ホーム創作日記

7/2 名探偵の肖像 二階堂黎人 講談社ノベルス

 
 作品自体よりも、後半のカー関連部分が、ずっと身があって楽しめる。
辺氏
との対談なんか、是非とも参加させて欲しくなるような内容。非常に鋭
い考察、示唆に富んで(そうかあ?と疑問に思うところも多々あるけれど、
それでこその対談か)、カーファンとして非常に心嬉しくさせてくれた。

 これはもう、先日の「鮎川哲也読本」みたいに、是非「ディクスン・カー
読本」を作って欲しいぞ。そのときに全作品のあらすじと、こういった解説
を付けてくれれば申し分なし。カーの作品って、内容忘れやすいので、是非
ともそういう本が欲しい。以前「エラリークイーンとそのライバルたち」と
いう読本(山口雅也監修)が最適な入門書だったが、あれ以来適当な書がな
い。是非是非、作っては頂けないだろうか?そう、今年か来年には、ひょっ
としたら残る未訳長編も出版されそうな勢い。それを記念して、是非是非!
−>芦辺様、二階堂様、各出版社様!!!              

 さて、一応作品に関しても。やはり、ここは表題通り、パスティーシュだ
けでまとめて欲しいところ。ベストは「赤死荘の殺人」。というか、他には
選べる作品が無いというのが正直なところだ。一見面白い「素人カースケの
世紀の対決」も、この問題の提示で、このオチは成立しない。「深く考えず
に」と本人が書いている通り、二階堂とも思えないいい加減なごまかし。全
作品解説、対談、パスティーシュと、カーファン(だけ)は勿論充分以上に
満足できる内容だが、それ以外の人には大いに疑問符なので、採点は6点

  

7/10 そして二人だけになった 森博嗣 新潮社

 
「すっ、凄い作品だっ!これがこんなに明快な論理で解けるとは?!」 

 驚愕!驚愕!驚愕!これは過去の大業・離れ業を見事に決めた大傑作達に
比肩し得る作品だ、、、と思っていると、、、あらら?あらあら?あれれ?

 何故に台無しにしてしまうのだぁ〜〜〜、森センセ〜〜〜(泣)!!!

 この作品に関しては、もうネタバレで話すしかない。少なくとも一旦は、
素晴らしいミステリとして着地しているので、充分に傑作と言い得る作品で
あると思う。この傑作を読み逃すことにならぬよう、以下のネタバレ書評へ
進むのは、必ず本作読了後にお願いします。             

「そして二人だけになった」ネタバレ書評へ...

 さて、真意はつかみかねるものの、やはりトリックの衝撃度は「幻惑の死
と使途」
「封印再度」の壷と匣の謎を大きく上回っている。積み上げた積
み木をわざと倒したと云っても、我々がただ「勿体ない」と感じてしまうだ
けで、決して破綻しているわけではないのだ。よって本作は、現時点での森
氏のベスト作だと推しておこう。                  

 採点は8点。今年の私にとってのベスト作になる可能性が高い。しかし、
ポテンシャルとしては、9点もしくは10点の可能性さえ秘めていただけに
それでも惜しまれる作品である。                  

  

7/13 謎のギャラリー 特別室(3) 北村薫 マガジンハウス

7/16 謎のギャラリー 最後の部屋 北村薫 マガジンハウス

 
 収録作品は、第3巻が乙一『夏と花火と私の死体』、宇野千代『大人の絵
本』、ジェイムス・B・ヘンドリクス『定期巡視』、古銭信二『猫じゃ猫じ
ゃ』、シャーリー・ジャクスン『これが人生だ』の計5編。最終巻が福田善
之『真田風雲禄』、林房雄『四つの文字』、ハリイ・ミューヘイム『埃だら
けの抽斗』、西村玲子『かくれんぼう』、城昌幸『絶壁』の計5編。  

 今回は、冒頭に北村氏のエッセイが置かれ、それに続いて各作品が配置さ
れると云う構成になっている。何故だか私は、エッセイ部分では、それほど
そそられなかった。北村氏の思い出話ではなく、「何故これが一般にも評価
出来るのか?」という話をもう少し補足して欲しい、という若干のもどかし
さを感じてしまったせいだろうか?現代随一の名文家、名アンソロジストた
る北村氏に対して、非常におこがましい話なのだが。         

 内容としては、さすがに各巻の目玉である中編2作『夏と…』『真田…』
は、面白い。『夏と…』は、稚拙なのか効果的なのかわからない、へたうま
のような文体と、ちょいと不条理気味の雰囲気に引きずられて、意外な落と
し所までついつい進んでしまう。気の抜けた力強さのある不思議な作品だ。
脚本文学も好き(北村想、野田秀樹、岸田賞作家等)な私としては、やはり
『真田…』も楽しめた。歴史に疎いので、史実との絡みがわからないのが残
念だが、SF的設定と波瀾万丈な展開と人間ドラマ。エンタテインメントに
徹しながらも、描く深さを兼ね備えた破天荒な名作だ。この2作に併せて、
ちとブラックなミステリコント『埃だらけ…』でベスト3。採点は6点だ。

  

7/17 告白 作:福本伸行、画:かわぐちかいじ 講談社

 
 珍しく劇画を紹介しよう。「カイジ」「アカギ」「天」などの、ミステリ
ファンを唸らせるアイデアの詰まった(らしいのだ、私は残念ながら未読な
のだが)賭博漫画で有名な、福本伸行の原作である。これにカイジつながり
で(かどうかは知らないが)、「沈黙の艦隊」の作者が絵を付けたものだ。
知られた作品ではないだろうから、あらすじから書いてみることにしよう。

 大学時代親友だった二人が、冬山の登頂を試みる。途中事故に遭い、ビバ
ークしながら、完全に死を覚悟した一人が、過去の殺人を告白する。しかし
その時、吹雪が途切れて、なんと目前に山小屋を発見、九死に一生を得る。
男は、先程の告白を後悔、もう一人を亡き者にしようと決心する。山小屋を
舞台に、緊迫したふたりだけの戦いが始まる。最後に生き残るのはだれか。

 男二人の密室サスペンス劇。それぞれにハンデを付けて、緊迫感を盛り上
げてくれる。極端なまでに限定された舞台と登場人物。ミステリファンの興
味を、非常にうまく惹き付ける設定である。一舞台一幕のスリラーとして非
常に良くできた作品だと思う。一巻完結であるし、サスペンス・ミステリの
秀作として、ミステリファンこそ一読に値する作品だと、推薦しておこう。

 ミステリに淫する私の好みから云えば、もう少し大胆な前振りをしても良
かったかな、とは思うものの、おそらくそれでは別物の作品に仕上がってし
まうのだろう。年間ランキングには載せないが、採点は7点。お薦め作品。

  

7/23 ドッペルゲンガー宮 霧舎巧 講談社ノベルス

 
 いかにも何かやってくれそうな雰囲気で、「新本格ルネッサンス、驚天動
地の館トリック、今世紀最後の隠し玉」と、宣伝文句も大仰な作品。摩耶ク
の例があるから、とりあえずこういう煽り文句は根っから疑うことはしな
いことにしているのだが、さすがに今回はやはり誇大広告だったか。  

 まずはいきなりキャラクターや会話に馴染めない。文章下手だから、個々
の特徴付けを行おうとして、勘違いな方向に走ってしまった感じか?個人的
にはそういう要素はあまり重要視しないので、逆に期待感が盛り上がったり
もした(下手でもこれほど持ち上げてるってことは、ミステリ的には凄いこ
とをやってるのだろうという逆説だ)のだが、報いは大きくはなかった。

 しかし、がっかりと云うほどのものではない。クローズド・サークルの内
と外とが同時進行する展開は、なかなか妙味有りだ。ホラー映画の「何故ヒ
ロインは必ず2階へ逃げるのか?」というような、パロディ気味の面白さも
持っている。折角、こういう構成になっているのなら、内と外とを結ぶミス
テリとしての企みが欲しかったけど、残念ながらそれは無かった。ラストも
収まるところに収まった小粒感が拭いきれない。           

 ただ、この人は、大業系を狙うよりも、小技を組み上げていく方が長けて
いる人のように感じた。個々の推理は小技が効いていて、基本的な本格セン
スは悪くないように感じさせてくれたのだ。キャラ設定にも言えるが、変に
奇をてらわずに、真っ正面から本格に挑んでみて欲しいように思う。とりあ
えず2作目は読んでみる気になっている。本作でも過去としてネタ振りされ
ているミステリ研時代の事件なのだろうか?採点はやはり6点だ。   

  

7/28 百鬼夜行−陰 京極夏彦 講談社ノベルス

 
 京極堂シリーズの犯人や被害者たち、それら登場人物の心の闇を、”じわ
り”と描き出した短編集である。それだけに、読む端から忘れていく鳥頭人
間には辛い作品集となっている。「どれに出た誰だっけ?」とさっぱり思い
出せず、本来の面白さの一部しか味わうことが出来なかった。これから読ま
れる方は、過去長編を手元に置いて、読まれることを推奨する。    

 しかし、なんともまあ、個々の題材への絡め方は、さすがにうますぎる。
短編であるので、興味が題材に集約しやすく、まさしく妖怪作家としての面
目躍如といったところだろうか。”怪”はおそらく、人の外にあるものでな
く、人の内にあるもの。”妖怪”がその象徴であるのならば、やはりそれも
又、人の内にあるもの。この作品集は、それを良く表したものなのだろう。

 また、独特の筆致は、こういう作品でこそ、なお一層生きるようだ。自己
の拠り所となるものが揺らぐ、人としての存在が揺らぐ、そんなゆらゆら感
の描きの凄みは、他を寄せ付けぬ圧倒感。              

 しかし、これらの各短編は、序章として各長編につながっていくものであ
り、つまりは、あくまでも絡み取られる話ばかりなのだ。解きほぐされる、
あるいは祓われることを望む、「本格」志向の私に向いた作品集ではなかっ
た。描写としてのカタルシスはあるが、話が収束する”閉じる”カタルシス
は、ここでは得られない。その意味でやはり採点は6点しか与えられない。

  

7/31 大密室 新潮社

 
 特に「本格」を愛好するミステリファンならば、「密室」という言葉に、
何らか特別な思いを抱かずにはいられないはずだ。それは必ずしも肯定的な
意味合いばかりではなく、半ば自嘲気味な否定の気分も多分に含まれたもの
になりがちなのだろう。年季の入ったミステリ読みであればあるほど、輝か
せた目ではなく、ちょっと気恥ずかしげな表情で「密室」という言葉を、吐
かざるを得なくなってしまうのだ。                 

 ここに作品を寄せた作者達も、おそらくやはりそういう読者でもあるわけ
だ。だから、改めて”密室ものを競作で”なんて依頼を受けると、困ってし
まうのだろう。正面切って、「はい、そうですか」と古典的な密室物なんて
なかなか書けやしない。ただの短編依頼ならまだしも、密室物という条件だ
と、ついつい”いかに外すか”なんてことを考えてしまう。エッセイにした
ってそうだ。「密室???好きですよ、大好きですよ、読むのも書くのも」
なんて内容を、堂々と言える代物ではないのだ。どうしても気恥ずかしげな
照れの入ったエッセイになってしまう。               

 つまりはそういう作品集なのである(笑)比較的普通に密室に取り組んで
しまった冒頭の有栖川が、ちょっとおまぬに思えるほど、斜めから下から裏
から密室を見据えたような、風変わりな作品が並んでいる。最後は行き着く
とこまで行っちゃったような、究極的山口雅也作品で幕を閉じるのだ。 

 これは必然の状況なので、ある意味パロディ作品集とでも受け取った方が
間違いがないだろう。そういう意味でもベスト3は、倉知淳「揃いすぎ」、
山口雅也「人形の館の館」、法月綸太郎「使用中」にしてみよう。有栖川の
「ええっ!」と叫んでしまった(私もだ)エッセイを始め、各作者の、照れ
とまどいのエッセイも楽しい。一応6点とするが、そういう「ひねくれた」
(笑)見方をしてしまう読者にとっては、意外に満足の一品かも。   
 

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