ホーム/創作/日記
小説
ミステリ
無栖川無栖の冒険
Message of dying "Dying Message"
第二話 雨に濡れた男の冒険
洋画家田川頭月(とうげつ)(本名同じ、67)の弟子、田川蒼
月(そうげつ)(本名井形清、35)の死体が発見されたのは、6
月のことだった。 .
発見者は同じく頭月の弟子である田川紫月(しげつ)(本名田上
紫(ゆかり)、24)であった。頭月には、もう一人田川雨月(う
げつ)(本名雨宮康一、30)という弟子がいる。 .
私が三月警部の要請で現場を訪問したときには、まだ死体は運び
出されていなかった。しとしとと降る雨の中、開いた窓の側に、降
り込む雨に濡れたまま、死体は倒れていた。その顔は何故か、苦し
いというよりは、何かをとても嫌がっているような顔に見えた。.
「無栖くん、血の痕から見ると、ガイシャはこのテーブルについて
いる時に刺されたようだ。ちょうど買ったばかりの絵の具箱を開け
たばかりのようだな。その後、ホシはガイシャが死んだものと思っ
て立ち去ったのだろう。しかし、ガイシャは完全には死んでいなか
ったんだな。どういうわけでか最後の力を振り絞って窓に向かい、
そこで窓を開けて死んでしまったようだ」 .
よく、そんな分析が出来るもんだと思ったが、話の都合上も便利
なので、理由は聞かずにおいた。きっと、そういうものなのだ。.
警部の話はまだまだ続く。 .
「どういうわけでか、とは言ったが、勿論わしには理由はわかっと
る。これこそ例の」 .
「警部、それから先はいいです。それで誰を疑ってるんですか?」
「もちろん雨月だな。ガイシャは自らが雨に打たれることで、雨月
こと雨宮を指摘したかったに違いない。明々白々だろう」 .
そのとき「警部!」と、有鷺刑事が興奮した口調で叫んだ。 .
「ガイシャが握っていた右手の中にこれが」 .
それは窓の外に咲いていたアジサイの葉であった。 .
「無栖くん、アジサイは漢字でどう書くか知っとるかね?」 .
「警部、あなたの言いたいことはわかります。でも、解剖の結果を
待ってください。私の思うとおりならば、、、」 .
数時間後、解剖の結果が出るや否や、犯人は逮捕された。 .
「無栖くん、君の指摘通りだったよ。まさにお見事。よく、あんな
ことが予想できたものだな」 .
「ええ、紫陽花で紫さんを指摘したいのなら、わざわざ窓まで行か
なくても、紫の絵の具を持てば、済みますからね。それでもあえて
窓まで行ったからには、もっと別の理由があったはずです。紫陽花
の葉そのものか、もしくは別の何かを取ろうとして、それもつかん
でしまったのか、そして決定的だったのは、被害者の表情です。嫌
で嫌でしょうがない、という顔。確かにあれなら、加害者に消され
たりする心配の無い確実なメッセージになりますから。でも、私な
ら果たしてあんなことが出来たかどうか」 .
そう、被害者は死ぬ前に、おそらく窓硝子に見つけたのだろう。
犯人を指摘できるものを。取りに向かったとき、それは紫陽花の葉
に移っていたのだろうか。 .
「胃」という漢字を分解すると、「田」と「月」になる。ここま
で言えば、もうおわかりだろう、彼の胃の中に見つかったものは、
「胃の中の川頭(かわず)=田川頭月」、つまり雨蛙だったのだ!
***
最終話では、私は「兎を背負った男」に出会う。.
私の親友だった被害者は私に何を伝えたのか? .
死者の真のメッセージが、私にある決意を促す。.
名探偵作家、無栖川無栖の、これが最後の冒険!.