ホーム創作日記

8/10 海の仮面 愛川晶 カッパノベルス

 
 私の96年度ベスト10で、「星降り山荘」や「人格転移」や加納朋子
押さえてベスト1に選択した「黄昏の獲物」の作者、愛川晶である。本作は
「光る地獄蝶」「黄昏の獲物」と併せて、3部作を構成している。確かに完
結編であるので、3作通して読んだ方が趣はあるのだろうが、それぞれを単
独で読んでも、ミステリとして楽しめると思う(「光る…」は未読だが)

 シリーズ前作「黄昏の獲物」は、最近では結構珍しい、真っ向から本格に
取り組んだ作品であった。仕掛けや設定や饒舌でポイントを稼ぐのではない
その作品スタイルに非常に好印象を抱いたものである。こういうタイプの作
品では、本来のミステリ作家としての力量が、ストレートに現れるもの。作
者の実力は充分に証明されている、と思って良いだろう。       

 さて、今回もやはり、そういう系統を引き継ぐ作品である。話の構成、謎
の構築力など優れているのだが、最後に至っても釈然としない人物像があっ
たり、推理のカタルシスをあえて阻害する結末が待ち受けていたり、とミス
テリとしての喜びを前作ほど感じることが出来なかった。       

 何より、自信作として喧伝されているトリックが、ミステリとしての爽快
感を呼び起こしてくれなかった。特に「海の密室」の解決は、幾ら伏線が張
ってあっても、結構シラけてしまうものではないか。波止場でのトリックの
創造性は、2種類の結末とも非常に巧妙に作られていて感心するが、それで
もやはりこの手のトリックは、素直に喜べないのも事実だ。      

 残念だが、総合点は6点。しかし、本格作家として今後も期待できよう。

  

8/11 ハサミ男 殊能将之 講談社ノベルス

 
 新刊紹介のメルマガや、ミステリ関連のMLなどで、複数の人の感想を読
む機会があったのだが、最も多い反応は「ネタはわかった、が、面白い」と
いったものであった。ミステリ的には弱いのだが、小説として面白い、とい
った印象を非常に多くの人が抱いているようだ。           

 従って、まず第一に”ミステリとして評価できるか”という点を、評価の
中心に置いている私としては、辛い採点にならざるを得ない。     

 本書では、ミステリとして二つのネタが扱われている。一つは、「もうこ
のネタを素のままで使用するのは法律で禁止して欲しい」とすら、常々思っ
ているネタである。またこんな使い方を、と目を覆ってしまった。   

 もう一つは、自己撞着的な自己パロディになってしまっているネタ。力量
の知られている既存作家が、確信犯として放つ場合には、許容されると思う
し効果的かもしれないが、新人作家としては扱って欲しくないネタである。
それが狙いであるのか、作者の技量であるのかの境界線を、読者としてどう
引けばいいと言うのか。                      

 誰もが推している人物造形のユニークさで、読み物としての成立性は高い
が、上記のようにミステリとしては、私としてはあまり評価できない。長短
所の振幅は非常に大きいのだが、総合点としては平凡な6点止まり。  

 さて、珍しく最後に1編のミステリパズルを提供してみよう。本作読了後
に、是非挑戦していただきたいものである。             

当然!!!ミステリパズルに挑戦する人はこちらへ...

  

8/12 本格推理14 鮎川哲也編 講談社文庫

 
 ここ数年2冊組となって、奇数巻の方が奇想系の作品が多くて、趣味人向
け、というパターンが続いていたのだが、今回から(?)年1巻になってし
まったようだ。2巻組が1巻になって質が上がるかというと、そうでもなか
ろう。粒は揃うかもしれないが、ちょっと枠をはみ出した作品が、読めなく
なってしまうかもしれない。きず(文章力が少々稚拙、破天荒すぎる、等)
はあるが、ミステリとして面白い(仕掛けやトリックや着想等)といった作
品が、落とされてしまう可能性が高いからだ。そつのない作品よりも、粒は
粗いが妖しく光る作品をこそ、私は素人公募には期待している。が、さすが
に商品として扱う側としては、ある程度及び腰にならざるを得ないだろうし
それがきっと数多くの(苦笑)読者に対して、誠実な態度なのだろう。 

 というわけかどうかは定かではないが、やはり今回は平均点はクリア出来
る作品は並んでいるものの、がむしゃらな力強さみたいなものを感じさせて
くれる作品はなかった。例年の偶数巻通りのイメージである。     

 そんな中で、恒例のベスト3選出となると、「壊れた時計」「ドルりー・
レーンからのメール」「問う男」となる。オープニングのふりと、ミスディ
レクションが、なかなか小憎らしい味を出している「壊れた時計」は、確か
にもうひとひねり加えれば、秀作になるだろう。「ドルリー…」は、今回の
ベスト作か。マニアの作ったミステリ・クイズの典型的作品。割り切って楽
しむ分には、良い出来かと思う。「問う男」は、前巻の「プロ達の夜会」の
好印象を引きずってのトップ3入り。本作だけでは弱いが、サンタ探偵シリ
ーズ(?)として独特の味を持って、実に興味深い。この人の短編集は読ん
でみたいぞ。                           

 採点は予想通りの6点。なかなかずば抜けた作品が現れないのは、残念。

  

8/14 金田一少年の事件簿 短編集4

8/21 魔犬の森の殺人      

天城征丸/金成陽三郎/さとうふみや 講談社

 ほぼ同時期に、立て続けに金田一君を読んでしまったので、まとめて感想
を書いてみることにしよう。随分久しぶりの金田一君で、このシリーズの黄
金パターンを忘れていたせいもあってか、意外に楽しめてしまった。  

 まずは短編集4。やはり最初の「金田一フミの冒険」が一番出来がよい。
基本形の手がかりで工夫はそうないが、油断して読む分には充分。実は、本
書が行方不明になっているので(苦笑)、感想はここまで。しかし、他の作
品は全く印象に残っていないので、特に語るべきものもなく、採点は6点

 さて、メインは「魔犬の森の殺人」である。単行本化の際に、事件毎にま
とめられるようになった最初の事件である。しかも1巻完結で手を出しやす
い。つまりは、今まで単行本を購入していなかった人を、この作品から引き
込もう、という寸法であるから、自信作だろうと云うことは想像がつく。

 そして何と、その想像は裏切られなかったのだ。”久々に”というより、
”初めて”ミステリとして感激させてくれたように思う。トリックのアイデ
アと、その構築力は、充分に認められる出来映え。伏線も綺麗に紛れていて
練られている。いつも、そこそこのレベル止まりだと思っていたけれど、お
みそれいたしました。金田一君初の7点を謹んで進呈。珍しくもお薦め品。

  

8/17 玩具修理者 小林泰三 角川ホラー文庫

 
 実は、ホラー大賞短編賞の表題作ではなく、抱き合わせの「酔歩する男」を
お目当てに購入したもの。ミステリ関連のMLで、時間物の話になった際に、
近年の収穫の一つとして薦められた作品である。ホラーと銘打たれたものは、
基本的にあまり好みではないので、宣伝に”意外性”が強調されているか、そ
の他特別に琴線に触れるものがない限り読むことはないのだが、この作品集は
幸いにも”当たり”だった。推薦してくれた方に感謝である。      

 作者は、私としては詳しくないクトゥルーをモチーフにすることが多く、ジ
ャンル的にはモダンホラーというくくりであると考えていた。馴染める要素が
ないではないか、と。ところがいざ読んでみると、意外に馴染み深い雰囲気。
「なんだ、これは古き良き探偵小説じゃないか」そう、モダンホラーと銘打た
れているものの、実は見知らぬ時代の愛すべき探偵小説達、特に”奇譚”系の
作品の雰囲気を再現させたものだと、読み取ることも出来るように私には思え
た。特に表題作は、二人の会話が話し手に舞い戻る、最もオーソドックスな伝
統的手法の秀作である。手法も素材も格別目新しくないのだが、個人的にはそ
れが良い。切れ味も爽やかさをも感じるほどで、短編としての完成度高し。

 時間物としての「酔歩する男」も又いい。延々と繰り返される時間論理の論
理性と、ストーリーが紡ぎ出す酩酊感の感覚性が、うまくマッチした佳作。

 採点としては、2作品とも非常に楽しめたので7点進呈。ところで、風味付
け程度のクトゥルーの隠し味は、マニア受けはどうかしらないが、一般ファン
である私にとっては、あまり嬉しくない。わかる人には、この辺別の意味が取
れるんだろうなぁ、ってのが見えるのが、ちょっと悔しいのかも(笑)  

  

8/26 推定相続人 ヘンリー・ウエイド 国書刊行会

 
 第1期に予告されていながら、他の作品と差し替えられ、第2期に回って
しまった作品である。待たされた割には、残念ながら実りの少ない作品であ
った。世界探偵小説全集は、知られざる本格派作家を紹介するという意味合
いも大きいと思うので、出来れば倒述物の本書ではなく、本格系の作品にし
て欲しかった。森英俊氏、解説者が揃って推している、本書の前作に当たる
警察署内の殺人を描いた作品で出会いたかったものである。      

 本書は読み物としてどうかはともかく、ミステリとしては最後の真相がい
かに決まるかという点に尽きるだろう。その意味では、解説に(ある程度ミ
ステリを読みなれた人には想像がつくかもしれないが)と書かれているよう
に、おそらく読みなれていない読者を含めてさえも、容易に想像が付きすぎ
るものである。                          

 本格ではない、という点を抜きにしても、倒述物としてもあまり評価でき
る作品ではなく、残念ながらこれまでの世界探偵小説全集のワースト作品。
但しこの最高のシリーズに対し、これ以下の点は付けられないので、6点

  

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