ホーム創作日記

すべてを解き明かした(のか?)者の手記

「八ヶ岳「雪密室」の謎」の読者解答公募で優秀賞を受賞した作品です。
ちなみに最優秀賞1名、優秀賞9名でした。詳しくは
こちらのページを。

 
これを先に読むことで本編の面白味を減じるものではないと思いますが、
全く意味は通じないと思われますので、どうか本編を先にお読み下さい。
単なる問題編ではなく、2001年度上半期ベストに推薦する作品です。

 
「どうだ、不思議な事件だろう」                    

 百目鬼(どうめき)に声をかけてみる。名字はおどろおどろしいが、遙  
(はるか)なんていう可愛らしげな名前が付いている奴だ。早乙女剛鬼(さ 
おとめごうき)なんていう、名字は可憐で名前はごっつい俺とは逆のパター 
ン。奴に関しては更に、”たまえちゃん”なんていう小学校時代からのあだ 
名もあるのだが、その由来はおいおいわかってもらえるだろう。      

「いや、そうとも思えないな。少なくとも別荘消失と犯人に関しては、謎で 
も何でもない。うちの5歳の子供にだってわかる」            

「お前、いつの間に子供なんか作ったんだよ」              

「勿論、『いたら』という仮定の話だ」                 

「そんな紛わらしい話すんなって」                   

「『紛らわしい』だよ。校正されてしまうぞ」              

「誰がオレらの会話を校正したりするんだよ」              

『うん、なかなかメタな会話だな』なんて小声でつぶやきながら奴が指さし 
たのは、テーブルの上にこっそりと置いておいたボイスレコーダーだった。 

「じゃあ、なんでこれは回ってるんだい?君のことだから私に謎を解かせて 
その解答を原書房に送るつもりなんだろ。その時のことを考えてあげてやっ 
てるのさ」                              

「す、鋭いじゃないか」                        

 鋭いから、テープじゃなくてメモリーに記録するんだから回ったりはしな 
いんだよ、という突っ込みはやめておくことにした。           

「わかってるなら続けてくれよ。別荘消失とましてや犯人が、なんでそんな 
に簡単にわかるんだよ?」                       

「まったく読者には目もなきゃ、灰色の脳細胞の欠片もないのかと、バカに 
されてると思ったけど、やはりそういう読者もいるんだな」        

「はいはい、どうせ俺にはピンクの脳細胞しか詰まってないよ。で、どうい 
うこと?」                              

 長い付き合いで、奴の挑発的な言葉なんて効き目を持たないのだ。    

「考えてもみたまえ。どうしてここに写真が載ってるんだい?事件が起きた 
ときには誰も写真なんて思い付かなかった。写真を撮りに行ったときには、 
既に別荘は消失していたはず。じゃ、どうして写真があるんだい?」    

「あっ」たしかに奴の言うとおりではないか。              

「別荘は消失していなかった。これが正解だよ。そして、そういう嘘をつく 
からには、まず間違いない。犯人は二階堂氏なんだ。このときに貫井氏が同 
行しているけど、この理由に関しては、もっと後で説明することにするよ」 

 名探偵風にもったいぶりやがって。このこのぉ。            

「さて、明らかになった犯人、すなわち二階堂氏だけど、勿論他にも傍証が 
ある。実は、彼の最後の手記の題名が全てを物語っているんだ。もう一度見 
返してみたまえ。『すべてを目撃した者の手記』だよ。本来なら、彼が見て 
はいない状況下において、何らかの行為が行われていたはずだと考えるのが 
道理だ。それなのに、彼は堂々と『すべて』と書いている。ミステリ作家と 
しては、おかしな態度だとは思わないかい?これは彼の告白文とも受け取れ 
るんじゃないかな。自分は『すべて』を知ってるんだと」         

「それは、こじつけが過ぎるんじゃないか?」              

「いや、それだけじゃないんだ。更にその先を見たまえ。それに続いてこう 
ある。『あとがきにかえて』と」                    

「そ、それがいったいどうしたんだよ」                 

「よぉく手記の内容を思い出してみたまえ」               

 これが4回目。そろそろわかってもらえただろうか、奴に”たまえちゃん”
というあだ名が付いた理由。小学校時代から既にこの口調だったのだから、 
周りから随分と浮いていたもんだ。俺も敬遠していた。奴があの上履きミス 
テリサークル瞬間消失事件と、校長密室殴打事件を同時に解決するまでは。 
まぁ、それはまた別の話だ。先を続けよう。               

「別荘のあったはずのところには、一体何があったと書かれてあった?」  

「木だろ」                              

「そう、まさしく別荘の”跡が木に変わっていた”というわけだ」     

「ちょ、チョイ待て。まさか、お前の言いたいことって」         

「その”まさか”さ。しかも続きがある。さっきも言ったように、別荘が消 
えていたのは二階堂氏の嘘だ。実際は別荘の跡は木に変わったりはしていな 
い。告白文の続きとしては”跡が木に変わって”とは書けない。だから”跡 
が木に変えて”なのさ。受動態ではなくて能動態、つまり、変わったのでは 
なく、自分が変えたんだと告白しているんだ」              

「・・・」                              

 たっぷり10秒は絶句した後で、俺は奴の弱みを突いてやることにした。 

「それじゃ、ちょっと”てにをは”がおかしくないか。それを言うなら”跡 
を”だろ」                              

「き、き、君は探偵小説文学論者だったのか。よし、君がそこまで言うのな 
ら、受けて立つよ。甲賀三郎に成り代わって、君ととことん議論を尽くそう 
じゃないか」                             

「わかった。認める。”跡が”で構わない」               

 奴と議論を尽くすなんて状況に耐えられる人間など、存在しないだろう。 

「ここまでで消失の謎と犯人については明白だと考えていいだろう」    

 明白じゃない。ちっとも明白じゃない。でも、まあ奴の話の続きを聞いて 
みることにしよう。                          

「では、残る問題は”いかにして密室が構成されたか”という一点に尽きる。
しかし、我々は犯人を知っているわけだから、犯人の行動を追ってみれば自 
ずから真相に辿り着けるはずだ。するとまさしく、注目に値する事実に気付 
くことが出来る。別荘が密室状態になっていることが発見された、その瞬間 
に立ち会った人物はいったい誰だろうか?まさに二階堂氏なんだ。そして布 
施氏。登場人物の多さに惑わされてしまうが、密室の登場に立ち会ったのは 
わずか二人の人物に過ぎないんだよ」                  

「なるほど、その時に二階堂黎人がトリックを仕掛けたというわけか」   

「いや、実はそれは難しいと考えている。二人の手記を読む限りでは、明ら 
かに布施氏が先に密室を確認している。この時点で二階堂氏が単独でトリッ 
クを仕掛ける余地はないと考えている」                 

「じゃあ、無理じゃないか。その場にいたって何も出来ないんじゃしょうが 
ない」                                

「そう、これまた嘘でない限りは」                   

「おいおい、また嘘かよ。とてもミステリ作家の書いたものとは思えないな」

「それはミステリだという前提で考えているせいだね」          

「どういう意味だよ」                         

「もう少し後で話そう」                        

 また、勿体ぶりかい!                        

「ここでちょっと現実的に考えた場合、やはりこの時点で鍵が閉まっていた 
とは考えにくい。考えにくいからこそ、いまだ解決されない問題になってい 
るわけだからね。だからまず、実際は閉まっていなかったと仮定しよう。閉 
まっていたと二階堂氏と布施氏が嘘を付いた場合、何が障害になるだろうか?
どう思う、早乙女くん?」                       

「ちょっと待てよ。その時開いていたんだとしても、後で他の人間も鍵が閉 
まっていることを確認しているわけだろ」                

「その時にはたしかに閉まっていた。だから当然、閉めたのは二人というこ 
とになる」                              

「でも、鍵があるじゃないか。鍵は室内にあったんだぜ」         

「そう、まさしくそれこそが今度の事件の鍵なんだ」           

 ・・・。                              
 ひょっとして洒落?                         

「二階堂氏は偽物の鍵を持っていたんだと思う」             

「偽物ぉ?」                             

「そう、それしか考えられないんだ。そして、これだけが唯一想像でしかな 
いんだが、、、」                           

 それ以外は想像じゃないと言い切るんだな、と心の中だけで突っ込む。  

「勿論、密室を作ろうなんて思って用意していたわけではないだろう。一番 
考えられるのは、彼はおそらくマジックをやりたかったんじゃないかな」  

「マジックだって!」                         

「私はそう考えている。ミステリ作家のマジック好きは有名だ。泡坂氏は当 
然のこと、綾辻氏、依井氏、『消失』の中西智明氏などもマジック・マニア 
として知られている。二階堂氏自身もマジックはだしのトリックも豊富だし、
カーやロースン、奇術趣味濃厚な作家を敬愛している。処女作なんかまさし 
く『地獄の奇術師』と来てるからね。ミステリ作家がこれだけ集まる中で、 
余興としてマジックを披露するつもりだったというのも、決して考えられな 
いことではないと思う。しかも、彼は以前にもここに泊まっている。どうい 
う鍵だったかは知っていたはず。写真(P74)を見る限りでは最も一般的 
な鍵だから、同じ型の物は東急ハンズなんかで簡単に入手できる。数字やア 
ルファベットのシールを用意しておけば、どんな部屋番号にも対応できて、 
ちょっと見ではわからないものが出来るだろう。それを使ってマジックをや 
るつもりだったのが、たまたま出逢った状況から『これなら密室が作れる』 
と思い付いたのだとしたら」                      

「それはちょっと偶然すぎるんじゃないか。たまたま偽の鍵を持っていた。 
たまたまそれを使って密室が作れる状況に出逢った。出来すぎてないか?」 

「起こった結果しか見ていないからそうなるんだ。まさしくそれはある種の 
ミステリに対する、一部の読者の批判と相通じるものだね。たとえば百万分 
の一の偶然が起こったとしよう。そこから必然的にある結果が導かれたとす 
る。その結果から論理的にさかのぼって、最初の偶然に辿りつけた場合です 
ら、ある読者は言うんだ。『そんな馬鹿な偶然があり得るものか』って。し 
かし、その読者はあくまで”起こった結果”しか見ていない。本当はそこに 
は99万9999の”起こらなかった結果”が隠れているんだよ。起こらな 
かった結果はミステリをもたらさなかっただけ。一の結果を見て、それが百 
万分の一だと批判する読者には、百万の結果を与えてやるしかないだろう。 
そうじゃなくて、たとえもたらしたのが百万分の一の偶然であったとしても、
そこから100%の必然で導かれた一の結果であることを理解すべきだね。 
勿論、安直に偶然を使用してしまう出来損ないの作家や作品が多いことも、 
悲しいことにまた事実ではあるんだけどね」               

 うう〜、頭痛い。こんな議論には付いていけない。           

「それが今回の話とどうつながるの?」ちょっと口調が弱気になる。    

「つまり、こういう偶然があったからこそ、この結果がもたらされた。もし 
もそういう条件がなかったら、こういう事態は生じず、つまりはこういう本 
もこの世に存在せず、我々はこんな会話を決して交わしてはいない。そうい 
うことだよ。起こらなかったことを考えても仕方がない。起きている事実こ 
そを思考すべきだ。それが偶然を示唆するとしたら、受け入れるべきだろう。
そして、起こった結果が示唆しているのは、第3の鍵の存在だ。J−2でも 
B−54でもない、もう一つの鍵だね。少なくとも私はそう考えているし、 
まず間違いないとも確信している。そういう鍵が登場するためには、マジッ 
クというシナリオが凄く妥当なものだと思うんだよ。そしてそれがまた先ほ 
どの解答にもなる。この事件そのものをミステリとしての前提で考えてはい 
けない。これはどっちかというとマジックなんだ。そう考えてみた方がいい」

「どういう意味か、よくわからんな」                  

「考えてみたまえ。これは結果だけが描かれたものだ。求めてはいるものの、
謎解きが行われなくてはならない種類のものではない。それに辿り着ける条 
件が保証されたものでもない。これはミステリよりも、明らかにマジックに 
近いだろう。ミステリ作家達が書いているから、無意識にミステリとしての 
フェアプレイを前提にしてしまいがちだけど、そういう必然性はどこにもな 
い。これがマジックだとしたら、どうだろうか?『ほら、この手から消えま 
した』と言いながら、その実その手の中に隠し持っていたとしても、誰もア 
ンフェアだと批判する人はいないだろう。手順を含めての話だけど、不思議 
な結果さえ提示できればそれでいいんだ。別荘消失でも明らかなように、嘘 
はあるんだ。地の文なら信用できるなんて、ミステリ的思考は全て捨てた方 
がいい。結果の提示に重点を置いたマジックだと考えるべきではないかな」 

「う〜ん」納得したとは言い難いが、一応言いたいことはわかった。    

「そうだとすると、事件の進行はどうなるんだ?」            

「まず、布施氏と二階堂氏は一端中に入ったはずだ。そこで二階堂氏が密室 
を構成できることを思いつき、布施氏に持ちかける。協力してくれないかと。
仮にもミステリの編集者だ、こんな面白そうな悪戯、断りはしないだろう。 
偽の鍵を置いて、外に出る。勿論、J−2というシールも貼って、手に取っ 
て見ない限りは、本物と区別が付かないものに出来たはずだ。外から鍵を閉 
めて、密室の出来上がり。あとは最後の鍵のすり替えさえうまくいけばいい。
マスターキーで中に入った後に、二階堂氏がやったのだろう。おそらくはマ 
ジック用に練習していたであろう手順でね。彼らがやったのはたったそれだ 
け。それだけで、こんな不思議な事件を作り上げられたんだ。ミステリ作家 
達も乗り乗りになってくれたわけだし。さぞ、気持ちが良かっただろうと思 
うよ。布施氏が本にしようと躍起になっていた気持ちも理解できるじゃない 
か。編集だけじゃなくて、自分で原稿まで書きたくなった気持ちもよくわか 
る。基本的に共犯者の二人の原稿だけで、問題編が作られているのも暗示的 
だよね。犯人としての自意識。嘘で固めた原稿であるにも関わらず、題名だ 
けは秘かな告白となっている二階堂氏の手記だって、やはりこの自意識と顕 
示欲が生み出したものなんだろうね」                  

 うーむ、心理まで読んできたか、この名探偵は。こちらの沈黙を”感心し 
ている”とでも受け取ったのか、奴は勢いに乗って続けていく。      

「布施氏と二階堂氏は、この本を作り上げるに当たって、強い共犯者意識で 
結ばれていたのだろう。しかし、残念ながら本が出来上がる前に、布施氏が 
亡くなってしまった。これは二階堂氏にとっても痛手だったに違いない。新 
たに秘密を共有する仲間を求めたくなったのも当然だろう」        

「おっ、ひょっとして最初の話に戻ったのか?」             

「そう。そうやって二階堂氏が選び出したのが、貫井氏だったわけだ。さて 
君のことだから、彼の原稿がどういう中身だったか、全く覚えていないだろ 
う、ほら」                              

 どうせ俺の頭の中の記憶槽は、短期も長期も欠陥商品だよ。そう思いなが 
ら、奴から受け取って読み返してみる。すると、こ、これは、、、     

「当たってるじゃないか」俺の言葉に奴がうなづく。           

「そう、ほとんど正解していると言ってもいいくらいだ。彼は当然、第3の 
鍵の存在を知らないわけだから、第2の鍵、つまりB−54の鍵が使われた 
と推理して失敗している。だけどここで第3の鍵さえ想定できていれば、犯 
人を含めて正解に辿り着いていただろう。秘密を共有する人間を選ぶのに、 
ここまで真相に肉薄した人物を選ぶのは、至極当然な心理だと思わないかい?」

 なんだか言われてみると、いろんな辻褄が合ってくるような気がしてくる。
特にこの本の構成。二階堂黎人と布施謙一の手記で構成された問題編。編集 
なのに、自分で手記を書いてしまう布施。更に、ほんとにいたかいなかった 
かわからないくらい、影の薄かった貫井徳郎の手記が、真っ先にそれに続い 
た理由。消失してたと言いながら、しっかりと掲載されている別荘の写真  
(たしかにバカにされてる気がしてきたぞ)、同行した貫井徳郎の手記が示 
唆している、鍵のすり替えという密室トリック。まあ、たしかに、手記の題 
名に関しての推理は強引だとしても、、、                

「もう一度貫井氏の手記の題名を見てみたまえ」             

 ひょっとして俺の心を読んでいるのか、というタイミングだ。      

「『何もしなかった者の手記』とある。二階堂氏の『すべてを目撃した者の 
手記』と対照的な感じがしないかい?たしかに貫井氏は何もしていない。し 
かし、その裏にもう一つの意味合いが隠れているんではないだろうか?こう 
いうニュアンスが感じられないかい?『私も全てを知ってますよ。だけど、 
私自身は何もしていない。そう、他の人に秘密を漏らすなんてことも、何も 
していませんよ』と。私にはそういうメッセージのようにも思えるんだけど 
ね」                                 

 俺には思えない。やっぱり思えないぞ。という俺の顔色を読むように。  

「これにもまた一つ仕掛けがされている可能性もある。目次ではなく、本文 
中の手記の題名(P136)を見たまえ。この3文字目を何と読む?」   

「”し”だろ。いや、ちょっと待て。どっちかというとカタカナの”レ”だ 
な」                                 

「そう、つまりこうなる。『何もれなかった者の手記』だね。首尾には何も 
漏れはなかったよ、あるいは、何も秘密を漏らしたりはしてないですよ、と 
いう意味に解釈できるだろ?一風変わった題字が選ばれているのは、そうい 
う理由があったんじゃないだろうか?」                 

 漫才だったら、ここで『いいかげんにしなさい』とか、『もうあんたとは 
やっとれんわ』とかで締めるシーンだろうと思う。でも、やはりミステリの 
締め(奴の言い分によればマジックなんだが、やっぱりこれはミステリなん 
だと俺は思う、こうして解いちまう奴もいるわけなんだし)には、もっとふ 
さわしいものがある。もちろんそれをやり逃すような奴じゃない。     

「さて、これを一度やってみたかったんだ」               

 そう言って最後に奴は、ゆっくりと指を向ける。そう、読者である(少な 
くともそのうちの一人なのだろう、きっと)あなたに向かって。      

「Q.E.D.犯人はあなたですね、二階堂黎人さん」          

                (完)                 

 

『八ヶ岳「雪密室」の謎』感想に戻る...

幻影の書庫へ戻る... 

  

  

inserted by FC2 system