ホーム創作日記

7/1 達磨峠の事件 山田風太郎 光文社文庫

 
 風太郎のミステリー傑作編のうち、既刊の分類から漏れた作品を中心とし
た補遺篇。単行本未収録作品が多く、風太郎ファンにとっては必読の巻であ
ろう。但し目玉作品には欠けている感がしないでもない。採点は6点。 

 本書では、通常短編、ショート・ショート、ジュニアものと3つのパート
に分かれている。通常短編では、あまり読める機会のない実質的デビュー作
である表題作が目玉の一つか。初読作品の中では「死人館の白痴」「東京魔
法街」が特にお気に入り。前者のトリックは、この後も女探偵捕物帖シリー
ズや少年物にと3度も使用されているように、作者のお気に入りのようだ。
それも当然納得の悪魔的着想の不可能トリック。「東京魔法街」は意想外で
皮肉な結末に至るまで、騙しへのこだわりぶりが楽しい。       

 風太郎のショート・ショートというのも、あまり読める機会はなかったは
ず。ひょっとして女嫌いだったのかなとも思える「女」を始め、サプライズ
よりは皮肉感がぴりっと効いた作品群であろう。           

 ジュニア物は正直読むのが辛かった。実質デビューより随分前の昭和10
年代の受験雑誌に掲載された作品群。若い頃より文章力はしっかりしていた
んだなとは思うものの、内容が内容なだけに退屈感は否めない。    

 全体的にはコアなファン向けの作品集といった趣だと感じられた。  

  

7/2 文章魔界道 鯨統一郎 祥伝社文庫

 
 鯨統一郎は不思議な作家である。痛快なデビュー作以降、いったい次はど
んな作品が出てくるやら、予想が付かない。柄刀一にもそんな感触を受けて
はいるが、摩訶不思議さでは到底鯨氏には敵うまい。それが天然不思議なの
か、計算尽くの不思議なのかは判断が付かないのだけれど。私はあまり熱心
な読者とは言えないが、氏の動向は常に気になってしまっている。   

 そしてここにまた氏は、珍妙なる怪作を提供してくれた。いやはや全く本
当に予測の付かない御仁である。本作は”こじつけのプロ”が、こじつけの
芸術的形態の最前線でもある言葉遊び(本気度85%)に挑戦すると、こう
いう迷作(あるいは謎作?それとも銘作?)が誕生してしまうという一つの
実験である。科学実験ならば他の科学者による追試が必須のようだが、どう
かミステリ作家の皆様、本書の追試だけはお考えにならぬよう(笑)  

 褒めてるのか貶してるのかわからないコメントを並べ立てているが、実は
その態勢のまま最後まで進むつもりである。ミステリではないので、採点も
放棄。本書の圧巻は、作家名で大量の回文を作っているところだろう、とい
う当たり障りのない感想だけ書いておいてと、、、ええと、後は、、、まあ
いいや、私も夢から醒めるとしましょ            〜終わり〜

  

7/3 本格推理マガジン「少年探偵王」 芦辺拓編 光文社文庫

 
 小説家としてもマニアックで技巧的な作品を発表し続ける芦辺氏だが、本
格ファンとしては編集者としての氏の活躍も見逃せない。この本格推理マガ
ジンなどはその最たるものだろう。今回は少年ものを集めた巻になる。 

 全編少年ものとしての愉しみに満ちた本書だが、圧巻は「吸血魔」(高木
彬光
)だろう。これは傑作。次から次への展開は子供ならずとも息を飲むは
ず。速いテンポのスリラーに、本格トリック。これは夢中になるよ。  

 鮎川哲也江戸川乱歩もトリッキーな作品が集められている。図解されて
いる「まほうやしき」のトリックの楽しさときたら。鮎川氏の「空気人間」
「呪いの家」などは、充分に大人向けの短編を成立し得る出来映え。  

 探偵漫画「ビリーパック」も、犯人の正体を早めに明かしてしまうのが勿
体ないけど、絵で表現するのがふさわしいトリックやら、充分に楽しめた。

 よくこれだけの作品を発掘してくれたもの。これからも良質の発掘作品が
読めるという期待に、芦辺氏はおそらく存分に答えてくれることだろう。少
年ものということで、全てのミステリファン向けとは言えず、採点は7点
するが、これからへの期待を大きく膨らませてくれた巻になったと思う。

  

7/4 未熟の獣 黒崎緑 小学館

 
「しゃべくり探偵」シリーズを高く評価している私にとって、9年の沈黙を
破って出された本書にはかなり期待してしまった。なにせ「黒崎緑が秘術を
つくす」だし、「ミステリは技巧だとおっしゃるキミ。必ず二回はアッと言
わせます!」なのだから。                     

 結論から言うと、その宣伝文句はあながち間違いではないが、たしかにそ
の通りというほどのものでもない、といったところかと思う。ミステリファ
ンをそこそこ満足させてくれるけど、そんなに強い満足感までは与えてはく
れないだろう。でも読み応えはあるし、読ませる楽しさや不気味さも持って
いて、目立たないけど佳作に数えてもいいと思う。採点としては6点。 

 ラストにはいくつかの意外性が盛り込まれているが、それほど必然性が感
じられず、驚きのための驚きという感じがして、あまりすっきりしたもので
はなかった。それよりも2章のラストこそが技巧が効いていて、心地よく意
外性を愉しむことが出来た。本書の白眉はそこだと思う。       

 本書を機に再び黒崎緑がコンスタントに読めるようになれば嬉しいな。

  

7/5 ペルシャ猫の謎 有栖川有栖 講談社文庫

 
 基本的に私は有栖の短編集は読まない主義なのだが、アンフェアで有名な
表題作が、いったいどれほど凄まじげなことをやっているのかが気になって
文庫化を機についつい買ってしまった次第である。          

 一応、他の作品の感想を十把一絡げで上げてしまっておくと、「可もなく
不可もないミステリ短編を書かせたら、有栖の右に出る者はいない」 氏の
短編集を読まないことに決めてからは、各種アンソロジー系で目にしたのみ
だが、残念ながらこの印象をひっくり返してくれたことは、ただの一度もな
かった。ひどい作品はなく、手堅くまとめられてはいるが、そこから1歩も
抜け出ない。ただの優等生ほどつまらない存在はない、とでも言おうか。

 というところで表題作だが、ノベルス発表時の「ミステリ史上屈指の禁じ
手!?」という謳い文句を見て、叙述上のアンフェア、さもなくばミステリ
作法上のアンフェアを期待していた。ミステリとしての枠を意識しつつ、そ
こを逸脱する試みが取られているのだろうと。しかし、単に内容としてアン
フェアである、というだけだったとは。私にはそうとしか思えなかった。

 本作が千街氏が読み取ったように、論理の原則を突き詰めた果てだと解釈
すべきなのだろうか。確かに意識はしてるのだろうな。しかし、そうであれ
ばもっと論理の原則を徹底追及して欲しかったし、そうでなければそういっ
た論理の原則を描いた作品で、脇を固めて欲しかったものである。少なくと
もこの短編を一つ放っておくのではなく、フォロー作品(あるいは評論でも
構わない)が欲しいところだ。しかし、そういう甲斐性を氏に期待するのは
無駄だという内からの声が聞こえてくる。採点は平々凡々の6点。   

  

7/10 本格ミステリ02 本格ミステリ作家クラブ編
                                          講談社ノベルス

 
 本格ミステリ作家クラブ編ということで、1年間の本格ミステリ短編の状
況を軽く一望するには、最適な作品集と言えるだろう。年間アンソロジーは
各種出ているが、本格にこだわったものとして高く評価したい。7点。 

 勿論、欲を言えばきりがない。必ずしも各作者の年間のベスト作が選ばれ
ているとは言えない。各短編の版権の関係があるので叶わぬ希望だろうが、
本格ミステリ大賞の短編部門を設置して、候補作がこの1冊にまとまると最
高だと思う。その中から会員投票で大賞を決定というような仕組みにして。
大賞は会員の投票だけど、読者投票も同時に行って、その違いでどんな作品
が玄人好みなのかわかるような企画になってると面白味も増す。2分冊にし
て貰ってそれぞれに評論、漫画を付けてくれてもいい。賞と連携していると
読者としても参加意識持てて、売り上げにも貢献するはずなのだが。  

 恒例のベスト3選びだが、2作まではすぐに決定。謎の意外性とトリック
の構築力、これに人物造型や社会性まで加味した柄刀一「人の降る確率」と
落語のテーマに絡み合わせて、人情ミステリを描ききった大倉崇裕「やさし
い死神」 残り1作が悩みどころ。いつもなら迷わず麻耶雄嵩と行きたいと
ころだが、本作1作ではやりたいことが見えきれず決め手に欠ける。いつも
は槍玉に挙げている有栖川有栖も、相変わらずの優等生作品だが出来は悪く
ない。バカミス霞流一もいい感じだし、トリックはダメダメだけどパロディ
物の楽しみはいつもながら抜群の芦辺拓もいる。河内実加の漫画だって、題
名パロディ含めて結構いい感じ。そういうわけで3作目の選出は棄権。 

  

7/19 オイディプス症候群 笠井潔 光文社

 
 相変わらずの笠井潔の雄編である。初期3作を読み進めた時の辛さから、
「哲学者の密室」は買わずに済ませてしまったのだが、改めて後悔に襲われ
る。大学時代感じていたほど読みづらくはなかったし、さすがにこれほどの
構築力には感嘆させられてしまう。推理の落ち着き所に関して決して好きな
タイプのものではないのだが、圧倒感に襲われてしまうのは必至だろう。

 テーマへの喰い込み方も相変わらず熱がある。矢吹駆物を通じて、ミステ
リというジャンルの持つ主要なテーマを一つ一つ取り上げ、深くかつ又斬新
な考察を加えていく凄みは今回も当然継承されている。今回のテーマは「孤
島物」である。その閉鎖性と犯人の立つ場とを考察し、しかもプロットやト
リックに巧妙に組み込んでいく当たりは、ミステリ評論家としても強いポジ
ションを確立している氏の真骨頂であろう。             

 オイディプス症候群は、冒頭からその正体は明白にも関わらずはっきりと
語られず、何か仕掛けがあるのかとちょっとドキドキさせられたが、不発に
終わってしまった。題名だっただけにちょっと欲求不満かも。     

 謎と解決の緻密な構築力は壮観で、テーマもうまく絡んでいる。しかし、
その構造自体は単純な驚きをもたらせてくれるものではないため、すっきり
とした爽快感は感じにくいのが難点。ギリギリ8点を逃した7点としたい。

  

7/24 被告の女性に関しては フランシス・アイルズ 晶文社

 
 アイルズ名義の長編3作中、唯一読めなかった作品が出版された。晶文社
の予定を見ると、他社から漏れているバークリー作品をことごとく出版する
意志がありそうで、頼もしい限りだ。空前のバークリー・ブーム万歳! 

 さて本作は、超おくて男性版恋愛心理小説である。私自身がもろにそのタ
イプの男性であるが故に、痛い、痛い。そうでない男性にとっては、これは
ユーモア小説に分類されても然るべき作品である。しかしこの手の男性にと
っては、まさしく自分もこうなってしまうんじゃないかという、まるわかり
の感情移入状態で、とても笑える心境には達することが出来ないだろう。

 ある意味、女性には読んで欲しくない類の作品。こんなうじうじした男性
心理など知らずに済ませられた方が、おそらく幸せだと私は思う。   

 どんな真相が待っているかは、想像の範囲内だとは言えるかもしれない。
予想は付くものの、そう単純に事を収めてくれないのは、やはり意地悪爺さ
んバークリーこその手腕。一種のカタストロフィを用意して、読者の予想の
一歩上行く展開で、結末を飾ってくれるのである。          

 と思いきや、更に最後の1頁で心理的なうっちゃりを喰らわせてくれるあ
たり、ほんとに一筋縄ではいかない御仁。当初は3部作になる予定だったら
しいのだが、その全てにこのラストページが用意されていたのだろうかと想
像するのも、ちょっと楽しいやら怖いやら。採点は7点。       

  

7/25 追いし者追われし者 氷川透 原書房

 
 いつもの氷川論理節とは違って、叙述トリック物である、、、きゃあ〜、
言っちゃったよぉ〜、書評でネタばらししてもよいのかぁ〜、と一応は殊勝
に(?)自己突っ込みだけはしておくが、当然確信犯。これはどう見ても仕
掛けられてるよなという作品だし、読者もそれを承知の上で読み進むべきミ
ステリなのだと思うから。                     

 作者自身も「外挿」という章を用意して、中盤でやはり本作が叙述トリッ
クであることをかなりはっきりと暗示している。作者のフェアプレイ精神の
発露の一つでもあるだろう。勿論その裏には、それでも読者には見破れまい
という自信の程が見えている。しかも作者の仕掛けた数々を、作中人物の批
判的発言として読者に示すことで、嫌みさを消しつつ自己の手腕を誇示して
いる。一見姑息なやり方とも思えるが、理に適った演出であろう。   

 今回はこの形式を取ったことで、最後の真相自体はロジックの範疇に収ま
っていない。「修正された」という最終章の但し書きが可能になっているよ
うに、いろいろと取りかえっこ可能な結末であると言える。      

 しかしながら、勝ち負けの判定ではないが、作者の術中にまんまとはまっ
てしまったからには、採点は7点としよう。ところで本作は氷川シリーズと
リンクしているのだが、ちょっと矛盾が無いかい? 詳細はネタバレにて。

  

7/30 首断ち六地蔵 霞流一 カッパノベルス

 
 バカミスを心より愛する私なのだが、独立短編を除いてはこれが初霞とな
る。これまでの短編を読んだ限りの印象では、ひねた小技を駆使するトリッ
クメーカーだな、という点に尽きる。本作もやはりその傾向の一つだろう。
長編を読んでいないままで語る資格はないのだろうが、個々のトリックを大
技に昇華させるのではなく、上手く組み合わせてストーリー等へも絡み合わ
せて小説に仕立てるのが、得意な人なのではないだろうか。      

 そういう意味では日本の古典派の衣鉢を引き継ぐ人物なのかも知れない。
大坪砂男、大阪圭吉、鷲尾三郎などのバカミス系トリックメーカー達を想起
させてもくれる。いつまでも印象に残るような超絶トリックには欠けるよう
な気もするが、毎回工夫されたトリックが披露されているのは嬉しい。全般
的に作り物めいてしまうのは、欠点ではなく愛嬌だと思うべき世界かも。

 というわけで本作だが、連作ということでトリック満載。見立てやら、毎
回犯人が自決するという統一趣向やら、延々と繰り返される推理合戦やら。
まるで満艦飾のデコトラ(デコレーション・トラックのことよん)野郎の一
大パレードを見ているかのよう、、、という妙に現実感のないケバケバしい
バカバカしさに襲われるのは、、、そこは既に霞ワールドへの入り口? 

 押して押して押しまくる、貴方の押しの強さに負けました。採点は7点

  

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