ホーム創作日記

1/8 T.R.Y. 井上尚登 角川書店

 
 カドカワ・ミステリ・プレ創刊号で読んだものである。単行本よりも遙か
に安い(しかも軽い(笑))のだが、同時期に出して良かったのだろうか。

 それはともかく、あちこちで絶賛されているだけあって、やはり面白い。
間違いなく「面白い」小説であろう。時代の背景、実在の人物などを適度に
織り込みながら、よくこれだけのストーリーを構築できるものである。過剰
すぎない人物像の魅力もある。どこまでが騙しで、どこまでがトラブルなの
か、裏の裏のその又裏の裏の裏。駆け引きの緊張感、終盤の畳みかけるよう
などんでん返し。充分に練られたエンタテインメント。「面白い」小説を読
みたかったら、これを読んでそうそう損をすることはないだろう。   

 と、ここでやめればいいのに、続けてしまうのが私の悪い癖。どうも私は
単に「面白い」小説など求めてはいないようなのだ。”単に”とは失礼な物
言いである。わかってはいるが、穏当な言い方が思いつかない。私はミステ
リには常に「自分のミステリスピリットに訴える何か」を求めているのだと
思う。一般には「下らないミステリのどうのこうの」というのは不要な要素
なのだろう。周辺作品が高く評価されている現在のミステリ界(エンタテイ
ンメント界?)を見ると、それが普通の流れになっているように思う。 

 それはおそらく自然なのだ。人はやはり「面白い」小説こそを求めている
ものなのだろうから。私の方が偏向しているのだ。しかし、曖昧な物言いで
あるが、やはり私には「下らないミステリのどうのこうの」は重要な要素だ
し、「自分のミステリスピリットに訴える何か」をやはり求め続けている。

 本作において、終盤のどんでん返しの連続など、非常にミステリ的に見え
るかも知れない。しかし私には、なんでも出来る世界の中で構築されている
プロットであるように感じられた。それはいわば”選択”で構築できるもの
であり、制限の中に解答を産み出すミステリのアプローチとは、違うように
感じられたのだ。それ故に、あまり私の魂に響いて来るものではなかった。

 いわゆる”本格”のみが、私の望みを満たすものではないと信じたい。そ
ういうミステリもやはり数多く存在するわけだし。充分以上に「面白い」作
品であるが、私が6点を付けてしまうは、きっとこのような理由なのだ。

  

1/15 エンジェル 石田衣良 集英社

 
「衣良」おそらく本名ではあるまい。少女漫画ファンならば聞き覚えがある
かも知れない。大島弓子『バナナブレッドのプディング』に出てくる不思議
な少女の名前である。「世間に後ろめたさを感じている男色家の男性」を理
想の男性像とする少女、と言えば思い出される方もあるだろうか。本作も出
だしや他の幽霊との交流など、大島弓子『四月怪談』を思い起こさせる。お
そらくファンと想像する次第である。                

 殺されて幽霊となってしまった主人公。自分の人生をフラッシュバックで
追体験するのだが、最後の2年間の記憶がなくなっている。そして彼はその
空白の謎、そして自分殺しの犯人探しを始める。そういうあらすじである。

 フラッシュバックシーンは結構切ない。事情ある大金持ちであるものの、
根はちょっと気弱げなおたくといった主人公の設定が、その手の読み手の感
情移入を誘ってくれるし(私もやっぱりオタク系(笑)ではあるんだろうか
ら、一応含まれております)雰囲気は結構いい感触。         

 しかしながら、ちと後味が悪い。たしかに“空白の謎”を解決するには、
この真相しかないわけだけど、ぐぐぐっと来ていた気持ちに急ブレーキ。前
半部の、ある意味”静”(あるいは”清”、時には”誠”であるかも)と表
現できそうな生の追体験による”省”。そして”逝”を経て得た死後の生。
それは同時に主人公の”醒”であったはず。新たな”世”。いきいきと死後
を生きる”生”、恋という”性”、その思いは”勢”及び”盛”となり、終
盤の対決においては、”制”及び”征”の段階にまで達する。     

 それが主人公の”正”であったはずなのだ。しかし、最後に訪れる、それ
を覆す”背”。最初の生と死が、プラスマイナスの起伏が少ない故にか、受
け入れやすかったのに対し、この山状態からの一気の奈落が厳しすぎる。虚
しさに呆然としてしまった私。最後の”誓”となるラストシーンはいいのだ
が、やはり虚しさは決して”晴々”とはならず、採点は6点。     

  

1/16 Q.E.D5巻 加藤元浩 講談社

 
 今回は珍しく、2話とも満足の出来映えであった。まずは『歪んだ旋律』
子供向けパズルか『頭の体操』(古いか?)にでも出てきそうなネタではあ
るのだが、これが意外に目から鱗。単純さ故の驚きの効果。本格としての方
向性とは違うけども、パズルとしての面白み。『封印再度』の壷と匣の謎の
ようなものか。いや、そこまで言うと、褒め過ぎやな(笑)      

 次に『光の残像』主眼の一つである透視術に関してはミエミエで驚きはな
い。しかし、気にもかけてなかった密室が、意外な方法で開放された瞬間に
あっと驚いてしまった。これまた1話目に続いて目から鱗。強引に本格味強
い作品に埋め込むと浮きそうなネタだが、あっさりとうまく作品に溶け込ん
でいる。感じのいい仕上がりだと思う。               

 金田一くんの方向性とは違うのだが、うまくはまった時には、それなりの
レベルが期待できるようだ。もう少し番外編を少なくして、本格味をアップ
して欲しいところだが、しばらくはまだ買い続けるとしよう。今回は買う価
値有りの巻であったが、7点とまではいきにくいか。採点は6点。   

  

1/27 カレイドスコープ島 霧舎巧 講談社ノベルス

 
 島田荘司命名による期待(?)の新人の『ドッペルゲンガー宮』に続く2
作目。前回が『館もの』でったのに対し、今回は『孤島もの』?獄門島を意
識した作品らしいのだが、古い因習に支配された島という大きな設定の着想
を借りているだけで、特に関連性やパロディ性があるわけではなかった。

 ラブコメ風語り口が、読書人の”読みたい感覚”を大いに阻害しているの
だが、日頃文体やキャラにはこだわらないことを広言している私だし、やは
り長編となるとそれぞれの作者のリズムの取り方ってのがあると思うので、
それらに関しては述べずにおこう(って、充分言ってるやん)     

 というわけで今回の作品だが、どうもごちゃごちゃしていてすっきり感が
ない。個々の推理や小技はやはりいいのだ。咲の予言を一つ一つ成就させて
いくテクニックは、なかなか見所のあるものだと思うし。前作でも書いたよ
うに、基本的な本格センスは非常にいいものを感じさせてはくれるのだ。

 何か目玉となるアクロバットが欲しいのかも知れない。トリックなりロジ
ックなりの。そういう芯となるものがずいっと通っていれば、これらの小技
の積み上げが、非常に効果的に読者の満足感につながるのではと思うのだ。

 そうでないと、なんだかずるずると推理が続いていくような感触で、めり
はりが感じられない気がする。謎自体もそうなのだ。どこに注目すればいい
のやら、いろいろあることが却って散漫に感じられる。大業系がありそうな
設定だから、余計にそのギャップを感じるのかも知れない。何か注目すべき
核となるようなポイントを用意して貰えないだろうか?        

 2作とも薦められるほどの内容では全然ないが、個人的には今後に期待し
ている新人である。今回の採点は6点だが、いつか喜んで8点を進呈してし
まう作品を読ませて欲しい。次回は『嵐の山荘もの』さて、どうなる? 

  

1/30 首吊り学園殺人事件・魔術列車の殺人・
魔神遺跡殺人事件・速水玲香誘拐殺人事件・
銀幕の殺人鬼・天草財宝伝説殺人事件・  
雪影村殺人事件
(作品発表順)            
天城征丸・金成陽三郎・さとうふみや 講談社

 一月ラストは掲示板で募集したこともあって、大漫画大会である。まずは
一気に7話、金田一くん大感想大会と行こう!『魔犬の森の殺人』を気にい
ったので、思い切って未読(未視聴)作品の一気食いに挑戦してみたのだ。
ではでは、気に入った順に紹介してみることにしよう。採点は全作6点

『首吊り』…室井殺しの際の大胆なトリックが面白い。マジックで有名な手
順だが、ユニークな使い方。それが証拠にもなる、という点で更に評価アッ
プ。金田一くん全編通じて言える、漫画ならではの無理からさではあるもの
の、小説にはしにくいアイデアが、こうして生きるのはいいのではないか。

『魔術列車』…作品としての完成度が高い。つかみからラストのラストまで
面白みを引っ張ってくれる。密室から死体の処理までの団長殺しのトリック
は見事(但し『奇想天を動かす』のパクリの要素があるという話で、鳥頭の
私はトリックを思い出せず、その程度如何では評価が落ちるかも知れない)

『魔神遺跡』…トリックはよくある手ではあるのだが、いろいろと盛り込み
を行っている点では好感が持てる。カレンダーの件なども私は全く気付かな
かったし。でも宝の隠し場所は、ちと弱すぎるかなぁ。読者にわかりやすい
し、それよりも実際には登場人物が、片っ端から試してると思うもの。 

『天草財宝』…私は別解を考えていて、それでも成立するとは思うのだが、
さすがに作意解の方がいい出来か(当たり前)。解明時に出てくる心理的な
説明(”る”や雑音)が最も面白かったりはするのだが。トリックらしいも
のはこれ一つで、あとは延々と宝探しな話なので、お買い得度は低いかも。

『雪影村』…これは漫画であっても、ちと無理がありすぎるとは思う。しか
し、食傷気味の雪の足跡ものに、こういうアプローチを試みたのはほとんど
例がないと思うので、そこは評価する。自然現象で予測できないことがネッ
クの一つである雪を、設定上予測可能と出来るのも漫画ならではの良さか?

『銀幕』…謎はすべて解けた!そう、珍しく全てが読み切れてしまった。犯
人もトリックの全手順も手がかりも。睡眠薬のトリックは、もう一捻り、二
捻りすれば、ミステリのネタとしてうまく使えるような気がする。ありそう
でなかったようなトリックではないか。               

『速水玲香』…逆説的な”誘拐の意味合い”が多少面白くはあるのだが、そ
れを除いてはあまり感心できない内容だったように思う。それもあってか、
別の趣向が盛り込まれているし。く〜、『魔術列車』より先に、これを読ん
でしまった私の立場はどうなるの?悪役シリーズ・キャラがいるなんて…

  

1/31 死刑執行中脱獄進行中 荒木飛呂彦 集英社
華迷宮 神谷悠 白泉社           
栄光館殺人事件・孤島館殺人事件 
原作:青木吾郎、画:小川幸辰 講談社
とっても少年探検隊 あろひろし 集英社
沈黙のトキシン 立野真琴 白泉社    
西武新宿戦線異常なし        
原作:押井守 画:おおのやすゆき 日本出版社
パズルゲーム・はいすくーる5巻 
             野間美由紀 白泉社
 
 大漫画大会第2弾は、掲示板で挙げられた推薦ミステリ漫画特集。それぞ
れにミステリ性、ドラマ性などに注目点を持った作品ばかりであった。ちな
みに私自身のお薦めは、『聖バレンタインデー殺人事件』(宮崎ゆき、マー
ガレットコミックス)。”まともな”ミステリとは言わんけど、陸上部の話
の意外性や、クリスマスのトリックの構成、趣向の統一など見事だと思う。
さて、では今回も気に入った順に。採点はやはり6点になってしまうか。

『死刑』…ジョジョの作者の短編集。荒木流にアレンジされたゴシックホラ
ーな復讐譚や、サスペンスとユーモアがそれぞれにとんがった、シャープな
感覚に満ちあふれた佳品揃い。『ゴージャス・アイリン』『魔少年ビューテ
ィー』と同じく、ミステリファンも唸らすアイデアの詰まった濃い短編集。

『華迷宮』…ミステリには弱い少女漫画にしては(失礼な言い方だが)、ド
ラマ性としては勿論、結構真っ当にミステリとしても成立している、希有な
作品。最初の作品の推理の根拠、1シーンで表現できる、漫画ならではの着
想が綺麗で気に入った。2作目もいいらしいので読んでみることにしよう。

『栄光館』&『孤島館』…ミステリ中編をちゃんと劇画にしました、という
ようなオーソドックスな雰囲気を持った作品。ネタ的には読めちゃう内容で
はあるが、『栄光館』の最初の殺人の構造の面白味など、今後に期待できそ
うなセンスも見受けられる。画は気色悪いが、要チェックだろうか。  

『とっても』…川口浩の探検隊パロディギャグ漫画。随分古そうな作品で期
待薄だったのだが、意外や意外なセンスの良さで結構気に入ってしまった。
確かに『どんどん橋』所収のある作品を想起させる、あっと驚く趣向あり。
ミスを誤魔化しての結果OKにも思えるが、最初からの狙いなら拍手もの。

『沈黙』…神谷悠、森次矢尋、野間美由紀などもそうだが、少女漫画におい
ては、どうしてこうもミステリ漫画のスタイルが似ているのだろう。本格性
を追うよりも、心理やドラマ性を楽しむのが中心だからか。そういう点では
満足作。カラーであれば、漫画ならではの伏線が描けたかも知れないね。

『西武新宿』…一歩踏み出せば別世界になる、現実の境での青春像の甘酸っ
ぱさは、さすが押井守。ミステリでは全くないのでこの位置とするが、読む
価値あった作品。ただ、女性の計算高さが逆に魅力的に思えるほどに、描き
込んで欲しかった、不二子ちゃんみたいにさ。これじゃ惚れられないよね。

『パズル』…私はむちゃ古臭い道徳観の持ち主なので、主人公高校生カップ
ルが平気でベッドインするのに、馴染めなかった過去のあるシリーズ。『あ
いにくの雨で』を思わせる、ちょっといびつな社会性を持った高校の事件。
「何故遅れて発行されたのか」というホワイに注目する推理はいい。  

  

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