、完全に趣味を同じくする妻を持ち、
二人で探偵雑誌を発行し、自分達の創作もそこで発表する。ミステリ者とし
ては理想的な人生なのではなかろうか。半同人誌的ではあったにしても、
や不木や甲賀三郎なども書いているし、城昌幸をデビューさせ、主な活動
舞台にもなっていたようだし。3年半程の活動ではあったみたいだが、充実
していたのではないだろうか。ほんとに羨ましい話である。      

 読んでくれる人がほとんどいなくても、大学時代に少人数でミステリ同人
誌を発行していた頃を思い出させてくれた。しこしこと汚い手書きで書いた
ものだったが、今ならばPC環境で読みやすいフォントで体裁もいいものが
簡単に作れるのだろうなぁ。それでもコピーの普及があったわけだから、ガ
リ版刷ってた時代に比べたら随分楽だったんだろうけどね。      

 ま、そんな年寄りの繰り言は置いといて、と。いつものベスト3だが、実
話に想を得ていると思われる2作品、牧逸馬「夜汽車」、深見ヘンリイ「も
のを言う血」がこの枚数でピタリとはまって楽しめた。これと城昌幸の2編
のうち、怪談風の「シャンプオオル氏事件の顛末」を選択してみよう。 

 しかし理想の人生だとはいえ、松本泰自身はミステリ的センスに少々欠け
ているような気がしないでもない。犯罪物ではあるけれど、ミステリではな
いよなぁ。実話系に傾倒していたのかもしれないけど。採点は
6点。  

  

8/6 空想科学読本1 柳田理科雄 空想科学文庫

 
 これがデビュー作だということだ。最初の情熱が溢れているというか、基
本的なものが相当に書き込まれている。「空想科学大戦1」で漫画化されて
いるものは、ほとんど本書に書かれている。             

 しかし情熱と云えば、10桁までの家庭用電卓に、「理科年表」と「ウル
トラ怪獣大辞典」上中下巻とを片手に、これだけのもんを仕上げたとは驚き
だ。しかも4ヶ月。と学会からも「こんなにヘンだぞ!『空想科学読本』」
が出ていたようだが、まぁそりゃあ仕方あるまいよってとこだろう。本文庫
ではそれらの批判を含めた改定もされているのでお得です(?) 協力:山
本弘他「と学会」という注釈を付けても良かったかも。        

 でもそれを言うなら最大の協力者はきっとこの人だよね。そう、やはり怪
獣画の大御所といえば大伴昌司。あなたが怪獣に適当な数値を割り振ってく
れたおかげで、本書のかなりの部分が成立してるって言えるものね。  

「特撮の常識」をこねくり回す、安定した愉しみ。採点は6点。    

  

8/11 陰摩羅鬼の瑕 京極夏彦 講談社ノベルス

 
 ほとんど全てが読めてしまうと言ってもいいくらい、シンプルでわかりや
すい。それも紛れなく冒頭から。通常のミステリであるならば、致命的な欠
陥であるとも断言出来るだろうに、意外や意外それがほとんど気にならなか
ったりもするのだから、これはまさしく「京極小説」なのだろう。   

 このシリーズ全作品において、意外性を喚起する非常にシンプルな土台と
いうか核があったと思う。その周りにはミステリとしての装飾がふんだんに
施されていた。しかし、実際に面白味を感じられたのはその装飾ではなく、
ひょっとしたら物語の核そのものですらもなく、その核が露わにされるに至
る”道筋”だったのではないだろうか。それも”論理”という左脳の領域で
の脳内歓喜物質よりも、右脳の芸術野に染みわたる妖しい美意識ではなかっ
たか。事件の状況から解決に至る”道筋”に、いつの間にか絡み取られて、
覚醒ではなく麻薬のようにたゆたっていたのではないか。       

 だから本作はこれで充分なのだ。ここには紛れはない。余計な装飾すらも
ないと言ってもいいかもしれないほどだ。全てが”道筋”のみで形成された
作品、それがこの「陰摩羅鬼の瑕」なのだから。そこに至れば全てが見渡せ
る、解決という平原に辿り着く必要などない。歩き始めの最初から最終目的
地の山の頂上が視界に入っていても全く構わないではないか。これほどに無
駄なく”道筋”を愉しめる作品なんて、そうはないんだからさ。    

 本格偏愛派としては、この作品に7点付けていいものか悩むところではあ
るけれど、付けてしまいましょ。しかし、京極センセ、ここまで読者サービ
スしなくてもねェ。露骨な漢字の使い分けは解決部だけで充分で、冒頭では
ひらがなでぼかしても構わないのになぁ、というのが本格派のぼやき(笑)

  

8/13 美亜へ贈る真珠 梶尾真治 ハヤカワ文庫

 
 ひゃあ、これはもう反則とも言えるような布陣。様々な貌を使い分けるカ
ジシンの中でも、おそらくは最もファンに愛されているだろう、叙情SFの
書き手としての真骨頂作品ばかりを集めた作品集。題名に女性名が付いたも
のという縛りを設けたにも関わらず、最高レベルのアンソロジーになってい
るのは流石と言う他はない。                    

「きゃあ〜、ロマンチック篇なんて書いてある〜〜」「少女漫画チックな装
丁がぁ〜〜」などと引いたりせずに、是非堂々とした態度でレジに運んでい
きましょう。ちなみにこの画は「樹魔・伝説」「イティハーサ」等でSFフ
ァンにはお馴染みの水樹和佳子(”子”無しの方が馴染むんだけどなぁ)

「黄泉がえり」でちょっと興味がある貴方、SFはあまり読まないけど乙一
のせつなさ系は好きなのよねぇという貴方、自分の中にピュアな部分が残っ
ていることを信じられる貴方、そんな貴方のために本書はあります。  

 既にほとんど全部既読だよ、というカジシンファンの貴方のためにも、星
雲賞候補作でありながら単行本未収録だった「江里の”時”の時」を収録。
本書のラストを飾るにふさわしい時間物叙情SFの傑作。彼の時間物が好き
でこの作品が未読なら、この一編のためだけにも買うべきです、と断言。

 採点は8点。こういう作品を一つでもいいから産み出せたなら……  

  

8/14 ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎
               アントニー・バークリー 晶文社

 
 国書刊行会と晶文社の連係プレイで、処女作から順番通りに3作が読めた
わけだ。同じく晶文社から刊行予定の「絹靴下殺人事件」が出れば、最近復
刊された創元推理文庫の「ピカデリーの殺人」と合わせて、バークリー名義
の最初の10冊がようやく入手可能な形で勢揃いすることになる(注1)

この勢いならばきっと後期の作品も読めるようにしてくれるのだろうなぁ。

 最初の2冊を読み、これ以降の作品も何冊か読んでいれば、解決の予想は
付くかもしれないけれど、それでも愉しめること請け合い。導入から、シェ
リンガムの仮説の右往左往振りを経由して、皮肉なユーモア感溢れる解決に
至るまで、たっぷりバークリーを堪能出来る。            

 中でも正真正銘最後の一言がたまらない。従来のミステリ批判から端を発
したバークリーのアンチミステリの中でも、その精神をたった一言で表現し
尽くしたような、シリーズ屈指の名言ではないか。          

 頭から最後までバークリー節全開のお愉しみに、採点は8点。    

注1:「本棚の中の骸骨」において公開されているバークリーの作品リスト
   を参考にさせて頂きました。邦訳短編やバークリー論などもまとめら
   れていて凄い。それに今こうしてバークリーが読めるのも、この方の
   おかげなのかな。海外古典ファンの方は是非訪問してみてください。

  

8/22 モンスター(全18巻) 浦沢直樹 小学館

 
 友人から譲り受けることが出来たので、まとめて一気読み。ストーリー構
築力にはさすがに唸らされる。長期連載漫画も小説と同じように、以下の三
つのパターンに分類出来ると私は考える。適度に完結する話の繰り返しであ
る短編タイプと、短編の連続でありながら長編的な流れの方に重点を置く連
作タイプ、あくまで一つの流れとして大きく描かれていく長編タイプだ。

 本作は当然この長編型に該当する。しかし、漫画における長編タイプは、
小説のそれとはやはりかなり違う傾向を持っている。小説の場合、書き下ろ
しや比較的短い期間での連載が中心となる。そのため一部の例外を除いては
(噂では西村京太郎は犯人も決めずに書いているらしいが)、最後まできち
んと見えている状態で書かれるのがほとんどだろう。いわんや、ミステリに
おいては、だ。これはサスペンス物であっても同様だろう。      

 しかし漫画においては、たとえ人気作家であっても、最初から長期連載が
確保出来るわけではないだろう。単独作品自体の人気に大きく左右される。
そのため長編型であっても、相当にストーリーに自由度の効く作品がほぼ全
てと言ってもよいだろう。数巻で完結する場合は、最後まできちんと決まっ
ていることもあり得るのだろうが、もっと長い場合はまず不可能だ。この自
由度の観点から言って、短編型や連作型ではなく長編型でサスペンスを描く
ことの困難さは想像に絶するほどだろう。それを全18巻という驚異的な長
さで実現させたのが本書なのだ。「マスター・キートン」で短編サスペンス
の名手であることは証明済みだが、まさか長編で成し遂げてしまうとは。

 勿論欲を言えばキリはない。ヨハンの登場するシーンでは彼の”絶対悪”
性があまり見えてこない。結局真相が小出しにされて残された物が少なく、
ラストの盛り上がりに欠けている。その割にすっきり感のない意味深なラス
トシーンで、大長編を締めくくるカタルシスが味わえない。私としては主に
終盤近辺にそういう不満が残る。しかし、やはり困難をものともせず、この
大長編を描ききった豊かなストーリー性に、喜んで
8点進呈しよう。  

  

8/29 人狼城の恐怖(全4巻) 二階堂黎人 講談社文庫

 
 大長編漫画に続いては、大長編ミステリ。「月長石」が最初で最長で最良
の推理小説と絶賛された時期もあったようだが、「最良」はともかくとして
「最長」のタイトルホルダーは現在のところ本作で間違いないだろう。 

 勿論単に長いだけが本書の取り柄ではない。薄っぺらく引き延ばしたなん
て代物では到底ないのだ。たしかにこれだけの分量が必要な作品だと納得さ
せられるのだから、これはやはり凄いことだろう。たとえばフランス編とド
イツ編では双子のように似通った事件が起きるわけだが、それで退屈な思い
が強いられるわけではない。”人狼”というスリラーで緊張感を持続させ、
似通っているからこその誤誘導をその影で仕掛けたり、と芸が細かい。 

 意外にこの芸の細かさがミステリファン心を大いにくすぐるのだ。おそら
く発想の発端だったのであろう双子の城のトリックを始めとして、秀逸なト
リックが惜しげもなく数々と使われている。しかしそれ以上に心憎いのが、
ミステリファンに「あっ、これはこの手だな」と思考停止させておいて、そ
の裏をかいてくるところ。甲冑事件も「あの海外有名作品のアレだよな」と
思わせておいて(狙ってるよね)、更にもう一歩突き抜けた解答がある。

 大胆と繊細、を備えた大長編。1巻まるまる謎解きのみで構築されている
なんて、これだけでもわくわくするじゃないか。歴史ミステリの書き手では
なく本質が不可能犯罪作家だけに、歴史的な謎解き(ハーメルンやロンギヌ
スの槍やサンジェルマン伯爵など)よりも、圧倒的にミステリの謎解きの方
が興奮出来るので充分1冊もってるし。動機がほとんど無意味なのが気にな
るところだけど、こんな大量殺戮にどうしろっちゅうねんってとこだろうし
なぁ。オールタイムベストに考慮されてもいい作品だろう。9点付けるか大
いに悩んだところだけど、純粋本格にしては大袈裟過ぎなので
8点だ! 

  

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