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「そして二人だけになった」ネタバレ書評

森博嗣「そして二人だけになった」の完全ネタバレです。
必ず、読了後にお読み下さい!

 不思議な話である。あれほど、明快にミステリとして、割り切れているの
に、どうしてわざわざサイコな話にしてしまうのだろうか?素晴らしく独創
的な犯罪構成を作っておきながら、なんの特徴もない単純な犯罪(気の違っ
た人が殺しを行っただけ)にどうしてトーンダウンさせてしまうのだろう?

 第3者の手記という形を取っているため、リドルストーリー的な解釈は不
可能となっている。『5人しか入らなかった。彼が他の4人を殺しただけ。
エピローグも彼の精神世界の中の話に過ぎない』この解釈しか許されない書
き方がされてしまっていて、私としては非常に興ざめに感じた。    

 これをミステリ的興趣として成立させるためには、主人公二人(実際は一
人)以外の会話や行動は、有佳の存在がないものとして、描かれなければな
らないはず。読み返してみると、主人公達以外は、実は正しい認識を持って
いた、という形式になっていなくてはならないと思う。主人公達同士の会話
・行動は狂気で創造されているとしても、他のメンバーの行動・会話まで作
り変えるのは納得がいかない。                   

 勿論設定としては、これはその場その場の出来事を客観的に描いたもので
はなく、勅使河原からの聞き取りをもとに作られた手記という形式を取って
いる。勅使河原の頭の中では、実際の出来事が、森島有佳が存在していたよ
うに、歪められて再構成されているわけで、それを手記にしたものだから、
という言い訳になっているのだろう。                

 しかし、これが上述のような叙述がなされていたのなら、大業トリックを
決めた本来のミステリとして、なおかつ、大業トリックを決めた叙述ミステ
リとして、それを同時に成立させる神業のような「超ど級の大傑作」になっ
たと思うのだ。勿論非常に困難で、かなり綱渡りな記述になってしまうだろ
うが、通常の叙述ミステリでは、そこに気付いてしまえば終わりなのに、本
作では本格大業ミステリとしての驚愕が待っている。たとえ、どちらかに気
付いた人がいても、おそらくそこで思考が停止するから、もう一方は読めま
い。更に突き進んで、この二種類の構造も、読者がどちらをも選択すること
ができる、リドルストーリー的な要素さえ持っていたとしたら、、、。完成
作に対しての「もし」の積み重ねは不毛かもしれないが、是非とも、こうい
う構成で読ませて欲しかったものである。              

 さて、ではどうして、森氏はこんな自らが組み上げた積み木細工を、あっ
さりと壊してしまったのだろうか?                 

 ある人から、森氏は途中で、これに無理があることに気付いたのでは、と
いう指摘を受けた。電話でいくら頻繁に連絡をとっても、二つの場所で全く
同じようなことを起こらせるというのは、実際としては不可能だろうと。た
しかに、どちらかだけで成立させられればいい、という条件なら可能かもし
れないけど、両方を満足させるのは、無理があるように私も感じていた。そ
の可能性も、ひょっとしたらあるのかもしれない。          

 また、ある人からは、本格系の謎解きものと思わせること自体が、ミスリ
ードであったのでは、という指摘も受けた。その中で、「相対性理論」や各
章の頭にある理論の説明も、全てふりだったのでは、という指摘もあった。

 ひょっとすると、ここ(相対性理論や理論説明)にこそ、本作を読み解く
鍵があるのかもしれない。                     

 たとえば、自分の立つ座標系をどこに置くかで、まったく違うふるまいが
観測されるミステリ。主人公の精神世界の座標系に、自らも置いてしまえば
そこは大技系本格ミステリとしての法則が成立する世界。しかし、別の座標
系から(これが現実の座標系になるのだろう)観測すると、先の法則は成立
し得ず、別の多重人格サイコミステリとしての法則が成立する。    

 アンカレジ内部が、準光速で運行している宇宙ロケットのようなもので、
その内部での出来事と、それを外から観測する場合には、全く違う法則、全
く違う状況が観測される、そういった話を書こうとしたのだろうか?  

 この分析自体は当たっているとは思えないが、なんらかそういう相対性を
描こうとした意志が働いている可能性は、非常にあり得るように感じる。

 説明不足は、森氏の場合、結構多いように思う。あまり読者に親切な人で
はないようだ。いつかこういった疑問をある程度解消できるような、自作解
説本を出してくれないものかと、切に願うものである。        

 
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