ホーム創作日記

10/3 「エロティック・ミステリー」傑作選
             ミステリー文学資料館編 光文社文庫

 60年創刊という、このシリーズ中でも最新に当たる雑誌になるので、読
みやすさはピカイチだろう。あまり馴染みのない知らない名前がずらりと並
んでいるのも、シリーズの中でも異色に当たるかもしれない。残念と言うべ
きか良かったと言うべきか、まさしくエロティックというような作品はない
ので、女性の読者にも問題なく読んで頂けるだろう。         

 さて、読む量に書評を書くペースが全然追いついていない私としては、こ
のシリーズを読むときには、後でベスト選びに使えるように面白かった作品
はページを折るようにしている(本を傷物にするなんて、マニアな方には顰
蹙買っちゃうかもしれないけれど) 大抵はほんとに3作程度しか折られな
いまま終わってしまうのだけど、本作に関しては5作が折られている。単純
に読みやすさだけではなく、質も高かったと言っても良いと思う。   

 そんな中で断トツのベストは会津史郎「私は離さない」 解説でも触れら
れているが、わかりやすい展開からのこのぶっ飛んだ結末は、今までほとん
ど読んだことのない奇妙な味わいが感じられた。第2位は土井稔「青田師の
事件」 日本情緒豊かな世界にぴったりとマッチした不可能犯罪トリック。
第3位は悩んだので残り3作を同位で。風俗とトリックが融合する後藤幸次
郎「湖畔の死」、ちょっと苦しいが相変わらずのトリックメーカー振りが楽
しめる楠田匡介「湯紋」、展開が興味深い来栖阿佐子「疑似性健忘症」 

 また解説氏とかぶった選出だな。折れた作品数を評価して今回は7点

  

10/7 あなたの人生の物語 テッド・チャン ハヤカワSF文庫

 
 純粋なSFとして意識して読んだのは本当に久しぶりのような気がする。
ネット書評で心惹かれて手にしたのだが、これが大当たり。ほとんど忘れか
けていた”センス・オブ・ワンダー”という言葉が懐かしく蘇った。  

”懐かしく”といってもこの感覚が懐かしいだけで、作品のセンスはずば抜
けて新しく新鮮だ。いや、ひょっとするとストーリーの形自体は昔ながらの
ものなのかもしれない。しかし、その器に盛られている材料やアイデアが本
当に突出していて、どれもが今まで見たこともない飛び切りの作品に仕上が
っているのだ。個々の短編の受賞歴も凄いが、納得の傑作ばかり。   

 充分に長編を支え得るアイデアが惜しみないほどに盛り込まれている。あ
えて作品としての結構を付けていないような作品も多いが、全く気にならな
いほどアイデアの洪水に翻弄されるのだ。う〜ん、読み終わりたくなくなる
幸福な時間だった。ハーラン・エリスンやJ・ティプトリー・ジュニアなど
の登場に匹敵する、衝撃的で鮮烈なまでに希有な才能の誕生なのだろう。

 もう全部がベストと言ってもいいくらいあまりにもレベルの高すぎる作品
集なのだが、アンソロジーでも個人傑作集でもなく、これまで発表された作
品をまとめただけだとは。そんな中からあえてベスト3を選ぶならば、まず
は表題作。エイリアンの言語からロジカルに異世界の物理法則が導き出され
る。それが最後に叙述形式と融合するのだから、本格者をも魅了する作品だ
ろう。パラレルワールドな世界の創造では「地獄とは神の不在なり」が衝撃
的。こんなイメージを描き出すとは。センス・オブ・ワンダーの極北。さて
もう1作。珍しくオチのある「バビロンの塔」もいいし、「理解」の凄みも
強烈。時代物でありながら現代の遺伝子操作のイメージも想起させる「七十
二文字」も落とせない、「ゼロで割る」の数学性の面白さ、う〜ん、やっぱ
りどれも選べない。全部っ! SFの歴史に残り得る短編集。余裕の
8点

  

10/15 祈りの海 グレッグ・イーガン ハヤカワSF文庫

 
 今年新刊の「しあわせの理由」を買うつもりで間違えて買ってしまった著
者の第一短編集。間違えなかったとしてもいずれ買うことになったはずなの
で、結果オーライだったのだが。というのも、この作品集もテッド・チャン
同様、センス・オブ・ワンダーをたっぷりと味あわせてくれたからだ。アイ
デアの盛り込みも同じくらい凄い。著者のテーマであるようなアイデンティ
ティにまつわる問題が手を替え品を替え、全く違うアイデアとストーリーで
描かれていく。解説の受賞歴でもわかるように、これまた凄い短編集だ。

 ベストは表題作。なんと宗教の起源を科学で解明してしまう。抑えられた
ストーリー性ながらも、淡々として感動的な名品だ。アイデンティティ・テ
ーマの極北は「ぼくになることを」だろう。卓抜した着想からの最後の帰結
は、究極のアイデンティティ・ホラーとでも言ってもよいのではないか。最
後の一角には軟弱かもしれないが「キューティー」を入れてみることにしよ
う。実際に子供を持つとこういう話にはキテしまうのだよ。      

 ミステリファン向けと思える作品も多い。SFハードボイルドが意外な動
機に辿り着く「繭」や、未来を知る世界での壮大な嘘を炙り出す「百光年ダ
イアリー」などはきっと楽しめるだろう。その他の作品も巧みなアイデアで
新規な世界を創造するものばかりで圧倒される。採点は
7点。     

  

10/16 ネジ式ザレツキー 島田荘司 講談社ノベルス

 
「魔神の遊戯」と轍を一つにする作品だろう。自身の”責任”編集であった
「21世紀本格」を、追随者がいなかろうと実作で表現しようと試みている
島荘の男気が感じられた。デビュー以来今に至っても、この挑戦意欲を無く
すことのない姿勢は、本当に感嘆させられてしまう。氏の存在あってこその
新本格というジャンルの登場だったと思うが、新本格という”型”が定まっ
た時点を経過し、現在では止めどない拡散傾向が顕著に表れてきている。こ
ういう流れの中でも”本格”という軸を揺らがすことなく、それでいてまた
新たな道筋を開拓しようとしているのが、現在の氏なんだろうと思う。 

 根っからの開拓者であり、本格をリードする者としての自覚がはっきりと
見て取れる。評論型と実作型の両方を備え持った希有な人物であろう。氏の
示すビジョンには必ずしも賛同出来はしないのだが、やはり本格界にはあな
たが必要なんだと確信をもって思うことが出来る。          

 さて本作は二つのパートから成り立っている。病的心理を土台にして、フ
ァンタジーから現実を引きずり出すのが最初のパート。ここでは新規な科学
を導入することで新たな”謎”を創造するという、氏の提唱する「21世紀
本格」が実践されていると言ってよいだろう。そしてこれだけで終わること
なく、引き出された現実での不可思議な謎を解くべく、次のパートへと移行
していく。ここに従来型本格と21世紀本格を橋渡ししようとする、島荘の
大きな意図が感じられる。私自身はその道筋が”本格”を新たなステージへ
動かすことになるとは全く思っていないが、ミステリとしての水準を大きく
クリアしながら、自己の主張を実作として示すことの出来る有言実行性は実
に驚異的だ。その点も加点要素として、採点は
7点としたい。     

  

10/22 ソリトンの悪魔(上/下) 梅原克之 ソノラマ文庫ネクスト

 
「二重螺旋の悪魔」の感想とほぼ同じと言って良い。やはりハリウッド映画
そのままのノンストップ・ジェットコースター・海洋アクション巨編。巨大
な鮫やら正体不明な地底生物や宇宙生物やらが、必然性も何のそのでしつこ
くしつこくねちっこく襲ってくる映画を思っていただけば良い。B級的であ
りながらも豪快に金をかけたって雰囲気の映画を見ているような作品。 

 でも勿論全然否定的ではないぞ。読み終わったときの感慨なぞ全く不要。
とにかく休む暇なく一つが片づきゃ今度はこちらと、一瞬たりとも間を空け
ることなく次々に襲いかかる危機的状況。とにかく未練も媚びも一切無く、
究極なまでにエンタテインメントに徹しきってるんだから、作者の爆筆に連
れられて読んでる時間を楽しみ切れりゃそれでいい。         

 これだけ手に汗握るむっちゃ面白いだけ(褒め言葉だよ)のエンタテイン
メント書ける作者なんて、おそらくほんの一握りしかいないんだから。面白
ければそれでいいじゃんというハイな気分にさせてくれる。ザッツOK!

 しかし、この作品が推理作家協会賞を受賞しミステリ・プロパー達も驚喜
してたってのに、SF界では黙殺に近い扱いをされたという印象が残ってい
る。話題となったサイファイ論争も記憶に新しいところだ。拡散していくミ
ステリ界と、凝固していくSF界、そんな状況を如実に浮かび上がらせた作
品であり、作者であったのかもしれない。これだけ楽しめりゃ
8点だ! 

  

10/24 割れたひづめ ヘレン・マクロイ 国書刊行会

 
 今年はマクロイ再評価の年だったのかな。自薦傑作集に中編をプラスした
「歌うダイアモンド」がかなり高い評価を受けている。年末恒例の各種のベ
スト選出でもかなりの好位置を占めた。本作はその割を喰ってか、前年度発
行という対象期間の不利さもあってか、上位に食い込んでくることはなかっ
たものの、個人的には上記短編集よりもこちらの長編を高く評価したい。

 マクロイは本格味もあるサスペンスの名手というイメージが自分の中で固
定していたためか、すっかり油断してしまっていた。不可能状況的ではある
ものの、特に期待もせず漫然と読み進めていたのだが、なんとバッチリと不
可能犯罪トリックが炸裂しているではないか。いやあ、参った、不覚。 

 思えば中高生の頃に読んだ「暗い鏡の中で」以来のマクロイ作品だったの
だ。たった1作しか読まずに他の作品の評判などで、勝手に固定イメージを
作ってしまうのはやっぱり良くないな。こういうタイプの本格も書ける人だ
ったのね。機会を見つけて、解説で代表作とされている「家蠅とカナリア」
も是非読んでみようと思う。採点は結構上位の
7点。         

  

10/31 シクラメンと、見えない密室 柄刀一 ジョイ・ノベルス

 
「最終章で明らかになる壮大なる仕掛け」なんてものは期待しない方がいい
だろう。ありがちなネタだし、最初からずっと匂わせているので意外性は皆
無。こう思わせてひっくり返すのかとちょっとだけ期待していたのだが、そ
のまんまで終わるだけ。作者自身も連作として仕掛けてみたというわけでは
なく、連作としての結構を付けただけの話だろう。「OZの迷宮」再びか、
と期待させるような裏表紙の謳い文句は罪作りだよね。        

 というわけで本作で「本格を踏まえ、本格を超えた!」なんてのは、この
作者に対してはかえって失礼に当たるというもの。本格をどう超えるんじゃ
あ〜なんて楽しみ方ではなく、素直にド本格として楽しみましょう。  

 本格としてはやはり加納サマ(依怙贔屓)も解説されているように、「遠
隔殺人とハシバミの葉」がベストだろう。密室トリックのアイデア自体もユ
ニークだが、呪文の意味とその効果が解明されるシーンの「なるほど」と膝
を打つ爽快感は、ミステリの醍醐味そのもの。表題作での見えない密室の壁
が明らかにされるシーンもやはり捨てがたい。ベスト3のもう1作は、大掛
かりすぎだと思うが犯人指摘のきっかけも納得出来る「おとぎり草と、背後
の闇」にしよう。トリックが楽しめるのはいつもの柄刀節。採点は
6点

  

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